第16話 咆哮一閃! 〜異国の武道『ケンドウ』と最短の面〜
――星鉄会が間近に迫ったある日。
『白銀』ことジンは、宮廷騎士団兵舎でエイシックスを履き、仲間と共に訓練していた。
「しかし隊長、ここ最近の動きは鋭さが増しております! 流石です!」
一本取られ、うずくまった若い衛兵が観念したように隊長を称えた。
「ガルド、お前は筋がいい。だが相手の先を読まない。それができるようになればまだまだ強くなる」
「ありがとうございます。精進します」
互いに向かい合い、剣を掲げて訓練が終わった時、ちょうど兵舎への来客。
「よお、ジン!やっておるか」
「ジンさん、こんにちは」
やってきたのはグラン工房の二人。
「二人とも、来てくれたのかい」
グランとアキムは今日も納品と買い出しの後、兵舎へ顔を出した。
「どうじゃ、調子は」
「この神具のおかげで絶好調だよ。絶頂期から比べれば動けてはいないが、それでも石床で滑らず、踏ん張りが効く。踏み込みは申し分ない!」
ジンの足元にはサバトンが装着されていた。履いているエイシックスの作業靴を見事にカバーしている。
「石床との相性が良いみたいですね。どうやら心配なさそうだ」
「一通り身内とは手合わせし終わったよ。あとは調整と気力の充実かな。この歳だ、あまりやりこんでも疲れてしまうからね」
「汗びっしょりじゃないか。この歳でその汗の量、健康的じゃな」
「訓練が終わったら、昼飯を食べて散歩して寝てるよ。体が持たないからね」
「それはいいが、いつ仕事してるんじゃ……」
ジンが半袖姿のアキムの腕に目をやる。その腕は無駄な肉がなく筋張っており、腕のいい職人を思わせるに十分だった。
「アキム君は剣を振っているのか?良い腕をしている」
「もっぱらハンマーじゃよ、見習いとしてわしらの鍛冶仕事を手伝っておるからのう」
「工房は暑い。ハンマーを振るのは疲れますね。その分仕事の後の酒がうまいので、ドワーフの気持ちがだんだんわかってきました」
「そうか、鍛冶仕事でか。体つきが良いのは剣を振ってる物だとばかり」
「実は少しやってたんですよ、昔。剣道なんですけど」
「ケンドウ?聞いたことがないな……」
アキムの失言をフォローしようとグランが口を挟む。
「ア、アキムは遠い国の出身でのう!わしらの知らんことをいろいろ知っておるんじゃ」
「ケンドウ……」
「剣の道とかいて剣道です。仕事を始めるまでは小さい頃からやっていて。竹で作られた剣で行うものです」
「竹とは面白い、木ではなく竹の剣か。それはずいぶん軽いだろう。実戦向きではないのか」
「剣士の心技体を鍛えるもので武道と呼ばれます。実際に斬り合う事はない平和なところで暮らしていましたので」
「異国の剣か、面白い。一本手合わせ願おうアキム君!そこにある練習用の剣、好きなものを選んでくれ」
ジンが示した先のラックには練習用のさまざまな木剣が立てられていた。アキムは何も言わず頷き、木剣を手に取り選び始める。
ジンはガルドとの練習で使っていた自分の木剣をグランに預け、ラックから革で膨らんだ剣を手にした。
「私はレザーワスケルを使うよ。刀身に詰め物をしてある。これなら怪我はしないだろう」
「ありがとうございます」
そう言いながらアキムはラックに並んだ木剣を持ち重さを確かめる。
(やっぱり両手剣は重すぎる…しかも刀身はこれでも竹刀より少し短い)
アキムは木剣を一本ずつ手に取り、そのたびに眉をひそめた。
(……嘘だろ。片手剣なのに、竹刀を二本束ねたより重いぞ。重心が完全に先っぽだ。これじゃあ小手を打った後、剣を戻すだけで一秒かかる)
剣道三段の経験が、この「鈍重な木の棒」をどう扱うべきか答えを出せずにいた。
「どうしたんじゃアキム、早く選べ」
「えーと……すいません、じゃあこれで」
アキムはなるべく細身の片手剣を手に取った。しかしそれはアキムが使っていた剣道の竹刀と比べると全くの別物だった。
(重くて短いし、重心が手元じゃなく剣先にある……全部逆だ)
石床に付けられた試合開始位置に二人が立つ。
「アキム君、ルールはこの前言った通り、有効なのは上半身だけ。とりあえず練習だ、一本勝負でいいかね」
グリッド・ヘルメットをアキムに手渡すジン。二人とも格子付きの防具を被った。
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
アキムは一礼し、前へ出る。開始線と思わしき場所で一度止まり、左腰に持った木剣のガードに親指をかけた。流れるような動作で木剣を抜き構える。アキムは剣先をジンの喉元に向けたまま、スッと垂直に腰を下ろした。兵舎の騒がしさが、一瞬で消えた。 訓練していた衛兵たちも手を止め、奇妙な姿勢で静止するアキムを凝視している。
「しゃがむのか……珍しい作法だな」
ジンの声に、戸惑いと同時に、未知の流儀に対する 『警戒』が混じり始める。
「剣道はこういう作法でして、お気になさらず……」
ジンはアキムの剣先の動きに感心する。構えからしゃがみまでのブレが全くなかった。石床の上で、アキムの背筋は定規で引いたように真っ直ぐ伸びている。それは静かに獲物を狙う猛禽のようだった。ジンは正面に木剣を掲げた。そこから剣を前に下ろし声をかける。
「準備はいいかい?」
「はい」
返事と同時にアキムがスッと立ち上がる。中段の構えで制止した瞬間、木剣の先がピタリとジンの喉元を射抜く。先ほどまで様子を伺っていたジンの背中に悪寒が走った。
「ほう……その剣道というのはどのくらい?」
動かず、アキムは答える。
「小学校から……8年くらい。三段までは行きました」
「わかった」
”小学校”という言葉も”三段”という言葉もジンはわからない。ただ、”それなりに出来る”という事を理解した。先にジンが動く。剣先どうしを軽く当て、次に弾いて見せる。
(剣先が重い……竹刀の感覚とは別物だ。それに柄が短すぎて振られる)
弾かれた剣先を正面に戻そうとしたその時、ジンが踏み込む。アキムは瞬時に剣を戻し、開き足で横に交わす。ジンは踏み込みから位置を変えただけで剣は振らなかった。
「アキム君、だいぶ見えてるね……」
「いえいえ……居心地が悪いですね、間合いも何もかもが」
(もう主導権を握られている。分が悪い……さすが剣聖)
短い剣、計りにくい間合い。短い柄、扱いにくい剣。剣道のそれとはまったく違う環境で再現できるのは足さばきだけだった。再び剣先が触れあう間合い。これは剣道を知るアキムにとっては踏み込んだ後の近すぎる間合いに等しい。緊張感が高まったままの危険な間合い。だがジンはそれをあえて狙ってきている。
(アキム君……どうやら見えてはいるが、思うように動けていないな)
ジンがそう確信した刹那。アキムの腹の底から、雷鳴のような咆哮が響いた。
「ヤァー!」
空気が震えた。
叫ぶことで脳の枷を外し、筋肉へ無理やり命令を下す。アキムの視界からジン以外の景色が消え、世界がスローモーションに変わった。突然のことにジンも試合を見守っていたグランも驚く。
その一瞬を逃さない。
(隙あり!)
考えるより体が早く動く。ブランクはあるが、しみついた動きは体が忘れていなかった。踏み込みと同時にジンの剣を一瞬軽く弾く。そのまま振りかぶらず剣を腕ごと上げ、面へ斬り込む。
(振りかぶらないだと!?)




