第3話 ハイエース、レンガ壁をぶち抜いて異世界へ 〜ご当地ビールと添い寝の朝〜
――山火事の少し前のこと。
チュン チュン……
チュン チュン……
窓から入る小鳥のさえずりと、心地よいそよ風。揺れるカーテンの隙間からキラキラとこぼれる朝日。
「うう……」
その気持ちのいい朝とは裏腹に、寝起きを襲う重い頭痛。
「いててて……」
眩しさと痛さをこらえ、片目であたりを見回す。
――まったく、記憶がない。
(えーっと……ここは……)
手元を見ると、真っ白なシーツを一枚掴んでいる。そのシーツを少しめくると、恐ろしいことに気づく。
(――は、裸!?)
そしてもっと恐ろしいものが隣に存在していた。一緒のシーツに包まれてソファーに寝ていたのは、
小柄で、色白………
鼻筋の通った……
モジャモジャ頭の……
え、髭生えてる……
(お じ さ ん と 寝 て る !?)
――ここは地獄か?
◇ ◇ ◇ 時をさかのぼること、半日前――
「ありがとうございました!お土産までいただいちゃって!」
「いいってことよ、遠くまでご苦労さん!帰り道気を付けてなぁ」
設備工事業を営む、瀬戸 秋武41歳。
同じ現場に入った業者へのあいさつを終えた秋武は、会社へ向けて白いバン『ハイエース』を走らせる。
「18時かぁ、ちょっと遅くなっちゃったなぁ。会社に戻って部材や工具を積み下ろししたら……やっぱり今日も残業か」
視界がパッと一瞬明るくなり、しばらくしてゴロゴロと空が鳴り響く。
(――建物の中にいたから気づかなかったけど……雨が降ってたんだな)
秋武はだんだん強くなっていく雨にワイパーの速度を早めた。暗くなり始めた景色に、早めのヘッドライトを点ける。
ふとスマートフォンを見るが、情報は時間の表示だけ……電波はない。
(――ここ、だいぶ山奥だもんなぁ……)
電話連絡はあきらめて、慎重に運転し山道を降りていく。しばらく進むと、ひらけた高原にでたが、視界は雨と霧で十数メートルしかない。ゆったりと大きく曲がるカーブに差し掛かったその時。
フロントガラスに閃光が走ると同時に、
ドゴオオオオオオン!
体が揺れるほどの衝撃音
(――雷!?)
思わず一瞬目を閉じ、再び開けたその時――目に入ったのはレンガ造りの倉庫。
(――ブレーキ!!)
とっさにハンドルを強く握り、ブレーキを思いっきり踏み抜く。しかし車は雨と草でタイヤが滑り、そのままの速度で
ドン――ドカァン!
ガラガラガラガラ……
何か硬いものに当たった衝撃の後、レンガの壁をぶち破って止まった……
(ああっ……ゴールド免許なのに、ついにやっちゃったか……)
秋武は体に怪我がないことを確認し、エンジンを切って車を降りる。壊れたレンガ造りの倉庫の中は、鉄臭い工具が散乱。工房のようだった。
(家主にあやまらないと……それから保険屋に連絡して、いや先に警察か……)
スマートフォンを片手に車を降りる。足元には散乱したレンガ。
幸いフロントガラスは割れず、エアバッグも飛び出さなかったが、足回りは壊れてしまった様だ。近くには岩にぶつかって壊れたであろうタイヤと部品が転がっていた。
(うわ、これじゃ自走できない……レッカー移動か)
(ハブボルトどころか、ナックルごと根こそぎ逝ったな。これじゃ予備のタイヤがあってもどうにもならないな……)
散乱するレンガの横には、千切れたロアアームと、虚しく転がるナックル一式。ここまで一度の事故もなく現場を駆け抜けてきた相棒の、あまりに無惨な姿。
秋武は重いため息をつき、小雨になった空を見上げながらスマートフォンの画面を開く。
(やっぱり……ここじゃ、まだ電波はないか……)
倉庫と通路でつながった建物には、明かりがついていた。おしゃれなコテージホテルといった佇まい。秋武はその建物の入口に向かう。
(はぁ……怒ってるだろうなぁ、こんなに壊しちゃって)
歩きながら大きくため息をついた後、深呼吸する。身なりを整えて謝罪の覚悟をしたその時。
「な、なんじゃこりゃああ!」
ドカッ!と木製の扉が開き、小柄なおじさんが現れた。ボサボサの長い髪の毛と立派な髭はこのコテージの”名物おじさん”といった風貌。
倉庫の中に入り込み、レンガに埋もれたハイエース。その倉庫の惨状をみて唖然としていた。
「あの……」
「あわわ……し、白い荷馬車が工房に! キャラバンか?」
手を見ると日本ではなかなか目にしない、両刃の斧を持っている。さすがにこの人気のない場所であの音では警戒もするだろう。
(漫画やアニメでしか目にしたことがない大げさな装飾の斧……かなり怒ってる?)
「すみません、あのですね……」
「わしの工房に、何の用じゃあ!」
そういうと小柄なおじさんは斧を構え、ハイエースめがけて走り出した。振り上げた斧が、秋武の目の高さで通り過ぎてゆく。
(髭おじさん小さいな……って見てる場合じゃない!)
「あの! すみません! おれ、俺です! 事故ったの!」
「ん? 誰じゃお前、そのキャラバンの主か!」
「すみません! 止まれなくてこの通り……申し訳ありません!」
「さっきの落雷で、馬が暴れての事故か……しかし、キャラバンなのにおぬし一人か? 連れはおらぬのか?」
(俺の車はハイエースなんだけど……後ろから見たらハイエースもキャラバンも一緒に見えちゃうか……)
「今日は一人で仕事してまして、ほんとすみません!」
「まぁいい、壊れたものはしょうがない。お前さん、怪我はないのか?」
「はい、大丈夫です。エアバッグも開かない程度でしたので」
「お前さんのバッグが開かなかったのは良かったが、わしの工房と工具は散々じゃ……」
「すみません、保険でしっかり弁償しますので……」
派手に壊れた倉庫を見る二人。
「あの……ここ電波がなくて。警察と保険屋に連絡したいんですが電話かしてもらえますか?」
「デンパ?デンワ?あるもんなら貸したいが、ここにはそんな物ないぞ?」
(そうか……電柱もないところだし固定電話もないよな)
「そのケイサツとホケンヤには明日連絡したらどうじゃ、もう暗くなってきた。中に入れ」
「え?いいんですか?お邪魔しちゃって……」
「いいも何も、ここは街はずれの一軒家じゃ、今日は泊っていけ」
(さすが田舎は温かいなぁ……申し訳ないけどありがたい)
「ありがとうございます! 助かります。県外から来てまして、家が遠いもので。今日はお言葉に甘えてお世話になります」
「おお、そうしろ。これも何かの縁じゃ、入れ入れ」
そういうと小柄なおじさんは、手招きしながら玄関の扉へと向かって歩いてゆく。
「ちょっと、荷物を取ってからいきます!」
秋武は急いで車に戻り、グローブボックスから財布と名刺を取り出す。そしてついさっき手土産にと渡された『ご当地限定 サッパリ☆生ビール』の箱を抱え玄関の扉をたたいた。
コンコン……
事故を起こした上に、一晩泊めてもらう。その申し訳なさで秋武はそっとドアを開ける。
「……失礼します……お世話になります」
「まぁいい、入れ入れ。そこに座ってくれ」
リビングのソファーに通された秋武は、テーブルにビールの箱を置いた。
(しかし、随分と徹底したアンティーク好きだな。テレビもないし、他の家電も見当たらない……いや、待てよ。このおじさん、いくらなんでも身長が低すぎないか? 120センチあるかないかだぞ)
違和感を振り払うように、秋武は一社会人としての丁寧な所作で名刺を差し出した。
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株式会社 瀬戸エンジニアリング
代表取締役 社長
瀬戸 秋武
〒114-XXXX 東京都〇〇区〇〇台1-2-3
TEL/FAX:X03-XXXX-XXXX
MOBILE:090-XXXX-XXXX
e-mail:AkimuSeto@STengineeringXXXXX.co.jp
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秋武は小柄なおじさんに合わせ、いつもより深くお辞儀をしながら名刺を差し出した。
「この度は大変なご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。しっかり手続きをして倉庫と中の物は必ず復旧いたしますので……」
名刺を受け取った小柄なおじさんは、物珍しそうにそれを見る。
「これはもらっていいのか?見たことのない上質な紙じゃのう」
「はい。話のタネになるように地元の製紙会社の和紙を名刺に使ってるんですよ。昔、営業もしてて。申し遅れましたわたくし、瀬戸 秋武と申します」
「セト・アキム?……アキムか。わしはオルグ・グラン。皆にはグランと呼ばれていてのう。ここでグラン工房をやっておる」
(グラン……日本人じゃないのか……日本語上手だけど。外国の人なのかな)
髭をなでながら通路の奥の工房に目をやるグラン。
「もっともその工房は、お前さんが半分めちゃくちゃにしてくれたがのう」
「すみませんほんと! これ、お礼……じゃない、お詫びの品です。さっき仕事おわりに頂いたものなんですけども」
そういってテーブルに置いていたビールの箱を差し出す。
「気遣いは不要じゃ。これはおぬしが仕事で得た報酬の一部じゃろ」
「いえいえ、私はあまりお酒強くなくてですね。ぜひ飲んでください」
「酒?――そういうことは早くいえ! これは酒か!」
「ご当地物で箱が綺麗なんでジュースにも見えますよね、お酒です。ビールです」
「見たことがない酒じゃな!ビール……じゃと?」
秋武は箱を開けて缶を一本取り出した。
(――ご当地限定、サッパリ生。キンキンに冷えてりゃ最高なんだが……)
「事故の衝撃で、泡が出ちゃうかもしれないですね」
と言って、慣れた手つきでプルタブに指をかける。
――プシュッ!
心地よい炭酸の開放音。日本全国の働く人を癒す『あの音』が静かな工房に響く。秋武はゆっくりとプルタブを押し込み、グランに手渡した。
シュワシュワと音を立てるビール缶の飲み口に目をやるグラン。
「シュワシュワじゃ……なんじゃこの泡は!」
「シュワシュワしちゃってますね、でも吹き出なくて良かったです、どうぞどうぞ」
グランが恐る恐るビールを口に運ぶ。
口の中に広がる泡の刺激と、透き通った麦の甘みと苦味。
ぐびっぐびっぐびっっと三口飲み込み――目が座る。
「……アキム、なんじゃこれは」
「あれ、お口に合いませんでした?」
「いや、初めての酒じゃ! うまい……今日はこれで酒盛りじゃ!」
そういって缶ビールをぐびぐび飲みながら、グランはキッチンへ料理を取りに行った。秋武はソファーに腰かけ部屋を見回す。
アンティークなインテリア、木材とレンガを組み合わせた家の造り。家電が一つもない。周りに電柱がなかったとはいえ、ここまで徹底するというのは相当こだわっているのだろう。
――ぼんやりと思い出せる記憶はこの後、美味しい肉とスープで酒盛りしたという所まで。
(ええと……この異様に小さい髭のおじさんは? しかも、同じシーツにくるまれてソファーで……これっていわゆる――朝チュン?)
二日酔いの頭痛の中、必死に昨日のことを思い出そうとしていたその時、入口の扉が開いた。
……ギィィ
「おはようグラン! この前お願いした短剣の仕上げはできてるー?」
扉の隙間から差し込む朝日が扇状に広がる。 そこに現れたのは、紺色のローブをまとった若い少女だった。
(――コスプレ? いや、違う。あの石、光ってる?)
手にした杖の先に埋め込まれた赤い石が、朝日を室内に反射する。少女の視線が、シーツ一枚でソファーに横たわるアキムに突き刺さった。
目が合うアキムと少女――
(……!?)




