すれちがい
人買いに攫われたリーノスは、一時期奴隷として生きていた。
絶望しながらも、夜の聖女の生まれ変わりと持て囃す人間がいる一方で、稀な魔法の才能に「バケモノ」と後ろ指を指す人間達の存在に傷付いて、ひとり隠れ里に来た友達のコニーの孤独を思えば「コニーの抱える孤独に比べれば、この程度、なんてことは無い!」と耐えていた。
そんな生活から救い出してくれたのはマーガレットで、リーノスの奴隷紋を事も無げに解呪した。
―――その様子を、「リーノスを見掛けた」と言う僅かな情報からこっそりと街に降りてきていたコーデリアは見ていた。
「双子の妹が、わたしの友達を奴隷として買い上げた」
コーデリアはそう思ったが、真相は屋敷を抜け出して歩いていたマーガレットが弱って道端に棄てられていたリーノスの奴隷紋を解呪し、手当ての為に屋敷に連れて帰った、と言うものである。
そんなすれちがいを知る由もなく、コーデリアを捜索しているシアンは頭を抱えている。
「...貴女も、コーデリアを探しているのですか?」
カロはシアンの背後に向けて、声をかける。
「マーガレット様?!」
美桜の素っ頓狂な叫び声に驚いて顔を上げると、フィニ侯爵家で待っている筈のマーガレットがそこに立っていた。
「だって、双子の姉妹がいると聞いて、いてもたってもいられなかったんですもの...」
マーガレットは、幼い頃から「きょうだいが欲しい」と母にせがんでいた。
フェルマは双子の出産後に病気を患った事もあり、新しく子供を授かる事は絶望的である事をマーガレットに聞かせていた。
母の体調が第一だときょうだいを諦めていたマーガレットが、生き別れの姉妹の存在を知って大人しくしている筈も無かったか、とシアンは呆れた。
「セレス王国がソレイユ王国の民に良い感情を抱いていないのは学んでいるだろう?伴のひとりも付けずにここまで来て、もし、道中で襲われたら、とは考えなかったのかい?」
シアンの言葉にマーガレットは「ごめんなさい」と謝罪を口にするしかなかった。
「キミがいなくなったら、私は生きていけない...」
怪我ひとつ無く無事で良かった、とマーガレットを抱き締めるシアンを見て、「らぶらぶですね」と、カロは言った。
「カロのパパとママみたいです」
「俺は熱すぎて見ていられないです...」
「カロはおとな、ですから」と胸を張るカロの姿に「この子は何歳なのだろう?」と美桜は思った。
竜族は長命種であり、自分の望むタイミングで身体の成長を止められる。カロはこう見えて神話の時代から生きているが、それをわざわざ伝える理由は無い。
「シアン。カロはマックのところに案内しました。なので、今度はシアンが、カロのお願いを聞いてください」
ばっ、とマーガレットから離れたシアンは、「お願いとは?」と聞くとカロは胸を張って言った。
「リリーの様に小さい場所なら問題ないのですが、広範囲となると、カロはとんでもないほーこー音痴になるのです。なので、カロをママ、
―――シレナの里の長老のところまで連れて行って欲しいのです」
お願い出来ますか?と言うカロに、シアンの表情がピシリ、と音を立てて固まるのだった。