襲来
「ルインさんは向かってくるようですね。ならば、オレは権利を発動します。ルインさん以上の強さを、速さをジリオンさんに与えましょう」
「いいだろう、その権利受けよう」
命をかけた突撃を行うルインを前に、タルワール、ジリオンはあることを語る。
タルワールはスキル・ポテンシャルの権利を発動した。
ジリオンはいわゆる99.9%には該当しない特殊型の体質で、権利を発動されても無効化できる。
だが、自らの意思で受け入れたいと望んだ発動のみを自らのものとできるというさらに特殊型。
「今のは一体……?」
急激な覇気を漲らせたジリオンを認識し、ルインは再び立ち止まる。
両腕を前に構え、防御の姿勢へ移行した。
次にルインが見たものは下方から迫りくる拳だった。
構え、防御に移行したルインに隙はない。
ただ、隙はなくとも、ジリオンの速度はルインであっても対応できぬ程に速かった。
「ああ……!」
懐に入り込んだジリオンの振り上げた拳によるアッパーカットでルインは顎を打ち抜かれる。
下段から打ち抜かれた反動でルインは数十センチ跳ね上がり、背後へ仰向けに倒れた。
「おや? こんなものなのか?」
思いの外いとも容易く良い一撃が入り、意外そうにジリオンは語る。
「この……!」
脳震盪を起こしていても不思議ではない状況から、ルインは両足を振り上げてから振り下ろす反動で瞬時に立ち上がろうとした。
そこへ、ジリオンは狙い澄ましたようにルインの首筋へ蹴りを加え、再び地面に押し倒す。
あまりの激痛にルインは悶絶し、両手で首筋を押さえ血液の混じった吐瀉物を吐いた。
それでもルインは片腕の力だけで一気に立ち上がると、臨戦態勢の構えに移る。
臨戦態勢の構えも束の間だった。
ジリオンの追撃による巨躯からの飛び蹴りを胸部に受け、鈍い音とともにルインは背後に数メートル弾き飛ばされた。
背面に吹き飛ばされた衝撃を利用して転がった状態から再びルインは一気に立ち上がる。
ようやく立ち上がれたものの、ルインは限界だった。
咳き込みながら大量に吐血し、血液の不足で両足の震えが止まらない。
「あぁ……あ……」
ガクガクと両足を震わせながら両膝をついた。
顎を叩き割られ、喉に致命的なダメージを与えられ、胸部への衝撃により言葉を発するのは勿論、呼吸さえ困難な状態に陥っていた。
「もう止めてくれないか?」
強い口調で綾香は言う。
「これ程に力の差があるんだ。ルインを一撃で殺せたはずだろう。どうして、このような惨い仕打ちをする?」
「殺すならば苦痛を与えずに殺せと言うのか? それはできない。ルインがどのような者かをルインの主人でありながら全く分かっていないようだな」
「………」
「ルインは今、罪による罰を受けている。死ななければならないが、過程が必要だ。犠牲者たちはこれ以上の塗炭の苦しみを味わったのだ。だとすれば、徹底的に死の恐怖を味合わせ、死の淵へ落とす程の痛みを執拗に繰り返し、ルイン自身から死者へ懺悔の念を心の奥深くから示せるようになるまで決して止めはしない」
「ルインは救われないのか?」
「ない、断言してもいい」
「そうか」
魔法剣を綾香は作り出す。
「貴方が戦うのか、ルインのために?」
「違う、ルインを解放する」
「手出しはさせないつもりだったのだがな。どうする、タルワール?」
ジリオンはタルワールに意見を促す。
「構いませんよ。綾香さんがそうしたいのなら、オレは止めません。しかし、それは貴方の傷になりますよ」
「お前らに殺されるよりもルインは望んでいるはずだ」
「ルインさんが一体なにをしたのか、お教えしましょうか? いや、是非聞いてもらいたいです。オレたちが一体なんのためにルインさんを殺さなくてはならないか、そこまでの過程を全て話さなくてなりません」
「後にしてくれないか? ルインは苦しんでいるんだ」
「構いませんよ」
「分かった、自由にさせてもらう」
それだけ言うと、綾香はルインへ近づく。
地面に座り込み、ルインは吐血し咳き込みながら自らへ近づいた綾香を静かに見上げていた。
致死量に匹敵するダメージを受けたルインはとても弱々しい。
これ程に弱々しくなったルインを見たことがなかった。
「ルイン……」
無意識の内に言葉が漏れた。
綾香には分かっていた。
ルインが桜沢一族を裏切るなどしていないと。
まして、この場この状況にいる者が裏切っているなど到底有り得ない。
明らかにルインは嵌められた。
例え分かっていても綾香の手でルインを殺さなくてはならない。
ルインを救うにはそれしかない。
「ルイン、済まない……」
地面にひざまずき、ルインを抱く。
その瞬間、周囲の空気が変わった。
とても穏やかな気持ちになり、自らがいかに幸福であるかと心から実感できる程の安らぎが綾香を覆う。
この“恐ろしさ”の理由を綾香は経験則から理解していた。
即座に綾香はある方向を見る。
そこには暗闇を覗かせる異次元へと繋がったゲートが現われていた。
「あれは……まさか……」
驚きを隠しきれない様子で綾香は言葉を発した。
異次元空間が内側から開かれている。
異次元空間の内側から脱出するなど、ルインの力でさえも不可能だったはず。
しかし、それを可能とさせる者が今まさに現われようとしている。
異次元から現れた者。
それは、ノールだった。
なにも語らず、ノールはタルワール、ジリオンを見つめていた。
「不味い……ルイン逃げるぞ!」
血の気が引き青ざめた表情で綾香が叫び、満身創痍となったルインを抱きかかえ一目散に逃げ出す。
二人が逃げ出すのをジリオンは視認していたが追わない。
「やはり、桜沢綾香はルインを殺せなかったか。いや、今はそれなどどうでもいい。なぜ、またノールが現われたのだ?」
ノールを確認したジリオンも綾香同様にとても穏やかな感情を抱いていた。
いかに幸福で恵まれているかと、深く心から思えていた。
なぜ、この瞬間にこの状況下で今の感情を抱いているのか、ジリオンには分からない。
しかし、タルワールの様子はジリオンとは全く異なっていた。
声も発せられない程に怯え、身体の震えを隠しきれないようにジリオンには見えた。
ジリオンには不思議な光景だった。
ジリオン、タルワールにとって、ノール(クァール)は既に一度勝利した相手。
事実、対処法もタルワールとジリオン自身の対応も容易く行える。
それだけ有利な状況下で、ルインにさえ恐怖の感情を見せなかったタルワールが怯えているのかが不思議だった。
静かにゆっくりとした足取りでノールはタルワール、ジリオンに迫る。
タルワールは相変わらず怯えていた。
「なにか、あるのか……?」
不思議に思いながらも、ノールの接近に対応するため、ジリオンは封印障壁を張る。
行動に理解ができず、ジリオンは防御へと移行していた。
「タルワール、一体どうしたのだ。恐れをなしている場合ではない。倒すべき存在が目の前にいるのだぞ」
「ジリオンさん……逃げてください」
「なんだと?」
その時、ノールが封印障壁にふれた。
ノールは物理、魔法攻撃を略全て防ぐ封印障壁を押す動作を行っていた。
じっと、ノールはタルワールだけを見つめている。
戦う者とは思えぬ程に表情は穏やかだった。
「タルワール、オレは行くぞ」
封印障壁からジリオンは素早く出ると、ノールに大剣を振りかざす。
自らの背面まで振り上げられた大剣を、ノールを真っ二つにするため振り下ろした。
一瞬の速度、そもそもノールがジリオンを見ていないことからノールはその一撃により即死となるはすだった。
だが、大剣はノールを透過する。
「……水人化か」
大剣に魔力の電流を通電させ、再びノールを叩き切ろうとした。
寸前、ジリオンの動きは止まる。
わずかにノールが視線を送ったのを見てしまった。
錯覚かと思われた。
そうとしか、ジリオンには思えなかった。
殺気も闘気も放たず、威圧も脅迫さえ、なんの素振りすらもノールは行っていない。
ジリオンは酷く恐怖を感じていた。
ふと、ジリオンはその感覚により思い出す。
それは過去に強く感じた恐怖。
タルワールとともに過去にルインを異次元へ封印する際の戦いで感じ取った恐怖と現在の恐怖が全く同じだということだった。