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第17話 異形の木剣、重心は「鍔(つば)」にあり 〜竹刀の再現とトーナメント参戦〜

(振りかぶらないだと!?)



 ジンは驚きと共に大きく首をそらし半身で交わした。その横を剣を正面に構えたままのアキムがタタタッ、と駆け抜ける。





 そして――





 ドスッ、背中に突き立てられた鈍い衝撃。





 試合終了。






「あ……」



 アキムの思考が止まった。全力で打ち込んだ後の、高揚感と絶望の入り混じった空白。



「お前さん……何をしておるんじゃ……」



 グランの呆れ声で、ようやく自分が『競技のルール』の外側にいたことを思い知らされる。



「敵に背中を見せたら……ロングソード届くよ……アキム君」



 ジンも意外な展開に拍子抜けな様子。打ち込んだ後、ジンの横を通り過ぎたところをあっさり一本。それまでの張りつめた緊張が嘘のようなあっけない結果。アキムは一言も発せず、ただ静かに、剣道の儀礼に従って下がる。その背中は、負けた悔しさよりも、己の「癖」の深さに愕然としているようだった。

 試合開始位置に何も言わず戻る。そしてしゃがみ、剣を納め、スッと立ち上がり歩み足でそのまま下がった。



 剣を腰から下げ、一礼。



「参りました!いやー、最初からもう飲まれてました……」



 大きく息を吐いて緊張から解放されたアキムは、大の字になって後ろに倒れた。



「緊張感が全然違う……白銀はすごい……」


「アキム君! 面白い、面白いよ君! 我々の剣とは全く違う動きだ!」



 ジンが拍手をしてアキムを称える。見守っていたほかの衛兵からも、パラパラと拍手がこぼれた。



「斬り込むための踏み込みはあるが、振りかぶる動きがない! 何だねあれは!」



 アキムの異質な剣技に興味津々のジン。



「剣道では打突の好機を逃さないために、予備動作を最小限にするんです。振りかぶると相手に悟られますから」


「普通は肩を回して斬るものだが、君の剣は肘と手首のバネだけで加速した。まるで見えない鞭に打たれたようだ」



「でもそれは当てることで勝負が決まる剣道というものに特化しているせいというか……実際この世界での斬り合いでは当たりこそすれど、防具がある相手に致命傷は厳しいかもしれません」


「当てることに特化した動きか……それならば小さく速く、なるほど素晴らしい! いや、まてよ……星鉄会にピッタリじゃないか!」



 グランはあきれ顔だ。



「しかしジン、あの通り、大間抜けな負け方しおったぞ。あれじゃ勝負にならん」


「……アキム君、あれは何だね?勝負を捨てたのか?」



「つい、癖で……剣道だと打った後に止まらずに走り抜けるのが良い打ちなんですけど、ここではただ背中を晒しただけでしたね……」


「戦場なら今ので死んでいたぞ。だが、あの踏み込みの速さと、打つ瞬間のシャウト。あれは相手の思考を一瞬止める強力な武器だ」



「すいません……あの声も剣道では気迫とか集中、鼓舞いろんな意味があるんですけど……」


「いや! やはり面白い! 君も星鉄会に出場したまえ!」



「ジン、冗談もほどほどにしてくれ。アキムは職人じゃ、剣士ではないんじゃ……」


「冗談などではない。アキム君は剣道というもので、その動きが完成している様だ。立ち会ってわかった」



「ジンさん……さすがに今回は遠慮しておきます。まずジンさんに勝ってもらわないと。グラン工房が大変なんですから」


「なんだ……乗り気ではないのか、あれだけのものを持ちながら」



「そうじゃな、この”アキム君”がグラン工房を賭けおったからのう」


「グラン、それは謝ったじゃないか……」



「謝って済むならグラン工房は安泰じゃ!」


「ごめんって……」



「ははは、勝負は時の運さグラン。俺はやれるだけのことはやるよ」


「時の運で工房があのレオンに乗っ取られてたまるか!」






 ◇ ◇ ◇






 工房に戻ってきたアキムは興味とそれ以上に大きな悔しさから、自分用の木剣の制作を始めていた。



「なんじゃアキム、誰かに木剣の制作を頼まれたのか?」



 珍しく木を削っているアキムを見てギムレットがやってきた。制作前の木剣材料のストックから竹刀と同じ程度の長さの物を選び、削り始めたアキム。



「いや、ジンさんと手合わせしたら、ちょっと作ってみたくなってね……自分用の木剣」



 アキムは手にした木材の年輪をじっと見つめ、指先でその重心を探った。竹刀の規格を思い出し、スケールで長さを計る。






 ◇ ◇ ◇






 ――夕方。




 アキム渾身の木剣が出来上がっていた。細長く、木剣にはある刃がそれにはない。反りもない竹刀のような棒状の剣。この世界においてそれは異様な木剣だった。



「これで打ち込みの時、竹刀のように『小さく』『速く』打てる!」



 (つか)は竹刀と同様長く、握りやすく楕円に仕上げた。重心は先端ではなく(つば)に近い。刀身が軽くても(つば)ぜり合いで負けないように。そして相手の木剣の多きさに合わせて(つば)も大きめに仕上げた。



「持ち手が長いのはいいが、それだけ刀身が細いと打ち込みに重さが乗らんぞ」


「手を揃えず、長い持ち手の端と端をもって剣をコントロールするんです。剣を腕で振るんじゃなくて肘から先の動きで……って説明が難しいな」



 彫金をしていたギムレットがアキムが作った異様な木剣に意見する。アキムは完成した木剣の柄頭(つかがしら)を左手で持ち、軽く振った。



「まだ少し重いけど、これ以上軽くすると剣と剣で叩き合った時折れてしまう。最低限の強度は残さないと……」


「それでも重いと?そこまで細く仕上げてどうするんじゃ」



「剣道では竹刀ですからね。竹の剣なんですよ。それと同じ感触で振るには細くしないと」


「剣というよりは棒にしか見えんのう」



「ちょっと外で振ってきます!」



 アキムは完成した木剣を持ち工房の外へ出た。そして静かに構え、正面素振りを始める。



(素振り用の木刀よりは軽く振れる気がする)



 ブン、ブンと空気を震わせ素振りをしていると、



「何してるのアキム」



 仕事の帰りにグラン工房へ寄ったアリエナが現れた。



「何って素振りを……」


「何そのレイピアみたいな細い木剣……もしかして、星鉄会に出るの?」



「出るつもりは無かったんだけど、ジンさんと手合わせしたら自分の木剣が欲しくなってね」


「ジンって……まさかあの『白銀』と?」



「ああ、ボロ負けだったけどね」


「あなたが剣を振るなんて思わなかったわ。設備屋だとばかり」



「仕事は仕事……こっちは趣味に近いかな」



(趣味というか、武道だけど)



「で、どうするの、出るの?出ないの?」


「正直、剣士として鍛錬してる人たちの集まりに出ても、今日みたいに背中を突かれて終わりな気がする……」



 アキムは苦笑いしながら、完成したばかりの自作木剣を見つめた。夕闇に沈み始めた工房の灯りが、削りたての木肌を鈍く照らしている。



「でも、このまま終わるのもなんだかな……今は出てみようかと思ってる」



 アリエナは呆れたように肩をすくめたが、その目はアキムが手にする異形の木剣に釘付けだった。



「ふーん。まあ、その細い棒で何ができるのか、ちょっとだけ興味はあるわ。でも、無理して怪我しないでよ? グラン工房の仕事ができなくなったら困るでしょ」


「わかってる。仕事に穴は開けない主義だ」



「じゃあ、兵士じゃない一般人の為のトーナメントが毎年あるの。それに出なさいよ」


「そんなのがあるのか! てっきり腕利きの兵士ばかりが出る大会だと思ってたよ」



「星鉄会は衛兵同士の実力の競い合いの大会だけど、メインイベントの隊長戦の他に、町の人が気軽に参加できる『ギルドワーカー・トーナメント』っていうのがあるの」


「トーナメントかぁ。負けたら終わりだけど、それはそれで気楽かもしれないなぁ」



「気楽にやられちゃ困るわ。初めて参加する人はオッズが高いのよ。あんたに賭けるからしっかり勝ちなさいよ!」


「おいおい……俺に賭けたところで、損してもしらないよ」



「損したらアキムからその分巻き上げるから」


「そんな負けのない賭け、おかしいだろ……」



「あんただってグラン工房を賭けたらしいじゃない。負けてもレオン専属になるだけで生活は苦しくならないとか言ってたんでしょ?……普通にひどいわね」


「あの時はレオンとかいうイケメンを見て頭に血が上ってて……」



「街に帰ったらあたしがアキムのトーナメント参加申請しておくわ。参加費はあとでちゃんと回収するからね」


「はいはい……よろしく頼むよ」



「ええと、グラン工房所属にしておくわね。名前はセト・アキムでしょ。何歳だっけ?」


「……41さい」



「おじさんね」


「……うるさい」



「体はちゃんと動くの?」


「……一応、動きます」



「武器はそのレイピア風木剣ね」


「はい」



 アリエナが去った後、アキムはもう一度、静かに中段に構えた。 重心を鍔元に寄せた竹刀仕様。竹刀よりもわずかに重いが、その分、空気の抵抗を切り裂くような『鋭さ』がある。




(……これなら、いけるかもしれない)




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