お転婆娘
フィニ侯爵家、中庭。
マーガレットは屋敷で1番見事な木の上に登っていた。
「危ないですよ、お嬢様」
木の下から話しかけるのは、幼少期から共に過ごしている従僕のリーノスだ。
マーガレットはニッコリと、満面の笑みで、
「もし落ちそうになったなら、リノが助けてくれるのでしょう?」
と言った。
リーノスは肩をすくめ、獣人族由来の持ち前の身軽さで手際良くマーガレットを木の下へと連れ戻した。
「侯爵令嬢が木の上に登るなど、はしたのうございます」
「だって、せっかくシアン様がいらしているのですもの。少しでも、長く一緒にありたいと思うのは、自然な感情でしょう?」
ふたりは、3年前に婚約を交わした。
マーガレットが成人を迎えてなお、それ以上の進展はなく、破談になったのか、と幾度となく両親に聞いた。
その度、両親は困った様に「今は待って欲しい」と言うのだった。
「今日は突然いらしたから、お出迎え出来なくて。お父様が、「大切な話があるから自室で待っていなさい」と仰って...」
待っていられなかったのですもの、とマーガレットはしゅん、と肩を落とした。
「万が一の事態となれば、旦那様や奥様、シアン様、そして、我々使用人。貴女を大切に思っている人々が悲しむ事になるのです。
どうか、ご自愛くださいませ」
マーガレットのドレスに付いた木の葉を払いながら、リーノスは茶菓子を取り出した。
「あら。もうおやつの時間だったのね」
「はい。本日の茶葉は、シアン様がお持ちになられた北方のものとなっております。リラックス効果があるそうなので、僅かな時間を静かに待つ事の出来ない短気なお嬢様のお心も安らぐかと」
「リノ!!」
「はい、お召し上がりください」
ことり、と目の前に置かれた茶菓子にマーガレットほ怒りをおさめた。
シアンを待ち切れずに自室から飛び出した自分を責め立てる事もなく、いつもの時間におやつを持って来たリーノスは優しい。
これが家令のジェイムズならば、3時間はお説教を受けてシアンと過ごす事の出来る時間はますます短くなってしまうところだった。
「...おいしい」
「それは良かった。どうぞ、こちらの茶菓子もお召し上がりください。こちらの紅茶に良く合いますよ」
リーノスの茶菓子のセンスは良い。そのリーノスが太鼓判を押すのだから、きっと美味しいのだろう。
「ねえ、たまには、むかしみたいにおしゃべりしない?今なら、誰もいないし」
「...少しだけだぞ」
獣人族は人間に悪魔の化身と噂されていて、それ故に迫害を受けている。
リーノスも例外ではなく、病床の母の為に山を降りていたところを人買いに攫われた経験から人間不信になっていたが、マーガレットに出会った事で救われた恩から進んでマーガレットに仕えている。