第19話 王妃の審判、新たな国家機密誕生 〜拒否権なき微笑と秘術シリコン〜
「よろしい」
王妃は椅子に深く背を預けた。アキムの返答により決着がついたカタチにはなったが、この後どう処分されるのかは王妃次第だった。
「では、詳しく聞かせてもらいましょうか」
処罰は、まだ下されていない。だが解放も、されていない。王妃の顔色をうかがうアキラの前で、王妃の視線が、わずかに動いた。
ほんの一瞬。真下に向けて。
だがアキムは見逃さなかった。
(……あれだ)
コルセットで押し上げられた胸元。 整えられた曲線。
だが――違う。
(あれは“作ってる形”だ)
前の世界のSNSで得た無駄な知識が、妙に冷静にヒントを告げる。
自然な重力でできる谷間は『Y』
押し上げて寄せた持った谷間は『I』
(見た目は整っている。 だが、本物ではない。配管の歪みを見抜くのと同じだ。不自然な圧力は、必ず表面に微かな『嘘』を浮かび上がらせる)
(なら――手持ちの武器は刺さる!!)
「王妃陛下……」
声を出した瞬間、場の空気が凍りついた。
「無礼だぞ、平民!」
横から貴族の罵声が飛ぶが、アキムは引かない。
「恐れながら申し上げます。殿下の装い、この私めがさらに麗しく整えることが可能かと……」
――沈黙。
王妃の目が一度大きく見開かれた後、真意を確かめるように細められた。
「……続けなさい」
許可が出た。深く息を吸い、アキムはカバンの中へ手を入れ、氣を練る。そして別の雑貨屋へ納品予定だった輪ゴムに氣を送り込み錬成する。ゴムはカバンの中で一つのゴムの塊へ戻った。
「アリエナ……やるぞ」
「……何をするつもり?」
「説明は後。まず準備する……」
短く告げる。アリエナは一瞬だけ迷い、だがすぐに頷いた。
「分かった」
取り出したゴムの塊。アキムは両手でそれを包み込み氣を送り込む。周囲の者たちはその手の中で何が起きているのかは理解できない。アキムの手の中の素材が、徐々に変質していく。
――弾性、粘性、手触り。
41年の人生経験。その記憶にある“あの感触”へ寄せていく。
(ゴムもシリコンも分類すれば同じ『エラストマー』だ……完全再現は無理でも――あの、吸い付くような質感を、俺の意地に賭けて再現する!)
アキムの手の中で、黒いゴムの塊が、しっとりと白い透き通った弾力体へと変質していく。
(しっとりとしていながらハリのある弾力。指を押し返すと同時に、吸い付くような肌馴染み……しかもイメージで色まで白くなった! よし、これならいける。機能性だけじゃない、見た目の『美学』も重要だ)
ポケットからカッターを取り出し、二つに切る。一瞬衛兵が動くそぶりを見せたが、刃物かどうか迷ったようだ。
「これを」
アキラはアリエナに2つの塊を差し出す。アリエナはそのゴムより柔らかくモチモチとした塊を受け取る。
「君に任せる。王妃にこれを」
「……なにこれ、あなた正気?」
「一番分かる人にしか証明できない」
短く返す。そして小声でアリエナに説明する。
(殿下のIは……だから……これを……のかたちにして……)
(え?……ちょっ?……あんた何言ってるの!?)
アリエナの顔が紅潮する。
(だから……アリエナが……を……整えて……Yに)
(……!!あなたねぇ……いつも……ばかり考えてるの?!)
数秒の静かな攻防――そして。
「……いいでしょう」
アリエナは平静を装い、深呼吸して王妃へ向き直った。
「陛下、アキムの秘策……『シリコン』……試されますか」
場がざわつく。聞き覚えない言葉。得体のしれない秘術。
だが王妃は、ほんのわずかに考え――
「見せて見よ」
「では殿下、秘策であるが故、別室でお願いいたします」
アリエナが立ち上がった。
そして王妃は側近を伴い、アリエナと共に奥の別室へと消えた。
――時間が、やけに長い。そして、誰も喋らない。
どうせ何も起きないだろうという、冷たい視線だけがアキラの背中に突き刺さる。
(まだか……駄目だったのか……?)
誰も喋らない静寂の中、奥の扉から声が漏れた。
「――っ!!」
短い、抑えきれなかったような感嘆の吐息。いったいどんな感情なのか。
それを聞き、場の全員が固まる。そして、不安に皆ざわつき始めた。
やがて奥の扉が開き王妃が戻ってきた。
(……来たか)
戻ってきた王妃は、まさに「女王」のオーラを放っていた。
自信に満ちた顔でアリエナと側近を従えて。
胸元の不自然な『I』は、柔らかくたゆたうような『Y』へと描き変えられている。一歩歩くたびに、ドレス越しでも分かる「重み」のある揺れ。
「……アキム。これは、どこで学んだのかしら」
「……長年の、積み重ねてきた経験です」
嘘ではない。ネットの知識と、職人としての素材理解の賜物だ。
王妃は数秒、その場の者たちを見渡しそして――アキラを見た。
「輪ゴムの件については」
空気が張り詰める。
「不問とする。今後、自由にして良い」
貴族たちから驚きの声が漏れる。
「ただし!」
釘を刺し、静かに続ける。
「この秘術は、『私』の管理下に置く」
(そうなるよな……って国じゃなく個人の管理か!)
「よろしいわね?」
知っている。拒否権はない。
「……はい。仰せのままに。」
貴族たちは何が起きて王妃がアキムたちを許したのか理解できない。秘術とされてしまっては、問いようがないのであった。
王妃は小さく頷いた。
「アリエナ」
「はい」
「この者を監督しなさい」
「承知しました」
「以上よ」
それだけだった。処罰もない。 説明もない。ただ終わった。
――退出後。
誰もが困惑していた。何が起きたのか分からない顔。
(まあ、そうなるよな)
「……あなた、とんでもないことしたわね」
「でも、助かっただろ」
「ええ……助かった。けどこれ、逃げられなくなったわよ」
アキムは意図せず、意外な形で王宮と繋がってしまった。輪ゴムという出来るだけ目立たぬよう控えたものであったが、その便利さ華やかさは街を彩り、王妃の元に噂が届いてしまったのだ。
――翌日。
昨日納品できなかった分の輪ゴムを制作し、アキムとアリエナは改めて街の雑貨屋へ納品しに来ていた。昨日の騒動で、手持ちの輪ゴムが王妃のシリコンに変わってしまったからだ。
「納品遅れて申し訳ありません。次は予定通りにまた来ますので」
「いやいや、儲けさせてもらってるよ!またたのむぜ」
二人は店を離れると、近くの露店で買い物をする。それが納品後のルーティンになっていた。
「納品は別に俺一人でも出来るんだけどなぁ……」
露店で買った串焼きを食べながら、ベンチに腰を下ろす。
「何言ってるのよ、あたしというモデルがあるから輪ゴムが売れてるの!」
アリエナは街で流行っているお団子を口いっぱいに頬張りながら言う。
昨日のピンチから一転、今日は天気も良くのんびりとした空気が流れる。
――遠くからこちらへ誰かが走ってくる。
(……なんだ?また衛兵か!?)
「アリエナ! アキム!」
飛び込んできたのはノエル王女だった。息が上がっている。明らかに長い距離を走ってきた顔だ。
そして、その後ろを年老いた執事が追ってくるが、その姿はまだ遠い。
「大変なの!!」
「朝から騒がしいわね……どうしたの」
アリエナが呆れたように振り返る。ノエル王女はアリエナと同い年の17歳。二人は王宮内で会うことも多く、とても仲がいい。その縁でアキムも王女とは面識があった。
走ってきた王女は、一瞬言葉に詰まり――
「お母様が……デカいのよ!!」
「……は?」
「本物の巨乳になってるの! 街で噂の輪ゴムどころじゃないわ、王宮全体がザワついてるんだから!」
時間が止まる。アキムとアリエナはゆっくりと目を合わせた。
(あれか……)
無言の会話。
「ちょっと待って、それは『なってる』の?それとも『そう見える』の?」
アリエナが冷静に確認する。
「見たの! 触ったの! 全然違うの!」
「触ったの!?」
「確認よ確認! こう、今までが『布の詰め物』だとしたら、今は『おいしそうなおもち』みたいな弾力なのよ!」
手のひらをわしわしと空中で動かし、必死にサイズと質感を訴える王女に、通行人が遠巻きに足を止める。
「……で、それがどうしたのよ」
アリエナがため息混じりに言う。王女は一瞬ためらい――顔を赤くした。
「王が……お父様が……昨日から鼻の下が伸びっぱなしで、今朝もずっと上機嫌で……このままじゃ、来年には私に新しい弟か妹ができるわ!!」
王女の必死の形相に、ベンチの周囲が静まり返る。アキムがぽつりと呟く。
「それは……いいことなんじゃないか?」
「よくないわよ!!」
即ツッコミ。
「よくないわよ! 継承権の調整をする文官たちの死んだ目を見たことある!? そもそも、私だって気まずいわよ!!」
「気まずいってノエル……」
アリエナが額を押さえる。
「……つまり何を望んでるの」
王女はびしっとアキムを指差した。
「元に戻して!」
「ムリ! ムリ! ムリ!」
「返事が早いわね! 努力しなさいよ!」
「いや無理だって……あんなに気に入ってて……」
アキムは肩をすくめる。
「俺がやったのは“補助”。元の形を活かしてるだけで、変たわけじゃない」
「でも結果変わってるじゃない!」
「それは“最適化”」
「言い方!」
アリエナが小さく笑いを堪える。
「……まあ、落ち着きなさい」
王女の肩に手を置く。
「ノエルこれはもう、流れは止められないわ」
「そんな……」
「むしろ問題はそこじゃない」
アリエナの目が細くなる。
「王妃があれを気に入った時点で」
アキムを見る。
「アキム。やっぱりあなた、完全に囲われたわよ」
「……だろうな」
王女が固まる。
「え?」
「王宮専属。技術管理。逃げ道なし」
一つずつ指を折っていく。
「そしてなにより……王妃の“秘密”を握ってる」
王女の顔色が変わる。
「あ、そうか……じゃあ、今度は」
じっとアキムを見る。
「私にも作って」
アキムは綺麗な青空を見上げた。
「なんだ……これ……俺の仕事じゃない気がする……」
微笑ましい空気の中『星鉄会』開催日がそこまで迫っていた。




