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第8話 宮廷魔術師の特別授業 〜そよ風のち、天災嵐(テンペスト)〜

 

 ――次の日の朝。



 アキムとグランはキッチンで朝食をとっていた。ここに来てずっと騒がしい朝を迎えていたが、今日は静かでゆったりとした時間。



「しかし、ドライアド様がここへ来るとはのう」


「朝も夜も誰か睡眠を邪魔しに来るので、寝不足ですよ。火事を消し止めたのは俺だけの努力じゃないのに……」



「ドライアド様は全てお見通しじゃ。アキムの功績が大きかったんじゃろう」


「食い止めてくれたのは皆さんですし、グランが手伝ってくれなきゃ何もできませんでしたよ。この世界の事何も知らないんですから」



「まぁ、わしの存在は大きかったな」


「それよりもっと大きな存在ありましたけどね……なんですか、あの凄い魔法。アリエナってあんなに凄かったんですか」



「最初に紹介したじゃろ、宮廷魔術副師長じゃ。あの若さで副師長じゃぞ」


「紹介されたときはただの粗暴な女の子でしたけどね……」



「誰が粗暴よ」



 扉が開き、真新しいローブを着たアリエナがあらわれる。アキムはタイミングの良さと都合の悪さに頭を抱えた。



「なんでそこにいるんだよ……」


「おお、おはようアリエナ。今日はよろしく頼む」



「任せて、きっちりみっちり教えてあげるわ」


「よろしくとか、教えるとか何の話ですか?」



「わしは今日、工房で使う材料や食材を買いに街へ行ってくる。ギムレットと一緒じゃ。その間アキムはアリエナにこの世界のことを聞くといい。おぬしのいた世界との違いを知っておいた方がいいじゃろう。昨日みたいなことがあるかもしれないしのう」


「ハイエースに積んである工具を使った悪目立ち……ですか」



「昨日は本当に感謝してるわ。でもあなたが普通に暮らしていくためにこの世界の事を知っておいて損はないんじゃない?」


「確かにそうだね。まぁそうと決まったら、アリエナよろしく頼むよ」



「まかせて、これでも知識は豊富なのよ」


「若くして宮廷魔術師”副師長”なんだもんな」


「そういうこと」



 アリエナは自慢げにローブを翻した。昨日の煤まみれの物とは違い、今日は装飾が細やかな明らかに高級でオシャレと分かるものだった。



「今日はまた一段と綺麗な装いだね」


「そ、そう……?」



 といいつつ、まんざらでもなさそうな表情。アリエナは視線をそらし、ローブの裾を指でいじった。さらにくるりと身をよじって動きを演出している。



「なんじゃアリエナ。ここに来るのにオシャレなんぞしたことなかったじゃろうに」


「き、きのういつものローブ焦がしちゃったから、別なの着てるだけよ!」


「色目を使いおって……わしのアキムは渡さんぞ?」



(いや、渡すも何も俺はモノじゃないんだけど……)



「何言ってるのよ紛らわしい!あんたたち前科あるんだからね!」


「前科って何もしてないよ……」



 アリエナが顔を真っ赤にして怒っている。



「アキムとハイエースと工具はわしのもんじゃからな!」


「だ・か・ら! その辺の話をしに来たんでしょうが! 早く街に行きなさいよ!」



「おーこわいこわい。これじゃから今どきの若いもんは……」



(この世界でもそういう言い方するんだ……)



 グランは大きな袋を抱え家を出ていった。アキムは折り畳み式のアルミリヤカーを貸してくれとグランにせがまれたが、アリエナが怒ってそれは叶わなかった。確かにまたあの若い衛兵や現場にいた者に見つかっては大事になるだろう。



「さてと……じゃあ始めましょうか」



 キッチンが教室になった。テーブルを挟んで椅子に座る二人。



「よろしくお願いします先生」


「まず何を聞きたい?」



「え、教えてくれるんじゃないのか……」


「アキム、あなたねぇ」



 アリエナはあきれ顔。



「何が分からないのかわからないんじゃ、教えようがないわよ。あなたは元居た世界とこの世界を見てるけど、あたしは今いるここの事しか知らない。ここにいるのが普通なんだもの」


「そういわれると、そうだけど……」



「じゃあ何が知りたい?」


「アリエナってさぁ、毎日ここに来てるけど……ヒマなの?」


「喧嘩売ってる?」



 アリエナが杖を手にする。



「ちがうちがう!肩書がさぁ、宮廷魔術師”副師長”なんでしょ?それって忙しいんじゃないの?」


「ヒマなわけじゃないわよ。仕事はそれなりにあるわ。でもね、若くして魔術の才を認められて今の”副師長”に据えられただけで、実務はベテランの魔術師がほとんどやってるの」



「そういうものなのか」


「あたしが期待されている仕事は”橋渡し役”かしらね。魔術の実力は文句なしに一流だし、この愛らしいルックスと話しやすい性格が適任ってワケ。魔術師と王宮。魔術師と街の人々。魔術師と各ギルド。魔術師とグラン工房」



「”魔術師と王宮”は凄いけど、”魔術師とグラン工房”ってことはもしかして、グラン工房ってそんな有名なの?」


「あなたねぇ……あたしの自慢げなところスルーするとか、ちゃんと突っ込みなさいよ!」



「普通に自分のこと自慢する性格なのかなって……」


「わざとやったの! そんな嫌な女じゃないわよ!」



 再び杖を手にして顔を真っ赤にしている。



「まぁまぁ、抑えて抑えて。グランって『人助けのグラン』って呼ばれてるんだっけ?」


「もう……そう、グランは鍛冶師としての腕が一流。ギムレットが師匠だからね。この王国で一番の武器と防具は殆どが彼らの作品よ」



「え? ギムレットが師匠なのか」


「そうよ、ギムレットが武器と防具の師匠。でもグランはそれだけじゃなく街の人の生活のためになる物を作って名を上げたの。そしてグラン工房を立ち上げた」



「だから『人助けのグラン』か」


「武器防具もギムレットとグランが作ったものを他の鍛冶屋が真似して作ってるわ。生活用品もそうね。グランが発明したものが他の鍛冶屋へ広まってく感じかな」



(コピー商品ありの世の中なのか)



「だからこの前みたいに短剣を仕上げてもらったり、彫金で杖を装飾してもらったりね。そういうところで宮廷魔術師とグラン工房との付き合いがあるのよ」


「へぇ、たしかに細かい作業で使いそうな工具があったけど、彫金もやってるのか」



「彫金は主にギムレットがやってるわ。力が要らなくて細かい作業だから。鍛冶と違って炉にも近づく必要がないしね」


「年齢がだいぶ上みたいだけど、体力的な問題?」



「人間の寿命に例えるとギムレットは……70~80歳くらいかしらね。まだまだ現役なんだけど、数年前に手の筋を痛めて重いハンマーが握れなくなっちゃったのよ」


「そうなんだ……残念だけど職人あるあるだね、それは」



「腕もやる気もあるから彫金も一流よ。グランと二人で、いまがベストなバランスかもね」


「ねぇ、この世界のこと教えてくれるんだよね。グラン工房の事しか話してなくない?」



「あんたが聞いたから答えてるんでしょうが!」


「そうだっけ? アリエナってもしかして怒りっぽい?」



「あ・ん・た・が! 怒らせてるの!」



 取り乱したアリエナがローブを整え再び椅子に座りなおす。コホンと咳ばらいを一つ。



「はい、次!」


「魔術について知りたいです。魔術とは……魔法?」



「アキムの世界には魔術はないの?」


「うーん、一部廃れたっていう見方もあるみたいだけど、たぶん……存在してないかな」



「そうなのね……じゃあ基本的なところから。あたしたちが使う魔術は生まれ持った素質が無いと使えない。そしてそれを学んで使いこなす素養もなきゃダメ。そして、そこからもっと上に行くためには知識と教養ね」


「素質に始まって知識と教養……これはどこの世界も同じかぁ。出来る人間は素質と努力があってこそだもんなぁ」



「まぁそれが、あたしってワケ!」


「森であの大魔法をみたら、さすがに認めざるを得ないな……」



「そうそう、魔術全体の事は”魔術”って呼んでて、一つの魔術を”魔法”っていうふうに呼んでるわ」


「魔術ってどの程度の人が使えるの?」



「使える人はほとんどいない。簡単な魔術で20人に1人くらいかしら。そのほとんどは魔術師ギルドか、宮廷魔術師に所属することになるから、街の人が魔術を使えるのはごく稀ね」



「貴重な人材なんだなぁ」


「魔術を使える。それだけで暮らしが豊かになる。富を得られる。魔術格差が生まれている現状もあるけどね」



 アリエナは少し目を伏せた。この現状を良くは思っていないのだろう。



「火事を消し止めた時、グランが”魔法は絶対の力”っていってたもんね。そういう存在ってことか」


「だから王国内でも宮廷魔術師は強い発言力があるし、魔術師ギルドは数あるギルドの中でも一番力が強い組織なの」



「うん、わからなくもない。というか魔法なんて使えたらそうだよなぁ……あ、でも……」


「でも、なに?」



「水魔法だけでは、火事を消しにくいって言ってたのはなぜ?」


「自然の現象に干渉するためには自然のものを巻き込む必要があるのよ、あの時は水ね」



「魔術は一見万能に見えるけど、自然を相手にした場合、干渉力が低いの」


「自然は偉大か……」



「空や木や土、そういう『自然』に対して魔術の事を『不自然』って言うでしょ」


「……それは初めて聞くな」



「対極の存在ってわけじゃないけど、魔術が自然に干渉するためにはやっぱりエレメントを巻き込まないと効果が薄いわ。エレメントを巻き込んで魔術の効果を増幅するのも魔術師の腕なのよ」


「でた、謎の言葉……『エレメント』」



「な、何よその言い方……普通にわからないって言いなさいよ」


「いや、昨日の深夜に初めて聞いてさ、その『エレメント』ってやつ」



「夜遅くまで、グランと何か話してたの?」


「グランじゃなくて、ドライアド。西の大森林のドライアド……」



「え!なにそれ?……ドライアド様と話したの!?」


「妖精の姿でお礼に来たんだ。西の大森林の火事を止めたお礼って、真夜中にね……」



「アキムってエルフじゃないわよね、なんでドライアド様が……」


「異世界から来たってバレてたみたい、あのポンプ放水でね。それで気になってここに来たんだと思う。その時、不思議な力で俺の目になにかして、エレメントを見えるようにしたって言ってた」



「そういえば、アキムって目が黒かったわよね、今は青くなってるわ……って、あなた昨日までエレメントが見えてなかったの?」


「なんなら今も見えないし! エレメントってなんだよ!」



「あらー、アキムって怒りっぽいのねー」



 アリエナは言ってやったというしたり顔。



「……で、エレメントって何ですか?」


「じゃあ外に出てみましょうか。すぐにわかるわ」



 アリエナは椅子から立ち上がり、ローブを整えた。杖を手に持ち、扉へ向かう。



「なにしてるの? アキムはやく。エレメント知りたいんでしょ」


「はい?……外に行けばあるの?」



 アリエナが扉を開け、アキムを外へ促す。


 外に出るとそこには抜けるような青空、ゆっくりと流れる高い雲。心地いいそよ風と、それに揺れる草木。これぞ大自然の味わいといった感触。



「で、エレメントって?」


「見えてないの? そこら中にあるけど……ちゃんと目を凝らして見なさいよ」



 アキムは言われた通り目を凝らして景色を見る。眉間にしわを寄せて、視力が悪い人のような表情。




 しばらくすると――




 視界の先で、何かがふわりと揺れた。シャボン玉のようで、餅のようで、言葉にできない奇妙な存在。




(なんかぼんやり見える!動いてる!)




「なにこれ!?」


「見えた? 大人になると見えにくくなるっていうもんね。エルフや魔術師とか、感受性が豊かな人はみんな見えてるんだけどね」




(見えた!!)




「みえた! スライム!!」


「スライム? いやいや……エレメントでしょ」



 アキムに見えたのは自然の中にいくつもプヨプヨと浮かび、跳ね、転がるスライムのようなもの。草の近くには緑色の。木の近くには茶色の。空には透明なものが浮かんでいた。



「見えたけど……これ何?」


「だからエ・レ・メ・ン・ト! ほんと物分かりが悪いわね!」



「初めて見たんだから、なんだよこれ説明して……」


「太陽、空、大地、エレメント。当たり前にあるから何だといわれても……エレメントよ」



「そういう存在か……これ、触れる?」


「ええ、触れるし魔法にも使えるわ」



「さっき巻き込むって言ってたあれか」


「じゃあ、その説明のためにアキムに向けて風魔法撃つわね」



「いいけど……危なくないだろうな」


「そよ風よ」



「危なくないなら、どうぞ」


「――翠風(ゼピュロス)――」



 アリエナがそう唱えると、足元に一瞬小さな魔法陣が浮かび消えた。そして杖から風が起きる。



「うわっ!」



 杖の先から流れた風はアキムの知る体感で言うところの”ドライヤーの強風”程度だった。



「これがエレメントを巻き込まない風魔法。あたしは髪を乾かすのにいつも使ってるわ」


「この風は、たしかにちょうどいいかも」



 アキムの髪を揺らしていた風がだんだん弱くなっておさまった。



「次がエレメントを巻き込む魔法。空中に浮いてるエレメントみててね」



 そういうとアリエナは丁寧に杖を突きたてた。ゆっくり深呼吸をして目を閉じる。そして詠唱。






「――天災嵐(テンペスト)――」






 魔法陣がアリエナの足元に浮き上がる。そしてアリエナを中心に上昇気流が渦を巻く。つむじ風の様なその渦は、周囲に浮く透明なエレメントを巻き込み始めた。

 エレメントが次々と吸い寄せられ、渦へと飲み込まれていく。アキムがそれを目撃したと同時に、





 ドン!――という衝撃音。





 次の瞬間アキムは映像でしか目にしたことのないような巨大な”竜巻”を体験する。






「うわあぁぁぁ!」






 上昇気流はアキムの抵抗も踏ん張りもその声も、何もかもを無視して天高くその体を吹き飛ばした。得意な魔術を披露したアリエナは魔法とエレメントの関係を説明をしようと満足げに目を開ける。



 が、――目の前にアキムはいない。



「あれ?……」



 遠い上空から”あー”という叫び声が落ちてくる。アリエナは一瞬青ざめたが、すぐに咳払いして取り繕う。



「こ、これがエレメントを巻き込んだ魔法……よ、アキム」





 アキムには聞こえていなかった。



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