第四話「歴史という名の道標と標なき旅の始まり」 その3
過去と未来とでは大きな違いがある、あらゆる技術、あらゆる真実、あらゆる知識、全てが未来にはあり、過去には隠されたままとなっている。少年の武器は、そんな過去にはない未来の全て。それを手に、少年の旅は始まる……
少年は、自らの手のひらを見つめながら、眉をひそめると、自分のやるべき事をもう一度整理することにした。本来の歴史を考え、自分が行う行動を考えるのだ。
まず、村人に犠牲者が出た記録は残っていない。避難指示を出したところで、無事に逃げ切れる保証はないが、今は信じるしか無い。つきっきりで避難させれば、聖獣から無事逃げ切る可能性は増えるが、それだけで大きな時間のロスが起きてしまう。神国へ向かった後のことを考えれば、一分一秒が惜しい状況だ。
それゆえに、少年は神国への報告を優先させた。聖獣の復活を知らせたのは、近くの村の自警団員、その魔導師が知らせた旨が記録として残っている。その存在が無いのであれば、自分が自警団員として、知らせに行くしかない。
次に、聖獣の復活だ。少年が知る限り、聖獣Oukatrosは、完全復活せず封印が解けきる前に再封印されている。ならば、少しでも早く知らせて、封印のために動き出さなければ、手遅れになりかねない。もし復活すれば被害は大きくなるだろうし、勇者が居たとしても、どうなるか想像ができない。
そう考えれば、ここから先は時間との勝負である。自分が知る歴史と違う道筋を、自らの手で戻していく。それは、この時代の人間として動くことを決めたということを示していた。
「急ごう、神国へ」
そう呟くと、遠くの空を見つめ、魔力を制御し複数の魔導回路を組み合わせて1つの式を作り上げる。
「超高速飛行路」
力ある言葉を口にすると同時に、少年は凄まじい速度で空を駆け抜けていく。それは、通常の魔法とは全く違う、近代魔法学の作り上げた新しい形の魔法だった。
本来、飛行魔法はそれほどの速度は出ず、宙に浮き、自由に移動することができる程度、速度は精々時速100Km程度しか出すことはできない。これには、人間の限界値が関わっている。
もしも、高速で移動するとすれば、飛行魔法に追加で複数の魔法を組み合わせる必要が出てくる。
まずは、風や爆発の衝撃など速度を上げる力。それと同時に、速度が上がれば上がるほど人体に与える衝撃と風圧が問題となる為、それを抑制したり防いだりする力。また、高速移動を行う為の視界を維持するための魔法や、途中で自在に進む方向を変える力など、多くの魔法を重複して使用する必要がある。また、高速であればあるほど、体感温度は下がり、同時に下がってしまう体温を維持する必要もあり、また呼吸を補助しないと窒息してしまう。普通に考えただけでも恐ろしい程多くの魔法を同時に使用する必要がある。
これらの理由から、本来は速度を出すことができない飛行魔法だが、複数の魔法を連結して使用することで、本来とは違う効果を及ぼす方法がある。それが、近代魔法と呼ばれる複合連結魔法であり、超高速飛行路は、その中でも最も恩恵を受けている魔法の1つである。全ての魔導回路を重複連結させることで、同時発動させて制御するという魔法学を応用することで作り上げられており、使用する魔力量や制御能力にもよるが、少年ほどの腕前であれば、自分だけなら音速をも超える速度が引き出せる。
「もうすぐ神国へ……」
辺りの景色を確認しながら進む少年は、山や海などの地形を確認しながら、自分の居場所を確認していた。時代が進むにつれ景色は変わり、少年がいた時代では、街は大きく、森は小さくなっているが、山や海の形が大きく変わることは無い為、頭の中にある世界地図とすりあわせることで、大まかな場所を把握していた。
それは同時に、少年が一度も足を踏み入れたことのない神国へと、自分がやってきた事を示していた。
「ここが、大神殿の本拠地がある神国ファンデル、そしてその王都ファンデル」
ゆっくりと速度を落とすと、王都ファンデルの上空へと辿り着いたところで停止して、体を空中に浮遊させる。そして、少年は王都の姿を見つめながらそう呟いた。
少年が見下ろした王都ファンデルは、少し見慣れない形をしていた。
中央に王城、それを取り囲むように城壁、そしてその周りには城下町が並び、一番外側に防壁がある。一般的な城塞都市の構造と思われたが、この神国王都は異質な形をしていた。防壁の外側、南西にある大きな門を中心に大きく城下町がせり出すような形で構築されている。言い方は悪いが、城下町の一部が守れず放り出された形だ。
「昔の王都は随分と不思議な形をしてたんだな」
少年の見た事がある世界地図では、神国の首都はしっかりと囲まれた形を取っていたが、この時代ではこの様な形を取っていたのだと知ると、少し新鮮な気分になる。歴史を研究してきた者として、自分の知らない歴史が見つかることに、少しだけ嬉しく感じてしまっていた。
「いやいや、そんな事考えてる場合じゃ無い」
少年は頭を左右に振って、気分を切り替えると、妙な形をしている城下町へとゆっくりと降りていった。そこには、結構な人が行き交っており、人々は、急に降りてきた少年を珍しそうに眺めていた。できるだけ目立たない様にと防壁の外に降りたのだが、それでも魔導師というだけで目立ってしまうのは、この時代仕方ないのかもしれない。
「とにかく、今はアレのことを知らせないと」
少し気まずさを感じながらも、少年は小さく呟くと、すぐさま王都の大通りを走り出した。上空から見たおかげで、王城へと向かう道筋は大体把握できている。そのため、迷うことなく、大通りを王城へと向かって駆けていく。
とはいえ、そのまま王城へと乗り込むことはできない。そもそも、一般人である自分が王城に入れるなんて考えてはいない。今やるべき事は、城壁のそばに見えた建物の中にあるであろう、騎士や兵士達の詰め所へ行き、聖獣の復活について知らせることだ。少年の知る歴史では、自警団員の団員が知らせたとあるが、絶賛戦争中の帝国にある村の人間を王城に入れるなんて、普通に考えればあり得ない。ならば、歴史上で聖獣の復活を知らせた自警団員も同様に、神国の騎士に復活を告げることで事態を知らせたはずだ。
そう考えた少年は、詰め所があるであろう場所へと向かっていた。
「あれか……」
城壁近くまで走ってきた少年は、城門の所に立っていた兵士と、近くの大きめな建物の入り口に立つ兵士を交互に見て確認すると、大きめな建物のほうへと駆け寄った。そこが詰め所であると考えたのだ。
「? ……どうした?」
そんな少年が走り寄ってくると、建物の入り口で門番のように立っていた兵士が、少年に声をかけてきた。それを確認すると、わざと肩で息をしながら立ち止まると、少年は何度もはぁはぁと呼吸を整えるフリをして見せた。
「おっ、お願いです、偉い人に知らせてください。せっ、聖獣が復活しようとしています」
あえて焦っているかのように見せると、少年は必死なフリをしながら、その兵士に訴えかけた。しかし、その兵士は、冷めた表情で少年の頭に手を乗せると……
「はいはい、わかったわかった、聖獣が復活しそうなのは大変だな」
そう言って、少年に向かってシッシッとあっちに行くように手を振って見せた。まぁ、少年もそういう反応をされることぐらいは予想していた。普通に考えて、聖獣の復活などあり得ない、しかも、神国の王都だ、そこに走ってきた少年の言葉など、悪戯程度にしか考えないだろう。
「違うんです、本当なんです! 私は、ヒースデイル北西にあるヨーデル村の自警団に所属している団員です。聖獣が空間の歪みから顔を出している所を確認したんです!」
自身がヒースデイルの住人である事を話すと、兵士の表情が僅かに変わる。当然、現在戦争中の相手国の人間だという少年に、あらゆる疑いを向けているのだろう。それを理解した上で、少年は言葉を続けた。
「お願いします! 誰でも良いので偉い方に……いや、ヒロ様に知らせてください!」
信頼を得るために、勇者様の名を告げた。少年が歴史学を修めていく中で幾度となくその名が出てくる人物、世界を救った伝説の英雄、二代目勇者ヒロ、彼の名を挙げれば少しでも違った反応が出るはずだ。実際に知り合いではないが、勇者の名を挙げれば何か……
「お前、なんで……っ、隊長! オーガン隊長!」
しかし、その兵士の表情は、想像よりも遙かに困惑した様な表情に変わっていた。そして、すぐさま後ろの扉を開くと、大声で上官の名を呼んでいた。
「どうした?」
大声で呼ばれた人物は、建物の中から出てくると目の前に立っていた少年を見下ろした。そして、実際に自分を呼んだ兵士の方へと視線を移す。すると、兵士は少し焦ったような表情で、話し始めた。
「こいつ、ヒロ様のことを知ってるみたいで、ヒロ様に知らせてくれって。聖獣が復活しようとしてるなんて言ってるんですが……」
「ヒロ様を?」
オーガンが表情を曇らせると、少年をにらみつけてきた。
当然、少年には何がなんなのかわからないが、勇者の名は大きな影響があった様子だと思い、まっすぐに彼の目を見つめ返した。
「小僧、ヒロ様のことをどこで知った?」
「えっ?」
少年は、予想外の問いに、思わず疑問符で答えてしまった。伝説の勇者、それを知らないはずはない、この時代でも皆に憧れられる英雄のはずだと思いその名をだしたが、何か違うのか? 少年には理解できず、逆に困惑してしまう。
「ヒロ様のことを何故知っている?」
一歩、歩み寄って間合いを詰めてくるオーガンに、少年はさらに混乱してしまった。そして、思わず口にした言葉は……
「だって、ヒロ様は帝国を解放し、世界を救ってくれる英雄だから、みんな知ってるんじゃ……」
村人らしい言葉を選んで、そう答えていた。しかし、それはオーガンにとっては、予想外の回答だったのか、一歩後ろに後ずさると、今度は真剣な表情で少年を見つめ返してきた。
「お前達には、そう見えたのか……」
何を言ってるのかわからない。勇者といえば、世界を救う英雄だろうと思うが、何か違うのだろうか? 少年の中の勇者は、もしかすると随分美化されているのかもしれない。歴史の中で、かなり着色されているのかもしれない、そう思いながら、何か間違ったことを言ったかもしれないと感じた少年は僅かに視線を下にそらしてしまった。
歴史上では、勇者は世界を救った英雄だ。しかし、意外に問題児で、色々後世に残せないエピソードなどもあるのかもしれない。そう考えると、もっともらしいことを言ってしまったのは、間違いだったかもしれない。だとすればどう補填するか、少年は必死に考え始めた。
「わかった、少年、お前さんの名前は?」
必死に悩む少年を置いて、オーガンはその名を尋ねた。
「わっ、私は、シャロック=ローレックと言います」
「よし、ローレック、ついてこい」
そう少年に告げると、オーガンは城門の方へと走り出した。それを見送ろうとする少年だが、少し離れた所まで行ったオーガンは、振り返ると……
「何してる? 早く来い!」
「えっ? 中に?」
予想外の展開に、思わず問い返すと、さっきまで対応してくれていた兵士が、背中をバンッと叩いてきた。
「ほら、早く行けって!」
押し出されるようにして、少年はオーガンを追うように走り出した。
帝国の人間が、こんなに簡単に入って良いのか、そしてヒロ様の名を出したことが正しかったのか、まったくわからないまま、少年は歴史に流されるように、神国の王城へと足を踏み入れた。
それは、少年も予想だにしなかった、見当違いの道標だった。
To be Continued...




