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第5話 モルタルと職人の舞 〜ハイエースを工房に隠せ〜

 

 ギイイ……



 と扉が開き、元気な老人の声が部屋に響く。



「グラン工房が壊れておる! あれは一体なにごとじゃ!」



 中に入ってきたのはグランと同じような体形の小柄なおじさん。



「おおギムレットどうした。慌ててなんじゃ」


「慌てるもなにも、工房が壊れとるじゃないか! 襲撃か、魔物か?」



 グランの親にも兄にも見える。年が上だという事はなんとなくわかった。



「グラン……この方は……」



「おお、紹介しよう!この工房のマイスター、ギムレット・バーンズ。ギムレットじゃ。見ての通りわしと同じドワーフ。歳はわしのほうが100歳ほど若いがのう」



「ちょ、ちょっと待ってください……」



 再び頭を抱えるアキム。



「ドワーフで……100歳若い?」


「そうじゃ、わしはこう見えてまだまだ210歳」



 まだまだ若いだろうというアピールをしているグラン。だが問題はそこではなく、アキムにとってドワーフは未知の種族だという事実。



「わいは300歳とちょっと。300超えてから数えるのやめたわい」


「ドワーフ……300歳……えぇ……」



 アキラの物差しで考えると、ギムレットも300歳を超えたにしては元気すぎる。この世界の常識に驚かされたアキラは、恐る恐るエナに目をやる。



「まさか、アリエナも……100歳超えてる?」


「17歳よ、ニンゲン! どう見ても若いでしょ! 燃やし足りないの?」


「あ、若い若い! ごめんごめん!」



 アキムに杖を向けるアリエナ。アキムは苦笑いしながら必死に謝っている。ギムレットが通路の奥の工房を指さし、グランに聞く。



「しかしグラン、工房はどうしたんじゃ」


「あれはな、このアキムが壊してしまってな……」



 グランはギムレットに昨日からの出来事を一通り説明した。アキムは申し訳なさそうに何度も頭を下げながらその話を聞いていた。



「――というわけなんです、ギムレットさん。すみません大事な工房を」


「わいより、おぬしの方が大変じゃないかアキム。元の国に戻れるかどうかわからんのじゃろ」



 優しさを見せるギムレットだが、なにやらもじもじと手もみをしている。



「……して、まだあるのか?その、”びーる”というやつは?」


「あれは……もう、飲んじゃいましたよね」



「そうじゃ、昨日飲んじまった。ありゃ驚くほど美味かったのう」


「くぅう……」



「もうドワーフってほんとお酒に目がないのね。壊れた工房よりお酒のほうが気になるだなんて」



 アリエナはドワーフの酒好きに呆れている。



「それよりグラン。あたしの短剣は完成してる?」


「おおそうじゃ。完成はしてたが事故でどうなったか……工房を確認せねば」



 グランたちは一度外に出て、壊れた工房の様子を見に行った。あらためて明るくなった空のもと事故の状況を確認したアキラは、壊れたハイエースと工房を見てうなだれた。建物の一角、工房の倉庫部分。レンガを突き破り、中に入り込んで停まった白い箱型の車。



「これがアキムの”ハイエース”という”車”とかいう物ね。壊れてるのかしら?」


「そうだね。タイヤが外れちゃってるし、この様子だともう走らせるのも移動させるのも難しいかな」


「しかし、こんな珍しいものがここにあったのでは色々と問題が起きそうじゃ。どうにかせんとなぁ」



 グランは車のボディを触りながらその完成度に驚く。



「なんじゃこのツルツルと白く光沢のある鉄板は……しかも薄い」



 コンコンと拳で軽くたたきながら反動と響きで鉄板の強度と薄さを確認している。さすがは鍛冶職人といったところ。



「ほんとじゃ、素晴らしい完成度じゃ。こりゃ本当に異世界の物じゃのう」



 ギムレットも近くまで寄って自分たちの世界にはない技術を手触りで確かめていた。



「簡単にはバラせないし、動かせないし……これはどうしたものか」



 アキムが考え込んでいる横をアリエナが通る。彼女は工房の入口から中に入り、グランに制作を依頼していた自分の短剣を探し始めた。



「このハイエースというやつはアキムの工具箱も兼ねている荷馬車なのであろう? いっそこのままレンガで覆って工房の中に隠してしまったらどうじゃ?」


「さすがグラン! それがいい、わいも賛成じゃ。こんな目立つ物、見えないように隠してしまった方がいい。工具箱としてもそのまま使えるだろうし、それが良いわい」



 このまま工房の壁を補修し、異世界の存在ハイエースを隠すと話が決まった。工房の中ではアリエナが短剣を見つけて手を振っている。



「グラーン! この短剣あたしのねー! ありがとー!」


「おおそうじゃ、見つけたか」


「お代はここに置いておくわねー!」



 そういうとアリエナがカウンターにお金を置いて外に出てきた。



「あたし、このあと予定があるからもう帰るわね! またこんど!」


「そうかそうか。街まで気を付けてな」



「あたしの魔法とこの短剣があれば全然へーき! じゃあね! ギムレット、アキムも」


「おう、いってらっしゃい」


「また、会いましょう」



 ぎこちない挨拶をして手を振るアキム。そして工房には、おじいさん2人とおじさんが1人になってしまった。



「それじゃあ工房を修復するか。アキムも手伝ってくれ」



 グランが腕をまくる。



「わしとアキムでレンガを組む。ギムレット爺さんは崩れたレンガの中から使えるものだけを選別してくれ」


「はいはい、ギムレット”爺さん”は力仕事に向いてませんよっと」



 そういうとギムレットは崩れた壁の中に歩いて行った。アキムとグランは工房の裏に回りレンガのストックを運んでくる。十分な量のレンガを工房の前に運び終えると、アキムはハイエースから腰道具を取り出し腰に巻く。そして工具箱の中から使いそうな工具を取り出し、腰のホルダーに差し込んでいった。



「ほう……これが設備の工具というやつか」


「そうです。グランもハンマーとかは使いますよね。たぶんこの世界と似たような物も沢山あると思いますよ」



 グランは異世界の工具や材料に興味津々。



「でも今は工房の復旧を先にしちゃいましょうか。俺が言うのもなんですけど」


「そうじゃな。あとで色々見せてもらおうかのう」



 そういうとグランは工房の中に工具を取りに行った。アキムはレンガを積む前の下地の処理にとりかかる。



(――壊れた部分の土台はしっかりしている。これならこのままレンガを積んでも大丈夫そうだ。レンガを実際に積んだことはないけど……外構の工事は見てたからな。ブロックと同じ要領でやってみるか)



 アキムはハイエースから取り出した大きめのバケツにポリジョッキを入れて持った。それから補修用の速乾モルタル一袋を肩に担いで外へ出ると、グランが待っていた。



「いろいろ持ってきたのう」


「ええ、グラン。水を少し分けてもらえますか?」



「水なら雨水樽に入っておる、好きなだけもってこい、家のほうだ」



 アキムはポリジョッキに水を汲んで戻ってきた。グランがまじまじとそこにある物を見ている。



「アキム、この袋は何じゃ?文字が読めん」


「ああ。これはモルタルです。工房のレンガもモルタルで接着してますよね?」



「おおそうじゃ。しかしこのような袋に入っておるのか」


「俺の世界のモルタルは科学的に精製されてて……ええと上質になってます。すぐ乾いて固まるんですよ」



「なんと?そんなに早いのか!わしらのモルタルもすぐ乾くが、真に強くなるのは何年も先じゃ」


「確か昔のモルタルは柔軟で、長持ちしますもんね。俺の世界にも古いレンガ造りの歴史的な建築物は残ってますよ」



「ほう、やはりあの”車”というものや工具を見るに、アキムの文明はわしらよりだいぶ先を行っておるのか」



 アキムはバケツに袋の中のモルタルをいくらか入れ、そのたびにポリジョッキから適量の水を注いで混ぜていく。



「そのジョッキ……その線まさか、水の分量を計って入れておるのか?」



 バケツの中で、灰色の粉末が水を吸って重厚なペースト状に変わっていく。攪拌するたびにズブズブと粘り気のある音が響き、わずかに化学反応の熱がアキムの手元に伝わった。



「はい、長くやってる職人は混ぜた時の感覚でわかりますけど、長くやってる職人ほどちゃんと計ってやりますね。出来上がりの強度に差が出るので」



 その滑らかさは、ドワーフたちが普段使う、砂利の混じった粗い泥土とは一線を画す『工業製品』の質感だった。



「ほほう、ただ水を混ぜるだけでも分量を守るのか。まぁ鍛冶師も素材の重さにこだわるからそこは同じかもしれんのう」


「そうですね。俺の世界は道具や材料が良くなってます。だから腕の差が出にくい。でもこっちは違う。基礎が甘いと全部崩れる。職人の腕の差がそのまま出るから厳しい世界ですね」



「壁づくりは鍛冶と勝手が違うからのう、ようわからん。じゃが匂いはわしらのモルタルに近いのう」


「元は同じですからね。これはもう砂も混ざってるのでこのまま塗れます。車にまだ少し積んであるのでこの壁の補修分は間に合いますね」



 アキラは車からTajimo製水平器とトラコス製水糸と鉄筋の廃材を持ち出した。鉄筋に糸を結び建物の角に打ち込む。そして壊れた壁の反対側へ糸を伸ばし、鉄筋に結んで地面に打ち込む。



「ほほう、糸を基準にするのはわしらと同じじゃのう」


「そうなんですか! なんか同じもの基準にしてるって、ちょっとうれしいですね」



「水平器もあります?」



 そういってアキラは水平器で糸の傾きを確認し、鉄筋をハンマーで軽くたたいて調整する。透明な筒の中に閉じ込められた、一粒の空気。それが緑色の液体の真ん中にピタリと収まった瞬間、アキラの中で「正解」が確定する。



「カタチが違うのう。お前たちのはそれか」


「ええ、空気とアルコール……お酒の様なものが入っていて空気の玉の位置で水平が分かるようになってます」



「なに! 酒じゃと?」


「飲めませんよ……」



「お、おう。そうか」



  覗き込んでいたグランが、息を呑む。 勘や経験に頼らず、道具が「真実」を告げる。その絶対的な指標。アキラはコテでモルタルを掬い、レンガの背に一撫で。そのままズレなく据え置き、コテの柄でコンコンと軽く叩いて高さを合わせる。

 余分なモルタルをサッと削ぎ落とし、次の一手を打つ。 迷いのないそのリズムは、二十年という歳月がアキラの体に刻み込んだ『現場の動き』だった。糸を基準に並べていくが、レンガの精度が悪い。組み合わせて無駄のないレンガを選び直しながらの作業。



「手際が良いのう。アキム、これが設備というやつか?」


「いえいえ、本業は違います。ただ設備業っていろんな工事が絡む仕事なので、自分たちの仕事以外の分野も知ってて、ある程度できなきゃいけないんですよ」



 汗をぬぐいながらアキムが腰を伸ばす。



「だから工具もいつも自分たちが使うもの以外の分野の工具も持ち歩いてます」


「おぬし、いろいろとできるというわけか」



「いやいや、本業以外のことは見よう見まねですから。専門でやってる人には腕も知識もかないませんよ」


「そうか。でもそれはわしらの世界も一緒じゃな」



 使えそうなレンガを仕分けしていたギムレットもやってきた。



「7割くらいのレンガはモルタルを剝がせば使えそうじゃ。割れたレンガはどうする」


「もったいないので細かく割ってモルタルのつなぎにしましょう」


「そうじゃな、ではわしとギムレットで砕こう」





 ――3人は協力して壁を補修していく。休憩と昼食をはさみ、午後には外壁が出来上がっていた。





「何とかできましたね」


「驚くほど仕事が早かったぞ。しかも早く固まるのじゃろ? 初めに積んだところはもう触っても硬くなっておる」



 グランがレンガを眺め、目地を指でなぞり、強度を確かめている。




「昨日の雨が上がってから、今日は良く晴れて空気が一気に乾燥しましたもんね」


「確かに昨日の雨が嘘のようじゃ。洗濯物もよく乾いておるわい」


「レンガの厚みが微妙に違うから目地で吸収しました。これで許してください。あとは乾燥した後クラックが入らなければいいんですけど」



 補修と言えば出来栄えはよい方だが、完全に元通りというわけではなかった。長い年月をかけて風合いが良くなったレンガが崩れ、再度積み上げられたそれは色も形もまばらな壁だった。



「あとは内壁ですけど形が悪かったレンガと割れたもの組み合わせて、明日にでもやりましょうか。俺のモルタルはもう手持ちがないですけどね」


「なぁにギムレットが街で探して明日にでも買ってくるわい、それに内壁は急がなくてもいいじゃろ。時間があるときにゆっくりやるとしよう」



「そうじゃな、わいもグランも製作依頼がある。それをやらねばいかんしのう」


「そうですよね……一日無駄にしちゃってすみません」



「もういい、もういい。おぬしの腕も見れたしのう設備屋。明日からも頼むぞ」



 長いようで短い異世界での一日が終わった。アキラはまだ自分が置かれた状況に落ち着かない気持ちを抱きながらも、体を動かし仕事をして、このさきの不安が少しだけ和らいだような気がした。ギムレットはいつも通りの定時、日が暮れる前に街へ帰っていった。


 工房と通路でつながったグランの家。ゲスト用の一部屋がアキラの部屋になった。グランとアキラは、お互いの世界の知らないことを話しながら食事を楽しむ。


 部屋に戻ったアキラは出張用に車に積んでいた服に着替え洗濯し、その日は知らぬ間に寝てしまっていた。深い眠りの底で、疲れが心地よい重みとなって体に沈殿していった。


 その夜、こんがり焼けたパンの夢を見たような気がした。だがそれは当たらずも遠からず。





 ――次の日の朝。





 夢の続きか、用意された朝食の香りか。わずかに焦げたようなにおい。しかし、昨日の労働の達成感が、アキラをまどろみの中に留めておこうとする。






 ドカッ!!






 グランの家、入り口の扉が蹴られたように開く。


 そして叫び声。









「火事よ!!西の大森林に火がついた!!」








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