第9話 現場の勘と、枯れた倒木 〜「まいったな」の正体〜
――エレメントを巻き込むことで魔術の効果が上がるということを身をもって体験したアキム。
「エレメントを巻き込むのはいい。威力も分かった。しかし俺を巻き込むな!」
「怪我がなかったからいいでしょ。授業の一環よ」
アキムは吹き飛ばされた時と同じく、アリエナに風の魔術でクッションを作ってもらい、幸いなことに落下の衝撃はほぼなかった。
「しかし、エレメントはいろいろ種類があるみたいだけど、これは魔法の他にも何かに使えるの?」
「うーん。その発想はなかったわね。エレメントを使って何かをするのはエルフだけだと思うわ。ドライアドの許可がないとそういうことはできないと思う」
「でも魔術では使ってるんでしょ」
「使ってるというより”巻き込んでる”のよ。無理やり燃料として燃やしてる?みたいな感じかもしれない」
「ほお、たしかに”巻き込む”って言い方はよく分からなかったけど”燃料”というのはわかりやすいかも」
「”自然と不自然”ってさっき言ったけど、魔法は”不自然”なものだからドライアドにはちょっと嫌われてるの。だからエレメントを使えるのは基本的にエルフだけかしらね」
「そうなのか……」
「じゃあエレメントについてはわかったわね?」
「いろんな種類のスライムみたいなものだね、なんとなくわかったよ」
「魔物のスライムとはちょっと違うんだけど……まぁいいわ」
「魔術は他にどんなものが使えるの?火と水と風は見せてもらったけど、あとは土とか?」
「自然とかエレメントに関係する系統はほとんどあるわ。わかりやすいのだと土、雷、木。あとは光と闇ね」
「まさに異世界だな……」
「なんか言った?」
「いえ、こっちの話です。ほんとにこういう世界があるんだなって」
「他に何か知りたいことはある?」
「アトラシア大陸とこの王国、クリスタニアだっけ?のこと。まず大陸以外の土地ってあまり知られてないんだっけ?」
「そうね。アトラシア大陸以外はほとんど知られてない。大陸の外には魔族が住むって言い伝えられていて船はあるけど外へ渡った者はいないわ」
「まいったな……やばいかもしれない」
「なにが? 魔族が怖い?」
「いや、たぶん魔族はアリエナより怖くない」
「試してみる?」
「ごめんごめん! そうじゃなくて。大陸の外との交易みたいなものは無いってことだよね?」
「ないわよ。アトラシアは広いから国と国の交易はあるけど海の外との交易はないわ」
「まいったな……」
「だ・か・ら、何が”まいった”なのよ!」
「アリエナ、これから一緒に森に行ってくれないか? 西の大森林へ」
「何よ唐突に。西の大森林ってあの火事の現場に?」
「そう。そこに行って確認しなければいけないことがある」
「いいけど、今から行くの?」
「まだお昼前だし、昼食とってすぐ行こうか。少し調べたらすぐ帰ってこれると思うし。お散歩デートみたいなもんだよ」
「デ、デート?……アキムと?」
「いやいや、そのくらい気軽に見に行くだけってこと」
「デート……おじさんと?ありえない……」
グランの家で軽く昼食を取った後、二人は西の大森林へ向かった。リヤカーを引いて走った時とは違い、のんびりとした足取り。まさにデートと言っても差し支えないようにもみえる。
「ねぇ、アキムそろそろ教えてよ。森に何を見に行くのか」
森へ向かって歩きながら話すには、ちょうどいい長さの話題だ。
「じゃあ先に一つ教えてほしいんだけど、山火事ってこの辺ではよくあるの?」
「ほとんどないわね。街の中での火事はたまにあるけど、森林が燃えるなんてことはめったにない。もし故意にそんなことしたら厳罰だし、冒険者だって森の大切さは知ってるから危ないところで焚火はしないわ」
「だよね。じゃあさ、今回の森の火事の原因って何かわかってる?」
「それは……まだわかってないわね。馬を走らせて最初に現場を見た哨兵の話だと周囲に人の気配はなかったそうだけど」
「だよね。じゃあさ、アリエナは何が原因だと思う?」
「それは……たぶん、雷かな?あの時は雷が鳴ってたし」
「だよね。俺がここへ来たキッカケもたぶん雷で、転移してきたあの日は雨が降ってた。グラン工房は西の大森林からあまり離れてないから、雨は森でも降ってたはず」
「それは……そうね、あの日の天気は覚えてるわ」
「だよね。そしてアリエナと初めて会ったあの朝。雨はすっかり晴れていた」
「それは……そうだけど、何このやりとり。アキムあたしが言うと”だよね”って必ず返すの何?……気持ち悪いんだけど」
「だよね」
「それよ!」
「だょ……」
「コラッ!」
「ごめん。わざとやってました」
「じゃあ、ちょっと雷魔法でおしりピリッとさせてあげようか?」
「ごめんごめんて……その雷なんだよ、言いたかったのは」
「ちゃんと説明して。あなたの言い方からすると、原因が何なのかある程度予想はついてるんでしょ?」
「まぁ……でもこの世界の事は良く知らないし、あくまで経験則ね」
アキムの回りくどい言い回しの会話のおかげで、二人はもう森の入口へ着いていた。
「ほら、アキムのせいでもう森の入り口まで来ちゃったじゃない」
「俺のせいっていうか、俺が森に行きたいって言ったんだし、別に問題はないような……」
「いいから早く説明しなさいよ。だからおじさんは回りくどくて嫌なのよ!」
「やめて……それは俺が傷つく……」
「早くして!」
アキムは森の入口の湿地を見ながら説明を始めた。
「見てわかる通り、森の入口は湿地になってる。この湿地帯に木が生えないおかげで、見通しが良くて森の入口として利用されてきた」
湿地は森の奥へとのびる形で広がっていてまるで森の入り口のよう。アキムの言う通りその両脇には人や獣が通るであろう道ができていた。ぬかるみは湿地の内側だけで両側は歩きやすい土と石。
「そして、この道の横には水分が豊かな場所に適した木が生えている。たぶんね」
「よくわかるわね、そんなこと」
「自然が多い田舎に住んでたんだよ。ほら見て、根の張り方が広くて大きいでしょ。柔らかい土でも倒れないようにこうなってるんだ。あとは葉が広くて青々としてることと、水分が多いこと」
「へぇ、アキムってエルフみたいな知識もあるのね」
「これくらいは普通だよ、カブトムシを取る為にみんなこのくらいは知ってたよ」
「かぶとむし、ってなにかの虫?……まさか、食べたりしないわよね」
「食べない食べない、かっこいいから集めるんだよ」
「あーそういうやつね。子供たちが集める虫は、この世界にもいるわ」
「それで、こういう水が近いところにある木は水分が豊富で燃えにくいんだよ。それがちょっと引っかかってさ」
「燃えにくい木が、火事で燃えたってこと?」
「この辺の木は燃えにくいと思う。問題は実際に燃えてアリエナが消火した、ここより奥にある木。湿地からだいぶ離れたところにあるから、ポンプを使って水を運んだんだけど、それでも乾燥するほどの土ではないし、何より前の日雨が降ってたよね」
「あ、そういわれるとそうね」
「さっきここへ来るまでの話で、雷の話題が出たけど」
「アキムが変な言い回しするから、会話が途中で止まっちゃったやつね……」
「人の手で火がつけられたのじゃなければ、火事の原因は落雷かなって俺も考えたんだよ」
「確かに、あたしも落雷以外は考えにくいと思うわ」
「ここで言いたかったのは、落雷で火が付くほどの乾燥した木が、なぜ湿地の近くにあったのかってことなんだよ」
「アキムって……凄くない?いつもこんなこと考えてるの?」
「凄くないし、いつもこんなこと考えてないよ。腑に落ちないところを一つ一つ考えてたら行き着いたっていうか」
「で、その答えはわかってるんでしょ?」
「たぶん……俺のもってる元の世界の知識の中ではね」
「じゃあ、早く言って」
二人は話しながら森の中を歩き続け、木が燃えていたところまで到着していた。
「この辺りの地面見て。土はやっぱり乾燥してるわけじゃない。湿地の脇よりは水分が少ないけど。ってことは木の幹が燃えるほど乾燥してるわけじゃない。燃えてしまった木を見ても表面だけが黒く炭化してる。これは中に水分があって、火が中まで届いていないから」
「アキムってめちゃくちゃ理屈っぽいわね……間違ったことは言ってないみたいだけどなんか……ヤダ」
「ヤダってなんだよ……それで完全に燃えて、倒れた木もあるでしょ。それは中まで火が通って燃えてしまってる」
「ほんとだわ。ただ火事ってだけで、そこまでは気が付かなかった」
「前の日は雨だったにもかかわらず、なぜ水分がなくなってたか。それは、雨が降っても木が水分を吸い上げられなくなっていたからだと思うんだよ」
「枯れてたってこと?」
「そう。それが”アトラシア大陸が海の外の国と交易がない”っていうグランの家の前で俺が確認した事とつながってる」
「回りくどいわね、どうつながるのよ」
「俺の元いた国は島国で海の外との交易が盛んだった。その結果、国に元々生息しない虫が入ってきて木を食い荒らしたんだよ」
「虫が木を食べたからって……火事にはならないでしょ」
「その害虫の被害にあった木は、水を吸い上げることができなくなって枯れるんだよ」
「え……ってことは、その虫が乾燥した木を作ったってこと?」
「そうなる。そしてそれと同じことがここで起こった。だからいつもは火事にならない雷で森が火事になった。そう考えたけど……どうやらこの周辺を見る限り、当たってたみたいだね」
「アキム……ただのおじさんじゃなかったのね」
「ただのおじさんだけど、おじさんじゃない!そこは否定させてくれ。41歳は微妙だけど体は動くし認めたくない年ごろなんだよ!」
「待って、その害虫ってアキムの世界では海の外から入ってきた”元々そこにはいない虫”だったんでしょ?」
「だから”まいったな”って言ったんだよ」
「そういう虫がクリスタニアに現れたってことは、海の向こうから誰かが運んできた?」
アリエナは恐る恐る自分の考えを並べた。
「そう。そして俺がアリエナから聞いたこと。”大陸の外には魔族が住んでると言い伝えられている”ってやつ。それを順番に並べて言おうか?」
「ええ、言ってちょうだい……」
「魔族が海を渡ってきた。たぶん大勢。そして、その魔族に付いていた害虫が森へ広がって木を枯らせてしまった。山火事が起きた原因は落雷だけど、燃え広がった要因はその枯れた木」
「ってことはやっぱり……アキムが言いたいのは……」
「木の枯れた事実から言って、おそらく数か月前に魔族が大勢アトラシア大陸に入ってきてる」
アリエナの顔から血の気が引いた。
「……それ、冗談じゃないわよね?」
「冗談ではない」
「それが本当ならアキムの言う通り”まいったな”だわ……」




