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第二話「残酷な真実の道標」 その2

 いつのまにか、外は曇天(どんてん)となり、今にも雨が降りそうな空の下、少年は走った。様々な疑問を頭の隅に追いやり、今は少女を救う為に、ただひたすらに・・・



 大神殿(だいしんでん)第六事務局の建物が見えてくると、手を振っている見知った人物が目に入った。見知った人物は、必死の形相でこちらに手を振っている。それを見つけた少年は、すぐに彼の元へと駆け寄っていった。


「フェルロ様!」


「ラーセル殿、フィズは?」


 声の主に駆け寄ると、少年は彼の肩を掴むと、僅かな期待を胸にして尋ねた。しかし、少年の期待とは裏腹に、ラーセルは苦しそうな表情をして強く目を瞑った。


「申し訳ありません、1階の中央廊下で、既に神官騎士達に確保されてしまっており、フィズ様は連れて行かれてしまいました」


 ラーセルの言葉がズンと重くのしかかってくる。同時に、耳の奥でアルベルトの言葉が響いてくる、殺される、その言葉だけが何度も何度も繰り返し。


「いや、まだだ・・・」


 少年はもう一度走り出した。ラーセルが呼び止める声が聞こえるが、それを無視して猛スピードで事務局へと入ると、長い廊下を駆け抜けていく。そして、長い廊下の先、角を曲がると中央廊下へと駆けつけた。


 そこには、想像していたものとは違う光景が広がっていた。

 彼女は最高審議官(さいこうしんぎかん)候補、だからこそ、大神殿(だいしんでん)の神官騎士達に連れられて、颯爽(さっそう)とこの事務局を後にするのだと思っていた。けれど、そこに居たのは、両手に金属の(かせ)をつけられ、騎士達に両脇を固められ、まるで犯罪者が連れて行かれるような姿の少女だった。


「フィズ!」


 思わず少年は彼女の名を叫び、長い廊下を走り出した。


「フェルロ!」


 その声を聞いて振り返ったフィズは、その視線の先に少年を見つける。そして、駆け寄ってくる姿を見たとき、涙が溢れ、騎士達を振り払うと、少年に向かって走り出していた。


「こらっ、待て!」


 騎士達の呼び止める声も聞き流し、フィズは必死に走った。先ほど、自分の気持ちを告げた、世界で最も恋しい、最も愛した人の元へ。何故捕まったのか、どうしてこうなってしまったのか、何もわからないまま、ただ理不尽(りふじん)に連れられていくのに抵抗するかのように、必死に、ただ必死に走った。


 少年もまた同様に走った。ようやく知ることのできた自分の気持ち、彼女から貰った言葉に応えようと、初めて愛した女性の元へと。理由はわからないが、このまま終わらせて良いはずが無い、そう信じて、必死に、ただ必死に走った。


 そして、2人の手が届こうとした時、フィズの視界が少しずつ下に下がっていく。


「こざかしい」


 背中を押される感覚と共に、急激な勢いで視界が地面に近づいていき、そのまま地面に叩きつけられた。


「ぎゃっ!?」


 少女のものとは思えないほど鈍い声を上げて、フィズは地面に倒れ、その上には1人の男の足が乗せられていた。白い生地に金色の装飾を施した高貴(こうき)な身分を示すローブを纏い、片手には古い杖を手にした白髪の老人は、迷惑そうな表情のまま、魔力を杖の先に集中させる。


「プロテクション!」


 少年が魔力を感じ、咄嗟に魔力の壁を作り上げるが、老人は全く気にする様子もなく、呪文を口にした。


「コア・ブレイク」


 真っ白な光の球が杖の先端に現れると、次の瞬間、辺りを閃光が包み込んだ。


「馬鹿な、禁呪(きんじゅ)の詠唱省・・・!?」


 少年が驚くよりも早く、閃光は魔法の壁を突き破り、少年を吹き飛ばしていた。何度も地面にぶつかりながら、廊下の端まで吹き飛ばされ壁にぶつかると同時に爆発がおき、辺りは土煙に包まれていた。


「残念」


 満足げな表情を見せる老人は、少年が吹き飛ばされた土煙を眺めながら一言呟いた。


「フェルロォォォ!」


 そんな老人の下で、足蹴にされながら、フィズは涙とともに少年の名を叫んでいた。しかし、次の瞬間、背中から信じられないほどの重さがのしかかり、グエッと似つかわしくない声が勝手に口から飛び出した。


「五月蠅い」


 さっきまでの満足げな表情とは変わり、汚いものでも見るかのように少女を見下ろすと、さらに足に力を入れる。小柄な体格からは考えられないほどの力で踏みつけられ、フィズが悲鳴を上げると同時に、周りの床がピシピシと音を立ててひび割れていく。


「やめろぉっ!」


 そんな少女の悲鳴をかき消すように、突風と共に少年の声が響く。同時に、土煙は吹き飛び、崩れた壁の中心に少年は立っていた。そんな少年の周りには、球状に青白い光の膜が浮かび上がり、彼を守るように包み込んでいる。


「バインド・キューブか」


「こっちが詠唱省略ができないと思ったら大間違いだ」


 鋭い視線で少年をにらみつける老人に、少年も挑発するかのように言葉を投げつけた。

 バインド・キューブは、少年が使う禁呪の中で最も得意とするバインド系の魔法、あらゆる力を吸収する光の壁を生み出す禁呪であり、キューブは自分の周りに球状に作る事で身を守る壁となる。


「その足をどけろ」


 少年はそう言いながら力を両手に込めると、光の膜が揺らぎ、両手に収束していく。本来なら長い詠唱を必要とする魔法だが、無理をすれば、少年の実力でも詠唱省略が不可能ではない。


「バインド・マグナム」


 光の膜を纏った両手を絡ませ、老人に向かってその名を告げると同時に、一瞬の閃光が辺りを包む。バインド系の連携魔法、吸収した力に自身の魔力を乗せて放つ魔法の銃弾、禁呪の中でも最も特殊で、唯一防御を許さないある意味最強の魔法・・・のはずだった。


 閃光が辺りを包むのと同時に、光の弾丸が老人に迫る。本来であるなら、避けるしかなく、禁呪の詠唱省略をやってのけるほどの人物であれば、軽く避けて終わるはずだった。少年もそれを予測していた。しかし、それは全く違った形で裏切られる。


「イージスの盾」


 老人が呟いた言葉とともに、目の前に金色の盾が生み出された。その盾は、少年が放った光の弾丸を軽く弾いてしまう。


「嘘だ・・・封呪(ふうじゅ)の詠唱省略?」


 少年の目が見開かれ、驚きの色を隠せないで居る間に、老人は軽く鼻で笑うと、今度は右手に力を込め、次の魔法の名を口にした。


「グングニルの槍」


 その魔法も、呪文をなぞることなく、名だけで呼び出される。しかし、それは少年にとって驚愕(きょうがく)の光景だった。


 本来、魔法の最高点は禁呪とされる。それは、それ以上の魔法が存在しないからではない、使えないからである。封呪と呼ばれる魔法は、強力な呪術で封印されており、その封印を紐解く呪法を唱え、膨大な魔力で無理矢理扉をこじ開けなければ使用することが許されない。しかも、魔法自体の発動にも異常な程の魔力を有する為、使えるもの自身が限りなく少なく、数十から数百の魔導師が協力して使用する集団魔法としての運用しか成り立たないものだからだ。


「死に給え」


 老人がそう呟くと、彼の右手には黒と白銀が混ざり合った槍が握られている。それは、まさに封呪の姿、他の魔法と違い、実在する神の法具(ほうぐ)を呼び出し具現化させる、最強の魔法の姿だ。


「フェル・・・」


 踏みつけられて苦しそうな声で少年の名を呼ぶ少女を無視して、老人はその槍を少年に向けて投げた。それは、死の宣告に等しい一撃。


 少年は、余りにも現実離れした光景に、呆然と立ち尽くすしかなかった。真聖騎士(しんせいきし)クラスであっても不可能と考えられる封呪の詠唱省略、そして完璧な形での法具召喚、もはや勝てる相手ではない、そう諦めたとき、その槍は少年へと・・・


「ふんっ!」


 突き刺さる寸前で、白い波動を纏った巨大な大剣によって軌道をそらされた。そして、槍はそのまま少年の横を抜けて壁を次々に突き破り建物を半壊させ、もう一方の白い波動もまた真横の壁を突き破り奥の建物を粉砕してしまった。


「間に合って良かった」


 目の前に振り下ろされた大剣の元へ視線を向けると、アルベルトの姿があった。それは、いつもの宰相としての姿ではなく、1人の騎士としての姿だ。


「これは一体どういうことかな? 大神殿、最高審議官代行、ロキュア大司教統括」


 アルベルトは少年に視線を向けることなく、フィズを踏みつける老人へ、鋭い視線とともに言葉を投げた。


「それはこちらの台詞ですぞ、中央政府中央議会、ヒースベル宰相閣下」


 急激に辺りの空気が冷めていく。大司教統括と宰相、それぞれの肩書きはあるものの、2人は真聖騎士クラスの強者、そんな2人の殺気が一帯を包み込んでいるのだ。


「私の大切な人形に下らん教育などを施し、見知らぬガキを近づけるなど、何のつもりかね?」


 ロキュアは、恐ろしいほど冷めた表情と貫くほど鋭い殺気を纏った視線を向けながら、アルベルトへと問いかけてくる。しかし、それは余りにも異常な言葉、最高審議官候補が人形とはどういう意味なのか、少年が疑問に感じてしまうが、それを無視するようにアルベルトは言葉を返した。


「フィズ様は、我が国の国民だ。未成年である以上、教育を受ける権利と義務が発生する。それに、この子は私の息子だ、これほど身元に心配が必要ない人材もいないだろう?」


 そう言葉を返しながら、アルベルトは恐ろしい程の闘気を辺りにまき散らした。聖騎士クラスの少年でさえ、重圧を感じるほどの闘気、先ほどまでフィズを取り囲んでいた兵士達も余りの重圧に膝をついてしまうほどだ。


「そんなフィズ様を足蹴にし、息子に封呪を使うとは、随分と舐めた真似をしてくれるな、ロキュア大司教統括」


 さらに強い闘気を放ちながら、一歩、また一歩とロキュアに向かって歩を進めるアルベルトだが、ロキュアもまたそれに気圧される程弱い存在ではなかった。


「舐めた真似をしたのはそちらだろう、勝手に国民などとぬかし、いらぬ入れ知恵をするとは、ただではすまさんぞヒースベル宰相」


 ロキュアも膨大な魔力を辺りにまき散らしながら、憤怒の形相で歩み来るアルベルトをにらみつけた。

 そして、次の瞬間・・・


「はい、そこまでや」


 アルベルトは、一瞬にしてその間合いを詰めると、大剣でロキュアへ襲いかかった。ロキュアもまた、手にしていた杖でアルベルトに対抗しようとした。

 けれど、それはギリギリの所で、間に挟まれた白い刃によって遮られていた。


「すんません、ヒースベル宰相閣下」


 白い刃を手にした青年は、白銀の鎧を纏い2人の間に割って入った。2人の表情とは違い、少し呆れた様な、のんきな表情で立っている。それは、余りにも異常で、余りにも歪な雰囲気を醸し出している。


「ロキュア大司教統括も、あんま、面倒ごとをおこさんで下さい。俺も、大神殿からの依頼を受けてきてますけど、変に挑発して中央政府ともめるとなると、大司教側を止めなあかんようになりまっせ?」


 辺りに充満した殺気を全く感じていないかのような素振りの青年は、あからさまに嫌そうな顔を見せた後、ニッコリと微笑むと・・・


「宰相閣下も、ここまでにしといてください。歴代最強と呼ばれた暗黒騎士団長統括とはいえ、歴代最強と呼ばれる俺に喧嘩売るのは得策やないでしょ?」


 そうアルベルトに告げて自らの剣を納めると、青年は、2人の間に割って入って、それぞれの大剣と杖を掴むとそっと下におろさせた。


「大司教統括も足をどけたげてください、フィズ様が可哀想でっしゃろ?」


 彼の言葉に深く息を吐くと、ロキュアはフィズの上に乗せていた足をどけて、きびすを返した。ようやく解放されたフィズが咳き込む中、青年は軽々と彼女を抱えると、アルベルトに軽く会釈をして歩き出した。


 そんな彼らを、アルベルトは苦渋(くじゅう)の表情で見送ることしかできなかった。そして、少年もまた、状況を掴めぬまま、大切な少女を見送ることしかできない。


「父上、一体何があったのですか? フィズは、なぜ?」


 何を問えば良いのか、何から問えば良いのか、全てがわからないまま、少年はアルベルトへ問いかけた。そこら中が崩壊し、建物も半分が崩れ去ったこの廊下の真ん中で、自分達の置かれた状況を把握できず、ただ理不尽な力に踏みにじられたまま・・・


「フェルロ、隣の中央政府の第六会議室に来なさい、お前は全てを知る権利がある」


 アルベルトはそう告げると、少年を置いて歩き出した。

 そして、少年は1人取り残された瓦礫の中、そっと涙をこぼした。それは、まだ成人にも満たない少年が巻き込まれた運命の始まりをつげる涙だった。




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