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第一話「出会いと別れの道標」 その5

 フィズの起こした事故から2日間の休養を経て、少年は彼女を呼び出した。

 魔法により、傷も火傷も全てすぐに完治させたが、精神的な部分も考慮し2日間の休養を取ったのだ。当然、それだけで、フィズの心の傷が癒えるとは言えないが、少年は、間を開けすぎる事を避けて、話さなければならないと考えたからだった。


「フィズ、先日の火災は私の考えが甘かった為です、本当に申し訳ありません」


「まっ、待って! あれは私が禁止されてたのに、勝手に魔法の練習をしちゃったからで、フェルロ先生が悪いんじゃないよ!」


 深々と頭を下げた少年に、フィズは慌てて言葉を返した。てっきり、2日間の休養を経て、少しは反省しただろうとこってり絞られるのを覚悟していたのが、全く違う反応に戸惑ってしまう。


「いえ、これは私の過ちです。本来は、魔力放出と魔力変換から学び、実体験を元に魔力操作を学ぶのが一般的。それを行わない理由を、しっかりと説明しておくべきでした」


 少年は、所々言葉を選びながら話した。どこまで話して良いのかはわからない、フィズが、自分は最高審議官(さいこうしんぎかん)候補であることは理解しているだろうが、それが巫女と呼ばれる存在である為、という部分は理解していないだろう。


「まずは、フィズ、魔法を使う上で重要な流れは学んだので知っていますよね?」


「はっ、はい。使用する魔法の属性に合わせて魔力を変換し、それを魔法の威力や能力、特質や本質に合わせて魔力を放出する。これらを上手くコントロールすることで、魔法は構築されて、力ある言葉である魔法の名を告げると共に、魔法は発動する」


 急に魔法学の授業のような話になり、フィズは少し戸惑いながらも答えた。

 返答の内容が間違っていないことを確認し、少年は、少し微笑みながら頷いて見せた。彼女なりにしっかりと理解しているのが確認できたのが、喜ばしいことだ。


「そうです。そのコントロールを助けるのが、魔力の流れを正しい方向へと動かす呪文と呼ばれるものです。呪文と名は、それぞれ重要な役割があり、呪文が回路、名は起動式という関係があり、これが魔法の基礎と言えます」


 軽く付け加えると、少年は、続けて本題を話し始めた。


「ただし、これらの内容は、あくまで魔法を発動させる順序であり、その中身を細かく説明すると大きく変わります。例えばフレイムアローの魔法は、自分の有する魔力を炎へと変換し、その炎を矢の形に構築し、目標に向けて飛ばす為に一部の魔力を風に変換して、その風の力を使い炎の矢を目標へ飛ばす状況を作り出す。これらの中には、いくつもの属性変換、形状変換、状況変換が行われており、魔力の放出量も一定量ではなく状況に合わせて随時変化します。これらを順序立てて行う為の制御操作が魔力操作であり、これらを全て自分の頭で制御できれば良いですが、それは非常に難しい」


 物理的に存在する矢を放つのではなく、存在しない物を構築し、しかもそれを維持し続け、なおかつ周りの環境に合わせてバランスを取る、非常に複雑な事を魔法はやらなくてはならないのだ。


「そのために、呪文が存在し、呪文はこれらの制御を無意識下でも行えるようにしたもので、言葉1つ1つに複雑な呪法が刻まれていて、唱えるだけで魔力操作してくれます。ただし、自分自身でしっかりと制御できる領域までで、自分の力量よりも高い呪文は唱えても上手く発動しません」


 少年の言葉を真剣な表情で聞くフィズは、数日前までの瞳とは違う瞳の色をしていた。正確に色が変わったわけではない、ただ、その奥底に見える色が変わったのだ。それは、自分が使う魔法というものが、とても危険でありながら便利であること、それを本当の意味で理解したことを意味していた。


「よって、魔力操作は魔法の一番基礎となる部分になります。ただし、先ほど言ったように、魔力放出と魔力変換の組み合わせで複雑な事を行っているだけなので、ただ放出したりただ変換したりだけなら、魔力操作は殆ど必要ありません」


 そう言って少年は、自分の指先にマッチの炎のような小さな火を灯して見せた。炎の属性に変換し放出するだけなら、炎が生まれる、それを実践して見せたのだ。


「ただし、私は今、小さな火になるようにしっかりと出力を制御しています。これができないと、辺り一面を焼き尽くす程の炎を生み出してしまうでしょう」


 その話を聞いて、フィズの肩がビクッとはねた。先日のことを思い出したのだろう、自分が起こしてしまった惨事を。


「そして、フィズの魔力は、私よりも遙かに強い」


「えっ? 私の魔力が先生より強い?」


 少年の言葉を聞いたフィズは、言ってる意味を理解できず、そのまま問い返してしまった。少年が自分よりも遙かに強いと知っているフィズにとって、その言葉はまっすぐに受け取ることができなかったのだ。


「そうです。フィズの魔力量は、私よりも遙かに多く、同じ魔法を使えば、私よりも遙かに強い魔法が使えるはずです」


 そう言われて、フィズは自分の両手を広げて、視線をそちらへ移した。自分にそんな力があるとは思っていなかったのだが、実際に少年に言われても今一実感が持てないのだ。

 勉強も運動も魔法も、全ての実力が違う少年を今まで見てきて、尊敬や憧れはあれど、彼を超えることができる部分が存在するなど考えたこともなかった。それよりも、自分のために必死に考え教えてくれる少年に、嫌われないようにするので手一杯だった。


「私が強い・・・」


 改めて自分で呟いてみても、その実感がわかない。けれど、2日前に起きた事を思い返すと、思わず肩がビクッとはねた。血の気が引いていくのがわかる、怖い、その言葉が頭に浮かんで大きくなっていく。


「そうなるのを避けたかったんです」


 少年の声を聞いて、顔を上げたフィズの表情は恐怖に染まっていた。

 自分が出した炎が勝手に膨らんで、消そうとするも消えず、小さくしようとしても小さくならず、自分も周りも燃やしていく、あの恐怖がフィズの心に刻まれてしまっていた。


「フィズの魔力量は、私なんかより遙かに多い、大きくパンパンに膨らんだ風船のようなものです。そこに未熟な状態で魔力放出すれば、小さな穴を開けるようなもの。穴から勢いよく空気が出ていきますが、それを制御する、つまりは塞ぐ方法を知らなければ、止めどなく出てくる空気がなくなるまでどうすることもできなくなります」


 できるだけわかりやすく説明しようと、少年は話を続けた。


「普通の子なら、小さな風船に少し空気が入った程度なので、穴が開いても問題は無いんです。だから、放出や変換から学び、身体が覚えた所で制御操作を学ぶことで、知識と身体で覚えることができる。ただ、フィズにはそれができなかったんです」


 そして、できるだけわかりにくく、説明を続ける。


「けれど、その才能は素晴らしいものです。だからこそ、その力の大きさを恐怖として刻む事無く、上手く制御できるようになってから使わせてあげたかったのですが・・・しっかりと話しておくべきでした」


 話をできるだけそちらに流れないように、少年は言葉を選び続けた。


「私の魔力量・・・そんなに異常なんですか?」


「異常と呼べるかどうかはわかりません。ただ、その量は非常に多く、真聖騎士クラスとひけを取らないはずです」


 少年が、不安そうなフィズにそう告げると、より一層、彼女の不安が大きくなっているのがわかる。だからこそ、少年は続けた。


「けれど、フィズならその力も制御できるはずです。自慢ではないけど、私もそれなりに実力があるつもりですから、その私が保証します」


 自分の異質さは一番わかっている。だからこそ、フィズの異質さは、ある意味似ていると感じていた。だからこそ、自分にできたことならば、フィズにも出来ると考えていた。


「私ほど強い14歳もいません、実力だけで言うなら、フィズよりも遙かに強く、異常なものですよ」


 少し微笑んで見せると、フィズがぽかんと口を開いて少年を見つめていた。まさか自分の自慢を挟んでくるとは思わず、フィズも呆気にとられてしまっていた。しかし、それは同時に、自分よりも遙かに異質な存在が目の前にいると理解できた。


「だから、もう一度、初めからやりましょう。その恐怖は、大切なものです。恐怖無き力ほど恐ろしいものはないと言われます、自分が使う力の恐ろしさを知ってこそ、正しく使える様になるはずです」


 恐怖という言葉に僅かに反応するフィズだったが、それ以上に少年の言葉は、小さな少女に何か響くものがあった。

 憧れ、尊敬する存在のそばに立つために、努力しなければならないとはわかっていた。そのために頑張ってきた、それが全て壊れた気がした、けれど、彼は手を差し伸べてくれた。なら、今その手を取らないと、もう二度と彼の手は握れない、そう考えると、フィズは瞳を閉じて大きく深呼吸をすると、再び大きく瞳を開き・・・


「はいっ、よろしくお願いします!」


 そう答えた。もうわかっている、この事件で、少年に嫌われたくないという気持ちが何よりも大きかった。

 始まりは先生として前に立ち、いつしか友人のように隣に居てくれた、理解し頼っても普通に接してくれる、そんな彼の側にいたいという気持ち。できない子だと側にいられないかもしれない、そんな迷いから友人の言葉を聞いて試してしまった。その結果は散々だったが、フィズにとって、それは何かを知るきっかけとなった。


 そんなフィズの気持ちを知る由も無く、少年は少し安堵した。恐怖は消えないだろうが、止めたいと拒絶されてしまっては困ってしまう。そのため、言葉も選び、嘘もついた。

 そう、知られる訳にはいかない。巫女という存在の異質さ、彼女がなぜ最高審議官候補と呼ばれる存在となったのか、それはおそらくこの能力によるものだろうと少年は考えていた。真聖騎士クラスの魔力量、そんなレベルではない、もはや人間の領域を遙かに凌駕するレベルの魔力量を彼女は有している。だからこそ、巫女、神の使わした存在だと彼女を祭り上げたのだろう。


「まずは魔力操作をしっかりとできるようになりましょう」


 そう笑顔で話した少年は、チラリと教室の隅に座っているラーセルに視線を移した。

 ラーセルは、何もする事無く、こちらを見ながら話を聞いている。変わった様子はなく、少し安心した様子さえ見受けられた。つまりは、彼は知らされていないのだろう、この異常さを。


 異質で歪な存在、フィズがなぜ巫女なのか、それは、おそらくごくごく一部の人間にしか知らされていないのだろう。異常な魔力量、一般的な学力も身につけられていない現状、そして何よりも・・・


「そうすれば、きっと凄い魔導師になれるはずです」


 無意識下に行っている、精密な魔力操作の精度、これがフィズの異質な所なのだ。

 そう、フィズは、魔力操作が不得意でも、できないわけでもない、完璧にできている。ただし、無意識下という異常すぎる状況なだけだ。少年が知る限り、無意識下での魔力操作などできるはずがない。魔力放出と魔力変換は、思考とかけ離れた形で実行できても、魔力操作だけは、どのように制御するかを意識の上で行う為、無意識下でそれができるはずがないのだ。それなのに、彼女はできている。まるで、呪文を唱えるときのように、無意識のまま完璧な制御が行われている。


 そもそも、魔力操作ができなければ、これほど異常な魔力量を、何事も起こさずにここまで生きてこれるはずがない。魔導師が手のひらサイズの風船だとするなら、彼女の風船は大聖堂よりも巨大な風船だと言って良い。その風船に、パンパンに空気を入れて、そのまま引きずりながら日々生活するのと一緒だ。何か起きれば割れたり漏れたりしてしまう。そんな事になれば、大爆発か大暴走か、恐ろしいことが起きるだろう。

 けれど、フィズはそれを起こさないように、無意識に魔力を制御し、自分の中へと押しとどめるようにあふれ出てしまう魔力さえも、しっかりと奥へ奥へとしまい込んでいる。それは、この魔力量を行うのだから、恐ろしいほど強力な制御力と精度だ。


「フェルロ先生は、手伝ってくれる?」


 そんな異質な少女は、不安げに少年へと尋ねてきた。そこには、完全に消えきれない不安が見える、あれを体験すれば当然だろう。けれど、フィズの魔力操作は完璧、後はそれが意識下で行えれば良い。それを導くのが、少年の役目だ。


「私が下手で、時間がかかるかもしれないけど、それでも・・・」


 フィズは、一番不安に思っていることを口にした。それは、少年に憧れを尊敬した日からずっと心の奥に燻る思い、いつしか違う感情になっていたけれど、それを表に出せない原因、それを少年に尋ねた。


「ええ、いくら時間がかかっても、必ず」


 そう答えた少年は、まだフィズの口にした言葉の真意をまだ理解できていなかった。それは、フィズもなんとなく理解していたこと、それでも良かった、彼はまだ自分を見捨てたりしない、嫌われたりしない、そう感じられたから。



 それから、少女は少しずつ自分の気持ちに素直に歩み始めた。それは、少年と少女に奇妙な運命を歩ませるきっかけとなる事を、まだ2人は知らない。




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