第二話「残酷な真実の道標」 その1
少年は出会い、少女は出会い、そして別れる。まるで道標に導かれるように、運命という名のレールをカラカラと転がっていく。
少年は、目の前の光景を理解できずにいた。
自分の気持ちを告げようと駆けつけたフィズの部屋、その前には運び出された彼女の荷物と白い鎧を纏った騎士達の姿があった。
「何をしている?」
少年はゆっくりと歩み寄ると、荷物の運び出しを指示している一番年のいった騎士に尋ねた。
すると、騎士はチラリと視線を少年へと移すと、一言だけで答えた。
「フィズ様は大神殿にお戻りになられる」
意味が理解できず、少年は怪訝な表情を見せて、荷物を運び出している騎士達へと視線を移すが、こちらには気にとめる様子もない。そして、その傍らに不安げな表情でその作業を見守るラーセルの姿があった。
「ラーセル殿!」
ラーセルに気づいた少年が慌てて声をかけると、ラーセルも慌てた様子で少年へと駆け寄り肩を掴んできた。いつもの落ち着いた様子はなく、明らかに焦りと困惑が手に取るようにわかる。
「フェルロ様、これは一体どうなっているのですか? 突然、大神殿の神官騎士達が来たかと思えば、お嬢様も連れて行くと言われ、荷物もすぐに運び出すと言い出しまして、私には何がなにやら」
焦って尋ねてくるラーセルに、少年もさらに混乱してしまう。ラーセルは大神殿から出向している職員で、フィズの世話係だ。そんな彼が、この状況について説明されていない、これは余りにもおかしすぎる。
少年は、大きな違和感を感じて、さっき話した騎士に向かって、再度言葉を投げた。
「申し訳ありません、私はフェルロ=ヒースベルと申します。これは一体何が起きているのでしょう?」
少年は、今度は名を名乗りあらためて尋ねた。それは、暗黙の内に、六大貴族ヒースベル家からの質問である事を強調したものだった。普通の神官騎士なら、これだけで大きく動揺するはずだが、目の前にいる歳のいった騎士は違っていた。
「ヒースベル殿、申し訳ないが我々はこれ以上のお話をすることを許されておりません」
彼は、そう素っ気なく答えて、再び運び出しの指示をしている。それは、六大貴族に対して大変失礼な態度であったが、同時にそこまでの権限者から指示されているということになる。少年は、そこを踏まえて再度問い返した。
「私は、アルベルト=ヒースベル閣下より直々に命を頂き、中央政府の依頼としてフィズ様の教育係を承った者です。彼女への教育はまだ完了しておりません、それなのに出て行くと言われるのですか?」
「ヒースベル殿、私は貴殿に対してこの様な非礼をする気は無いことを、初めに申告させていただきたい。その上で、我々はこれ以上の何もお話をすることを許されておりません」
今度は向き直り、その上で悔しそうな表情を見せながら、彼はそう答えた。それは、アルベルトの指示よりも、さらに高い位から指示を受けていることを示していた。そして、それを口にすることはできないが、察してほしいという意志の現れだった。
「馬鹿な、閣下よりも上から?」
思わず口から考えが漏れて出る。その言葉を聞いて、騎士は視線をそらしてしまう。それは、まるで肯定している様なものだ、だからこそ少年は困惑した。
アルベルトは、六大貴族にして中央政府の宰相の任を受けている人物だ。彼の命令は、中央政府の命令に等しい中、それよりも高い命令が下されている。そんな事ができるのは、世界でも・・・
「まさか」
少年の思考が辿り着いた先、それは中央政府と同等の権力を誇る大神殿、その最高権力者は最高審議官、しかし今は最高審議官は空席、そうなると代理を務める大司教統括、そこしかない。そんな人物が一体何故?
少年は必死に考えたが、その答えが出ることはない。ただ、彼らの態度から想像するとそこからの命令しかありえない。けれど、その内容の意味や意図が全く掴めなかった。
「ありがとうございます、神官騎士殿」
少年は、対応してくれた騎士に礼を告げると、すぐに少し離れたラーセルの元へと戻り、改めて小声で彼にこれから行うべきことを告げた。
「ラーセル殿、至急フィズを探して保護してください。何が起きているのかわかりませんが、とにかくフィズを探さないと始まりません」
状況がわからないままで動くのは得策ではないと考えた少年は、ラーセルにフィズの捜索を指示した。当然、神官騎士達よりも先にフィズを確保させるのが目的だが、目の前でそれを口にするわけにはいかない。先ほどの表情を見る限り、今回の命令が彼らに取って不本意なものであるとわかっていてもだ。
「フェルロ様は?」
「私は、丁度、父が隣の棟へ出向いているのでそこへ行って状況を確認してきます」
ラーセルの問いに答えると、少年はもう一度ラーセルに頼みますと告げて走り出した。
フィズが、ただ大神殿に帰るだけならば、それ自体に問題は無い、元々大神殿の人間だ。けれど、何故か妙に不安が残る。ここまで急で強制的な介入、しかもアルベルトかそれ以上の権限者からの指示、それが余りにも不安を生んでしまう。
だからこそ、少年は、急ぎアルベルトの元へと走っていた。
闘気を纏い、全速力で廊下を駆け抜け、先ほど飛び出した扉を再び勢いよく開くと、そこには会議デスクに並んで座っているアルベルト達の姿があった。
「フェルロ?! お前は、何度も何度も・・・」
会議中だったのだろうアルベルトが、呆れた表情で少年を見つめてくる。先ほどの続きだろうと、誰もが困ったものだと苦笑していたが、少年だけは彼らの姿を見てさらに不安を募らせた。誰もこの状況に違和感を感じていない、むしろ知らないのかもしれない。そう感じると、さらに少年の不安は大きくなっていく。
「父上、フィズが!」
「わかったわかった、会議の後にゆっくり聞いてやるから待っていなさい」
息子に彼女ができた、程度のこととしか思っていないアルベルトは、適当にあしらい、少年に背を向けた。しかし、少年はかまうことなく言葉を続ける。
「神官騎士達に確保されようとしています。荷物は回収され、大神殿に戻ると」
今の状況を口にすると、アルベルトは、再び少年の方を振り返った。その表情は、先ほどの呆れ顔とは違い、明らかに怪訝そうな表情をしている。
「父上の名をだしてもとどめることができず・・・」
少年がそこまで口にしたとき、アルベルトの表情は驚愕へと変わった。そして、突然立ち上がると、怒鳴り声をあげた。
「至急、緊急事態中央権限命令を発動させろ!」
突然の言葉に、そこに居た全員が呆気にとられた。そして、そんな状況の中、アルベルトの隣に座っていたカルステンが、そっと立ち上がりアルベルトに手を伸ばした。
「何を言ってる、急に?」
彼も、アルベルトの言葉の意味を理解できずにいた。だが、続いてアルベルトから出た言葉に驚愕する。
「AMIだ! 奴ら、AMIを発動させた!」
その言葉を聞いた瞬間、全員が慌てて動き出した。
「今すぐ中央会議室へ連絡を! 緊急事態だ、理事達を呼び出せ! 至急決議案を可決させる!」
「なんてことをしてくれるんだ、奴らは!」
「他の六大貴族を連絡しろ! 各王室にも連絡だ! 彼らを賛同させて署名をさせるんだ、一刻を争う!」
全員が、魔法で遠方に連絡を取り始め、怒鳴るような声で指示を飛ばしている。そんな中で、アルベルトは頭を抱えていた。
そんな光景を、少年は呆気にとられた表情で見つめていた。
「一体何が?」
何が起きたのか理解できないでいた少年は、フィズの大神殿への帰還が、何故そこまで大事になっているのかを考えて見るも、それらしい答えが見つからない。確かに、アルベルトが自分に隠し事があることは理解していた。彼の立場を考えれば当然のことで、政治的、世界的に重要な事は、息子の自分にも話せるはずが無い事は理解している、しかし、それでも何かがおかしい、そう感じてしまう。
「父上、一体何がどうなって?」
困惑しながら、少年はアルベルトへと近づくと、声をかけた。その表情を見たアルベルトは、苦しそうな表情をして少年の肩を掴んだ。
「フェルロ、フィズ様を探せ。大神殿よりも先に確保できるなら、確保して身を隠すんだ。少しの間でいい」
何を言っているのかわからない、アルベルトからフィズをさらって逃げろと言われている、それは誘拐に近い行為ではないのか、そう頭で考えながらも、何か理由があるかもしれないと必死に頭の中で考えている自分がいた。しかし、そこに正当性を見いだすことができない。
「急げ、フェルロ! このまま大神殿に連れて行かれれば、フィズ様は殺されるぞ!」
呆然としている少年に、アルベルトは怒鳴り声を上げた。
そして、その言葉に少年は我に返る、フィズの死を告げる言葉によって・・・
「殺される?」
意味がわからない、彼女は最高審議官候補、なら何故殺される? 普通に考えれば、一番守らなければならない存在のはずだ。それなのに、大神殿に殺されるというのは、一体何が起きている?
「理由は後で説明する、今は急げ! フィズ様を確保して逃げろ!」
その大声とアルベルトの瞳を見たときに、わかってしまった。これは嘘じゃない、本当に殺される、そう確信が持てる瞳だった。幼い頃に拾ってもらい、息子として育ててくれた父の本当に訴える瞳に、少年は咄嗟に走り出した。
理由はわからない、知りたいとも思う、けれど好きな少女が殺されるとわかってしまった時、それは後回しで良くなった。とにかく、フィズを確保しなければならない、そう考えたのだ。
「なんとしても止めろ! 世界を終わらせ・・・」
後ろの方でアルベルトの怒鳴り声が聞こえるが、それを無視して少年は廊下を走り続けた。これ以上聞いても、完全に理解することはできないだろう。なら、今は少しでも早くフィズの元へ辿り着くべきだ、そう考えたのだ。
そして、少年は、全ての疑問に蓋をして、大神殿の第六事務局へと急ぐ。そこに、最も残酷な別れが待ち受けているとも知らずに・・・
To be Continue...