両親との再会 3
会食を取るため、ノール・杏里はエアハートに連れられ、ある一つの部屋まで案内される。
そこは、豪華な食堂だった。
部屋の中央に長い食卓が陣取っている。
「食堂?」
なんとなくノールは尋ねる。
「ここは、私とグラールのための食堂なの。これからは、ノールちゃんと杏里くんの食堂にもなるわね」
「他の人たちは?」
「?」
ノールの疑問に対して、よく分かっていないエアハート。
わずかに間を置いてから、エアハートは言葉の意味を理解して返答する。
「ああ、他の人たちはその人用の食堂があるの。ここは、王族専用の食堂よ」
「こんなに広いのに王族専用なんだ」
ノールはなにか引っかかりを感じていた。
クロノに対して嫌味を言っていたノールだが、クロノは他の兵士とともに食事を取っていたのを思い出す。
彼は小国とはいえ王族であるし、もっと地位の高い人間として振る舞えばいいのにと感じた。
だからこそ、ノールは今の扱いが嫌い。
アクローマが急に対応を変えた時のように嫌な気持ちになっていた。
「私と、ご飯は食べたくなかった?」
どこか寂しげにエアハートは語る。
エアハートはノールを産み育てた母親。
例えノールの幼少期だけだったとはいえ、ノールの様子が変化したのはすぐに分かる。
どんなに希薄な嫌気だったとしても。
「ボクは人見知りだから、こっちで食事を取るよ」
「そうだったの? だったら尚更、こちらで私たちと一緒に食事を取りましょうよ。こっちは兵士さんたちがいないからゆっくりできるわ」
エアハートが楽しげに語る。
当然ながら、ノールは人見知りではない。
今までの生き方がそれを物語っている。
コミュニケーションに関しては、ノール自身結構できる方だと感じていた。
「さあ、ノールちゃん、杏里くん。こっちに座ってね」
エアハートに手を引かれ、ノールはテーブルのとある席まで連れていかれた。
エアハートが椅子を引いてくれたので、ノールは座る。
その隣の席に杏里も座った。
「私は、アイザックと一緒にグラールを連れてくるから待っててね」
二人は部屋を出ていく。
数分後、食堂にグラールが入ってきた。
「やあ、ノールちゃん。待たせてしまったね」
病に伏せっていたグラールだが、自身の力だけで歩ける程度の余力はあるようだった。
グラールに伴うようにエアハートも続けて入ってくる。
二人の背後には、アイザックに連れられてきた数人のメイドと料理人がいた。
「お待たせ、ノールちゃん」
「うん」
「それじゃあ、給仕さんたち。よろしくお願いしますね」
「了解しました」
普段通りといった動作で、料理人たちは軽食となる食事を用意し始める。
その間にメイドたちはテーブルに食器や花などを添えていく。
「ノールちゃん、君と話したいことは山程ある。一体、なにを君から尋ねたら良いのか私には分からないよ」
ノールの正面の席に座り、グラールは語り出す。
「ノールちゃん。私たちがいなかった間、なにがあったの?」
話すと長く語り出しそうな口調のグラールとは異なり、分かりやすくエアハートは語った。
「いなかった間ね……」
ノールは斜め上の方を見つめる。
「随分色々とあったよ。両親を失ったボクらはスロートの孤児院で暮らしていたんだ。そこもボクが成人の年令に達したから出ていくことになって、スロートの街外れにある一番安い借家に三人で暮らし始めたの。ボクは一生懸命毎日毎日働いたよ。ミール、エールに苦労なんてさせたくなかったから」
話が後半になるにつれて、ノールは泣き声になり、話を聞き取り辛くなっていた。
「いくら働いても生活は良くならないし、ボクらはずっと貧乏だった。ボクにはなにも価値がないと何度も何度も思ったよ。仕事が嫌でも辞めたくても頑張り続けたつもりだよ。でもね、こんなボクでもミールもエールも立派な良い子に育てたつもり……」
ノールは手の甲で涙を拭う。
「ノールちゃんの好きなように語ってほしいな」
優しい口調でエアハートは語る。
「そう?」
ノールは手をかかげる。
「でも、今は違う。ボクが今の地位に辿り着くまでに本当に色々あった。ボクの手は血で赤く染まっている。今のボクの稼業は総世界を股にかけた傭兵部隊の統領なんだ」
「ノールちゃんが?」
エアハートが不思議そうに語る。
「そう」
「ウソよ~、ノールちゃんが傭兵だなんて」
「ボクは誰かに守られるようなか弱い女の子じゃないよ。そこにいるアイザックより強い」
「本当に?」
さらっと語ったノールの発言を、特に気にせずエアハートはアイザックに問いかける。
「ノール様の語られたことは事実です」
「そうなんだ」
戦闘経験がないらしく、エアハートは見た目で相手の能力を見ている。
「ボクがクロノスのタルワール、ジリオン、ゲマを倒したんだ。皆の仇はボクが討ったからね」
「ノールちゃん、そのタルワールという人だけど」
グラールが語る。
「クロノスの総帥、R・タルワールという人だよね。彼をノールちゃんが倒したというのかい?」
「そうだよ」
「ノールちゃんが、本当に?」
「一人、というのは正確に言うと違うかな。ゲマとの戦いは、殺害される寸前だった。ボクを殺したと思い込んでいたゲマがジャスティン君に討たれたのが正確かな。タルワール、ジリオンもボク一人では到底彼らの前に辿り着けなかったし。クァールさんのおかげでもあるかな?」
「本当にそのようなことがあったんだね。クァール様がノールちゃんの身体に転生したのは事実だったんだ」
しみじみとグラールは語る。
ノールが倒したとは、まだ理解していない。
ノールの身体を借りたクァールが倒したと考えている。
「クァールさんで思い出したけど、ボクが次の次期当主となったみたい」
「クァール様が……そのようなことは全く通達されなかったよ。ノールちゃんが一族の当主になるだなんて」
「今度聞いてみたら?」
「クァール様には、とてもそのようなことは……」
「ボクら同じ一族の人なんでしょ? そんなに謙遜しなくとも」
「一族の中にも優位に立てる人と、そうでない人がいるんだよ。それを分け隔てる大きな理由が、スキル・ポテンシャルの権利を扱えるかどうかなんだ」
「お父さんは使えるの?」
「どんなに鍛錬を、研鑽を積んでも私にはできなかった。その上、今では病にも侵され、私だけではこの国を治められるかどうかも分からなくなっているよ」
「ボクがお父さんを支えるよ。ボクは権利を扱えるようになったし、デスメテオも扱える。だから、ボクを頼ってほしいよ」
「そうか、だからクァール様はノールちゃんを……。当主足り得る資格が、ノールちゃんには備わっていたのだね」
自らのようにグラールは、とても喜んでいた。
それもそのはずで、グラールの語る通りR一族内で権利を扱える、扱えないで遥かに地位が異なる。
R一族というのは、一枚岩の一族ではない。
なぜならば、一族という括りでありながら、血の繋がり合った者たちの集団ではないから。
簡単に言えば、スキル・ポテンシャル権利を扱えるようになった者らが元の名を捨て、初代R一族当主R・ルールを真似てR姓を名乗るようになったのを切っかけに生まれた集団。
グラールとノールのように、本来の一族としての意味で存在する者たちもいるが、大半は単に姓が同じ者たちに過ぎない。
では、それ程に希薄な繋がりしかない集団で、権利が扱えない者たちはどうなるのか?
権利が扱える者の血は確かに扱えない者たちにも流れているため、新たな権利取得者を産み出すだけの存在として生かされる。
グラールという存在の価値は、R一族たちにとってそれだけしかない。
勿論、それはグラールに限ったことではなく他の全ての権利が扱えないR一族たちにも該当する。
扱えない者は総世界の適当な国に宛がわれ、統治とは名ばかりの行いをさせられる。
グラール帝国とはあるが、グラール自身が単なる添え物に過ぎず、実態は他のR一族の発動させた権利により、グラール帝国の者たちはグラールの言うことを聞いているだけ。
それだけに過ぎない。
グラールは、ノールがそういった惨めな思いをせずに生きていけるのが本当に嬉しかった。
「お父さん」
「どうしたんだい、ノールちゃん?」
「ボクも聞きたいことがあるの」
「なにかな? 聞かせてほしい」
「他のR一族と、お父さんたちはクロノスの連中に殺害されたタイミングが違うと思うの。連中は長々とR一族の人たちを殺していったみたいだから」
「そうだ、その通りなんだ……」
「やっぱり、ボクらのせいなんだね。ボクらが産まれたから……」
「違うんだ、ノールちゃん。どうかそのようには思わないでほしい。君ではない、タルワールが悪いんだ。それは勿論、この私もだが……」
グラールは静かに語り始める。
「私とエアハートは、どうしても子供が欲しかった。私たちだけの大事な子供たちが」
隣でグラールの話を聞いているエアハートはハンカチで目元を拭っている。
当時二人で本当に深く悩み続け、考えた末の結果がその後の顛末だった。
エアハートもノールたちには本当に申しわけなく思っており、生き返った今でも後悔の念が混じる。
「私たちは、後世に子孫を残さぬことを条件にクロノスに生かされていた。ただただ無為に人生を送ることだけを許されたんだ。しかし、私たちはどうしても我慢ができなくなった。どうして、私の腕に我が子を抱くこともできないのだ。私にはそれが許せなかった」
「だから、私とグラールは相談したの。死んでもいいから、子供を作ることにしたの。大事に大切に育てていくべき私たちの子供たちに、恐ろしい仕打ちを与えてしまう結果になってしまっても。私たちは人のことを言えない……最低だわ」
「待って」
ノールが強い口調で語る。
「ボクは二人の間に産まれて、本当に良かったよ。それにボクの人生が棘の道を歩むような状況だったとしても、また二人と会えたんだ。決して悪くはない。だから謝らないで。ボクは悪い人生だと思っていない」
ノールは椅子から立ち上がり、座っている杏里の肩に手を置く。
「ボクはこうして大事な人にも出会えた。それにボクは勝ったんだ、あのクロノスの連中に。クロノスなんかもう考えなくていいんだ。ああ、変なことを聞いちゃったな。もうこの話は止めよう。お父さん、面白い話をしてよ」
「ああ、そうだな」
ノールの優しさに、グラールは涙を流しながら頬笑む。
ノールの言葉を聞き、二人は安堵していた。
ずっと、この思いに苛まれてきていたグラール、エアハートは真に救われた気がした。
会食は数時間に渡り、楽しく会話を続けた。
会えなかった今までの期間をともに補っていくように。