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旅立ち

 東西に長く伸びた島国ホオリア。歴史が始まり数千年、大小多くの戦いが繰り広げられたが、先の戦いで英雄オービル・ビルブ将軍により国は統一された。英雄将軍はホウリアの南東の自分の故郷に近い港町リバールに大きな城を築き治世を敷いている。   

 ホウリアには大小多くの領があり、領主が中央からの指示や伺いを立てて領を運営していた。統一当初は領間の小競り合いもあったが、統一から三十年近く経ち将軍は孫の代まで代替わりして、領土争いに厳罰が設けられてからは表立った争いは無くなっている。

 ここはホウリアの真ん中辺りに位置するアマリル領にある小さな村である。ロイスは領の中ほどにあるアプラフ城の城下町から西に10km程離れたブライン村で生まれ育った。村長ビズラス・モーニスと母トルシエの三男である。モーニス家はロイスの祖父の代からブライン村を治めている。

 長男ビズラルはアプラフ城で文官として務めており、2年前に上官の娘と結婚をし、次男ヒルスは3年前から家出をしていたので、自動的にロイスが次期村長の予定であった。村長引き継ぎがそろそろかと囁かれ始めた矢先にヒルスが妻子を連れて村に帰ってきた。ヒルスは生活安定の為に帰るなり次の村長を希望し、ロイスとの一騎打ちを提案して村長である父はそれを了承した。ブライン村は北西南と山に囲まれており危険な魔物達が闊歩してる。その為に率先して魔物と戦える力強い村長が求められていた。ビズラスは50半ばで持病の腰痛など体力の低下から引き継ぎを考えていたからである。

 「ロイスすまないな、お前を甘やかし過ぎた私も悪かったが、ヒルスが新しく村長となった今お前をこの家に置くわけにもいかない…。退院していきなりで悪いが家を出る準備を早めに整いておくように」

治療院で目を覚ましてから3日後に退院して家に帰ると早々に書斎に呼ばれビズラスに告げられた。

「ヒルスの補佐とも考えたのだが…」

書斎にはヒルスも一緒におり「いやいやタダ働きなら良いけど、お前を養う余裕はないからな。今日中には荷物の準備ぐらい出来るだろ、残した荷物(ゴミ)は捨てておいてやるよ」と恩着せがましく話してくる。「しっかしお前も体だけは丈夫みたいだな、それとも俺が手加減してやったおかげかな?」

「なに言ってるんだ!ふざけるな!治療院の先生からはあの傷で奇跡だって言われたんだぞ!」

(記憶が戻ったのは有難いけど、死んでたら恵子に合わせる顔がなかった)

「もう止めないか」言い合いにビズラスが割って入る。「ヒルス、村長になったのなら弟を見下す様な発言をしていてどうするんだ」

「言わないからいつまでも成長しないんじゃないか」

ヒルスはまだ言い足りない表情で部屋を出て行く。

ビズラスは机に両手を付けて俯きため息をついている。

「ロイスすまんが明日の朝までには…」

「分かってるよ父さん」

 この世界では産まれてすぐに魔法鑑定が行われる。ロイスは産まれた時の魔法鑑定で全ての属性の頂点である混沌の属性であると判断され、幼少期から大事に大事に育てられてきた。混沌の魔力を持って生まれる子は産後間も無く魔力の不安定さに死んでしまう事が殆どであり、成長出来た人間は記録上では千年に1人程度で時代を動かした人物ばかりであった。ロイスもすぐに危篤状態に陥ったそうだが何故か何も無かったように持ち直しそのまま健康に育ったそうである。父ビズラスはその可能性に賭け、長男のビズラルは父の意向を早に察して文官の道を選んだ。次男のヒルスはそんな意向に納得出来ず、父と口論になり18歳で高等学院を卒業すると家を飛び出した。家出をした先で所帯を持ったヒルスだが、短気な性格から定職に就けず再び村に戻ってきたところ未だに魔力の発動すら出来ていないロイスに納得いかず試合を申し込んだのである。純粋な剣術だけならロイスもすぐに負ける気はしなかったが、魔法を駆使されると明らかに部が悪過ぎた。更にロイスは体格の割に少し内向的で村長という立場への不安が大きく、負けるべくして負けたのである。


 転生前の記憶を取り戻したロイスは、精一杯生きるという思いが村を出て世界を巡ってみたい気持ちにさせていた。

「父さん母さんにはこれ以上迷惑は掛けられないから今日中には出発しよう」ロイスが部屋で出発の準備をまとめていると母親が暗い表情で入ってきた。

「お母さんはロイスに村長を継いでほしかったんだよ。たぶんお父さんもそうだったと思うよ。ヒルスは少し気難しい性格だからね。でももう決まってしまった事だから…。村を出ても元気でやっていくんだよ」

「あまり渡せないけど」と言って金袋を渡してくる。ホウリア金貨が20枚入っていた。物価が違うから一概には言えないけど、日本円にすると大金貨は10万円、金貨は1万円、大銀貨は千円、銀貨は百円、銅貨は10円位である。

「ありがとう母さん助かるよ、いつか返せるように外へ出たら頑張るから…。じゃあ俺もうそろそろ行くよ」

「もう日も暮れるし急がないで、せめて明日の朝に出発したら良いのに」

「友達に知られるのも恥ずかしいからさ、あいつらにからかわれても面倒だからもう出発するよ」寂しげな母親を元気付けるように笑顔を送る。

「母さんお元気で」

準備した防具を装備して荷物を背負い部屋を出る。

カーンカーンカーンカーン…警鐘が鳴り響く。

「え?警鐘?何かあったのかい?」トルシエが不安な声を上げると玄関が勢いよく開く音がしてきた。

「村長!西方面から数匹のゴブリンが現れました!」

自警団が報告に飛び込んできたようだ。

 ゴブリンとは体長1m程の人型の魔物である。動きが素早く武器を使う個体がいるが知能はそれほど高くない。森や洞窟で集団を作る事が多く、集団を作ると数体が進化を遂げる場合がありボブゴブリンやゴブリンキングになる事がある。

「詳しい状況を説明しろ!」父が素早く対応を始めている。

「全部で20匹前後です。全てゴブリンで武器を装備している個体が数匹。自警団が西門付近で対処しています」ロイスが玄関に行くと報告に現れたのが自警団のカイルだったのが分かった。カイルは少し内気なロイスをアプラフの繁華街に遊びに連れ出してくれたり、自警団での訓練時はよく相手をしてくれたり、一つ年上で世話を焼いてくれる有難い兄貴的な存在だった。

「おおロイス!準備が良いな。病み上がりで悪いけどお前も手伝ってくれよ」

「分かりました!カイルさん!」

「ゴブリンの数が多い、カイル早く西門に行ってくれ。ロイスもすまんな。ヒルスは何処へ行った!まだ来んのか!」

「じゃあ父さん俺行ってくるよ」

背負った荷物は玄関に下ろし、村長家を飛び出して西門へ向かうと自警団とゴブリンの戦闘が見えてきた。ゴブリン達の統率はあまり取れておらず個々バラバラに攻撃してきている様である。しかし自警団は村人の集まりで軍隊程に練習しているわけではないので不安は大きい。自警団との対峙を抜けてきたゴブリン数匹を倒しながら自警団に合流する。

「ロイス!今日はかなり動けてるな、それだけ動けていたらいきなり帰ってきた兄貴に簡単に負けなかったんじゃないか?」

カイルの話にロイスも確かに身体の軽さを感じていた。(身体を巡る魔力も以前よりかなり安定している気がする…。これだけ安定していたら魔法も制御し易いのかな?)

「今日は調子いいですから任して下さい!」

「いい返事だけどあんま無理し過ぎない様に頼むぜ」

自警団には大きな被害は出ていない様である。

「よく守ってくれた!俺達が前に出る!消耗が激しい奴は後ろに下がってくれ!」

「もし撃ち漏らしたら頼む!」

ロイスとカイルは自警団の手薄な場所へ二手に分かれて飛び込んでいく。ロイスが更に2匹を切り捨てると柵が破壊されている箇所が目に入る。

「ちっ魔物除けが弱まっていたか」

「ゲガガガガガ!!!」ゴブリン数匹がいきなり奇声を放つ。すると他に残ったゴブリン達も共鳴する様に奇声を上げ始めた。

ドゴーーーーン!!破壊されていた箇所の柵が轟音を上げて土埃が舞い上がり2m程の大型のゴブリンが現れる。

「グゴォォォォォーーー!!!」

「ボブゴブリンか?1匹でも辛いのに2匹…中々厄介なのが出てきたな」

「ゲガガガガガ!!!ギゲゲゲゲ!!!」

ゴブリン達はボブゴブリンの登場に飛び跳ねて奇声を上げ更に興奮し始めた。

 怒声を上げて入り込んできたボブゴブリンは一体がバスターソード、もう一体がバトルアックスを握りしめている。ボブゴブリンは成長した分身体だけではなく知能も上がり強さが格段に上がる。

「ボブゴブリンだ!ボブゴブリンが出たぞー!」

自警団はボブゴブリンが現れて浮き足立ちゴブリンとの戦いにも腰が引けている者が出始めたようである。

「このままだと危険だ…何とかしないと…今まで上手くいかなかったけどやってみるしかないな」

「我に力を」ロイスは身体強化の魔法を試みる。

頭の先から四肢の先まで熱くなった感じがし、一体のボブゴブリンとの間合いを一気に詰める。

「身体が軽い…よし!上手くいった!」

驚いたようにボブゴブリンがバトルアックスをロイスへ向けて横へ振るう。ロイスは素早く後ろへステップして攻撃を交わし、バトルアックスを握って振るわれた腕に剣を振り落とし一気に切り落とす。

「ガァァァァァ!!!」腕を切り落とされたボブゴブリンは混乱してのたうち回り、腕からは大量の血を噴き出している。首を突き刺しとどめを刺す。

「よし!まずは一体いけた」

もう一体のボブゴブリンは一瞬の出来事に目を見開き大声を上げる。

「ギギャァァァァァ!!!!」素早く近くに転がるバトルアックスを拾い上げたボブゴブリンは、バスターソードとバトルアックスを振り翳してロイスへ攻撃を仕掛ける。ロイスは一体倒した感覚から冷静に動きを見極めるが、ボブゴブリンも身体の大きさからリーチを生かした攻撃を繰り返してくる。

「ロイス待たせた!他のゴブリンは一掃したぞ!」カイルがロイスに駆け寄って合流する。

「カイルさんお疲れ様です!あとはこのボブだけです」

「よし!挟み込んで隙を突いていくぞ!」

「はい!」

「あとはテメエ1匹だクソ野郎」

左右に分かれたロイスとカイルへ更に怒りを露わにしたボブゴブリンは奇声を上げ、挑発をしたカイルに走り寄る。大きな体格に合わぬ素早さで一気に距離を詰めながらカイル目掛けてバトルアックスを投げバスターソードを両手で掴みカイルとの間合いに入る。カイルは横へ飛びギリギリバトルアックスを避けるが、そこへボブゴブリンがバスターソードを振り下ろす。カイルは盾で受けたがボブゴブリンのパワーで強烈に地面へ叩きつけられ悶絶をする。

「ぐはっっ…やっやべ…」朦朧とするカイルをボブゴブリンが更に蹴り飛ばす。

「カイルさん!!」

叫び走り寄るロイスにボブゴブリンが振り向きざまバスターソードで薙ぎ払う。ロイスは身体を屈めて躱し懐へ入り込む。身体強化の魔法にしてもそうだが、今までの自分では無いように良く動け見えている実感が湧いてきていた。ボブゴブリンへ脅威は薄らぎ余裕もある自分に驚いていた。

「はあ!」

ロングソードをボブゴブリンの心臓へ目掛けて一気に突き上げ、血飛沫が飛び散る前にそのまま横へ薙ぎ払いボブゴブリンの巨体が宙を舞う。数メートル飛ばされて地面に落ちたボブゴブリンはすぐに動かなくなった。

カイルは気絶しているようで、ロイスは駆け寄ってきた数名の自警団にカイルを治療院へ運ぶよう指示を出す。

「遅くなってすまん無事か!」

ビズラスが自警団を引き連れてきて周囲を見渡し現状を確認する。

「カイルさんは気を失っている様なので治療院へ運ばせました。ボブゴブリンが後から2体出現しましたが、カイルさんが危険を顧みず隙を作って下さり倒すことが出来ています」

「そうか、2人とも良くやってくれた」

ヒルスは家族で飲み屋に行って飲み潰れていたそうである。1人で家まで戻ると玄関先でヒルスが不機嫌そうに座り込み、トルシエからコップを受け取り水を飲んでいた。

「やっと帰ってきたのか、ちゃんと全部片付けたんだろうな?まぁどうせ殆どカイルのおかげなんだろうけど」

ロイスは何も言い返す気にもなれず玄関に下ろしておいた荷物を背負う。

「母さん俺もう行くよ」

トルシエと一言二言話し宥めてから出発する。外はすっかり日が暮れたが、ゴブリン襲撃の後始末に村中は篝火が焚かれ人々が忙しげに動き回っている。

東門に行くとビズラスがロイスを待っており剣を差し出してきた。柄の辺りには青い宝石が埋め込まれており、鞘にはモーニス家の紋章である雌鹿の聖獣ケリュネイアが描かれてあった。

「ロイス、これ以上何も出来ないが持ってゆけ、この剣はお前の曽祖父から受け継がれている物だ。お前を守ってくれるだろう、お前の刃こぼれした剣は預かっておく」

腰の剣をビズラスに渡して、貰った剣を腰に差すと強い魔力を感じた。

「ありがとう父さん、この剣を使いこなせる様に頑張るよ、行ってきます」

「お前ももう18になったんだな、男ならもう1人でもやっていける年齢だ広い世界を見て回ってこい、でもたまには母さんに連絡するんだぞ、一番寂しがってるからな」

ロイスは深々と父親に頭を下げてから門を抜け歩き出した。

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