聖帝の存在
ノールが消えてなくなってから、数分後。
アーティ、リュウ、杏里の三人が宮殿まで辿り着いていた。
「テリー無事だったか!」
崩壊しかけた宮殿に、一人静かに佇んでいたテリーの存在にアーティは気づく。
「要らんお世話かもしれないが……助けに来たぞ」
アーティはテリーの肩にポンと手を置く。
「んん?」
そこで、アーティはテリーの異変に気づく。
テリーは下の方を眺めたまま、アーティになんの反応もしない。
不審に思ったアーティはテリーの顔の前で手を振る。
「駄目だ、こいつ。全然反応しない。おい、リュウ!」
アーティはリュウに呼びかける。
「……あっ、ああ。どうした?」
リュウは宮殿の出入り口付近で立ち尽くしている。
断じてあってはならない光景を目の当たりにしたリュウは完全に思考停止していた。
クロノス総帥のタルワール、クロノス最強の戦力ジリオンの二人が死んでいたから。
「テリーの様子がおかしいんだ。なんとかならないか?」
「どれどれ……」
リュウもテリーに近寄る。
少しだけテリーを見つめてから……
「簡単だろ、引っ叩けばいいんじゃね?」
「いいね、それ」
アーティは即答して、間髪入れずテリーの顔を叩く。
「ははっ、違う違う、こうだわ」
アーティを退かし、リュウもスナップをつけて思いっ切り顔を叩く。
勢いがあり過ぎて、テリーは尻餅をついて背後へ倒れた。
尻餅をついたテリーだったが、特になにも語らず普通に立ち上がった。
「全然駄目じゃん」
二人ともテリーに加減がない。
女の子扱いをしていたとはいえ、自らと同じくらい強い傭兵とも扱っているのが原因。
「そういえば、有紗がテリーにある能力を発動していたな」
「有紗? 誰だ、それは」
「桜沢有紗だ。クロノスの構成員であり、綾香さんと杏里の兄貴。そいつが桜沢一族特有のスキル・ポテンシャル“支配”を扱い、テリーを行動不能にさせているはずだ」
「どうして、お前がそんなことを知っている? 学者か、お前は?」
「オレと有紗でテリーを誘拐したからだ」
「誘拐? 誘拐ってお前……もっといるだろ、それくらい」
アーティは白けたように腕を振る。
「もっと愛想の良い可愛らしいお嬢さんを捕まえろよ。テリーもいい迷惑だったろうな、そんなんじゃないのに」
「いやその、テリーはこの世で唯一無二の存在、聖帝だからだ」
「ところで、有紗は?」
「おっ、おう」
普通に誘拐の件をスルーされたリュウは逆に驚いている。
今回の件の首謀者は正しく自分なのを強くリュウは感じていたのだから。
「有紗は……多分死んだかもな。今となっては、このクロノスの街も陥落まであとわずかだろうから」
「じゃあ、杏里だな。近くにいるし」
二人は杏里がいる方を見る。
杏里は床にぺたん座りをして、泣きじゃくっていた。
「ノール……」
「ノールがどうした?」
なんとなく不憫に思ったアーティが杏里の傍に近寄る。
「ノールが……死んだんです。リザレクでも生き返らない」
「死んだ? あいつがか?」
アーティの中では、まだノールはクァールに身体を取られていると認識している。
それでアーティはクァールがタルワール・ジリオンと同士討ちしたのだろうと考えた。
「それは残念だったな」
アーティは杏里の肩に手を置く。
「あいつ好みのでかい墓、造ってやれよ。なっ?」
白い歯が見えるくらいにアーティは気さくに頬笑む。
「うああ……」
先程よりも大きく声を上げて杏里は泣き出した。
「さっきも思ったが、お前には人の心があるのか?」
今のやり取りから、普通にリュウは引いている。
「きっと、ノールはテリーのスキル・ポテンシャルで存在を消されたはずだ。テリーにはそれを容易にでき得る力がある」
「なんでお前がそれを? 分かった、学者なんだろ?」
「そういった能力を自在に扱わせるために、テリーを誘拐して自我を失わせたんだよ。悪かったよ、全部オレのせいだ」
「なあ、おい杏里」
再び、アーティは杏里の肩に手を置く。
「テリーにスキル・ポテンシャル支配を扱って、自我を戻してくれないか?」
「………」
激しく取り乱している杏里はアーティの言葉になにも答えられない。
「頼むよ、お前にしか頼れないんだ」
それから数分の時間が経過した。
まだ杏里は取り乱していたが、テリーを指差す。
「支配発動、支配を解く」
スキル・ポテンシャルの支配を解呪させた。
変化はすぐに起こった。
床の方を見つめたまま、なにも反応しなかったテリーが正面をしっかりと見た。
「アーティ、リュウ、杏里」
テリーは三人に呼びかけ、近づいてくる。
「テリー、良かった。助けに来たぞ」
アーティはテリーに駆け寄る。
次の瞬間、アーティの顔面に拳が叩き込まれた。
ふわっと、アーティの身体が浮き、背後の壁まで吹っ飛んでいく。
「リュウ!」
一気にテリーは駆け出し、リュウの顔面に思いっきり拳を叩き込む。
同じようにリュウもぶっ飛ばされ、アーティの隣に倒れた。
「どうして、オレは殴られたんだ?」
アーティは鼻血を流しながら立ち上がる。
「悪かったな、どうせオレは可愛くないわ!」
「お前そんなこと気にしてんのか」
なぜか、アーティは呆れている。
「あと、リュウ。これで終わりだから。オレに変な気を遣うんじゃないぞ」
「ははっ、ありがとう、テリー」
リュウは涙を流しながら、笑っている。
自らのした行いを一発殴っただけで許してくれたテリーに感謝した。
本当に仲間というものは良い物だと実感していた。
「あと、杏里」
テリーは杏里の隣に座る。
「簡単に説明するぞ、ノールはまた生き返る。オレにはそれができる力がある」
「ええっ……」
「オレの能力は複数あるんだ。事象を消滅させる能力があり、そのまた逆もできる」
「ほ、本当ですか?」
「ただ、今のオレは行えるレベルに達していない。杏里、オレを殺せ。そのあとで、復活の魔法リザレクをかけろ」
「えっ、でもそれは……」
杏里には、テリーがなにを考えているのか分かった。
今現在のテリーの能力では、聖帝の力を完全には制御しきれない。
だからこそ、次の段階へと能力を昇華させる覚醒化を行えるようにする必要があった。
「………」
その時ふいに、杏里の肩に手が置かれる。
今わずかにでも動きを示せば、死ぬだろう。
唯一、それだけが明確に杏里の脳裏を掠める。
「ボケ、お前ら二人にやれんのか? 引っ込んでろ、役立たず」
テリーの目に強い殺気が宿り、杏里の背後にいるアーティ、リュウを睨みつける。
杏里の肩から、アーティは手を引いた。
背後からの殺気も和らぎ、杏里は背後を振り返る。
「ははっ……だ、そうだな」
どこか、アーティは捻くれた笑みを浮かべる。
「一発、もしくは二発で仕留めろ。終わったら、復活の魔法リザレクだ。いいな?」
「うん……」
杏里は頷いた。
テリーは魔力を抑え、杏里の間合いから最も強力な一撃が加えられる位置に立つ。
「じゃあ、次は復活の魔法を……」
杏里が声を発した時。
テリーはうつ伏せに倒れる。
初動がテリーには勿論、アーティ、リュウにも見えなかった。
「発動、リザレク」
何事もなかったように、テリーは立ち上がった。
「済んだな。皆、オレから離れろ」
死んでいたはずのテリーはその空白期間をものともせずに普通に現状を認識していた。
言われた通り、他の三人は距離を取る。
「来い、聖帝! オレはここだぞ!」
テリーは絶叫する。
次の瞬間、宮殿も周囲も激しく軋み出す。
なにか、途轍もない強大な力が凄まじい勢いでテリーへ向かってきていた。
「………!」
異様な状況に、アーティ、リュウはなにかを叫ぶ。
だが、そのなにかが轟かす大音が全ての音をかき消してゆく。
ついに、テリーへと強大な力の源が到達する。
それは、前聖帝の姿。
前聖帝の全てが、テリーを目がけ一点集中で飛来した。
轟音も途切れ、辺りはしんと静まり返った時、まさに全ては成った。
新たなる聖帝の誕生。
前聖帝の全てを継承する、それがまさに現聖帝となるための儀式。
別に儀式には、誕生の地である聖ミーティア帝国も、儀式の祭壇も、なにもかにもが一切必要ない。
唯一必要なのは、現聖帝が本来の力を収められるだけの器となったタイミングだけだった。
「スッゲ……」
テリーは、ぽつりと一言だけ語る。
「………」
暫し、テリーは黙していたが……
「R・ノール」
近くの床を指差す。
その場には、完全に消滅していたはずのノールが横たわった状態で出現した。
「ノール!」
涙を流し、杏里がノールに抱きつく。
ノールにはわずかばかりの反応もない。
「ノール……」
杏里はノールの口元へ手を当てる。
「息していな……」
途中で、ノールがそもそも魔力体で息をしないのに気づき、胸元へ手を当てる。
「良かった……生きている」
再び、杏里は強くノールを抱き締めた。
「な、なあ、テリー」
焦った様子で、アーティがテリーに声をかける。
「今のどうやったんだ?」
「普通に生き返らせただけだ」
「誰でも生き返るのか?」
「今のオレにとって息を吸って吐くくらいには簡単だ」
「そりゃあ凄い!」
アーティは喜び、テリーの背中をバンバンと叩く。
「な、なんだよ、急に?」
「でよ、一人頭いくらだ?」
算盤勘定の手つきで、アーティは聞いている。
「………」
アーティの言葉に、テリーは目から鱗が落ちる思いがした。
絶対にあってはならない三人の“巡り合い”。
それが、ついに結実した瞬間。
ここに、総世界へ新たに楔を打ち込む新興勢力“聖帝会”が誕生した。
登場人物紹介など
聖帝の能力(能力は、現在二つ。事象を消滅させる能力と、事象を再起させる能力。再起に関しては、テリー本人が対象者を一切知らずとも元に戻せる。それも夥しい数を瞬く間に。復活の魔法リザレクは対象者が魔力を有している必要があり、レベル差があり過ぎると機能しなくなり、対象者を知らないと復活できず、禁止令でも復活を防がれ、魔力を多く扱うために連続で発動はできない特性がある)
聖帝会(聖帝テリーの力を扱い、人々を復活させる。テリーとアーティ、リュウの三人の胸三寸で“寄付、お布施”の金額が明確に変わる。ちなみに~会の名は、教会などの宗教的なものではなく、無頼漢が運営するヤクザ的なものから)