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一族の楔  作者: AGEHA
第一章 二つの一族
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パラダイムシフト 2

室内にタルワール、ジリオン、桜沢有紗の三人が現れた。


「あっ」


見覚えのある三人の出現に、ノールは声を発する。


「ノールさん、また会えましたね」


以前と変わらず、タルワールは物腰柔かな感じ。


しかし、今では囚人服を着せられ、両腕には手枷が嵌められている。


ジリオン、桜沢有紗も同じ状況で、痩せこけ覇気が感じられない。


「お前とお前」


ノールはタルワール、ジリオンを指差す。


「詭弁を弄する正義面。お前たちみたいな悪い奴らは皆そうなる運命なんだ、ざまあみろ」


二人を指差しながら、ノールは少し冷静さを失っていた。


ノールは二人を非常に憎んでいる。


「そうですね。オレもジリオンさんも、もうすぐ処刑されると思います」


「あっそう、それは良かったね。できるだけ惨たらしく死んでね、すぐでいいよ」


よっぽど腹立たしいのか、ノールは適当な相槌を打つ。


「ところで、どうしてこの悪党たちと一緒に有紗さんが?」


ノールには桜沢一族が、今回のクロノス戦にどうかかわったのかを知らない。


「ノール……あの……」


普段の杏里らしくない弱々しい口調でノールに呼びかける。


明らかにクァールやアクローマを気にしていた。


「なに、杏里くん?」


「有紗お兄さんを許してほしいの」


「……杏里くんがそこまで言うのなら、ボクもその方が良いと思うよ」


杏里と数秒間見つめ合い、なにかを悟ったようにそう答える。


「よくありません」


即座にクァールが否定する。


「なぜ、桜沢一族で唯一犯罪者扱いをされているのか、貴方も知らなくてはなりません。この者が一体なにをしたのかを。この者は、貴方を消滅させる一因を作り出した者なのです。それだけで大罪であるのは言うまでもありませんが、ましてこの者は桜沢一族を裏切り、私たちR一族でさえも裏切りました」


「だから、ボクが別に構わないと言っているのだけど」


「なりません。貴方はR一族当主なのですよ。貴方がR一族の手本となれなくてどうするのですか?」


「………」


この手の話題が、ノールは苦手だった。


誰かを説得するに足り得る明確な内容をノールは上手く表現できない。


「だったら、有紗さんは刑を軽くしといて」


「とりあえず、今はそうしますかね」


あまり心の籠っていない口振りでクァールは語った。


「ところで、クァールさん」


ふいにタルワールが語る。


「ノールさんをどのように扱うつもりですか? ノールさんが極致化していた事実は歴然とそこにあります」


「極致化したからといって、ノールはなにも問題ありませんよ」


特に問題としていない感じでクァールは語る。


ただ、雰囲気はそう語っていない。


「………」


今のノールがそのわずかな機微を、逃すはずがない。


「なんだか、もう、いいや」


ノールはベッドから立ち上がろうとする。


「ノール」


立ち上がろうとしたノールを杏里が支えてあげた。


「ノール。貴方、もしかして帰ろうとしていませんか?」


クァールが尋ねる。


「そうだけど?」


「いけません。ノール、貴方はこれからの日々を当主として働かなくてはなりません。それが当主となった者の運命(さだめ)です。私が貴方に教えられる範囲でサポートに回りますから、全ての者たちに平和と平等の秩序ある世界を……」


「そんなの知らないよ」


「はっ?」


本当に予想外な答えを返されたのか、クァールは間の抜けた言葉を発する。


「ボクはボクらしく生きたい。当主としての仕事は分からないでもないけど、今はボクの生活が大事かな」


ちらっと、タルワール・ジリオンに視線を移す。


「ボクから言わせてもらうと、あの二人は今すぐ死んでほしい。でも、総世界政府クロノスは残した方がいいと思う。あの組織は正義の観点から存在していたから、これからもあった方がいい」


「どういうこと、ノール。貴方の言っていることが私には分からない」


そこにクァールが言葉を挟む。


クァールには、というよりもR一族的にあのような紛い物が総世界政府などと宣った時点で万死に値する。


残すなど到底ありえず、ましてや存続させ活動を続けさせるなど意味が分からない。


「今は静かにしていて。これはとても大事な話だから」


「私にとっても大事な話であることに変わりありません。いいえ、私たち一族にとっては特に重大です。私たちは彼らに殺害されたのですよ。これを罰せず、聖人君子の如くことごとくを許し与え続けるなど到底許せるはずがなく、断じてあってはならない」


「そうなの。でも、残念だったね」


ノールの表情に笑みが浮かぶ。


「貴方はなにか誤解しているようだけど、これはR一族の勝利じゃない。ボクがタルワール・ジリオンに勝ったんだ。貴方は負けたじゃないか。ボクは貴方みたいに勝った気でいるR一族を見ていると無性に腹が立つよ。ボクがいなければ全滅だったんだから」


それから、ノールは杏里の方を見る。


「あとR一族、桜沢一族は和平を結び、地位とか下らないものを互いに等しくしよう。この二つの一族はともにクロノスへ全面的に協力すること。なので、クロノス側も両一族を支援することにしよう。互いに争い合う必要性なんてないんだ」


「私は到底納得できません」


明らかに不服と取れる態度をクァールは示す。


ノールの発言はクァールにとって理解に苦しむ以外の何物でもない。


「次期R一族当主になにか言いたいことがあるの?」


「ふー……っ。特にありません」


考え込み大きく溜め息を吐くと、クァールはすんなり答えた。


「そうなの? 気に食わないんじゃないの?」


「今は、貴方のしたい通りにしましょう」


口では、そう語る。


当然ながら、クァールがそのような内容を承服するはずがない。


とりあえず自宅へ帰ってもらい、ノールの頭が冷えた辺りで今一度話を聞こうとしていた。


端からノールの意見など煙に巻こうとしている。


「だったら、スキル・ポテンシャルの権利を扱う際はボクの同意なく発動できないようにしよう」


「なんですって!」


ついには我慢ができなくなり、クァールは怒声を上げた。


クァールにとっては、というよりもR一族の略全てにとって余計なことである上に、まるで神であるかのような振る舞いをノールはしている。


「なにか問題があるの?」


「なにを言っているのですか! ノール、貴方はなにがしたいのですか!」


「止めなさい!」


大声でアクローマは叫ぶ。


険悪なムードになり始めた二人の間に割って入り、制止させた。


「望んでない! R一族同士の戦いなんてもうこれっぽっちも望んでない! どうしてまたいがみ合うのですか、先の戦いでどれ程一族一派の者たちが疲弊したのか忘れたのですか!」


「ええ、アクローマ。分かっていますとも」


落ち着き払ったようにクァールは語る。


「だからこそ、そのようなこと自体をさせないためにR一族の権利は扱わざるを得ないのです。貴方だって本当はもう分かり切っていることじゃない」


「分かり切っているから実行するのはおかしいでしょ。私のお陰で平和ですとかされてもね。ボクはもう帰るよ」


空間転移をノールは詠唱し出す。


「ノール、まだ話はなにも決まっていません! 貴方を帰すわけにはいきません!」


クァールは止めにかかる。


しかし、ノールが水人化していたため、ノールを捕らえられなかった。


ノールもまた徐々に透けていき、目には見えなくなった。


「ボクも帰ります」


一度、桜沢有紗に小さく手を振ってから杏里が言う。


静かに有紗はうつむいたまま、なにも話さない。


良き兄としての有紗の面影はそこにはなかった。


「いいえ、状況が変わりました。貴方を帰せません」


「どうしてですか……?」


やはり先程のノールの態度が不味かったのかと思い、杏里は心配そうな声を出す。


「ノールには今すぐにでも考えを変えてもらわなくてはなりません。ですが、あの様子では私が会いに行ったところで考えを改めたりはしないでしょう。そこで、桜沢杏里。貴方には仲介役として……」


「あの、クァール様。それは非常に不味いような気がします」


アクローマが答える。


「ノール様が真に力を発揮するのは、紛れもなく身内になんらかの被害があった際なのです。今回のノール様の極致化もミール様たちの死が原因で……これ以上ノール様を刺激し追い込むことは危険だと考えられます」


「だったら諦めなくてはいけないの? 救いを求めている人々を無視しろと? 罪を行う者たちに平和や平等を伝え、改心させてはならぬと? 私には力があるのよ、彼らを救い上げられるだけの権利という力があるの。私の命に関わる、そんな些細なことでこの行いを止めるつもりは決してありません」


「私もクァール様と同じ考えです。諦めるつもりなど決してありません。貴方の理想を信じついてきた私も命を懸けてでもクァール様の理想を再び叶えてみせたい。しかし、ノール様にも……」


二人の会話中、室内にノックをする音が響く。


「ノール、いるか?」


呼びかけとともに、室内へ三人の人物が入ってきた。


「聖帝……」


アクローマが反応する。


「止めてくれないか、オレを聖帝と呼ぶのは。テリーと呼んでくれ」


普段と変わらない口調で話しているが、テリーの雰囲気は変わっていた。


男装していた時とは異なり、淡い青色を基調としたスレンダーラインのドレスを着用して清楚な女性となっていた。


テリーの傍らにはエスコート役としてアーティ、リュウの二人がいる。


二人は当然のように帯刀していた。


「それより、ノールはどうしたんだ? オレやアーティ、リュウに水人検索してきたから会いに来たんだ。今日、目覚めたんだろ?」


「ノールが? そんな動作をしていましたか?」


周囲の者にクァールは尋ねる。


「ノールは使っていましたよ」


クァールの問いかけに対して、杏里は答えた。


「今のノールには詠唱も不要みたい。ノールは皆をとても心配していたようで何度も何度も水人検索を行って、ミール君やエール、ボクらの友達たちを探していたんだよ」


「ノールらしいな。それで、ノールは? 目覚めたら新当主にしてやるんじゃなかったのか?」


肝心のノールがいないのでテリーは室内を見渡す。


「ノールは確かに新当主となりました。彼女にはそれを行えるだけの力も資格もありますから。ただ、それは時期尚早でした。彼女だからこそ私の役目を担ってくれると思っていたのに……」


「なんだ、お前の言いなりにしようとしたのか? そんなの、ノールがやりたがるわけないだろう」


「いいえ、それだけが原因ではありません」


「だったら、ノールにまた他の面倒を押しつけようとしたろ? ノールは今までのR一族みたいにさも当然に権力を振りかざすのは好きじゃない。逆になぜか奉仕する側に立ちたがるような奴だ。そういう考えの奴と話なんて噛み合うはずないだろ」


「まるでなにもかもを知ったような口振りですね」


「そっちよりかはノールを知っているつもりなんでね。それじゃあ今からノールの屋敷にでも行こうか」


テリーはアーティ、リュウの方を見る。


「お前らは帰っていいぞ」


「分かりました、テリー様」


二人は口を揃えて同じく語る。


丁寧に語ってはいるが、若干にやにやしていた。


別にテリーが聖帝だから崇めているわけではない。


こういう風に語り、威厳や風格を漂わさせ他人にもそうさせようと三人で事前に決めていた。


元々三人に上下関係はなく、今となっても三人で一番機転が利くアーティがまとめ役として割を食っている状態なのは変わりない。


勿論、それを他人は知らないが。


「さて、私も……」


クァールはタルワール、ジリオン、桜沢有紗を指差す。


空間転移の発動により、三人の姿は消えた。


「見苦しい者もいなくなりましたし、テリーさん、桜沢杏里。今から、ノールのもとへ向かいましょう」

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