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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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様々な思い

ルインの空間転移により、別の世界へノールとルインは移動する。


とある世界の、森林に二人は現れた。


近くに川が流れており、その開けた川辺にエージが座り、一人佇んでいる。


エージの近くには、キャンプでもしているような跡があった。


「あっ、ノール。来てくれたんだ」


エージはルインよりも前に、ノールへ呼びかける。


「エージ君、君はなにか悪いことでもしたの?」


「どうして?」


「だって、ルインが……」


「ああ、そういうこと?」


エージは立ち上がった。


「オレは大悪党だよ。人も数え切れない程に殺した。今まさに、R一族たちも殺そうと思っている」


「………」


言葉で分かりやすくそう語っても、ノールには狂言にしか聞こえない。


言葉にも魔力が籠る。


今、エージが発した言葉にはなんら感じられない。


心にもない、思ってもいないレベルで嘘を語っていると、ノールには手に取るように分かる。


「………」


じっと、エージはノールの目を見ている。


同時にエージは右手に魔力を集中させていた。


特に魔法を詠唱せずに、集中させた魔力をノールへ投げる。


魔力体のノールにとっては、それは単なる付与でしかないため、避けずに当たった。


その魔力には、エージからのメッセージが込められていた。


これから腹部を殴るから腹部を水人化させ、攻撃を逃れてほしい。


攻撃を躱したら、痛がる素振りを見せてからこの場を離れてほしい。


そのようなメッセージが含まれていた。


「これは一体……」


真意を尋ねようとしたノールはぎょっとした。


非常に強い魔力を自らへ集中させているエージの姿があった。


急に恐るべき存在へと変貌していくエージ。


周囲の森に暮らしている動物たちが声を上げたり、一気に逃げ去っていく物音が聞こえ出す。


魔力を集中していく中、エージには身体的な変化があった。


瞳の色が銀色へ変わり、覚醒化を果たした時、エージの身長が以前よりも高くなっている。


普段は身長が131cmしかないエージだったが、今では150cm程の高さがある。


直後、エージは地面を蹴る。


一気に縮められる距離に、ノールは強く恐怖を覚えた。


一瞬に死地へと変わった状況に、ノールは対応ができず、エージの拳はノールの腹部へ叩き込まれた。


だが、当たることはなかった。


事前に聞かされていたおかげで、第六感的にタイミングが合い、水人化により攻撃を回避できていた。


「うわっ……」


ノールは背後へ尻餅をつく。


自分の身体が無事かを確かめるため、お腹に手を置いた。


「思った通りだ」


エージが語る。


「流石はR一族といったところかな。弱過ぎて無様だね」


エージはノールもルインも見ていない。


全く別な方向を見て、語っている。


それからエージはルインに視線を送る。


「帰れ」


ルインには一言だけ発した。


それから、ゆっくりとした足取りでエージは再び先程の場所に座り、佇み始めた。


「………」


ノールは意気消沈としている。


「ノール、帰りましょう」


ルインが呼びかける。


「うん……」


力なく反応し、ノールはルインとともに空間転移によって、エージのもとを去った。


先程の綾香の部屋へ二人は戻ってくる。


「ノール、今日はありがとう」


戻ってきてから、ルインはそう語る。


それに対し、ノールはなにも言えなかった。


自分は結局なにもできなかったから。


「エージの行動が貴方にはどう映った?」


「なにかをしようとしているんだと思う。あの攻撃もボクなら対応ができると踏んで仕掛けていた」


「………」


ルインは肯定も否定もせず、相槌のような反応も取らない。


「ノール、呼び出して悪いけど、今日はもう帰っていいよ。また、貴方の力が必要になる時に貴方に来てもらいたいの。いいよね?」


「気が進まないけど……」


「お願いよ」


「うん……」


ノール的に色々と思うことがあった。


そもそも戦うはずじゃなかったのかと不思議に思っている。


それ以前に、あの者は覚醒化の時点で規格外な強さを有していた。


ジリオンやゲマとも違う。


それ程の者に自らが勝てるのか。


考えても仕方ないので、ノールは城へ戻ることにした。


「それじゃあね、ルイン」


「ええ、今日はありがとう」


ノールは空間転移を発動し、グラール帝国へ向かう。


指定先は、杏里をセットしていた。


「やあ、遅れちゃったかな」


ノールが空間転移により食堂へ戻ると、グラールたちは会食の途中の様子。


四人の雰囲気は良好だった。


ノールの考えていた通り、両親は杏里が桜沢一族だからといって決して批判的な立場を取ったりはしなかった。


「おかえり、ノールちゃん」


「杏里くん、シスイ君は良い子だったかい?」


親しげにグラール、エアハートに尋ねる。


先程のことで気が滅入りそうな思いを抱いていたが押し殺し、なるべくそれを感じさせないよう振舞う。


この良い雰囲気を壊したくなかった。


「とても良い子だよ。この子ならノールちゃんを任せられる」


「杏里くん良かったね。これで、ボクたち結婚だね」


今までノールが座っていた椅子に、シスイが座っていた。


なので、シスイの隣の椅子にノールは座った。


「おかえりなさい、母さん。なにか、嫌なことがあったんですね?」


「えっ、どうかな?」


なんとか誤魔化そうとしたが、魔力体同士では筒抜け。


ノールのように人から生まれた魔力体ではないシスイは、感情の機微を魔力からも読んでいる。


感情を隠すならどちらも対応する必要があった。


「ちょっと、転んじゃってさ」


「………」


ゆっくりと、シスイはノールのお腹に手を伸ばす。


攻撃を腹部へ受けたのを魔力の流れから気づいている。


今度はシスイはなにも語らなかった。


母親の思いをなにも言わずとも汲んでいた。


「ノールちゃん、大丈夫? 手当しましょうか?」


特にそういったことが分からないエアハートが椅子から立ち上がる。


「いいよ、別に。ボクは回復魔法が扱えるし、水人化で怪我も治るから」


「そうなの? 無理しなくともいいのよ?」


「いいのいいの。身体はどこも痛くないから」


「それならいいの、安心したわ」


エアハートが椅子へ座り直した。


「それよりもさ、杏里くん。ボクたち結婚だね」


誤魔化すために杏里へ話を振る。


「私たちとしては、杏里くんに婿としてこの城へ来てもらいたいな」


エアハートが、さらっと口にする。


長男のミールがジャスティンのルシタニア家に婿として出ていったため、ノールにはそうさせたくなかった。


「構いませんよ」


杏里も同じような感覚で答える。


「ボクにはもう両親がいませんから」


声には若干の寂しさが滲んでいた。


「そうだったの。だとしたら、聞いてみて良かったわ。貴方を家族として迎えるのはとても嬉しいこと。グラールもそうでしょう?」


「勿論だとも。私もそれを望んでいるよ」


将来のことも大体がまとまり、楽しい会食は続いた。





会食も終わり、二人は黒塗りの屋敷へ空間転移で戻ってきた。


一緒にグラール帝国で暮らすと話していたが、ノールが家庭を持っているため今は別々に暮らすことになった。


リビングに現れたノールはいつも通り、アウトレットソファーに腰かける。


「さっきのことだけど、どんな用事だったの?」


ノールの座るソファーへ杏里も座る。


室内にシスイの姿がなかった。


だが、シスイは存在している。


ノールが身体の中に魔力の空間を作り、そこで暮らしている。


細胞の塊である人では決してできない芸当。


「どんな用事と言われても……なんなんだろう? ボクにも正確な理由が分からない。でも、杏里くんたちのためになにかをしようとしていると思う」


「やっぱり、そうだったんだ……」


「でも、ボクにはなにをしたいのか見えてこない。ルインとエージ君で一体なにができるんだろう? 特になにもできないからボクを呼んだんだろうけど」


「もし次、二人と会ったら帰ってくるように伝えてほしいの」


「ルインは屋敷にいるはずじゃない?」


「………」


杏里はうつむき、悲しそうな表情をしている。


「どうしたの?」


「あのクロノスの戦いを契機に皆が変わってしまって、ボクは寂しいよ」


「それはボクも感じていた。君に喧嘩を売っている相当失礼な輩もいるらしいじゃん。そういう要らない人たちまで随分と生き返ったから、余計な(しがらみ)ができているんだろうね。変わる理由なんてそれくらいでしょ」


「ノール……あのね……」


「なんだい?」


「有紗兄さんを……」


そこまで話すと、杏里は口篭る。


杏里からは明らかな不安が読み取れた。


「有紗さんはボクがなんとかするよ。今度、クァールさんと話し合う予定だから心配しないで」


「ありがとう、ノール。ごめんね、ボクたち桜沢一族のせいで迷惑をかけちゃって」


「できれば二度とそういう言い方をしないで。君まで雰囲気に毒されてどうするの?」


「そうだよね……そうするよ」


「地位についてもできる限り対応するよ。嫌な思いをさせないように」

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