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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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両親との再会 2

門番をしていた兵士に、ノール・杏里は城内を案内される。


ラミング城内を散策しながら、ノールはささやく。


「ボクの実家って、お城なんだね」


「そうだよ?」


杏里が不思議そうに語る。


今、その場にいるのだから尚更に。


「………」


特になにも語らず、ノールは歩き続けていた。


ノールの内に迷いが生じている。


昨日今日で、ノールを取り巻くものが一変している。


巨悪は滅び、家族は戻り、一族の次期当主に任命され、今まさに自らが実際にお姫様だと確定した。


あまりにも良いこと尽くめ過ぎて、なにかノールは悪い予感を感じていた。


「R・ノール様、桜沢杏里様!」


門番に案内されている途中、何者かに呼び止められた。


「アイザック様」


門番の兵士は、アイザックと呼ばれる男性に敬礼する。


アイザックを見たノール・杏里は、あれ?という感じの表情になった。


「帝の命を受け、急遽馳せ参じました。ささっ、グラール帝がお二人をお待ちしております」


丁寧な口調で語る男性は誰かに似ていた。


服装や気品溢れる雰囲気こそ違うが、確かにアーティに似ていた。


「アーティ……?」


ぽつりと、ノールが語る。


「これは大変申しわけありません。申し遅れましたが、私の名はアイザックと申します。アーティは私の息子に充たる者の名です」


「貴方が、アーティのお父さんなの?」


「ええ、そうです。アーティからは少しだけR・ノール様のことを……いえ、私ごときの話が優先されるべきではありません。R・ノール様、桜沢杏里様、グラール帝が部屋でお待ちしております」


「うん、分かった」


「では、これから私めが案内を務めさせて頂きます」


アイザックは門番の兵士に敬礼し、門番の兵士は持ち場へと戻っていった。


そして、率先してアイザックは二人を案内する。


城内を案内され、ノールたちはとある一つの部屋の前に辿り着いた。


「この部屋でグラール帝がお待ちしております」


アイザックは室内へ続く扉をノックしてから開き、二人に頭を下げる。


「案内してくれてありがとう」


「いえいえ、私には勿体ないお言葉です」


二人は室内に入る。


室内は王族らしさを感じさせる雰囲気がない。


壁の高い位置に窓があり日当たりが良く、白い壁面で覆われた部屋はまるで個人の病室を思わせる造り。


「こんにちは、ノールちゃん、杏里くん」


部屋の中央に置かれたベッドで横になっていた人物が声をかけた。


とても優しそうな雰囲気の痩せ形の男性だった。


男性は身体を起こし、語りかける。


「私の方から出向いてやりたかったのだけど、来てもらって済まないね」


「貴方が、グラール?」


「私の名を覚えていてくれたんだね。ノールちゃん、こちらへ来て私に顔を見せてくれないかい?」


「うん、良いよ」


普通の受け答えの後、ノールはグラールの傍へ行く。


グラールと出会った際のノールの反応はどこか普通だった。


長きに渡り出会えなかった家族との感動的な再会というよりかは、過去に出会ったことのある人物と偶然再会したような程度の反応。


「ノールちゃん、会いたかったよ。長い年月が過ぎて、君は素敵な女性になったんだね」


優しさの感じられる口調だった。


それでも、病状なのであることが伺えるように弱々しくもある。


グラールは見た目が大体三十代くらいと若々しい外見だった。


「私には甘えてばかりの幼く可憐な少女であったノールちゃんの姿しか記憶にないものだから、とても驚いているよ」


「そんな時期がボクにもあったんだね。全然記憶がないな」


出会えた嬉しさを見せるグラールと違い、ノールはどこか素っ気ない反応を取る。


「本当に、本当に長い間苦労をかけてしまった。辛い思いをさせてしまったね。本当に申しわけなかった」


「………」


斜め上の方を見上げながら、ノール自身無意識の内に涙は流していた。


自らのしてきた苦労が、その言葉で認められた気がした。


「大変……だったんだからね」


嗚咽の混じる声でノールは語る。


ノールの様子を見て、グラールは暫しの間、言葉を失う。


「本当に済まなかった」


「………」


ノールは別にグラールに謝ってもらいたいのではない。


クロノスの方針でグラール・エアハートが殺害された事実を、もう既に知っている。


「そうだ、ノールちゃん。この城で以前のように一緒に暮らさないかい?」


「いいよ」


ノールは涙を腕で拭う。


「良かった。ノールちゃん、今日は一緒に私たちと過ごしてほしい。家族として、ノールちゃんが今までどう生きてきたのかを知りたいんだよ」


「うん」


「良かった」


再び、グラールは頬笑みを見せる。


「そうと決まれば、ノールちゃん。母親のエアハートにも会ってくるといい。エアハートも私同様にノールちゃんとの再会を願っていた」


「うん」


そわそわした反応を見せる。


「どうしたんだい?」


優しい表情のまま、グラールは先程と変わらない。


「うん……」


そっと、ノールはグラールに近づくと身を屈めて、ベッドに横になっているグラールを抱き締める。


少しの間、抱き締めていたがノールは離れた。


「ボク、お母さんに会ってくる」


「ああ、そうしてくると良い。エアハートも再会をとても喜ぶだろう」


「うん」


そそくさとノールは部屋から出ていく。


「えっ、ノール、待ってよ」


「杏里くん、少し私の話を聞いていってくれないか?」


「はい、どうしました?」


「杏里くんが、ノールちゃんを支えてきたんだろう? とても感謝しているよ」


「はっ、はい。ボクがノールを支えています」


なぜなのか、杏里は当然のように答える。


「そうか。ノールちゃんも良い友人を持ったのだな」


「友人というよりは、ボクのフィアンセですよ」


「えっ……えっ? どういうことなのかな?」


「ボクたちは結婚をする予定なんです」


「君たちはまだ二十代だ、その概念に至るには相当に若過ぎる。なにかの書籍とか、そういう類の情報に感化されてお互いが盛り上がっただけではないのかい? 実は付き合うとかの考えもはっきりとしたイメージもなく……」


「違いますよ。ノールとは数年前から恋人の関係です。本当なら今日、グラールさんにノールが結婚のご報告をするはずだったんです」


「ノールちゃんが……杏里くんと?」


「はい、そうです。なのに、なにも伝えずにノールが部屋を出ていったのが不思議で」


「そうなのか……」


静かに天井の方を眺める。


「私が誰かに恋をし、好きになったのは……いや、愛することに興味を抱いたのは私が八十に差しかかった頃だった。人には種族というものがある。天使という種族は、普通ならばその年令で思考するのが普通なんだ。それこそが摂理なんだよ。でも、杏里くんとノールちゃんは人間のようなペースで他の誰かを愛することができるようになったんだね。互いに人間ではないのに不思議だね」


「グラールさん、ノールは必ずボクが幸せにします」


「必ず幸せにすると誓ってくれるのなら、などとも言わなくてもノールちゃんも杏里くんを愛しているのだろう? だとすれば、私の出る幕ではない。ノールちゃんをこれからもよろしくね」


「なにかあったの?」


先に部屋から出ていたノールが扉を開け、杏里に呼びかける。


「杏里くん、呼び止めて済まなかったね。さあ、ノールちゃんのところに行っておいで」


「はい、分かりました」


グラールに一礼し、杏里は部屋から出ていく。


「なにを話していたの?」


「ボクたちの関係のこと」


「ああ、そういえば」


色々考えていたせいで、一番伝えたかった内容をノールは忘れていた。


「ノールをよろしくねって言われたよ。ボクらは認められたんだ」


「ついにボクら結婚するのか。一体いつにするか迷うね」


「でしたら、この城で執り行われてはいかがでしょうか? グラール帝もエアハート様もお喜び頂けると思います」


部屋の外に控えていたアイザックが二人に提案する。


「お城で結婚式だなんて凄い。会場を予約しなきゃ……でもお金が」


「ノール様、私にはノール様が感じられた苦労や苦難を分かち合うことができません。ですが、これだけははっきりと言えます。グラール帝国にいる間は、もう金銭的な物事に関してを考える必要はないのです」


やけに真剣な表情でアイザックは語る。


「確かにそれもそうだね。ボクはお姫様らしいから。でもさ、もう成人を迎えた女が全く働きもせず両親におんぶに抱っこだなんて馬鹿げているでしょう?」


「いいえ、全く馬鹿げてなどいないのですよ。ましてや、ノール様が働かれることなどないのです」


「ボクを閉じ込めておくつもり?」


「いえ、そのようなことは……」


「知っている、言いたいことは伝わっているよ。さあ、早くお母さんのところへ行こう」


「了解致しました」


アイザックはエアハートのもとへ二人を案内する。


「お母さんはどんな人?」


案内される途中、ノールはアイザックに尋ねる。


「エアハート様は……そうですね、ノール様に似て活発な性格の方だと私は思います」


「活発?」


自分はそんな性格だったかな?と、ノールは考えた。


「こちらに、エアハート様がいらっしゃいます」


グラールの部屋から数部屋程度離れた部屋の前に立つ。


「意外と近いね」


「扱える部屋も少なかったものですから」


「そうなの?」


「では、少々お待ちを」


二人に声をかけてから、扉へ軽くノックをする。


「エアハート様、いらっしゃいますか?」


室内からの返答はなく、物音もしない。


「今はおられないようですね。一旦、グラール帝のもとへお戻りになられますか?」


「お邪魔します」


アイザックを扉の前から退かして、ノールは当たり前のように部屋へ入っていく。


「いけません、ノール様……」


制止するアイザックの声が聞こえても、ノールは無視する。


室内は、部屋の所有者がそれなりの地位であると一目で分かる広い造りになっている。


ただ、ここで生活している者が王族とは思えぬ程に家具家財が質素だった。


「誰なの?」


室内にあった他の部屋の扉から出てくる人物がいた。


「エアハート様……」


回廊の扉から心配そうな声でアイザックは語る。


「あの、貴方たちは誰なの?」


エアハートがノール、回廊の扉近くにいる杏里に尋ねる。


「ボクはR・ノールだよ」


「本当に? 貴方がノールちゃんなの?」


ノールの傍まで駆け寄るとノールの両肩に手を置き、エアハートは真剣に尋ねる。


エアハートは若々しい外見の女性だった。


ノール自身と対して年令も変わらないであろうと思える程に。


「うん、そうだよ」


ほとんど言い終わる前にエアハートはノールを抱き締めていた。


エアハートは目の前の人物が、自身の娘のノールだと一目見て薄々感づいていたのだろう。


ノールの肯定は確認のために過ぎなかった。


「貴方に会いたかった。本当なら私とグラールで会いに行くつもりだったけど、貴方がまだクロノスにいると聞かされて……今までどうしていたの? なにをして暮らしていたの? お母さんに聞かせて」


「勿論、良いよ」


「そうだ、これから会食にしましょう。グラールもきっと喜ぶと思うの」


とても嬉しそうにエアハートははしゃぐ。


「ボクも手伝うよ」


「良いのよ、ノールちゃんはそういうことなんてしなくても。貴方は私の可愛い子供なのですから」


「そうなの?」


なにか、ノールには違和感があった。


発想がいわゆる貴族特有のものだったから。


「お母さんはさ、元々貴族とかだった?」


「どうしたの、ノールちゃん? 私も貴方も王族よ。産まれた時からずっと」


やけに嬉しそうな反応をエアハートは見せる。


ノールが自らを貴族として認識し、貴族としての心構えを持とうとした瞬間だと思っている。


「それじゃあ早速、お母さんが色々と……あーっと、話が長くなりそうだから皆が一緒の時にお話をしましょう。もっと長く楽しく話せるはずだから」


「それもそうだね」


なんとなく、ノールはエアハートが自身に似ている気がした。

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