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第21話 鉄芯の守護とゴムの加速 〜剣聖の最適化と星鉄会・隊長戦の決着〜

 ――『星鉄会(せいてつかい)



 それは結晶王国クリスタニアに古くから伝わる、歴史ある剣術大会だ。


 かつては実戦を想定した熾烈な儀式であったが、戦争が過去のものとなりつつある現代では、装備を木剣へと変え、国を挙げた華やかなお祭りへと姿を変えていた。


 しかし、その熱量は些かも衰えてはいない。平民であってもこの場で好成績を残せば、騎士への門戸が開かれる。人生を逆転させる千載一遇のチャンスを掴まんと、一般兵士部門は例年以上の盛り上がりを見せていた。


 そして、その熱狂の頂点に君臨するメインイベントこそが、エキシビジョンマッチ――『星鉄会・隊長戦』である。


 国を守る「王宮騎士団」と、王の身辺を護る「宮廷騎士団」。それぞれの矜持を背負った代表者による一騎打ちは、国の武の象徴を決める戦いでもあった。


 例年、この大舞台では宮廷騎士団隊長ジン・ベイネイ――通称『白銀(しろがね)』がその圧倒的な実力で連勝を重ねてきた。だが、その伝説にも陰りが見え始めている。昨年、若き王宮騎士団隊長レオン・ヴァリエールがジンと引き分けたことで、世論は一変した。


「今年はついに、若き天才レオンが伝説を塗り替える」それが、会場を埋め尽くす観客たちの共通した予想であった。


 会場となる街の広場には、夜明け前から溢れんばかりの人々が詰めかけていた。


 午前中に行われた一般兵士部門の予選では、実力が拮抗する者たちが火花を散らし、審査員の厳格な採点によってトーナメント選出が行われる。

 激闘の末に優勝を飾った一人の平民が、騎士団へのスカウトという栄誉を勝ち取り、会場のボルテージは最高潮に達していた。



 ――そして、午前の部の真打ち、『隊長戦』の刻が来る。



 広場周辺には無数の露店が軒を連ね、香ばしい匂いと威勢の良い声が飛び交う。この『隊長戦』をお昼休みの直前に持ってきたのは、観戦後の興奮冷めやらぬ客を呼び込もうとする商人ギルドの周到な計算によるものだ。



「今年こそレオン様が初勝利を挙げるぞ!」


「いや、白銀はまだ底を見せちゃいねぇ。今年も守り抜くさ」


「剣聖も人の子だ、年齢という壁には勝てない。それが残酷な理なのさ」



 観客たちは熱を帯びた議論を戦わせながら、主役の登場を待ちわびる。去年の引き分けという既成事実が、レオンへの期待をより一層加速させていた。


 先に試合場へと姿を現したのは、レオンであった。



「キャー! レオン様ー!!」


「勝って、レオン! カッコイイ!」


「レオン!  レオン! レオン!」



 割れんばかりの声援。端正な顔立ちと若き才能を兼ね備えた彼への支持は、女性客や若者を中心に圧倒的だった。それを見た老人や中年男性たちが苦々しく舌打ちする中、この「おじさん」もまた、眉間に皺を寄せていた。



「あの野郎、これ見よがしにカッコつけやがって……」

「カッコつけてないわよ。普通に出てきただけでしょ」



 ジンの試合を最前列で観戦するアキムとアリエナだ。



「何言ってるんだ。見てみろ、あの『俺を見てくれ』って顔を」

「……ただ試合に集中してるだけに見えるけど。あなたの偏見じゃない?」



 一方、グラン工房のドワーフ二人はというと、大一番を前にしても平常運転だった。街の飲み仲間と早々に酒盛りを始め、この神聖な大会をただの宴会の口実にしている。ドワーフたちにとって、祭りと酒は切り離せないセットなのだ。



「おい、来たぞ! 『白銀』のお出ましだ!」



 会場の視線が一点に集まる。



「……年々剣を細くしてるって噂だぜ? 筋肉も落ちたように見えるな」

「かつての鋭い面影が消えちまったな……。やはり、いくら剣聖と言えども時には勝てんか」



 観客席にジンの勝利を信じる者は少なかった。だが、アキムの瞳だけは鋭く燃えている。



「ジンさんには、絶対に勝ってもらわないと困る……グラン工房の運命が……」

「あなたが無茶な賭けに乗るからでしょ。どうするのよ、負けたら」


「ジンさんは勝つ。何も問題はない。問題ないんだ、問題ない、問題ない……」

「自分に言い聞かせすぎてて、怖いんだけど……」



 試合場の中央で、レオンとジンが対峙した。重苦しい沈黙が広場を支配し、立会人が厳かに声を張り上げる。



「王宮騎士団隊長! レオン・ヴァリエール!」



 騎士団の仲間たちの咆哮と若者たちの絶叫が、空気さえも震わせる。余裕の笑みを浮かべ、観衆に手を振るレオンには、勝利への確信が満ち溢れていた。



「宮廷騎士団隊長! ジン・ベイネイ!」



 往年のファンや老人たちから渋い声援が送られるが、レオンを支持する黄色い声にかき消されてしまう。



「両者、前へ!」



 立会人の一喝で、会場から一切の雑音が消えた。誰もが、今ここで歴史が動くのか、あるいは伝説が守られるのかを肌で感じ取ろうとしていた。


 コツ、コツ、と硬い音を鳴らし、レオンが前へ出る。若さと自信に裏打ちされた、力強い足取りだ。

 対するジンは、スッスッ、と音もなく歩み出した。緩やかだが、その歩法には一切の贅肉がない。


 立会人が両者の装備を確認する。木剣の歪みを点検した後、立会人の視線がジンの足元で止まった。



「ジン殿、サバトンをお忘れではないか?」

「いや、これでいい」

「見慣れぬ革靴だが……本当にこれでよろしいのか?」



 不審がる立会人の言葉に、レオンが勝ち誇ったように口を挟む。



「ジン殿、あとで『足を踏まれたから負けた』などという言い訳は聞きたくない。サバトンを装着されることをお勧めするが?」

「案ずるな。二言はない」



 レオンはニヤリと口角を上げ、立会人に目配せした。



「……だそうだ。ジン殿は今年で引退と公言されている。最後に無様な怪我を負っても、言い訳はしないそうだ」



 ジンは応えず、静かに木剣を掲げた。年々、その重みに耐えるかのように細く削ぎ落とされた特注の木剣。だが、それを握る拳には一点の迷いもない。

 長身のレオンがジンを射抜くように見下ろしながら、重厚なグリッド・ヘルメットを被る。ジンもまた、乱れた髪を無造作に整え、静かにヘルメットを下ろした。


 対照的な二人が剣を構え、その切っ先を触れ合わせる。



「位置に!」



 立会人の合図で、構えを解かぬまま双方が一歩下がる。


 一触即発の間合い。


 広場から、すべての音が消失した。



「はじめ!!」



 試合開始と同時に、レオンが地を蹴った。



 速い。



 爆発的な踏み込みから一気に間合いを詰め、最短距離で斬り上げる。


 ジンはそれを迎え撃つように、冷静に剣を受けた。


 両者は一歩も引かず、そのままレオンが力任せの(つば)迫り合いに持ち込む。昨年、このパワープレーからジンの体勢を崩し、引き分けへと引きずり込んだ成功体験が彼を初手から突き動かしていた。



「ウォラァ!!」



 ゴツゴツと、肉と木がぶつかり合う重低音が響く。


 レオンは力に任せて強引に前進し、ジンの体軸を根こそぎ奪おうと揺さぶりをかける。鍔を押し当て、肘でこねる。ゴンッという強烈な一撃、そして追い打ちの連撃。


 観客がどよめく。



「押している! レオン様が圧倒しているぞ!」



 素人目には、そう見えた。


 しかし、アキムだけは見ていた。ジンの足元が、1ミリも揺らいでいないのを。



「よし、耐えてる! 押し合いで全然負けてない!」



 派手な咆哮を上げるレオンとは対照的に、ジンは微動だにせず、どっしりと腰を落としていた。石畳の凸凹を確実に捉えるエイシックスの特殊ソールは、ジンの重心を地面に縫い付けたかのように安定させている。



(なんだ……!? なぜだ!?)



 予想外の抵抗に、レオンの心に違和感が走る。去年の手応えなら、今頃はとっくによろけているはずだった。焦ったレオンは一度、大きく飛び退いて距離を取った。



「どうした、レオン。攻めてこないのか」


(このジジイ……なぜ去年ほど押し込めない!?)


「来ないのならば……こちらから行くぞ」



 ジンが静かに木剣を構え直す。


 だが、プライドを傷つけられたレオンの若さが、それを許さなかった。



「舐めるなっ!」



 再度、地震のような踏み込み。そして、嵐のごとき連撃が始まった。


 ジンは再び、防戦一方に追い込まれる。


 誰の目にも、レオンの猛攻がジンを飲み込んでいるように見えた。


 大きく、鋭い軌跡が何度も空を割る。


 白銀の剣聖は動かない。否、動けない。ただ、嵐に耐える巨木のように、受けて、流す。それだけを繰り返す。


 レオンは勝利を確信した。



(やはり去年と同じだ! 俺が圧倒している! 老兵の衰えは、もはや隠しようがない!)


「アキム! 白銀が押し切られちゃうわ!」



 アリエナが悲鳴に近い声を上げるが、アキムの表情は崩れない。むしろ、不敵な笑みさえ浮かべている。



「本当に押しているのはジンさんだ。重心を手元に集中させ、極限まで調整したあの木剣が効いてるんだ。レオンの剛剣を、最小限の動きですべて軽くいなしてる!」

「あたしにはそうは見えないわよ! 手も足も出てないじゃない!」

「一撃で終わらせるための『溜め』さ。ジンさんは、その瞬間を待ってる」



 レオンの連撃は、息が切れるほどに激しさを増していった。それを、ジンは針の穴を通すような正確さで完璧に防御し続けていた。



「どうしたジン殿! 打ってこないのか!」


(……剣捌きが異常に早い。なぜだ、衰えを感じさせないどころか、研ぎ澄まされている!?)」


「……」



 ジンは挑発に一切応じない。



「防戦一方では勝てませんよ!」


(クソッ、腕を振りすぎた!呼吸が乱れる……反撃が来る前に、一度――!)



 レオンは突如として連撃を止め、剣を盾にするようにして強引に密着。再び鍔迫り合いへ。

 だが、ジンが深く腰を落とした瞬間、レオンの全体重をかけた押し込みはピタリと止まった。



(このジジイ!! なぜここまで踏ん張れる!?)




 ――そして。




 レオンは一度大きく押し返し、さらに踏み込むと見せかけて……





 その踵で、ジンの足の甲を全力で踏み抜いた。





 サバトンを装着していない、剥き出しの革靴を。





『ダンッ!!』





 激しい衝撃音が響く。



(痛てぇ!?)



 会場がどよめき、悲鳴が上がる。



「ああっ、白銀の足が!」


「なぜ防具を着けなかったんだ!」


「いくら身軽でも、足を潰されたらおしまいだぞ!」



 だがその直後、苦痛に顔を歪めたのは、踏みつけた側のレオンであった。


 アキムが力強く拳を握る。



「よし、かかった!」

「何がよしなのよ! 足を踏まれたのよ、怪我しちゃうわ!」


「大丈夫だ、ジンさんにダメージはない! あの安全靴のつま先には、ガラス繊維強化樹脂の芯が入ってるんだ! 人間の力で踏んだくらいじゃ、ビクともしない。むしろ、全力で踏み抜いたレオンの足裏の方がダメージはデカいぞ!」

「……なにそれ。あの靴、それ自体が完璧な防具なの?」


「サバトンを外したことで、驚異的な軽さを手に入れた。だが、防御を捨てたわけじゃない。これこそが『現場の知恵』だ!」



 立会人の目を盗んだ姑息な一撃。だが、ダメージを負ったのは仕掛けたレオンの方だった。



(何だ、あの靴は!? つま先に鉄でも仕込んでいるのか!?)



 激痛に顔をしかめ、思わず距離を取ろうとするレオン。

 だが、ジンはその刹那を見逃さなかった。彼は既に、肘のサポーターを回していた。



 ――スイッチオン。ゴムの反力を攻撃側へ。



 レオンが飛び退く、そのステップの予備動作をジンは既に読み切っていた。


 完璧に合わせた爆発的な飛び込み。



(早いッ!?)



 レオンが体勢を立て直すより先に、ジンの刺突が空気を裂く。


 バランスを崩したレオンの喉元へ、間髪入れずに二撃目が叩き込まれる。



(なんだ、この剣の振りの速さは!)



 レオンは必死に木剣を合わせようとするが、ジンの剣は一度当たった瞬間に、まるでゴムの反発を受けたかのように元の位置へ戻り、次の攻撃へと転じている。



 そして、最後の一撃。



 大きく振りかぶる予備動作を一切排し、踏み込みの勢いと肘のサポーターの反発力を利用した、最短・最速の打ち込み。


 目にも留まらぬ速さで放たれたその一閃は、レオンのヘルメットの格子を、まさに真っ二つに叩き割っていた。


 そのまま、レオンの長身が仰向けに石畳に沈む。


 手から離れた木剣が、カン、と虚しい音を立てて転がった。





 ――静寂。





 観衆の誰もが、今起きたことを信じられず、声を出すことすら忘れていた。


 ジンは、静かに剣を下ろした。


 あれだけの激闘を演じたにもかかわらず、その呼吸は凪のように静かだった。


 まるで、この結末が最初から一寸の狂いもなく決まっていたかのように。





 アキムの叫びが、静寂を切り裂いた。



「面あり! 一本!!」



 遅れて、我に返った立会人が高らかに宣言する。



「勝負ありッ!!」



 次の瞬間、地響きのような歓声と、敗北を信じられない若者たちの悲鳴が会場を包み込んだ。

 古き剣聖『白銀』。その伝説が、再び塗り替えられた瞬間だった。


 レオンは、大の字に寝転んだまま、呆然と自分の手を見つめていた。



(なぜだ……なぜ勝てない……)



 理解が追いつかない。だが、ただ一つ、魂に刻まれた事実があった。



「……去年より、速かった……」



 ジンは何も答えず、ただ静かに背を向けた。


 その膝の裏で、特殊な編み込みのサポーターが、ジンの最後の一歩を力強く前に押し出す。

 観衆にも、そして敗者にさえも気づかれないまま、設備屋と剣聖の共同作業による「最適化」された戦いは、幕を閉じた。

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