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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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帰宅

空間転移の発動により、ノールは自宅の黒塗りの屋敷前に現れる。


「ふう……」


ノールは黒塗りの屋敷を前にして、ため息を吐く。


まだ倦怠感の残る身体で当たり前のように行動するのは、やはり辛かった。


それでも、ノールの心は逸る気持ちで一杯だった。


「でも、なんだろう。また会えるっていう気持ちが凄くあるよ」


嬉しさと緊張でノールの声は少し震える。


「姉貴!」


屋敷の扉が内側から思い切り開く。


どうやってかは分からないが、ノールがこの場に現れたことをエールは知っていた。


「エール!」


頬笑みながら、ノールは両手を広げる。


そこに勢い良くエールが飛び込む。


「どうして、アタシに黙ってたんだよ!」


エールは泣きじゃくりながら、ノールを見上げる。


「兄貴が殺されたことも、クロノスへ行くのも! それに、アタシを元の身体に戻そうとしたのはもう帰って来れそうにないとか考えていたからなのか!」


ノールを強く抱き締め、エールは叫ぶ。


それを見て、ノールは困ったような顔をする。


しかし、すぐに頬笑み、ノールはエールを抱き締めた。


「エール、ただいま」


「答えになっていないよ、本当に心配したんだよ! ずっと姉貴は意識がなくて……アタシ本当に後悔したんだ。あの時アタシは凄く自分勝手で、姉貴が悩んでいたことに気づいてやれなかった。もしかしたらアタシも姉貴と一緒に戦えただろうし、今回みたいにはならなかったかもしれないんだ」


「エールは良い子だね。心配してくれて、お姉さんは凄く嬉しいよ」


ノールは泣きじゃくっているエールの頭を撫でる。


「馬鹿……姉貴はいつもそうだ……」


ノールがエールの頭を撫でていると、ある人物が目に入る。


二人の様子を眺めているミールの姿があった。


「ミール!」


エールを抱き締めていた片腕を離し、ミールが来れるように広げる。


「いや、行かないよ!」


微妙に恥ずかしそうに言う。


「遠慮しなくてもいいよ?」


「遠慮とかじゃなくて……」


「お姉さんが恋しかったんでしょう?」


「ああ、そうだよ! 姉さんが帰ってきて本当に嬉しいよ!」


ミールは駆け寄り、恥ずかしそうにノールへ抱きつく。


「本当はもっと言いたいことがあったんだよ! でも、姉さんがいつも通り過ぎてさ!」


「ボクは普段通りになりたくて戦ったんだよ。ミールがいる、エールがいる。ボクはこの日常のために戦ったんだ」


「姉さん……ありがとう」


嬉しそうにまだ抱きついているエールとは違い、そそくさとミールは離れる。


「ノールさん、帰っていらしたのですね」


微妙な顔つきでジャスティンが屋敷から出てくる。


「ミールが物凄い勢いで部屋を出ていったから、もしかしてと思って来てみたら……やっぱり、ミールは僕よりもお姉さんなんだね。ノールさんには適わないですよ」


親しげにジャスティンは頬笑む。


「ノールさん、ありがとうございます。貴方のおかげで皆が元通りになりました。本当に感謝してもしきれない程に僕は今とても幸せです」


「ボクも幸せだよ。ミールが生き返って、エールも元に戻って。そうだ、今日はとても良い日だから美味しいものでも作ろうじゃないか」


「そうですね、僕も手伝いますよ」


先にノールとジャスティンが屋敷内に入っていく。


ジャスティンは特になにも言われていないのに、ノールに寄り添い支えるようにして歩いていた。


「兄貴の……」


エールが、ささやく。


「どうしたの、エール?」


「シスコンが治るように、ジャスティンに頼んだ方がいいよ。もっと身体のスキンシップを取るとかさ」


エールは楽しげに屋敷へ入っていく。


腑に落ちない様子でミールも屋敷内へと続く。


ゆっくり歩いていたノール、ジャスティンにはすぐに追いついた。


四人でノールの自室前まで行き、ノールが扉を開く。


「皆は休んでいて。料理を作るから」


「ノールさん、待ってください」


キッチンへ行こうとしたノールの腕を、ジャスティンは掴む。


「ノールさんは休んでいてください。僕たちで食べ物や飲み物を買ってきますから」


「えっ、でも」


「今日の主役はノールさんですよ。今は、“あの子”と一緒に待っていてください」


ジャスティンはノールの腕を引いて、ノールが定位置にしているアウトレットソファーに座らせる。


「それじゃあ、姉さん。僕たち三人で、色々買ってくるから休んでいてね」


「うん、ミール。よろしくね」


三人は空間転移を発動させ、どこかへ出かけて行った。


「………」


ソファーに腰かけ、ノールは静かにしていた。


本当は食事を作る体力がないのを、ノール自身がよく知っている。


「ただいま」


部屋の扉が開き、杏里が入ってくる。


「ノール、皆には会えたかい?」


「うん。ボクはとっても幸せだよ」


ノールは笑顔を見せた。


ふいに、扉の外から声が聞こえる。


「なあ、今日はやっぱり止めようぜ」


それは、テリーの声だった。


「私も同じことを考えていました。一時の感情に任せ、いきなり家に押しかけるなど酷く無礼な行為でした」


クァールの声も聞こえた。


「二人とも、入っていいよ」


ノールが部屋の外へ呼びかける。


それを聞いて、二人が室内に入ってきた。


「よっ、ノール」


どこか、テリーはぎこちない。


「ノール、申しわけありません。私は自分自身が恥ずかしいです。人の家を訪ねると言うのに、私はあまりにも無礼が過ぎました」


クァールは一人、反省の言葉を口にする。


彼女にとっての礼儀があり、今回はその信条に合致しない行動を取っていたらしい。


正直、ノールには無礼だという認識はないが。


「別に、気にしなくてもいいよ?」


「優しいのですね、ノールは。今は、これだけを渡します」


クァールはノールに一枚の紙を渡す。


「私の番号です。今から一週間の間に貴方にまた会いたいの。時間が合えば、連絡をちょうだい。もし来なければ、私の方からまた来るわ」


「うん」


ノールが了承したのを見て、クァールは空間転移を扱い、どこかへ帰っていった。


「あの人が悪い人じゃないのは分かるんだけど……なんか違うんだよね。悪い人ではないはずなんだけどさ」


ノールから見ても、クァールがどのような人物かが読めない。


自らの私利私欲に忠実だからこそ、他人が望む平和や平等を追及する精神など理解できるはずがない。


「なあ、ノール」


テリーは先程同様に反応が悪い。


「どうしたの? にしても、今日は凄く美人さんだね。ボクに会うため?」


テリーのドレス姿が、ノールは気に入った様子。


「いや、オレの服装のことなんかどうでもいいんだ。クァールのように……」


「君はボクの友達でしょ。クァールさんは正直よく分からないけど、テリーはボクの屋敷に住んでいるじゃん。テリーがボクの部屋を訪れるのは、なにも悪いことじゃないの」


「今はオレ、この屋敷には住んでいないんだ。聖ミーティア帝国に引っ越したから」


「どこそれ?」


「それよりもな……」


ノールの前でテリーは床に座る。


「待って、止めて」


頭を下げようとしたのを、ノールは腕を引く形で止めさせる。


「友達じゃん、止めてそういうの。悲しくなるから」


「ああ、そうだな」


ノールの腰かけるアウトレットソファーにテリーも腰かける。


「今、オレは聖ミーティア帝国で聖帝として聖帝会という組合を作り、活動している。能力を使うのはオレだが、アーティとリュウの発想力は凄い。あいつらのおかげでオレはとんでもない程の大金持ちになっている。ノール、お前も杏里もVIP待遇で歓待してやるから必ず来てくれよ」


「お金持ちなの?」


「そこだけかよ。なんというか、お前らしいな」


テリーはソファーから立ち上がる。


「今日は、家族水入らずで楽しくやってくれ。オレもいた方がいいと、ノールは言うだろうが皆で楽しくやってくれ」


軽く手を振り、テリーは空間転移を発動して消えた。


「………」


いつも通りに話していたが、ノールはテリーに怖さを感じていた。


テリーの腕を掴んだ時、通常あるはずの魔力を全く感じなかった。


魔力を有しているのが当然だったテリーが、魔力を有していない。


にもかかわらず、魔力があって初めて発動できる空間転移を発動している。


常識では考えられない事態に、魔力体として言いようのないものが胸中に渦巻く。


「テリーさん、元気そうで良かったね。久しぶりに会えて良かった」


「そうだね」


とりあえず、ノールは今の気持ちを杏里に伝えるのを止めた。


「ノール、実は君に会わせたい人がもう一人いるの」


「もう一人?」


すっと、杏里はノールに手を差し出す。


「うん?」


ノールは杏里の手を握り、立ち上がった。


そして、二人は隣の寝室へ入る。


「ウソ……」


ノールは一言だけ話す。


寝室のベッドに仰向けで寝ている人物がいた。


懐かしいその顔に、ノールの目からは涙が零れた。


「シスイ君」


身体の倦怠感など、ノールの頭にはなかった。


急いでベッドの傍まで駆け寄る。


「母さん」


声を聞き、シスイは上半身を起こす。


そこへノールがシスイを抱き締めた。


「もうどこへも行かないでね」


「僕はいつも母さんの傍に」


杏里は頬笑みを見せる。


「良かったね、ノール。また僕たちは三人で暮らせるよ」


「シスイ君はどうやったの?」


「シスイ君もテリーさんが元に戻してくれたんだよ。テリーさんの能力は本当に凄いよ」


「テリーが……今度お礼を言わないと」


「そういえば、エールが驚いていたよ。ボクらの子供だって話したら」


「エールにはシスイ君についてを全然話していなかったからね。もうシスイ君は皆と慣れた?」


「もう皆シスイ君を家族の一人だと思っているよ。シスイ君は優しくて礼儀の正しい子だし」


「良かった……」


ノールは、より幸せを感じていた。


その後、帰ってきた三人とともに六人で小さいながらも催しを開き、再び出会えたことの喜びを祝った。

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