第四話「歴史という名の道標と標なき旅の始まり」 その4
常識とは、個人や国家、時代など、あらゆる要因で大きく変わっていくものである。自分が考えている常識は、別の場所では非常識となり、その価値観の違いで大きく左右されることとなる。それは、今と過去でも同じく、少年の考える常識とは実に脆いものなのである。
少年は、戸惑いながらも、神国の王城へ続く城門を抜けて中庭を走っていた。先を走るオーガンは、少年に気を遣っているのか、軽い小走りのように走り、たまに後ろの少年を振り返ると、ついてきてることを確認しながら進み続けた。
「ローレックと言ったな。悪いが、詳しい状況を説明してほしい。後、ヒロ様について口にするのもちょっと控えてもらいたいんだ。詳しくは、後でゆっくり話す」
走りながら話し始めたオーガンに、少年は、わかりました、と答えると彼に続いて王城へと近づいていく。このまま行くと、そのまま王城に入ってしまうのではないかと思われたが、その手前でオーガンは立ち止まり、巨大な王城を見上げた。
「大将~!」
そして、大声で誰かを呼ぶと、王城の2階から1人の男が顔を出した。そして、男は下をのぞき込むと、オーガンを見つけて手を振ってきた。
「どうした?」
「すいません、ちょっと気になる話を持ってきた子がいまして!」
オーガンがそう大声で話すと、男はそのまま、窓から飛び降りた。すると、男はゆっくりと降りてきて、少しだけ風を吹いたかと思うと、そのまま地面に降り立った。どうやら、魔導師らしく、フライの魔法を使ったのだろう。
「ドレインの大将、実は、この少年が聖獣が復活してると伝えに来たらしいんですが、どうもヒロ様の……」
そこまでオーガンが口にしたところで、ドレインと呼ばれた男は、少年をにらみつけた。
「どうして聖獣の復活について知っている?」
突然の敵意に驚きつつ、少年は、改めてドレインを見上げると同時に、帝国の敬礼をして見せた。
「私は、ヒースデイル北西の村、ヨーデルの自警団に所属しているシャロック=ローレックと申します。村から少し離れた山間に、不思議な空間の歪みのような物を見つけて、そこから聖獣が顔を出していた為、助力を得るために参りました」
少し緊張しつつそう告げると、ドレインの表情が曇る。
「なぜ、その魔獣を聖獣だと認識した?」
「魔力量です。尋常ではなく、村の住民が動けなくなる者が出るほどでした。真聖騎士クラスの方々よりも遙かに高い魔力を有していた為、聖獣ではないかと判断しました。それで、神国へ助力をいただこうと考えました」
少し嘘を交えつつ、演技をしながら答える少年に、ドレインは怪しそうに少年を見つめた。
おそらくは、神国にわざわざ知らせに来たのが引っかかるのだろう。帝国の罠かもしれないと考えているのかもしれない。
「帝国が聖獣の復活をもくろんでいるのは、こちらも把握している。そして、簡単に復活など出来ないこともだ」
「しかし、本当に聖獣は確認できるレベルまで姿を現しています。お願いです、救助とヒロ様へ知らせてほしいんです」
そう少年が願い出ると、ドレインはより一層、顔色を曇らせて怪訝そうに少年を見つめてきた。
「なぜ、そこでヒロ様が出てくる?」
「えっ? なぜって……ヒロ様にしかどうすることもできないでしょうから」
ドレインの問いに、その意図がわからないまま、そんな事を答える少年だが、本来であれば、彼の問いはおかしいものだ。
そもそも、勇者とは特別な存在で、聖獣と対抗することができる唯一の存在といわれている。その理由が明確に記された文献や書物は無いが、その強大な魔力に対抗できる力を持っていると言われたり、唯一聖獣に傷を負わせることができるなどと言われることもある。どれも言い伝えレベルの話で確証はないが、少なくともあの異常な魔力を考えれば、普通の人間が相手にできるレベルではない。そう考えれば、勇者が必要だと考えるのも当然と言えた。
そして、少年が知る限り、勇者は歴史上2名しか存在しない、紀元前に現れた初代勇者と、大地歴1600年代に現れた二代目勇者ヒロである。そうなれば、聖獣に対抗するためには、二代目勇者に知らせて助力を仰ぐしか無いと誰もが考えるはずだ。その考えがあるからこそ、少年もここへやってきたというのに、なぜ問われるのかが少年には理解できなかった。
「いや、だから、なぜヒロ様ならどうにかできると思う?」
「ですから、聖獣だと思われる存在ですから、勇者ヒロ様ならどうにかしてくれると判断したんです」
少年がそう訴えると、ドレインはさっきまでとは違う、疑問を浮かべた表情で少年を見つめた。
「勇者? ヒロ様がか?」
「そうですよ? 勇者ヒロ様ならどうにかできるでしょう?」
少年は、ドレインの言葉に疑問を抱きながらも、問いに問いで答えるような形になりながらも、そう答えた。しかし、ドレインは隣に立っていたオーガンへ視線を移すと、首をかしげている。視線を向けられたオーガンも首をかしげて答えると、再び2人の視線は少年へと向けられた。
「えっ? 勇者ヒロ様をご存じないんですか?」
ここで、少年は大変なミスをしたかもしれないと気づいてしまった。もしかすると、勇者ヒロは、この時、神国に現れていなかったのかもしれない。少年が知る歴史では、帝国との戦争にも勇者ヒロは助力したと記録が残っているが、それがいつ頃なのかは残されていない。初めから参戦していたとばかり考えていたが、聖獣の封印後に参戦したのかもしれない。そう考えると、自分は全く見当違いな話をしているのかもしれないと気づいてしまったのだ。
「いや、ヒロ様は知ってるぞ」
そのドレインの言葉に、一瞬焦った表情をした少年も、安堵の色をみせた。
「じゃあ、ヒロ様にお知らせください。あの方なら、きっと!」
「いや、あのだな……そうか。まぁ、なんだ、お前達が出会った時には勇者に見えたのかもしれんが、正確には、あの方は勇者ではない」
自分の判断が間違っていないとわかって、少し自信を取り戻して話し出した少年に、ドレインはなんとなく状況を把握した様な素振りを見せて、言葉を選びながら話し始めた。
「あの方は、神国の三王騎士、英雄なのだ。勇者ではないんだ」
「……えっ?」
何を言っているのかわからず、少年が間抜けな声を出して問い返した。
「勇者のような優しく力強い姿を見たせいだとは思うが、ちょっと違うんだ。まぁ、そのなんだ、ヒロ様のことを慕っている様子だし、こういうことを言うのも気が引けるが、勇者とは伝説の剣を手にした方だけが名乗れる称号でな」
ドレインの言葉を聞きながら、少年は頭の中でその意味を整理していく。
確かに、勇者とは特別な存在であり、誰でもがなれるわけではない。伝説の剣、そして少年が探している光ノ五封剣の一振り、”聖獣の剣”と呼ばれる剣を手にした者のみに与えられる称号だ。そして、二代目勇者であるヒロもまた、勇者である以上、聖獣の剣を手にしたはずだ。しかし、今のドレインの話を聞く限り、ヒロは聖獣の剣を手にしていない、1人の騎士だという。
「……だとするなら」
ゆっくりと視線を落としながら、思わず口に出た言葉をハッと口を押さえて遮った。そこに続く言葉を聞かれるわけにはいかない。二代目勇者が勇者ではないとするなら、誰がどうやって封印するのだ、そんな事を聞かれるわけにはいかないのだ。
それは、それはあまりにも想定外のことだった。少年は、彼がすでに勇者として活躍していると思い込んでいた。だからこそ、これから呼び戻せば、聖獣を封印できるのだと思っていた。けれど、彼はまだ勇者ではない、聖獣に立ち向かえる唯一の剣、聖獣の剣を手にしていないのだ。それなのに、聖獣は、もう間もなく復活するかもしれない。これから剣を探して、二代目勇者が手にしたとしても、復活に間に合うものなのかがわからない。だからこそ、少年は大きくショックを受けてしまったのだ。
それは、少年の存在が大きくかかわるかもしれない話だ。
確かに、これから剣を手に入れ、聖獣に立ち向かった可能性はある。しかし、それ以外にも、考えられることがある。それは、少年の干渉による過去の変化だ。現時点で、既に知らせに来るべき自警団員が消えている、それを肩代わりしたと思ったら、まさか伝説の二代目勇者も消えていた。正確には、勇者になれていなかった。これが正しい歴史なのか、それとも違っているのかがわからない。書物に記された歴史は、細かい日時までは記されていない、殆どが年数だけ、あったとしても季節程度、そうなれば、この現実が何を示しているのかわからなかった。
「すまん、お前さんをそこまで絶望させるつもりは無かったんだが……」
急に真っ青な顔をしてうつむいてしまった少年に、ドレインは励まそうと肩に手をかけた。
しかし、彼が考えている理由と少年の考えている理由は大きくかけ離れているが、ドレインがその理由を知ることも気づくこともできない。だからこそ、話は予想外の方向へと動き出した。
「とりあえず、報告して聖獣の現状を確認しないとな。少年、ついてきてくれるか?」
何気ない彼の優しさだったのだろう。ヒロを慕う自警団の少年、戦争中の帝国に属しながら、それでも敵国の英雄を慕う少年に、彼なりの気遣いだと思われた。一緒にいれば、ヒロに会わせてあげられるかもしれない、そんな軽い気持ちだったのだ。
「えっ?」
事態の悪化をどうするべきか必死に考えていた少年は、予想外の言葉に思わず顔を上げてドレインの顔を見上げていた。そこには、優しい笑みを浮かべた神国の騎士の姿があった。きっと、この様な状況でなければ、素直に喜べていたかもしれないその申し出に、少年はさらに混乱してしまう。
「君の話も詳しく聞く必要があるし、居てくれた方が何かとわかることも多いだろう。王城に入るのも少し緊張するかもしれないが、協力してほしい」
思わず、少し口が開いてポカンとドレインの顔を見つめてしまった。自分が王城に入ることはないと思っていた、自分は帝国の人間としてやってきた、それが城壁を越えるだけでも異例なのにこのまま王城に入るという。下手をすると、幹部候補とも接触してしまう可能性だってある。そこまで歴史に干渉して良いものか、わからないというのに、目の前の騎士は何も考えていないような優しい表情でついてこいと迫ってくる。もはや、自分でも何が起きているのかわからない状況だった。
「さぁ、聖獣の姿が確認できるとなれば、一刻を争う。急ごう」
少年の返事を待つことなく、ドレインは少年の手を握ると、引っ張るようにして歩き出した。無理矢理連行されていく少年、後ろを振り向いてオーガンに助けを求めようとしたが、満面の笑みで拳を握り親指を上に立てて少年を見送っていた。
そして、少年はこの事態が、自分の過ちなのか、それとも正しい形なのか、何一つわからないまま、大きな歴史の流れの中を流されていくのだった。
To be Continued...




