第18話 王宮の審判、漆黒の輪は「国家機密」へ 〜拒否権なき王妃の微笑〜
街に新たな流行が生まれていた。
これまでの長い髪を束ねるだけの質素なヘアスタイルが、一気に変わった。
高い位置に結ったポニーテール。ツインテールが若者に大人気となっている。その他にも三つ編みを高い位置に束ねたり、お団子のような結い方も生まれて来ていた。
(やっぱり”オシャレ”はいつの世界も逞しいな……基本があれば、すぐにアレンジが始まった)
「何見てるのよ、ジロジロと」
アキムは今日、雑貨屋に納品に来ていた。輪ゴムを広めたアリエナも一緒だった。
「いやー、ただの輪ゴムがこんなに人気になるとはね」
「ふふーん。私が美の伝道師としてこのツインテールを流行らせたおかげよ」
異世界にツインテールが爆誕したあの日。あの後、街に戻ったアリエナが友人や知人にツインテールを自慢したところ、そのうわさが一気に広まった。会話の中でグラン工房の名前が出てしまったことで、街で売らざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。
「流行らせたってねぇ……あの時は量産体制も整ってないのに「グラン工房で手に入れた」って言っちゃったでしょ、大変だったんだぞ」
次の日、グラン工房に若い女子が押し寄せ、パニックになったのは言うまでもない。
「しょうがないでしょ!あんたが輪ゴムいっぱい用意してなかったのがいけなかったのよ!」
「今はどうにかなったからいいものの……」
アキムはその後、筒状にゴムを加工しカットすることで無駄なく輪ゴムを生産できる体制を確立していた。だが、未知の物質が過剰に流行することを恐れ『不思議な髪結い紐』というオシャレ用品として雑貨屋に納品し、売り出していたのであった。
「でもまぁ工房が潤ったのはよかったじゃない。アキムも壊した壁の弁償できたし、ちゃんとした仕事もできたしね」
「それを言われると弱いんだが……ドーラには大量に消費するんじゃないぞってくぎを刺されてたわけだし……そういえば西の大森林はもういいの?」
「ええ、魔術師を大勢連れてって3日で120本以上処理して、今は健全な森に戻ったわ。あとは次の芽が出るのを待つだけね。害虫の被害はとりあえず心配なし!」
「さすが宮廷魔術師団・副師長」
「ドーラ様も喜んでたわ!だからゴムを少し生産増やすのは大丈夫だと思うわよ」
「そんな勝手な解釈を……」
「ギブアンドテイクよ!おたがいさま!」
雑貨屋に納品が終わると既に輪ゴムを求める人たちで行列ができていた。女性ばかりの長い行列。
「あまりこういう流行り方をすると、良くないことが起きるんだよなぁ……」
「なにがよ。女性がオシャレできるんだからそれでいいじゃない」
「いいんだけど……」
アキムの勘は図らずも当たっていた。街を歩く二人の元に衛兵が駆け寄る。
両脇を固められ、二人は逃げられない状態で質問を受ける。
「グラン工房のアキムだな!」
「え?……あ、はいそうですけども」
「宮廷魔術師団・副師長アリエナ様ですね……」
「そうだけど。どうしたの?」
「王妃殿下がこの度の街の騒動について……いや、詳しくは王宮にて」
「お二人を連行してこいとの命令が出ております」
「連行?命令!?」
アキムは二人の兵士に両腕を固定され、アリエナはその前を歩かされるという形で連行された。
王妃の待つ王宮へと。
◇ ◇ ◇
石畳の廊下に鎧の金属音が響いた。
(……やばいな。やっぱり輪ゴム関係なのか? それともポンプの件?)
アキムを連行する衛兵は一言も喋らない。ただ規則正しく歩くだけだ。
壁には織物。見たこともない豪華さ。 天井は高く、空気は冷たい。
隣を歩くアリエナは、いつも通り背筋を伸ばしている。
宮廷魔術師――その肩書きに恥じない、静かな余裕。だが、その横顔はわずかに硬い。
(完全に場違いだ……俺は何しに異世界へ……)
「……アリエナ……さん」
小さく声をかける。
「今さらだけど、これって……」
「処罰の可能性は高いわね」
即答だった。
(やっぱりか!)
「ただし……」
アリエナは歩き続け、前を向いたまま続ける。
「“私だけ”なら、よ」
重い足が止まりそうになる。
「は?」
「流行を広めたのは私。宮廷の人間として、責任を問われるのは当然」
淡々とした口調。
「でもあなたは違う」
ちら、と視線がよこされる。
「あなたは“作っただけ”。意図がなかったと証明できれば、軽くなる……もしくは逆に、王宮が『元凶』を求めたなら、矛先は製作者であるあなたに向くわ……いい? 余計なことは言わず、私の後ろにいて」
(……!!)
やがて、大きな扉の前で止まった。衛兵が短く告げる。
「ここで待て、二人とも」
――コン、コン。
中からの返事もなく、重い扉はゆっくりと開いた。
「入れ」
促されるまま中へ入ると、視界が一気に開けた。暖かい広間。赤い絨毯。
奥の高い位置に椅子いや、玉座。そこに座っているのは、一人の女性。
――王妃。
周囲には数人の側近と貴族が並んでいる。誰もが 値踏みするような、冷たい視線でアキムを見ていた。
(貴族!?……そういえば昔は髪型やファッションが身分を表していると聞いたことがある……)
中ほどまで進み、衛兵が離れ、距離を取った。アキムは膝をつくべきか一瞬迷い、隣を見た。アリエナが膝をつき頭を垂れる様をみて、慌てて片膝をついて頭を下げた。
――やけに長い沈黙。
アキムは頭を下げているが鋭い視線を感じていた。王妃は、二人をじっと見ている。 怒っているわけでもない。だが、明らかに機嫌がいいわけでもない。
「……顔を上げなさい」
静かな声。逆らえるはずもなく、ゆっくりと顔を上げる。一瞬視線がぶつかり、すぐに目を伏せた。
(怖っ!!……やばい!)
冷たい、というより――測っている目だ。
「宮廷魔術師アリエナ」
「はい、殿下」
「グラン工房のアキム……といったか」
「はいっ!……殿下!」
「あなたたちが街において奇妙な髪型を流行させている件、把握しているわ」
(来た!貴族もいるし、やっぱりゴムの件だったか!)
「……はい」
声が思ったより震えなかったのは奇跡だった。王妃は少しだけ首を傾げ、続ける。
「奇妙、とは言ったけれど……ずいぶんと、軽やかで。動きやすそうね」
空気が、すこしだけ温かみを帯びる。だが次の瞬間、横にいた貴族が一歩前に出た。
「陛下! このような安価で奇妙な装飾が広まれば、貴族が守り続けてきた『結髪の礼節』が崩れます! 誰もが同じ形に髪を結うなど、身分の境界を曖昧にする愚行……断じて看過できません!」
「左様です! 我ら貴族が多額の金を投じて整える結髪を、そのような端切れ同然の安物で真似されては、秩序が保てませぬ!」
強い物言い、鋭い声が響く。
(やっぱりそうだよな……)
王妃はその言葉を遮らない。ただ、聞いている。そして再びこちらを見る。
「これは、ただの遊びか。それとも――意図があるのか」
王妃の声のトーンとは違う、貴族の男の厳しい声が響く。
「弁明はあるのか!」
一拍おき、アリエナは顔を上げ、その貴族を見た。
「弁明は……ありません」
ざわり、と空気が揺れる。
(おい……どうするんだ)
「ただし!」
その言葉に周囲の視線が集まる。アリエナがそのまま続ける。
「有用性の提示は可能です」
王妃の視線が細く、アリエナをとらえる。
「有用性?」
「はい」
アリエナは一歩、わずかに横へずれる。
「そのために、この者がおります。……グラン工房のアキムです」
視線が、アキムに移る。
(こっちに振るのかよ!)
「アキムとかいったか、あなたが、その道具の製作者?」
ゴクリと喉が鳴る。
「はい」
「見せなさい」
逃げ場はない。アキムは震える指先で、ポケットから漆黒の小さな輪を取り出した。
「……それは、何? 紐ですらなさそうだけれど」
「髪を束ねるための道具です。我々は『不思議な髪結い紐』と呼んでおります」
「ただの紐ではないと?」
「はい。自ら縮み、形を維持する性質を持っております」
ざわ、と側近や貴族たちの間に困惑が広がった。王妃は手を差し出した。
「こちらへ」
アキムは顔を下げたまま静かに近づく。差し出したそれを、王妃は指先でつまんだ。じっと見る。引く。戻る。その動きは静かだが、明らかに試している。
「……伸びるのね」
「はい」
「そして戻る」
「はい」
――沈黙。
やがて、横の貴族が口を開く。
「陛下、そのような軽薄な装いが広まれば、身分の区別が――」
「静かに」
一言で遮られる。そして再び、王妃の視線がアキムへ向けられた。
「これは、あなたが考えたの?」
(どう答える)
「……はい」
「なぜ?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……『便利』だからです」
正直に言った。嘘をつける空気ではなかった。
「……便利、たったそれだけ。ふふ、国家の礼節を脅かした正体が、その程度の欲求だったとはね」
王妃は可笑しそうに喉を鳴らした。だが、その瞳の奥には冷徹な計算が光っている。
その言葉を反芻するように。
「アリエナ」
「はい」
「あなたは、なぜこれを使ったの」
アリエナは躊躇なくまっすぐ答えた。
「機動性の向上です」
「……機動性?」
「魔術行使時、視界の確保は重要です。髪が干渉しないこの形状は合理的でした」
空気が変わる。
(……これは!)
王妃はゆっくりと頷く。
「なるほど」
そして、静かに告げた。
「面白いわね」
その一言の意味を、誰も測りきれない。吉と出るか、凶と出るか。
「でも……無秩序な流行は許さない」
鋭い視線が二人を射抜く。
「アリエナ。あなたには管理責任がある」
「はい」
「グラン工房のアキム」
心臓の音が聞こえる。この答えで運命が決まる。
「その技術――王宮預かりとする」
(技術の独占……!!)
「……拒否権は、ありますでしょうか」
わずかな希望を込めたアキムの問いに、王妃は慈悲深く、しかし一切の反論を許さない完璧な微笑を浮かべた。
「あら。この場に、私以外の『意志』が存在できると思って?」
ゾクリ、と背筋が凍る。答えは最初から決まっていたのだ。
「……いえ、滅相もございません」




