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第一話「出会いと別れの道標」 その4

 季節は巡り、又寒い季節がやってくる。少年がフィズと出会い、1年が経とうとしていた頃、授業は新しい展開へと進んでいた。



 草花も木々の緑も消えて、雪が辺りを白く染め上げた中庭で、フィズの魔法学授業は行われていた。

 少年は、中庭の中央、フィズの目の前に立っている。そして、フィズは少年に向かって小さな杖を掲げ、意識を集中させていた。


「そう、ゆっくりと魔力を集中させるんです」


 少年の言葉に、フィズは杖の先端を見つめて、何度も大きく深呼吸をしている。僅かに空気の揺れを感じたフィズは、少しだけビクッと肩をふるわせた。


「はい、そこまで」


 少年はそう告げて、フィズのそばに歩み寄って肩を叩いた。そんな少年の行動に、フィズは肩を落として落ち込んでしまう。


「そう落ち込まない。元々、魔力操作は難しいもので、長い時間をかけて覚えるものですから気にしないで大丈夫ですよ」


 落ち込んだフィズを、少年はそう言って励ますが、彼女の表情は全く納得してないことを告げていた。そんな表情を横目に、少年は少し苦笑いをして、どうやって教えてやるべきかを考えていた。


 魔法学の基本である魔法の使用、これは大きく3つの要素から構成されている。魔力放出、魔力操作、魔力変換、この3つだ。

 基本的に、学園では魔力放出と魔力変換、学院に入り魔力操作を学ぶのだが、この流れには、それぞれの難易度が関係しており、最も簡単なのは魔力放出、次にその延長上にある魔力変換、最も難しいのは魔力操作だ。魔力操作を学ぶには相応の実力と知識が必要となる・・・のだが、残念なことに、フィズにはそれが適用できない理由があった。


「けど、私より若い神官見習いの子達でも、簡単な魔法は使えるんですよ。私は、まだ何も使えないのに」


 あからさまに落ち込むフィズに、少年はどう言葉をかけるか悩んでしまう。それは、魔力放出だけで使っていたり、魔力変換を使っているからで、魔法と呼べるほどの物ではないのだと教えてやることは簡単だ。しかし、フィズには、魔力放出や魔力変換を先に覚えさせる訳にはいかない。それは、彼女の異質さが関係していた。


「フィズ、君は特別な存在なんです。私が言っても説得力が無いですが、少なくとも私よりも遙かに強い魔導師(まどうし)になるはずなんです」


 少年はまっすぐにフィズを見てそう告げた。

 これは、決して嘘や理想論などではなく、事実であった。それどころか、現時点で、既に少年では敵わない部分もある。それは、フィズの魔力量だ。正確に測定はしていないが、少年の見立てでは、自分の10倍以上の魔力量を有していると見ていた。

 この異質さが、フィズが最高審議官(さいこうしんぎかん)候補となった理由なのだろうと彼は考えていた。異常な程の魔力量、それが巫女である証拠であり、それを自在に制御できるようになれば、歴代でも最強クラスの最高審議官となれるだろう。


「本当にそうなれますか?」


「ええ、間違いなく」


 少しふてくされたような表情のフィズに、少年は迷うことなく答えた。これもまた彼の本心からの言葉だ。魔力操作から学ぶという異例の手順であろうと、フィズの素直で純粋な性格と素質なら、時間はかかろうと必ずものにできるだろう。そうすれば、魔力放出と魔力変換は余裕だ。そこまで来ると、常人のレベルを遙かに超える実力になる事は間違いない。


「だから、ゆっくりで良いので修練していきましょう。焦る必要はありませんから」


 優しくそう告げた少年に、フィズは少しだけうつむいて小さな声で、ハイと答えた。


「なので、決して自分で魔法を使ってみようとしないように。必ず、私やラーセル殿がいる所で練習することを心がけてください」


 今度は真面目な表情を見せた少年は、落ち込んでうつむきながら上目遣いで話を聞いているフィズに、もう一度念を押しておく。それが、どんな意味を持つのか、フィズは知らないまま、ただハイと言葉を返すのだった。




 その日の夕方、少年は業務室で資料の山に埋もれながら、ペンを走らせていた。

 少年の業務はフィズの教育だが、それはただ教えれば良いというものではない。週に1度、アルベルトへ報告と翌週のプラン設計、現状の問題点からその解決案など、特にフィズの魔法学授業が始まってからは、より細かい資料作成や報告を行ってるのだ。


「どうしたものか・・・」


 ふと口に出た言葉に、大きくため息を零した。原因は当然、フィズの魔法学についてだ。他の授業については、順調で予定より遙かに速いペースで進んでいる、当初遅れがちだったのが嘘のようだった。しかし、ここに来て急ブレーキをかけたように、停滞してしまっている。


「強すぎる力、それをどう制御するか?」


 少年もまた人並み外れた魔法力を有していたが、それでも、普通に学園の授業で問題が出るほどではなかった。しかし、フィズは違う。正しく制御せず、そのまま魔力を放出すれば、おそらくここら一帯が吹き飛び、焼け野原になることだろう。だからこそ、自分が魔力操作を教え込まなければならない、そう考えていた。

 しかし、知識だけの魔力放出と魔力変換、そこから魔力操作を学ぶのは困難を極めるものだった。まさに行き詰まった、その言葉が似合う状況と言えた。


 そんな中、部屋のドアを叩く音がする。少年は、ハイと短く答えると、ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「フェルロ様、よろしいでしょうか?」


 ラーセルの声だとわかると、少年は急いでドアを開けて、彼を招き入れた。


「どうしたんです、ラーセル殿」


 そう尋ねながら、少年は、ラーセルを近くの椅子に誘うと、自分も近くの椅子に腰掛けた。そして、珍しいラーセルの行動に、思考を巡らせた。

 そもそも、彼が1人で訪ねてくるなど珍しく、殆どはフィズと共に訪れている。そのため、この行動に、少年は少し怪訝そうな顔を見せた。それを見たラーセルは、深々と頭を下げてくる。


「申し訳ありません、お忙しい所に押しかけてしまいました。最近のお嬢様の様子で、フェルロ様にお伝えしておきたいことがございまして」


 ラーセルは、フィズの世話係として、身の回りの事と彼女の様子を伺い、何かあった場合は大神殿や少年に報告する役目を担っていた。そんな彼からの進言に、少年の瞳が少し曇る。


「実は、お嬢様が魔法学の進み具合が芳しくない事で、悩みを持たれている様子で、見習いのシスター達に色々と相談をしている様子なのです」


 そこまで聞いた少年は、少し安堵し、曇らせていた瞳が晴れていく。少し前までは、友人らしい人物もおらず、同い年のシスター達と話をすることも無かった。それが、徐々に話をして、今度は相談事までするようになっているのは喜ばしいことだと思ったのだ。

 しかし、ラーセルの表情は、そんな喜ばしい事であるにも関わらず、酷く曇ったままだ。


「ラーセル殿、それの何が心配なのですか?」


 そう尋ねると、ラーセルも言い出しづらそうにしながら、視線をそらして何か考えている様子を見せた。


「私に気を遣わず、率直な意見として述べて頂いて結構です。どうされたのです?」


「申し訳ありません、決してフェルロ様の授業に問題があるとは思っておりません。ただ、見習いシスター達は学園に通う者も多く、魔力放出や魔力変換からの授業を受けて知識を身につけている者も多く・・・」


 そこまで聞いて、少年は全ての意味を理解した。そうだ、フィズに友人が出来て、相談ができるようになった事に意識が行ってしまい、重要な点を見逃していた。魔力放出や魔力変換から学ぶ手順を知っている者がいれば、そこからの道筋を教えてしまう者がいるかもしれない。ましてや、魔力放出や魔力変換の実践はせず、卓上の学習だけは済ませているフィズにそれを教えてしまえば、実践してしまう可能性もある。


「しまった、そこまで考えてなかっ・・・」


 そこまで口にした瞬間、辺りに重くのしかかるような何かが包み込んでくる。

 慌てて立ち上がると、少年は、舌打ちをするとすぐさま走り出した。ラーセルが呼ぶ声が遠くで聞こえるが、そんな事を気にしている暇はない。こののしかかるような何かは、膨大な魔力、しかも少年の実力でさえ負担を受けるほどの異常な量だ。


「こんなことなら、教えておくんだった」


 異常な早さで廊下を駆け抜け、中庭の方が見える渡り廊下まで来た所で、窓の外に巨大な炎の柱が立っていることに気づいた。間違いない、炎系の魔法を使おうと魔力放出した結果だ、制御できなかった膨大な魔力が行き場を失い、上空へと登っている。


「仕方ない、壊れた所は後で考える!」


 独り言を呟くと、少年は右手に力を込める。聖騎士達が使う闘気と呼ばれる力、大気中に舞う自然の持つ波動を制御し、自分の力として拳に纏わせる。そして、そのまま壁を殴りつけると、一発で壁は吹き飛び外への出入口ができあがる。少年は、そのまま外に飛び出すと中庭へと急いだ。


 しかし、辿り着いたときには、最悪の事態になっていた。制御を失った膨大な魔力が炎を生み出し続けており、その中心で、必死にその炎を押さえ込もうとあちこちに火傷を負いながらあがいているフィズの姿があった。


「フィズ!」


 少年がその名を呼ぶと、フィズがビクッと飛び上がりながら、少年の方へとむいた。その表情は涙と後悔と痛みでぐちゃぐちゃになっており、その表情を見た途端、彼の表情もゆがんでしまう。


「フェルロせんせっ・・ごめんなっ・・い! ごめんっ・・さい!」


 謝って済む問題じゃないこともフィズにはわかっていた、そして、どうしようもない状況になっていることも感じ取っていた。これは、普通の人間にどうこうできるものではない、自分の命も周りの命も危ないが、どうにもできないと、理解してしまっていた。


「そんなっ・・もりじゃっ・・くて・・」


 必死に言葉を出そうとしているが、目の前の炎のせいで、声が喉から上手く出てこない。それでも、フィズは必死に声をあげ、少年に弁明しようとした。

 けれど、辺りはどんどん炎に包まれていく。中庭に咲いていた草木は焼け落ち、建物の一部も消し飛んでいる。もはや、誰にも止めることができないレベルの魔力量に、他の駆けつけた大神殿の職員達も戸惑っていた。


「ごめっ・・なさい!」


 涙と後悔でぐちゃぐちゃになった表情で、フィズは必死に謝った。あれほど注意されていた事を無視して行ってしまった、その代償が余りにも大きすぎて、もう誰にも止められない、そう理解していたから。


 けれど、それは普通の人間にとっての物差しだ。常人を超える者達にとっては、それを覆すこともできる。


「大丈夫、今助けます」


 世界には、大きく3つのクラスと呼ばれる区分けが存在する。戦闘を得意とする者、魔法を得意とする者、様々な人々が暮らすこの世界で共通の指標、総合的な強さを示す物であり、実力を指し示す物だ。それは、騎士クラス、聖騎士クラス、真聖騎士クラスの3つに分けられ、その中でも真聖騎士クラスは世界でも12名しか存在せず、1人で1個師団を超える実力を有する者達である。


「全てを司る精霊王よ、大いなる戒めの元・・・」


 そんな真聖騎士クラスに届くとも言われ、由緒正しき神国立中央学院を圧倒的な実力で主席卒業し、在学中に聖騎士クラスの称号さえ手にした少年、フェルロ=ヒースベル、彼の実力は常軌を逸していた。200年以上の長い学院の歴史の中で、在学時に聖騎士クラスを取得するという偉業は成し遂げたのは4名しかいない、その5番目に名を連ねた彼は、魔導の神髄と誇り高き騎士道の両方を操る者として、継承者が現れないと呼ばれたランクを渡される。


「壊れた門を再び開き、我が呼び声に応えよ・・・」


 ランク、それはその者の力を象徴する称号だ。騎士であればナイトランク、神官であればシスターランク、盗賊であればシーフランク、多くの者が取得し、その者の職業や能力を表したものである。

 そして、少年が渡されたランク、それは魔道聖騎士、その名は、作り出され初めて取得者に与えられてから1度も他に取得できる者が現れなかったランク、それを継承したのだ。


「今一度、その力を示し、我に降りかかる全ての厄災を吸い尽くせ・・・」


 そんな彼が魔法を使う際、呪文と呼ばれる力を導く言葉を口にすることはない。

 魔法は、膨大な魔力と属性を変換する魔力変換、それらを操る魔力操作さえしっかりとできていれば、呪文を口にする必要は無く、魔法の名と呼ばれる力ある言葉を口にすれば、強引に発動させる事ができる。基本的に全ての魔法がそうできている。

 しかし、彼は呪文を口にした。それは、彼であっても制御が難しく、簡単に扱えない魔法であるからだ。禁呪と呼ばれたそれは、その威力と特質、そして使用する魔力量の多さから、遠き昔に使うことを禁じられていた魔法である。


「禁呪・・・」


 そして、彼が最も得意とする魔法でもあった。


「バインド・コア」


 力ある言葉と共に、彼の前に現れた巨大な光の珠がフィズの炎を吸収していく。急激な勢いで炎が消えていく中、驚くフィルの表情を横目に、少年はゆっくりと近づいていった。


「フェ・・ルロ」


 目の前に立つフィズは、洋服はあちこちが焼け落ち、皮膚は焼けて炎症を起こしている。痛みなどもはや感じるレベルではないのだろう、けれど、それ以上に彼女の瞳には恐怖と後悔が滲んでいた。

 自分がやってしまった事、中庭を焼き尽くし、建物の一部も焼け落ちているこの状況に酷く後悔し、目の前に立つ少年に見られてしまったこと、彼に止めて貰ったことに恐怖した。


「ちがっ・・これっは、違・・の」


 涙がこぼれた。口が震えて、美味く言葉が出てこない。それは、火傷によるものもあるだろう。けれど、それ以上に、自分にこんな力があったこと、それを使って取り返しのつかないことをしたこと、何よりも信頼してくれていた少年を裏切り、化け物のような力を見せてしまったこと、全てがのしかかり涙があふれ出してくる。


「ごっ、ごめ・・なさい!」


 嫌だという気持ちだけが溢れてくる、まだ13歳の少女が、一番信頼していた少年に拒絶される事を恐れ、ただ涙する。

 そんなフィズに歩み寄ると、少年は・・・


「フィズ、良かった」


 そう言って、そっと彼女を抱きしめていた。その瞬間、フィズの緊張の糸は切れ、まだ幼い13歳の少女の鳴き声が辺りに響いた。


「すいません、私が早く教えておくべきでした。魔力操作を教える事にこだわった理由。怖かったですよね、本当にすいません」


 少年の優しい声に、フィズはただただ泣き続けた。そして、安堵とともに、彼女は自らの力を知ることになるのだった。



 後に、大神殿第六事務局火災として、事務局の不手際でボヤが起きたと報告されたこの事件の真相は、少女の泣き顔と共に職員達の胸の中に仕舞われることとなる。




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