第6話 魔法を超える技術は、戦争の火種でした 〜全速力のリヤカー離脱〜
「副師長殿――その男は……何者ですか。私は、あんな術を見たことがありません。」
衛兵の鋭い視線が、今なお低い唸りを上げ水を吐き出すパイプと、泥にまみれた脚立に向けられる。
「向こうにあったのは魔力も感じさせず、得体の知れない爆音を吐き出す鉄の箱。そして、そこから繋がるこの水の出る管……」
衛兵の手は、明確な殺気と共に――槍の柄にかかっていた。
「聞こえてますか?副師長殿……その見慣れない服装の男は何者ですか?」
若い衛兵は、グランの傍らで大量の水を放出しているパイプに目をやった。
「グラン工房のグラン殿ですよね。これはいったい何ですか?」
消火の安堵と喜びから一転、その場の空気が凍り付く。
「え、ええと……」
アリエナは慌てて言葉を探している。煤で表情はわかりにくいが、そのあたふたとした動きでバレバレである。グランが見かねて助け舟を出す。
「こいつはじゃな、最近入ったグラン工房の見習いじゃ!」
「……見習い?」
衛兵はいぶかしげにアキムを覗き込んだ。勢いよく水を吹き出すパイプ。そして見慣れない顔と服装の男。まず疑いを持つのは衛兵として当然だった。
「そうじゃな! アキム」
「え?……あ、はい見習いです。火事で森が大変だというので工房から来ました」
「アキム?聞きなれない名前だな。遠方の出身か?」
「そう……ですね、だいぶ遠いと思います」
衛兵はもう一度パイプに目をやり、不思議そうな顔で地面に槍を置く。
「グラン殿……これはいったい」
「これはじゃな、こういう火事の時の為に考えておった物じゃ」
「ほお! そうなんですか!」
アリエナがいいタイミングで割って入る。
「そう! これはあたしの魔法と『人助けのグラン』との合作『水の矢』」
「なんと!『水の矢』素晴らしい!」
衛兵は『名のある鍛冶屋』と『名のある魔術師』の合作に目を輝かせる。森の火事を消し止めたこの素晴らしい作品に感動し、不審人物アキムへの注意が薄れていった。
「そろそろ工房へ帰るとするか! まだ朝食もとっておらんしな!」
そう言って目で合図するグラン。アキムはこくりと頷き、発電機のほうへと小走りで戻っていった。衛兵は水の出るパイプを不思議そうに持ち上げ、ホースを持った子供のようにバシャバシャと手で遊んでいる。衛兵は、見たこともない素材の筒から途切れることなく溢れ出す透明な奔流に、魂を奪われたように見入っていた。
「魔力もないのに、なぜ……」
泥にまみれた指先で水流をなぞり、跳ね返る飛沫に歓声を上げる。その無邪気な好奇心が、グランたちには時限爆弾の導火線のように見えていた。
(アリエナ、今のうちにわしらは撤収するぞ!)
(そうね……アキムの素性が知れたら厄介なことになりそうだし)
アリエナは気づかれないようにゆっくりとその場を離れていく。グランは脚立が開くところは見たが、たたみ方も足の調整方法もわからない。そのまま下にもぐりこんで脚立を運び出した。衛兵は、無限に水が放出される不思議なパイプに夢中になっている。
戻ったアキムはポンプの電源プラグをコンセントから引き抜き停止させた。次に発電機のエンジンも止めて片づけを始めた。遠くからアリエナとグランがこちらへ戻ってくる。衛兵は突然止まった水に驚き、パイプの先を覗き込んでいた。
「ん?水が……止まった」
アキムはリヤカーにポンプと発電機を積み込み、戻ってきたグランから脚立を受け取った。
「元に戻す方法が分からん! このまま持ってきた!」
「とりあえず撤収しましょうか」
アキムはワンタッチレバーで脚立をたたみ、慣れた手つきで伸ばした4本の足を収納していく。アリエナはローブの煤をポンポンと掃っている。
「全員一緒に逃げたら怪しいし、あたしは一旦街に戻るわね!」
「おう、それがいいじゃろう。わしらは工房に戻ってこのアキムの工具を何とかせねば!」
「そこまで急ぐ必要がありますか?」
「お前さん、わかっておらんのじゃ」
「何がです?」
「お前さんがやったこと……これはこの世界にはない技術じゃ、この工具もそうじゃ」
「それはそうでしょうけど……」
「こんなものが貴族や王族に見つかってみろ、取り合いになって戦争が起きるぞ」
「いやいや、そんな大げさな……」
「わかっておらんのう……わしらには大きな火事を止める術はないんじゃ」
グランは大きなため息をついた。
「大人数でバケツを手渡しで運ぶ。燃えそうなものを取り除く。なんとか魔法で食い止める。森も街も、火事への対処は変わらん。それしかないんじゃ。」
「ええ……」
「それをおぬしは、こんな便利な道具で覆した。これは魔法以上の存在になりうる」
「魔法以上の……?」
グランの目が、いつになく真剣だった。
「アキム、おぬしの『当たり前』は、この世界では『神の御業』か『悪魔の誘惑』なんじゃ」
「神か……悪魔か……って」
「いいか、わしらの世界での魔法は絶対の力なんじゃ。それを超えるものがあると知れたら……まずい!衛兵が気づいてこっちに来る!」
アキムが森の先に目をやると、水が止まったことを不審に思った衛兵が、パイプをたどりながらこちらへ歩き出していた。
「よくない状況だというのはわかりました……グラン乗って!」
グランをリヤカーの荷台に乗せ、アキムはリヤカーを引き出す。
「ホ、ホースはどうするんじゃ!まだ伸びたままじゃぞ!」
「移動しながら引っ張って荷台に回収してください!ゆっくりやってたらあの衛兵に追いつかれます!」
「なんと無茶な!あわわ……」
リヤカーの荷台に揺られ、バランスを崩しながらもグランは器用にホースを手繰り寄せ、巻いていく。その勢いで急に動き出したパイプとホースに驚いた衛兵は尻もちをついた。
「グラン、しっかり掴まってて! ――全速離脱フルスロットルだ!」
「わかった!任せろ!」
アキムはリヤカーのハンドルに肩を入れ、ぬかるんだ大地を踏みしめた。
「くそっ、重い……っ!」
背後では、巻き取られきっていない排水ホースが蛇のようにのたうち、連結されたパイプが「ズズズ、ボウン!」と不規則な音を立てて湿地を跳ねる。 ドワーフを乗せた銀色のリヤカーが、静寂を切り裂いて暴走していった。見たことのない光景に腰を抜かした衛兵は、立ち上がることもできず、呆然とそれを見送っていた。
「ホースが暴れておる! 暴れる鎧ヘビを捕まえとる気分じゃ!」
「我慢してください! 捕まったら詰みなんでしょ!」
◇ ◇ ◇
慌てて森から逃げ出し、急いでグラン工房へ戻ってきたアキムたち。到着を迎えたのはギムレットだった。
「おーい! グラン! おぬしら、どこへ行っておったんじゃ!」
上着を脱ぎ、汗だくでリヤカーを引いてきたアキム。その荷台にはぐしゃぐしゃに巻き取られたホースとパイプが山のようになっていた。その隙間からグランが顔を出す。
「おお! ギムレット! おまえこそどこにおったんじゃ西の大森林が火事だったんじゃぞ」
トボトボとリヤカーを引き、やっと工房の前についたアキムはその場に倒れ込んだ。休憩の水が飲みたかった、と思いつつこの世界では水も大事なものなのだとあらためて思い知らされる。
「火事は知っておったがのう。この足腰じゃ、役に立たんと思ってこっちに来たわい」
グランはホースをかき分けリヤカーから飛び降りた。そして倒れているアキムには目もくれず、嬉々として今日起きたことをギムレットに話し始める。リヤカーをバンバン叩きながらここがすごい、この積んである工具をどう使ったのかということを興奮気味に説明している。アキムは倒れて青空を見たまま、グランの言葉を思い出していた。
(――たしかに俺の世界じゃ普通の事だったけど、この世界じゃありえない物ばかりだ。都合よくハイエースは工房の中に隠れたけど、工具の使い方には気を付けないと……)
自戒の念をこめて今回は特別だった、次からはよく考えた上で行動すると決めたアキム。立ち上がり、背中の土を払う。
「たしかにグランの言うとおりだよ。よく考えたんだけど、俺がここで普通に生きていく為にはあのハイエースの中身は丸ごと封印したほうがいいのかもしれない……」
だが、聞く耳を持たないドワーフ二人が息を荒くしていた。
「アキム! もっとあるのか! 便利なものは!」
「わいにも見せてくれ! おまえさんの世界の工具を! ハァハァ……」
火事を消した技術に興奮し、さらなる工具を欲し始める職人の性。
「グラン! さっき自分が何を言ったか覚えてます?」
「いいじゃないか、アキムとわしらは仲間なんじゃ……しかしこのハンマー、持ち手が滑らんぞ!」
「そうじゃそうじゃ!一つ屋根の下に暮らす者同士……この刃物、恐ろしく薄い!」
どちらも異世界の技術と工具に興奮して目が血走っている。
「ギムレット、一つ屋根の下って、あなたはここじゃなく街に住んでるでしょう……」
「わいもみてみたいポンプ! ポンプをここでしてくれ! グランこれか? この赤い箱をなんとかするのか? 先に青か?」
「ちょっと、勝手に触らないでください!」
「発電機というやつをもう一度! アキムあの地響きでポンプを!」
「そうじゃ! ハイエースに行こう、なんかもっとあるんじゃろ?」
グランとギムレットは、もはやアキムの制止など耳に入っていない様子だった。ドワーフたちは、獲物を見つけた飢えた獣のような目で荷室を覗き込んでいた。二人を何とか落ち着かせ、その日はハイエースに積んであるものの説明で一日が終わってしまった。
たしかにこの世界ではありえない便利な道具ばかりだが、ドワーフ職人の探求心は異常だ。何から何まで事細かに聞いてきて、勝手にいじり始める始末。アキムは今日も疲れ果てた状態でベッドに倒れ込んだ。
――その日の深夜
深夜、静まりアキムの部屋から、音が漏れてきた。
ペチ……ペチ……
という単調なリズム。
ペチ……ペチ……
アキムの意識が、その得体の知れない音によって強制的に浮上させられた。
(――なにか、聞こえる……)




