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第一話「出会いと別れの道標」 その2

 その日は、少し肌寒い朝だった。大神殿(だいしんでん)の所有する施設の廊下は、少し冷えて吐く息も白く凍ってしまう。そんな中、少年は1人の青年と共に、指定された部屋へと急ぎ足で向かっていた。


「申し訳ありません、急な変更で移動に時間がかかってしまい」


 一緒に歩いていた青年が、申し訳なさそうな顔をして少年に声をかけた。相手はまだ小さな子供、とはいえ、あのアルベルト閣下の紹介ということもあり、少々気を遣っているのだろう。言葉遣いが、随分と堅く、声にも緊張が見られた。


「お気になさらないで下さい。急な変更は、姫様の決定なのでしたら、しょうがないことです」


 自分が教える生徒相手に姫様というのも変な話だが、先ほど事務室に寄った際に、職員達が姫様姫様と呼んでいるのを聞いて、少年もそれに習ってみただけだ。本物のお姫様ではないが、おそらくは最高審議官(さいこうしんぎかん)候補、特別な存在という意味で姫様と呼ばれているのだろう。

 そんなことを考えながら、少年は長い廊下を歩いて行く。すると、遠くから歩いてくる2人の人影が見えた。


「あっ、丁度いらっしゃいました」


 案内してくれていた青年は、そう話すと目の前から歩いてくる人影を指さした。よく見ると、背の高い執事風な老人と、小柄な少女が歩いてくるのが見える。真っ白なドレスを纏った少し小柄な少女だ。


「・・・あれが」


 そこまで口にして、最高審議官候補、と出そうになった言葉を飲み込んだ。おそらく、その手の言葉は口にしない方が良いだろう、そう察したのだ。

 そのまま、丁度部屋の扉の前までやってきた所で、少女達と鉢合わせになった。ブロンドの髪は少しカールがかかったようにふわりと浮いており、顔立ちも可愛らしく色白な人形のような少女だ。そんな彼女は、少年をキョトンとした表情で見つめていた。


「貴方が、私の先生ですか?」


 出会ったばかり相手、しかも自分の教育係になる人物に対する初めの言葉としては、落第点といった所だと思ったが、そこは追々教えていくことにしよう。そう考えた少年は、気にせずに、ハイと短く答えた。


「随分お若いんですね」


 これもまた失言だが、そう思われるのも当然だ、なんせ1歳しか違わないのだから。

 そんな彼女の言葉に目を丸くした執事風な老人は、慌てて少女に耳打ちをした。何を言っているかはわからないが、おそらく注意をしているのだろう。同時に1枚の書類を彼女に手渡すと、再び耳打ちをしている。すると、真っ白だった彼女の顔は、一気に赤く染まってしまった。


「ごめんなさい・・・えっと、しゃっ、しゃろ?」


 書類を見ながら謝ろうとする少女だったが、見慣れない(つづ)りにうまく読むことができず、首をかしげてしまっている。

 少年は、彼女を見ながら小さくため息を零すと、助け船を出すことにした。


「フェルロ・ローレルと言います、王国南部の田舎生まれなので、読み方も少し違ってわかりづらいかもしれません」


 正しい読み方を告げると、少女はさらに顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。面白い子だな、等と考えながら、少年は言葉を続けた。


「本日より、貴方の教育係を務めさせていただきます。プリンセス・マリア」


 そう言って、少年は深々と頭を下げた。まだ候補とはいえ、将来の最高審議官、そう考えれば、自分などよりも遙かに高貴なお方だ、当然の行為だと思われたが、視線だけをあげた少年の目に入ったのは、頬を膨らませた少女の顔だった。


「私の名前は、フィズ=マリアです。プリンセスじゃありません!」


 いや、名前のことを言ってるわけじゃ無いのだが、そう思ったが、フィズはそのまま続けてくる。


「そもそも、私は見習い神官なだけで、お姫様じゃ無いんですよ! なのに、みんな、姫~、姫~って何ですか!?」


 名前という意味で取られたわけは無く、姫様と呼ばれるのが嫌だったのか。それがわかると、目の前でふくれている少女が、随分と幼く見えた。恥ずかしがったり、怒ったり、忙しい少女だ。

 そんな中、少年を案内してくれた青年が、トントンと肩を叩いて耳打ちをしてくる。


「失礼かもしれませんが、お名前はヒース・・・」


 そこまで彼が口にしたところで、少年は、彼の方を向いて人差し指を口の前に立てた。それを見た青年は、慌てて口を紡ぐ。


「それは、内密に」


 どうやら、アルベルトとの関係について知っていた様だが、それを口にされると周りと壁を作ってしまうかもしれない、そう考えた少年は、引き取られる前の旧姓を使っていた。ここに送られた彼の経歴にも、学院の登録にも、全てだ。当然、アルベルトもその事は理解していた、それほどまでにヒースベルの名は強大だったのだ。


「申し訳ありませんでした。では、マリア様、勉強を始めましょう。お部屋へお入りください」


 そう言って、少年は目の前の扉を開けて、中へ入るように(うなが)した。少しふくれていたフィズだったが、それを見るとあからさまに嫌そうな顔をしてみせる。


「お勉強は余り好きじゃ・・・」


「お勉強のお時間です」


 彼女の言葉を遮るように告げると、少し冷たい視線を送る。その顔を見たフィズは、少し観念したような、悲しげな表情をして部屋の中へと入っていった。

 続けて、少年はフィズについてきた執事風な老人に声をかけた。


「授業を始めますので中に・・・えっと」


 そこまで口にしてから、彼の名を聞いてなかったことを思い出した少年は、言葉を詰まらせてしまった。


「お嬢様のお世話係を務めております、ラーセルと申します」


「では、ラーセル殿も中へ」


 その言葉を聞いて、ラーセルも一礼をして部屋の中へと入っていった。

 それを見届けると、少年は、連れてきてくれた青年に軽く頭を下げて、ありがとうと言葉を添えると、部屋の中へと入っていった。


 これが、長い長い少年の教師生活の始まりだった。

 大地歴2154年、16の月、まだ冬の寒さが残る日の出来事である。




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