序章
湖に浮かぶ美しい草花や動物達の暮らす小さな島に、ソレイユ王国マギノア地方領主フィニ侯爵は奥方のフェルマと娘のマーガレット、数人の使用人と共に慎ましやかで穏やかな生活をしている。
侯爵には、頭を抱えている問題があった。
娘の15の誕生日にさる伯爵令息との婚約を発表したおり、かつて侯爵家に仕えていた元使用人から聞いた、早急に解決すべき問題であり、その為に長年隠して来た事実を令息に伝えるべく屋敷に呼び出した。
「...【赤い目の娘】、...ですか...?」
その昔、突如として現れ世界各地壊滅的被害を齎したと言う【黒き魔女】が赤い目を持っていたとされる為に赤い目を持つ者が産まれる事は凶兆の証であるとされ、忌み嫌われている。
「我が娘と結婚を控える身であるキミの不安を煽りたくはない為に口を閉ざしていたが、最早隠し通す事など出来ないと判断した」
侯爵は「これは、娘が産まれた時に撮られたものだ」と、古い写真を取り出した。
写真には、可愛らしい双子が写されていた。
「娘は双子として生を受けた。姉の名は【コーデリア】。赤い目を持って産まれさえしなければ、侯爵令嬢として何不自由なく生きていた筈の娘だ」
フェルマの出産の際、医師や産婆はコーデリアを殺すべきだ、と主張した。凶兆の証である【赤い目の娘】など、早々に排斥するべきだ、と出産に関わった者全てが口を揃えてそう言った。
娘が【赤い目】であろうと、大切な我が子には違いなく侯爵は出産に関わった者達には暇を出し、表向きにはコーデリアは死産であった事にして別荘地として使用していたこの土地に移住した。
コーデリアは、他国から奉公に来ていた使用人が「我が祖国では、【赤い目】は【夜の聖女】の生まれ変わりだと尊ばれているのです」と引き取ってくれた。
「親の勝手で手放す事になってしまったとはいえ、私はマーガレットと同等に、コーデリアの事を愛している」
侯爵は小さくため息をついた。
親の心子知らず子の心親知らず、と良く言うが例え共にある事が出来ずとも幸福であってくれるのであれば良い、と願う侯爵に対して娘は、
「妹さえ居なくなれば」
と、恨みを募らせ、書き置きをひとつ残して育て親の元から飛び出した、と聞いている。
マーガレットに危害が及ばない様、そして、きちんとコーデリアと向き合う為にも絶賛行方不明のコーデリアを見つけ出したいのだ、と侯爵は口にした。