とある超越者たち 1
翌日の昼頃、ノールは小さなメモを片手にとある人物へ携帯で電話をかける。
相手は、R・クァールであった。
ノールが意識を取り戻してから帰宅後に、受け取ったクァールの番号。
それは紛れもなく本人の携帯へと連絡が繋がった。
「ノール、ね?」
「あっ、うん。そうなんだよ」
通話が始まってから開口一番にクァールはノールかと尋ねる。
正直なところ、知らない番号からの連絡には全てノールかと聞いていただけ。
とはいえ、ノールは自らが電話をかけてくるのを先読みされていたと誤認した。
「やはり、そうだったの。ノール、今日の予定はなにかしらありますか? 時間が合うのなら、貴方と会いたい」
「今日は予定がないよ。ボクも話をしたいと思っていたから」
「だったら、貴方と私とでともに戦ったクロノスの都市へ来てほしいの。場所は、クロノスの宮殿よ。空間転移の座標位置は覚えている?」
「あの時に極致化できるようになれたから、座標位置はオートで記録しているよ」
「それは凄い。流石は、極致化ができる者だわ。ノール、貴方を尊敬するわ」
「そう? ありがとう。今からそっちに行こうと思えば行けるけど、どうしてわざわざ敵地へ?」
「クロノスの都市は敵地ではありません。元々この世界は、私が統治していた世界の一つ。この宮殿も同志の者たちが私へプレゼントしてくれたものなの」
「へえ」
「今から来るのでしょう? 貴方を待っているわ」
ひとまず、ノールは通話を終える。
「誰と電話していたの?」
リビングの高級ソファーに腰かけ、ココアを飲んでいた杏里が尋ねる。
「クァールさんだよ。ちょっと今から会いに行ってくる」
「ノール、気をつけてね」
「うーん、あの人なら大丈夫でしょ」
ノールは空間転移を発動した。
行き先は、クロノスにあるクァールの宮殿。
周囲の風景は一気に切り替わり、非常に近代的な場へと変わる。
ノールの正面には大きな宮殿があった。
普通なら宮殿がある場所には大庭園もありそうなものだが、それが一切ない。
代わりに周辺には、景観を壊すように大きなビル群が続く。
どちらかといえば、この近代的な場に宮殿の方が似つかわしくなかった。
「ノール」
宮殿内からクァールが出てきた。
伴うようにアクローマも続く。
「この場所だけ、なんか浮いているね」
「元々、この場所には私の宮殿しかなかったの。私もこの現状を理解して非常に驚いたものよ」
「それじゃあ、この辺はタルワールが後から付け足していった感じ?」
「おそらくそのようね。この宮殿だけは残す辺り、私への当てつけなのでしょう」
「そういえば……」
辺りをノールは見渡す。
「周囲の風景が瓦礫の山じゃなくなっているね。もう復興したの?」
「私の同志には建築や設備とそれらの復元にかかわる能力を持っている者がいる。このクロノスの都市に株式会社バロックという会社を起業したドールマスター相馬を筆頭に都市は再興したの」
「へえ」
ノールにはそういった能力はないため、あまり実感が湧かなかった。
「もしかして、もう都市内は全て元通り?」
「その通りよ」
本当にノールは凄いと感じていた。
戦いに関わる能力なら自らにも備わっているが、復元などの補助とされる能力は持ち合わせていない。
「どういった人なんだろう? 会ってみたいな」
「相馬はノールと会ったことがあると話していましたよ?」
「いつ?」
「十億の小切手を渡したと言えば、思い出すとも話していました」
「ああ、あの人か」
確かにノールは思い出した。
ヴィオラートの法王討伐の依頼を出してきた、あの初老の男性が相馬だった。
十億の小切手はノールの記憶に強烈に残り、付属となっていた相馬の姿も記憶から呼び起こされた。
「……ともかく、貴方には見せたいものがあります」
本当にお金に関わる内容で思い出したのを、クァールは若干不愉快に思っている。
相馬は、クァールにとって大事な同志の一人なのだから。
「見せたいもの?」
宮殿の方をノールは見る。
普通にノールは宮殿内で話し合いをすると思っていた。
「では、今からその世界へ向かいましょう。それと、アクローマ。私が留守の間、頼みましたよ」
「ええ、私にお任せください」
クァールはアクローマに対して全幅の信頼を置いている。
クァール派の者たちにとって、アクローマの側近としての立ち位置は垂涎の的。
「では、空間転移を発動しますよ、ノール」
特に有無を言わさず、クァールは空間転移を発動。
一瞬で周囲の風景が変わっていき、とある世界に移動する。
「ここは……」
ノールには周囲の風景に見覚えがあった。
この世界は、エリアースのように近代的で誰しもが電子機器などを持っている先進的な世界。
周囲は、とある都市部内のようでアスファルトの道路には自動車が走り、大きなビルが立ち並んでいる。
「この都市は、ネクストという都市だったはず。近代的な都市だから、ボクも傭兵稼業をしている傍ら、杏里くんと一緒にデパートへお出かけしたことがあるよ」
「そういった話ではありません。まずは、街行く人々を見なさい」
道行く人々へ手のひらを向ける。
「そういえば、誰もボクらが空間転移をしてきたことに驚いていないね。クァールさん、駄目だよ。人目にさらされるようなことをしちゃ」
「そういったことでもないのです」
少し微妙そうな感じで、クァールは髪の毛をかき上げる。
そんなところから教えなくてはならないのか、といった反応。
「R一族が管轄する世界では、人々はR一族に気づけません。いえ、正確には気づいているのですが、気づいている素振りさえできないのです。スキル・ポテンシャル権利によって」
「ああ、できることをさせているのね。気づいているけど、気づいていない振りを」
「ええ、その通りよ。勿論、同時に私たちを統治者として敬いもしている」
「勝手に統治者として振る舞い、勝手に敬わせているとか意味不明過ぎる。笑わせてくれるじゃん」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。急にヒステリックになられても困るわ」
「もしかして、こういうのがR一族のスタンダード?」
「人の話を聞こうとしない貴方が、正しくそれらしいかな? とりあえず、人の話を真摯に聞くことが人とのコミュニケーションだとは年長者として優しく教えてあげる」
「うわ、ウッザ」
「仕方がないわ、誰しも正論は耳に痛いものだから。これからは対応の仕方やその姿勢をまずは改めなさい」
「やっぱり、こういうのがR一族らしさなんだろうな」
なんとなく、ノールはR一族の非常に嫌な部分を見てしまった気がしていた。
ちなみにクァールは、ただの一つとして間違ったことをしていない認識。
「さあ、このR・クァール・コミューン内の説明をしてあげる」
「なにそれ?」
「私の統治している世界という意味よ。貴方が統治している世界は、R・ノール・コミューン」
「ボクの統治している世界……?」
「貴方のお父様であるグラールがいる世界と、貴方の弟のミールが暮らしているエリアースの二つがR・ノール・コミューンよ」
「一体いつボクが統治なんて……」
「次期R一族当主足る者が、一つたりとも世界の統治経験がないだなんて恥ずかしい限りだわ。私は貴方に掻かなくともいい恥を無駄に掻かせたくないの。別にお礼なんていいの。単なる老婆心だから」
「………」
ノールはとても嫌な気分だった。
あの世界には、スロートやステイ、グラール帝国にロイゼン魔法国家など様々な国がある。
そこを実際に統治している各国の王たちに対してこのようなのぼせ上がった尊大な行為自体が非常に無礼であり、あまりにも失礼。
自らが統治者だなどと、口にしたくもなく吐き気を覚えた。
「先程も言いましたが、ノール。街行く人々を見なさい」
言われた通り、ノールは周囲を見渡す。
道行くサラリーマンたちは全てきちっとした外見で仕事第一主義の者たちばかりに見える。
学生たちも制服や頭髪に乱れ一つなく、いわゆるエリート風に見える。
それどころか老若男女ともに自らが行うべきことに毅然としっかり取り組もうとする強い気概や精神を感じる。
「ねえ、なんかその……」
「分かりましたか? 私は、勤労・勤勉・寄付で人々を取りまとめています」
「……はあ?」
しかし、言わんとすることが分かる。
勤労・勤勉を行わさせているのが手に取るように分かってしまう。
「そういや、寄付ってなにを?」
「彼らの所有物になにか疑問を抱きませんか?」
「かなり、きちっとしているけど……」
もう少し、道行く人に目を通す。
よくよく見てみると、とてつもなく高いブランド品の腕時計を身につけているサラリーマンがいた。
なのに、肝心のスーツが妙に安物っぽい。
「もしかしてさ」
「その通りです。全ての商品の価値を統一しました」
「まだ、ボクなにも言っていないけど」
「まずは人々の月に受け取れる賃金を20万としました。一生懸命働く者でも、働くことができない者でもそのことごとくが」
「はっ?」
流石にノールも頭を抱える。
「そして、商品やサービス一つにつき、10硬貨一枚としました」
「いやいやいや、おかしいから。安っぽいのと高級ブランドをイコールにするとかそんなので経済が成り立つと思ってんの?」
「だからこそ、あの銀行ですよ」
ある方向の建物を指差す。
比較的大きなビルに店舗が入っている銀行だった。
看板には、寄付銀行と記載されている。
「もうすぐ店舗が開くので、人々が集まって来ていますね」
次第に建物に人が集まり出す。
なにやらその量が異常だった。
まるで、超有名な品が限定発売された時のように長蛇の列が形成されていく。
「どうして銀行なんかにあんなに……」
なんだか、ノールはうんざりしてきた。
なので、クァールを馬鹿にした発言をすることにした。
「見て見て、あそこは観光地みたい。随分流行っているね、クァールさんのおかげかな」
「皆が心底寄付をしたがっているのです。世のため人のため、世間の世界の自らの良心のために」
若干、ムッとした口調でクァールは説明する。
再び、ノールは頭を抱えた。
当たり前のように語る点にもだが、人々の見た目にもうんざりしている。
長蛇の列を作る群衆は皆が、目が血走り、せかせかしながら、思うがままに寄付をするため必死になって並んでいる。
「もう駄目だ。イカレている……」
うっかり言葉を漏らしていた。
先にクァールが話したが、この世界の者たちは全て一月に20万しかもらえない。
その状況下で、全力で必死こいて寄付をする?
到底理解がおよばぬ恐るべき状況が作り上げられていると悟る。
「人々へどんなものでも10硬貨としたのは、行わなくてはならないことがあるからです。新たな産業を、新たなサービスを、新たな学問を、と研究・開発する資金を集めなくてはなりません。20万を受け取っても価格の安さに人々は到底扱い切れないのです。自らの身銭を切り、政府や企業や研究機関に寄付を行い、世界はより近代的に発展を遂げるのです」
狂気に満ち溢れているが、これこそがクァールの根差した理想郷。
資金は潤沢で産業が湧き立ち、新たなサービスが生まれ、製品の質も生活の質も向上し、どんな者にも勉学の機会が得られる。
よって、人々は勤労・勤勉・寄付の循環に陥る。
その根幹を担っているのが、クァールのスキル・ポテンシャル権利である。
権利により、人々の胸には強い向上心しかなく皆非常に前向きであり、やり遂げようという精神に満ち満ちている。
悪し様に物を語る人はおらず、誰もが落ち着き精神豊かで、理想に向かって張り切り日々を突き進んでいる。