第四話「歴史という名の道標と標なき旅の始まり」 その2
時間旅行というものは、あらゆる矛盾によって構成されている。それを埋めるように、あらゆる理論が生まれ、まるで正解のように語られていく。しかし、それは全て空想や理想である事を忘れてはいけない。なぜなら、実際に時間を遡る術など無いのだから……
少年は、焦点の合わない瞳で、視線をふらふら漂わせていた。
「大丈夫ですか、魔導師様?」
老人は、自分の言葉を聞いて顔面蒼白になった少年に、心配そうに声をかけていた。しかし、少年にその言葉は届かなかった。いや、少年がその言葉を聞く余裕がなかったというのが正しいだろう。
歴史書に記されていたことが、間違っていたということはよくある話だ。別の方法で知らされた可能性はある。
聖獣の犠牲になった村も記されていなかったが、避難をしなければ、この村は聖獣の犠牲になるだろう。それも、後の歴史書を作成する段階で、不都合だった為、改ざんされたのかもしれない。歴史なんてものは言い伝えだ、何が本当かなんてわかるはずもない。なんせ、実際に見たわけではないのだから……
けれど、少年はそこにいる。実際に見ている。本当がこれだったのか、それを判断できる状況に立っている。しかも、自分が過去に来たせいで、大きくねじ曲がった過去かもしれないという可能性を秘めた状況でだ。
「嘘だ……僕は、変えてしまっているのか?」
過去に未来の人間が何か干渉する事で、過去が変わり、未来が変わる、そんなSF小説はいくらでもある。過去にやってきた時点で影響が出ていてもおかしくは無いだろう。けれど、普通に考えれば、過去が変われば自分の存在も消滅してしまう、そこから別の未来線が生まれるなど、色々な可能性を描いた物語や論文が存在する。しかし、それは全て空想であり、理想であり、幻想である。なぜなら、実際に過去に行くことなど、物理的に不可能なのだから。
その根底にある不可能を、少年は今、ねじ曲げて実現させてしまった。それは、あらゆる可能性が乱立する状況、これが真実なのか、それとも変えられた過去なのか、正解が全くわからない、だからこそ、少年は混乱していた。
「歴史が違うのか、それとも僕が原因なのか、どうするのが正解だ?」
ゆっくりと膝をつき、少年は顔を両手で覆いながらうずくまった。
しかし、時間は刻一刻と進んでいく、聖獣の復活と村人の危機、それに伴う歴史の変化と未来への影響、全てが少年にのしかかってくる。だからこそ、少年はうずくまって必死に自分に言い聞かせていた。考えろ、考えろと……
「大丈夫ですか、魔導師様、どうなさったのですか?」
老人は、崩れ落ちて地面にうずくまる少年を心配し、少年の両肩に手を当てて尋ねてくる。それを見ていた、他の村人達も次々と集まってきた。
「大丈夫か、若いの? どこか痛いのか?」
「気分でも悪くなっちゃったのかい? 大丈夫?」
いつの間にか、少年の周りには数名の男女が集まり、少年を心配し声をかけていた。しかし、少年には、彼らの声は聞こえていなかった。ただひたすらに、自分が置かれている状況と、その打開策を考え続けていた。
まず、少年が知る歴史では、自警団の魔導師が、神国にいる二代目勇者に聖獣Oukatrosの復活を知らせ、無事封印することに成功する。その際に、どこかの村が犠牲になったなどの記録は残されていない。ならば、ここにいる人々は、無事逃げ切ったことになる。しかし、自警団も魔導師もいないこの村から、誰が情報を持って知らせに向かい、誰が聖獣の復活を知らせて彼らを逃がしたのか、全くわからない。歴史の中には、都合が悪いことを書き換えることはあるが、全部が全部、偽りというのは考えにくい。
「あのっ、つかぬ事を伺いますが、この付近に村や街はありますか?」
地面にうずくまっていた少年は、ゆっくりと顔を上げて、周辺にいる大人達にそう尋ねた。
それは、少年にとって残酷ではあるが、最後の希望でもある答えだ。もしあるとするなら、この村は犠牲になるが、他の村があり、そこから情報がもたらされ、犠牲はこの村だけで済む結末だ。都合が悪い犠牲は消され、歴史は勇者の美談として記される、そういうことかもしれない。
「いや、この辺には、村も街もないぞ。山を越えた後、海辺まで進んだ所に、港町があるくらいだ」
少年を心配して声をかけていた大柄な男が、さらりと答えてくれた。同時に、少年の理想的な計算は、物の見事に打ち砕かれた。もはや何が歴史だったのかわからない、何一つ歴史書に記された通りのものが無い、まるで自分が知る歴史が全部書き換えられているかのように思えた。
「ははっ、僕のせいか」
思わず乾いた笑いがこぼれ、少年は、そのまま空を見上げて涙をこぼした。ここまで歴史が違うのであれば、これは少年が起こした時間移動による影響で、大きく歴史が変わってしまっている可能性が考えられた。
本来であれば、大きく歴史が変われば、自分は一体どこから来て、存在はどうやって確立しているかわからなくなる。そうなると、自分自身が存在しなくなることも考えられるはずだが、世界には多くの世界線があり、いくつものパラレルワールドが存在するなどという意見もある。もしかすると、それが正しく、タイムパラドックスも無視して、自分が起こした影響で大きく歴史が変わっても、自分自身は別の世界線からやってきたため、影響がないのかもしれない。自分はそんな状況へと辿り着いてしまったのかもしれない、そう少年は考えていた。
「おっ、おいっ? 本当に大丈夫か?」
自分が答えた言葉が、少年をさらにおかしくしてしまった為、男は少し動揺しながら、もう一度少年を呼びかけるが、もはや、その言葉が少年に届くことはなかった。
少年は、自分が起こしてしまった事態に絶望していた。もはや、修正しようもない、たとえパラレルワールドだったとしても、聖獣は復活し、村は消え、勇者と聖獣の戦いが始まるだろう。多大な犠牲を払い、それを生み出したのは自分である。もう歴史は、自分の知る流れとは違う。そう諦めかけたとき、ふとした言葉が耳の奥で聞こえた。
『変えるんやろう?』
一瞬、身体が震え、辺りを見渡した。そこには、数名の村人達がいて、心配そうに少年に声をかけてくれていた。当然、あの声の主はいない、わかりきったことだ。しかし、確かに少年には聞こえた気がした。だからこそ、少年は改めて頭の中で流れていくあらゆる事象を止めて、自分がやるべき事を考え始めた。
少年がやることは1つ、光ノ五封剣を手に入れ、未来へと持ち帰り、再び聖獣Mariaを封印する。それは、大きく歴史に干渉する事だ。それをやり遂げると決めたときから、大きく過去に干渉することは理解していた。突然のことで驚きはしたが、過去に干渉すればあらゆることが考えられるぐらい覚悟していたことだ。
「ダメだ、このまま絶望に流されちゃ」
小さく呟くと、少年は再び視線を先ほど話していた老人へと向けた。同時に、この村の今の状況と、自分が知る限りの歴史を重ね合わせていく。自警団による避難、そして、魔導師による神国への連絡、それらを何らかの形で行わなければならない。そうしないと、歴史が……いや、ここの村人達やこの時代の人たちに犠牲が出てしまう。それこそが問題、少なくとも少年は、人の命が一番大切だと理解している。
少年は、大きく息を吸い込むと、思いっきり吐き出して深呼吸をした。そして、覚悟を決めた。
「皆さん、よく聞いて下さい。これから話すことは、嘘でも冗談でもありません。どうか信じてください」
改めて真剣な表情で少年は語り、ゆっくりと立ち上がり、再び先ほどの老人の方へと向き直った。
「ここから南西に少し行った広い原っぱに、聖獣が復活しようとしています」
そう語る少年だが、村人達は、先ほどまでの少年とは大きく違うことに動揺してしまう。そんなことを気にしている時間は無く、少年は大人達の理解を無理矢理追いつかせる方法を考えた。
「ファイアボール」
突然、空へ手のひらを掲げると、魔法を発動させて上空へと大きな火球を飛ばして見せた。そして、次の瞬間……
「!?」
そこにいた全員、周辺にいた村人全員が、思わずひざまずく程の威圧感を伴う奇声が辺りに響き渡った。何かの魔獣の声だと、誰もが理解し、同時に押しつぶされそうな威圧感が辺りを包み込む。
「こっこれは?」
「聖獣Oukatrosです」
老人が声を震わせながら問うと、少年はすぐにそう答えた。そして、老人の両肩を掴むと、そのまま少年は話を続けた。
「緊急事態です、皆さんは、できるだけ急いで避難してください。大変かもしれませんが、先ほど教えてくださった港町へと向かうんです」
全員の表情から血の気が引いている、それほどの威圧感と心の奥底から恐怖が湧き起こる奇声、それが彼らの心を掴んで逃がそうとしない。それを見た少年は、思いっきり息を吸い込むと、大声を上げた。
「大至急避難してください! 先ほどの声は、魔獣です! しかし、まだ半身が封印されていて、身動きが取れません! 今のうちに避難してください!」
周辺に響き渡るほどの大声で少年は叫ぶと、周りにいた大人達にも、お願いします、と何度も声をかけた。
「まっ、魔導師様は?」
「私は、これから神国へと向かい、この状況を報告します。できるだけ早く知らせて、対処しないと取り返しがつかなくなるかもしれません」
老人の問いに、すぐさま答えると、少年は再び浮遊魔法で空中へと浮かび上がった。
「それと、この村の名前を教えてもらえますか?」
「こっ、ここはヒースデイル山脈の北にある山間の村、ヨーデルと申します」
老人の答えを聞くと、少年は礼を告げた。
「ありがとうございます。そして、無責任なお願いですが、どうか生き延びてください。神国が動いてくれれば、きっと聖獣もなんとかなるはずです」
不安げな老人の表情が気になるが、少年はその思いを振り切るように、そう告げるとすぐさま聖獣が見える位置まで上昇していく。できるだけ見つからない様に、慎重に高さを調節してその姿を確認すると、先ほどよりも僅かに顔が空間の切れ目からはみ出してきたOukatrosの姿が見えた。それを確認すると、すぐさま高度を落とし、村人達が避難を開始している姿を見て、大きく息を吐いた。
少年は、選択したのだ。あらゆる可能性があり得るこの状況の中で、自分が学んできた歴史というモノを信じるのだと。そして、その歴史に記されてきた流れを辿る為に、足りない役割を自分が補填することで、変わってしまったかもしれない歴史を、自分の手でもう一度近づけていく方法をとることにしたのだ。
「やるしか無い、わかっていたことだ、僕が過去に干渉すればどうなるかわからないことくらい。変えるんだ、運命を……」
グッと拳を握りしめ、少年は決意した。今、この時より、過去の人間としてこの世界に干渉し、自分が知る限りの歴史を辿るように、自分は歩き始めるのだと。
それは、歴史という名の道標を自ら辿る不思議な旅……
正解の見えない、綱渡りのような危険な旅の始まりだった。
To be Continued...




