致命傷
先の戦いから数日後。
奪われたスロートの砦を越え、ステイ軍が近々スロートの街へ攻め入るという報告が砦付近まで偵察に出ていた斥侯からあった。
報告を受けたクロノは隊長格の者たちのみを城内の作戦会議室に集結させる。
この時、神の使いであるノールも一緒に参加させた。
「事前に話していた通りだが、こちらの女性がオレたちとともに戦ってくれる神の使い、水人のノールだ」
作戦会議に入る前にクロノは自らの隣にノールを立たせ、紹介する。
クロノの隣に立ったノールは、どこか腰が引けている。
「ノールの役割は兵士たちの士気高揚だ。窮地に陥ったオレたちのもとに降り立ってくれた神の使い。それはまさに心の支えとなる。ノールの存在を皆の心に強く抱かせてほしい。いいね?」
「う、うん……」
「あと、ノール。この部屋に集まってもらった者たちは隊長格を担っている者たちだ。各々の名前だが、ライル、ルウ、橘綾香、春川杏里だ」
かなりあっさりと紹介を行う。
「ちょっと、そんな紹介あるの?」
簡単な紹介に綾香が口を挟む。
「ハーイ、私が綾香よ。綾香お姉さんと呼んで構わないわ」
「よ、よろしくね」
終始緊張しているノールは綾香に頭を下げた。
「各々の自己紹介はあとでやってもらうつもりだったんだよ。ノールもこれからは同じ仲間なんだ、そんんなに緊張しなくていいよ」
ノールに頬笑みかけ、クロノは話す。
変に萎縮され、離脱されては溜まらない。
「それと、皆にも伝えておくことがある。入ってくれ」
作戦会議室の扉の方へ呼びかけた。
そこで二人の人物が入室する。
先日ノールを指導しようとしたカイトと。
緑の瞳、緑髪ショートヘアで耳が尖ったエルフ族の少年と思わしき人物。
「こちらは新たに隊長格として戦争に参加してもらう傭兵のカイトと、エルフ族のジーニアスだ」
「よろしく」
カイトは腕組みし、それだけ語る。
「………」
ジーニアスはなにも語らない。
「これからは仲間なんだ、もっと話してもいいんだぜ? とりあえずまあ、今回の作戦を立てていこう。あと、ノールは戦闘に参加させないようにな」
「どういうことだ?」
その時、カイトが一言だけ声を漏らす。
しかし、異論を申し立てたわけではない。
そのまま作戦会議が進んだ。
カイトが不信感を抱いたのは、事前に元々のメンバー内でクロノが共通認識とさせてしまったせい。
士気高揚目的だとかは聞いていない。
会議も終わり、皆が作戦会議室を後にしていく中。
ノールは指導部屋へ向かった。
実際に戦わなくて良いとの話から安心していたが、なんとも言えない不安な気持ちも同時に抱えている。
指導部屋に向かうのは、それが原因。
水人としての存在を気づかれて以来。
誰もが自らをノールとして、一人の女性として見てくれていない。
人々は各々が思う偶像だけを自らに見ている。
神の使い。
そんなものなど存在しない。
それが端から分かり切っているノールは指導部屋の隅の方で一人でいる方が寂しくても落ち着けた。
「待ちな」
指導部屋に向かう途中、カイトに呼び止められた。
「なに……?」
カイトは呼び止めて、いきなりノールの腕を引っ張る。
「痛いよ、離して……」
カイトの手を振り払おうとする。
「さあ、お前も来るんだ」
「どこへ?」
「どこって、戦場に決まっているだろう。お前にはオレと一緒に戦場の最前線に来てもらう。兵士たちの士気向上のためにな」
「ボクは戦わなくてもいいって……」
「戦闘に参加させるな、というだけの話だ」
カイトは背負っていた剣を抜き、ノールの首筋にあてがう。
「来ないという選択肢はないぞ?」
「うん………」
拒否ができなくなったノールは自らの意志とは関係なく戦場の最前線へと向かう。
他の兵士たちとともに行軍し、ノールは最前線へ辿り着く。
兵士であるならともかく今まで貴族の館の使用人でしかなかったノールには既に疲労の色が窺えた。
「さあ、オレとともに来い」
ノールはカイトにより、兵士たちの前へ連れ出された。
「皆、話を聞いてほしい!」
大きく声を出し、カイトは周囲の者たちに呼びかける。
周囲の者たちの視線が、カイトとノールへ移る。
「この方こそが我々スロートの神の使い、救世主水人ノール様だ! そう、我々はついに神の助力を得られたのだ! ノール様の力があれば必ずや勝利を我が物とできるだろう!」
「本当に……本当に神の使いなのか?」
近くにいた兵士の一人が語る。
「ノール様、どうか貴方様のお力を私めどもにご披露頂けないでしょうか?」
「う、うん」
静かにノールは手のひらを掲げる。
手のひらからは、こんこんと水が湧きたち周囲に広がっていった。
「凄い……伝承と同じだ……」
なにもない場所から実際に水を出現させる。
ただこれだけで、兵士たちがノールを神の使いと信じるには最早十分だった。
普通に町娘にしか見えないノールが頼りなさそうだとか。
弱そうに見えるとかは兵士たちにとって関係ない。
信仰していたものが、本当に切羽詰まった時に味方してくれる。
その事実だけで兵士たちの士気は急上昇し、力と勇気で満ち溢れていた。
「なんだこの茶番は」
ズボンのポケットに両手を入れ、ジーニアスは白けた目線を向けている。
周囲にいる兵士たちの一人だった。
「ねえ、ジーニアス君はさ、あの救世主様をどう思う?」
背後から何者かの声が聞こえた。
「ん? なに?」
別にジーニアスは振り返らない。
ジーニアスの背後には、同じく隊長格の杏里がいた。
ずっと、ノールだけを見つめていた。
「あの人は単なる町娘にしか見えないなあ、多分皆の期待を裏切るだろうね」
ジーニアスはなんとなく答える。
ノールに対して、ジーニアスは若干嫉妬していた。
強力な魔力からその力を見出され、新たに加入されたジーニアスは緑色の瞳、綺麗な緑髪のエルフ族の少年に見えるが。
実際は少女であり、本名もジーニアスではなく、本当の名はセフィーラという。
年令からしても普通なら女性らしい格好もしたいだろうが、これはともに行軍している者たちの比率にあった。
当然ながら戦いに出向く者は男性が大半を占める。
そこで普段通りの女性らしい格好をしていれば、どうなるのかはジーニアスにも予測ができていた。
「もっと言えば、水人であれば神の使いだなんて笑わせる。水人なんかが敬われるなら僕だってエルフ族なんだから、人間に敬われるはずの立場なのに……」
正直、ノールであろうと杏里であろうとジーニアスはよく知らないので興味がない。
「君はどうなの?」
そこで初めて、ジーニアスは振り返る。
普通に女の子らしい杏里の姿に目を疑った。
ジーニアスの目からしても杏里は男性に見えなかった。
「やっぱりそうだよね。あの娘はすっごく綺麗で可愛いよ。ボク好きだな、救世主様のこと」
「えっ? なんの話?」
質問をしておいて、杏里はジーニアスの話を全く聞いていない。
杏里の胸は確かに高鳴っていた。
初めて感じるこの気持ちは紛れもなく恋だと杏里は信じている。
演説が終わったのち、偵察に出ていた斥候が帰還する。
情報によるとステイ軍の戦力は兵数三千人程。
前回の魔導剣士の死からか、ステイ側はクロウとデュランお抱えの将校が数名だけ。
対するスロート軍の戦力は兵数二千五百人程と他の隊長格全て。
この情勢からスロート軍総大将のクロノは兵たちにある指示をする。
「連中の部隊に魔導剣士がいない。攻め手に欠け、この部隊はスロートの街まで侵攻するのが目的ではないと考えられる。だからこそ、使う策がある」
まず最初に数百程度の兵を前線へ配置し、ステイの部隊と小競り合いが起こるたびにその兵らはスロートへ向かって退却させる。
前回の戦いとは打って変わり、容易く打ち破れそうなスロート軍を見せつけ、引き離させるのが目的の策。
戦線を無理やり引き延ばせさせ、指揮系統を乱し、敵地で浮足立たせ、そこを伏兵で叩くのを目的としていた。
とはいえ、それは元々魔導剣士たちがいればこそでき得た作戦。
魔導剣士がいないのならば、その役目を担う者たちは地獄を見ることになる。
しかし、その役目を自ら志願する者が多くいた。
それだけスロートを守りたい意志がそれぞれの内にあった。
開戦後、スロート軍は少数劣勢の中、小競り合いが続きると戦いも序盤のうちに撤退を開始した。
前回の乱戦、魔導剣士のサーボの死から見るからに少ないスロートの軍勢に対しても強きに打って出られなかったステイ将校らはこの機を逃さない。
思いの外、簡単にスロート軍を追い詰められていると錯覚し、ステイ軍は勝利に沸き立ち始めた。
クロウやデュランの力を借りずとも勝利は得られると確信した将校たちは、よりスロート城下街へと接近してしまう。
街道のある地点に、ステイ軍を包囲しようと潜伏する者たちもいるとは知らずに。
その潜伏している部隊にカイト、ノールの二人もいた。
「ノール、お前はオレの後ろにいろ」
「どうして?」
「実戦経験がないとはいえ、お前も兵の一人だ。オレの戦い方を見て少しでも学べ」
「………」
「先に言っておくが、自分の身は自分で守れよ」
「それって、ボク死ぬかもしれないじゃん?」
「ああ、そうだ。せいぜい殺されないようにオレについてくるんだな」
「………」
言葉では言い表せられない嫌な気持ちをノールは感じていた。
「よし、話は終わりだ。ステイ軍が来たぞ。連中を一気に包囲して将校を殺るぞ」
その会話の後、ある地点まで来たステイ軍を街道の両側に潜伏していた部隊で挟み撃ちする。
また、退却していたスロート軍も反転。即座に包囲へ向かう。
当然の急襲、さらに包囲され出し、ステイ軍は浮足立った。
その激戦の最中をステイ兵を斬り殺しているカイトをノールは必死に追いかけていた。
「どうして、こんな簡単に人の命を奪えるの?」
人が人を殺害する光景を初めてノールは見ていた。
カイトの剣の一振りで兵士が死に絶える様。
次は自らがこうなるかもしれない死の恐怖からノールの気分は悪かった。
「この程度の兵だけなのか?」
ノールの意思とは関係なく、カイトはステイ兵を倒し続ける。
戦い慣れていたカイトであったが、自らよりも練度の低い者しかいないと油断していた。
その油断を突くかのように、一人のステイ兵が捨て身でカイトに突進。
剣を振り切った一瞬に近いタイミングを狙い、間合いに入り込んでいた。
攻撃に対し、カイトは瞬間的に死を悟る。
だが、ステイ兵はカイトに攻撃を与えることなく倒れた。
ノールが水人の能力で氷の剣を出現させ、その剣で突き刺したようである。
「お前がやったのか、助かった」
カイトが声をかけた時、ノールにはある異変が起きていた。
ノールは肩を震わせ呆然とし、様子で刺し殺した兵士を眺めている。
兵士を刺し殺した刄から流れ落ちる鮮血が自らの手を伝い、自身のした行為を理解する。
「人を……殺しちゃった……」
しゃがみ込み、ノールは泣き崩れる。
「一体どうしたんだ!」
「ボクは貴方を殺したくなかったのに……」
カイトの言葉が聞こえていないのか、死んでしまった兵士に許しを乞う。
「くそ、世話が焼ける!」
戦闘も殺しも素人なノールが一般人同様の反応を取ったことで、ノールを放っておくわけにもいかず、無理矢理抱きかかえるとカイトは戦場から離れた。
二人が戦場を離れてからも戦いは続いた。
先に少数の部隊を率い、ステイ軍の将校の位置を確認していたライルが包囲後にステイの将校を撃破。
残されたステイ軍残党は包囲が緩かった後方へ逃げ出していく。
次々と背を討たれながらも撤退し、スロート軍の勝利で戦いは終わった。
その後、生き残った者たち全員でスロートへ帰還する。
この勝ち取った初めての勝利をスロートの人々は祝福した。
心身ともに衰弱し、なにもかにもが嫌になり始めていたノールにとってはまさに異様な光景だった。
城の中庭で、ノールは一人ベンチに座っていた。
人を殺めた事実は、ノールは苦悩させ、胸に鋭く強い痛みを与える。
悩んでも既にどうしようもないことだとノール自身が分かっていた。
「人殺しのボクに生きている価値なんて……」
静かに氷のナイフを作り出し、自らの首筋に当てる。
自殺をしようとしていた。
だが、それ以上ナイフを進められない。
死の恐怖、そして家族の顔が脳内に浮かび、ノールの手の動きを止めていた。
「あっ、救世主様!」
その時、杏里の声がノールの耳に入る。
不意に杏里が近付いて来たため、ノールは氷のナイフを昇華させ、何事もなかったように振る舞った。
「ど、どうしたの? えーと、君の名前は杏里ちゃん、だよね?」
「救世主様、ボクをよく見てよ。ボクは男の子だよ」
杏里はノールの隣へ妙に寄り添うように座る。
「ねっ、男の子でしょう?」
ふっと、杏里は綺麗な笑顔を見せた。
「女の子に見えるよ?」
カイトと同じく隊長格の杏里だが、女性らしい雰囲気と優しそうに頬笑む姿に安心し、ノールは久しぶりに笑顔を作る。
するとなにかに気付いた杏里がノールの顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「ノールちゃん、泣いていたの? あっ、救世主様」
「泣いてなんかいないよ。それにボクを救世主様なんて言わないで」
「なにかあったの、ノールちゃん?」
そっと、杏里はノールの手を握る。
ノールの力になりたがっていた。
「ボクはね、人を殺しちゃったの……」
ノールは少し俯き、答える。
「どれくらい?」
杏里は表情も変えずに笑顔のまま、普通に聞いていた。
「兵士の人を一人だよ……」
また、ノールは気分が悪くなった。
自らを人殺しだと再認識しているようで。
「そっか……」
傷心のノールに合わせるように少し杏里もトーンダウンしている。
杏里が心配してくれているのは、ノールにも分かった。
「ノールちゃんも戦いの場で成長しているとボクは思うよ。次はもっと多く倒せるように頑張ろうね」
「………?」
一瞬、ノールは杏里の話した意味が分からなかった。
戦力になれなかった自らを悔いて、泣く程に嘆いていたと杏里に受け取られている。
杏里はあの少数劣勢の先鋒隊にて死に物狂いで戦い、にもかかわらず帰ってからはすぐに日常と変わらずの姿を見せていた。
ノールと杏里の考え方には大きな隔たりがあり、話が合うはずがない。
「そういう意味で言ったんじゃないよ!」
「ノールちゃん?」
きょとんとした表情で杏里はノールの顔を見つめる。
結局は杏里も同じようなものだと思えたノールはさっさと中庭を離れ、自らに宛がわれている自室へ戻る。
ようやく、ノールは人殺しが英雄視されている事実を知った。
自らよりもまだ若い杏里さえも、そういう風に戦争を捉えていたことにも。
この殺し合いの連鎖をノールは早く終わらせたいと深く考えるようになった。
それに対して、自らはなにができるのか。
結果、自分にできるのは再び戦場に立つこと。
「ボクは人を殺したくない。でも、そんなこと言ってても戦いは続いて多くの人が死んじゃう。だから、ボクも皆のために戦うよ」
翌日からノールは指導部屋で氷の剣を具現化させ、敵となる兵士を実際に殺すための訓練を始める。
最初は剣を棒のように振り回す程度がやっとであったが、徐々に剣で物を断ち切る程の能力が身についていく。
そして、一つの剣で戦うよりも二刀流で戦う方が自身にとってより効果的だと気付く。
「ノール、今日のお前は昨日までと違うな。一体なにがあったんだ?」
ノールに指導をしに来たカイトが話しかける。
「ボクは変わるよ。戦いを終わらせるためにボクも戦うと決めたんだ」
カイトに何気なく答える。
それは、自分自身に言い聞かせているようにも受け取れた。
「やる気になってなによりだ」
昨日のこともあり、後方で黙って静かにしていればいいのにと、カイトは思ったが……
「まず、剣の扱い方とはな」
ノールの強い意志を感じ取り、カイトは戦い方のコツを進んで教えていた。
そういった修練の賜物からか、ノールは人がどこにいるのか分かるという水人の能力を得た。
対象となる人物から発せられる水蒸気や魔力からその人物の座標を探る水人特有の特殊能力である。
この能力がなんらかの役に立つと考えたノールは作戦会議室にいたクロノに話す。
「その能力を使い、どうしても探してほしい人がいるんだ。できるかい?」
「どういった人を? あと、この能力は魔力の燃費が相当悪くて効率が良くないから一日に一回だけね」
「燃費が悪い? オレは魔力を有していないからそういうのは分からないが、とりあえず探してもらいたいのは一人だけだから問題ないと思うぞ? それで探してもらいたいのは、リュウという男だ。魔導剣士のリュウは魔力も力も強いから一般人よりは見付けやすいと思うんだ」
「そうなんだ。魔力が強い人ね」
ノールは目を閉じて、集中する。
魔力の流れを高め、ノールは目を閉じているにもかかわらず、とある風景を見た。
「会ったことのない人だから本人かは分からないけど、魔力の強い人ならスロート城下街にいるよ。この城から……」
その場所へ訪ねたことがあるかのように距離や方角を伝えていく。
「あの、なんか……眠い」
ノールはふらふらとよろめきながら倒れた。
倒れたノールはそのまま眠り始める。
「ちょっ、ノール。こんなところで寝るな」
クロノが顔を軽く叩いて起こそうとしたがノールは起きる気配がない。
仕方なく近くにいた兵士にノールの自室に連れていくように頼み、クロノは教えられたリュウのもとへ向かう。
クロノが教えられた通りの方角へ向かうと粗末な一軒の家があった。
その家の傍にいた、見覚えのある姿も一緒に。
「リュウ、ようやく見つけたよ」
溜息を吐いてから、クロノは言う。
「オレがどこにいようと構わないだろ」
「アーティたちはどうするつもりだ。大事な仲間だったじゃないか、悔しくはないのか?」
「やはり、アーティたちは……」
「死んだよ、信じたくはないがな」
「………」
リュウはその場にしゃがみ込み、両手で頭を抱える。
「お前、城を取り返す時に自分で話したことを覚えているか? 仲間たちの仇を討ちたくないのか、平穏無事に過ごすだけでいいのかってな。お前はどうなんだ、アーティとテリーにそれで顔向けができるのか?」
「オレは……あいつらが死ぬなんて、一度も考えたことがなかった。今もきっと生きていると思いながら過ごしていた。だが、それはもう止めだ」
ゆっくりと、リュウは立ち上がる。
涙を流す目には強い闘気が宿っている。
「クロノ、オレも一緒に戦わせてくれ。どうしてもアーティたちの仇を討ちたいんだ」
「勿論だ、また一緒に戦ってくれ」
説得により、リュウは再びスロート軍に加入した。
魔導剣士の戦線復帰、これを契機に今度はスロート側がステイへ攻勢をかけるという作戦がまとまる。
スロート側もステイ側も戦い続けたいわけではない。
この戦いに勝利すれば早期講和も可能だと、リュウが判断したからだった。
その戦いの場として、先の戦いで奪われたスロートの砦を奪回する流れとなった。
翌日から、スロート軍は砦に向かって進軍を開始する。
砦まで進軍すると、ステイ軍は全て砦から出ていた。
「進軍には最初から気付いていたらしいな」
総大将を任されたリュウは砦の方を眺めた後、ステイ軍を見る。
「とはいえ、砦の利点を捨てて戦う必要があるのか?」
疑問に思ったが、リュウはこのまま戦闘を指示する。
対するステイ軍には三剣士の一人、クロウが出陣していた。
「デュランめ、一体どういうつもりだ!」
クロウは殺気立った様子で怒鳴っている。
スロート側は知らないが、ステイ側は既に一枚岩ではなくなっていた。
簡単に小国を落とすはずが、犠牲者数が膨らみ過ぎているのが原因。
また、ステイ領民たちが戦争の継続を望んでいないことも意味している。
しかし、三剣士の三人が国王を唆し、国王の命令により領民は戦わざるを得なくなった。
もはや、ステイは完全に背水の陣の状態。
ここで再び負ければ革命が起きる、その状態であった。
「全軍、水人のノールを狙え!」
クロウは、ステイ兵たちに指示を出し、突撃する。
スロート軍とステイ軍の両軍が激突し、激しい戦いになった。
「クソっ、水人はどこだ!」
剣を振り回しつつクロウが、ノールを探しながら戦っていた。
その喚きながら戦うクロウの存在に気付いたライルが迫り、クロウの背後から剣を振り上げ、両断しようとする。
しかし、背後からの攻撃にクロウは見抜いていたかのようにバックステップで背後に素早く下がり、剣を振り下げられる直前でライルに体当たりを加え、突き飛ばす。
「オレがただ喚き散らす馬鹿だと思ったのか? 未熟者め、貴様ではオレには勝てん」
突き飛ばされ倒れ込んだライルに対し、クロウが語った。
「見抜いてたのか、さすが魔導剣士だな」
直ぐ様にライルは立ち上がると追撃し剣を振るが、クロウは剣の腹の部分で攻撃を弾く。
「もらった!」
続けざまにタックルのような構えでライルは追撃し、クロウは体勢を崩す。
だが攻撃後、ライルは片足に力が入らず、よろめき倒れた。
「なにが……?」
違和感を覚えた右足を確認すると出血をしていた。
「先程の攻撃でオレは体勢を崩したのではない。貴様には見えなかったのか?」
クロウも伊達に魔導剣士をしているわけではない。
この一騎打ちでは、クロウの方がライルよりも一枚上手。
地面にひれ伏すライルにクロウは剣を頭上高く振りかざし、一気に振り下ろす。
しかしそれは、ライルを刺し貫くには至らなかった。
「ああ……!」
咄嗟にクロウの前へノールが立ち塞がり、ライルを庇った。
庇ったまではいいが、クロウの剣は心臓付近を刺し貫く。
命が助からぬ程の深手を負ったノールは意識を失った。
登場人物紹介
ジーニアス(年令13才、身長130cm、エルフ族の少女、出身地はエルフシティ。ある理由で性格は従順で控えめ。魔力が最も強力であったエルフの末裔で、兄弟の中で最上級の力を持つ。幼い頃から男性として育てられ、普段の服装も男性のものなので感性も男性そのもの。アカデミーを主席卒業した際に与えられた名なので、ジーニアスが本名ではなく、セフィーラが本当の名前。綺麗な緑髪で、エルフらしい少し長い耳を持つ)