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第四話「歴史という名の道標と標なき旅の始まり」 その1

 過去というものがあるとするなら、それはどれだけ理解できるものなのだろうか。書物に記された過去、言い伝えられた過去、それを今の人々が繋ぎ、未来へと伝えてゆく。けれど、それは本当に過去なのか、人はそれを理解することはできない。




 静かな森の中、木々の間から太陽の光が差し込む木陰に、少年は倒れていた。そして、ゆっくりと瞳を開けると、状況を捉えられず、キョロキョロと辺りを見渡して、自分の置かれた状況を考えていた。

 どれくらい眠っていたのか、それとも一瞬だけなのか、それはわからない。けれど、少年にはそれほど長い時間には感じられなかった。自分が眠っていた感覚がなかったのだ。


「ここは……一体?」


 少年の記憶には、フェイと共に研究室にいて、彼が命を代償に自負魔法(じふまほう)を使用した後、リバース=エンドが動き出した所までは残っている。しかし、その先が全く思い出せなかった。


 そんな中、少年がふと自分の右手に小さな腕輪がつけられているのに気づいた。自分の持ち物ではないそれに触れると、ふわっと光り、リバース=エンドの操作盤と同じような光の映像が右腕の上に浮かび上がった。


「なんだ、これは? リバース=エンドか?」


 その内容を1つずつ確認しながら、自分の置かれている状況を分析していく。

 リバース=エンドは、座標軸と時間軸を設定し、その場所と時間に移動する魔法だと考えていた。それらは全て操作盤に記されており、そこを変更することができるのだが、表示は全て古代語のため、全く読めない。しかし、フェイによる事前の研究で、座標軸の表記と今の地図と照らし合わせたものも解析済みで、時間軸についても大地歴で何年になるか、ある程度予測がついていた。


「この数値だと、僕たちがいた2158年から634年前……だとするなら、大地歴1524年くらいか」


 少年が自分で設定した時間ではない、となれば、おそらくは最初から、もしくはフェイが操作して設定された時間軸だろう。しかし、それが本当にその時代なのか、それとも、ただの瞬間移動で2158年のままなのか、今の少年にはわからなかった。

 そう、その次の瞬間までは……


「座標軸から考えると帝国の北西辺り、少なくとも移動はできて?!」


 そこまで呟いたところで、身体が凍り付くかと思うほどの恐怖が少年を包んでいた。押しつぶされる様な感覚、しかし、物理的に行われているわけではなく、魔力や闘気で押しつぶされるほどの強力な圧力を加えられている状況に、少年はさらに混乱してしまう。

 ただでさえ、自分が置かれている状況がわからない中、信じられないほどの圧力、しかも、少年が知る限りでは、あり得ないほどの力だ。真聖騎士(しんせいきし)クラスである父の闘気や、異常な量を持つフィズの魔力とも比べものにならないほどの量が感じられ、脳に情報が入り込んでくる。三半規管(さんはんきかん)が狂うような感覚に襲われ、強制的に胃の中から食べ物が遡上してくる。


「げほっげほっ!」


 抵抗する暇も無く吐き出した少年は、意識を保つ為に目一杯、闘気を纏い守りに徹することにした。そして、感じられる膨大な魔力と闘気の方角へ視線を移したが、深い森の中で、そこには何も見えなかった。


「フライ」


 木々のせいで見えない何かを見つけるため、力ある言葉を口にすると、魔法を発動させて宙に浮かび上がった。そして、勢いよく上空へと飛び立つと、20mほど上がったところで、ピタリと停止した。そして、魔力と闘気の元凶を探そうと、視線を動かそうとした瞬間だった。


「っ!?」


 突然、肺が掴まれる様な痛みを感じ、身体が勝手にギュッと小さく縮こまろうとしてしまった。魔力を維持しつつ、闘気を思いっきり放つと、なんとか抵抗できるものの、今までに感じたことのない恐怖が自分自身を包んでいた。

 そんな中、視界の端に見えたのは、1つの視線、まるで人間を思わせるような巨大な目が少年を見つめていた。それがなんなのかわからなかった。けれど、魔獣や人であるはずがない。そう考えたとき……


聖獣(せいじゅう)……」


 そう呟くと同時に、体中が震え出す。小さく小さく震え、恐怖が自分を包んでいくのがわかる。これは、人間が対抗できる存在じゃないと本能が認識してしまう。ただひたすらに、押しつぶされる様な魔力と闘気の圧力、クラクラするような不思議な感覚に耐えながら、少年は自分の知識をフル回転させた。


 少年は、歴史学を専攻してきた。学院でも博士号を取れるほどに、その道を探求してきた。その知識をフル稼働させて、あれが聖獣である可能性を洗い出していく。

 実在する聖獣は2体、聖獣Oukatros(オウカトロス)と聖獣Maria(マリア)だが、どちらも復活するのはまだ先のはずだ。Mariaの封印崩壊は5年後と聞いている、ならこれはMariaじゃない。しかし、Oukatrosであれば、その復活を中央政府が見逃すはずが無い。

 では、視点を変えて考えてみる。歴史上で聖獣の封印が解けたのは2回だけだ、初代勇者の時代に封印が解かれ討伐された双頭の聖獣Cerbeus(ケルベウス)、二代目勇者の時代に封印が解けかけ再び封印された猛牙の聖獣Oukatros、この2回以外に聖獣の復活は記録されていない。


「1524年……」


 そこまで考えた時に、リバース=エンドと思われる光の映像、そこに記されていた数値を思い出した。それは、少年がいた時代である大地歴(だいちれき)2158年から634年前、大地歴1524年だ。その年に起きた歴史的事件を考えたとき、少年は体中の血の気が抜けていくような感覚に襲われていた。

 彼が見てきた歴史書にあった事件、それは、帝国(ていこく)ヒースデイルの反乱と聖獣Oukatrosの復活、二代目勇者による聖獣封印だ。もしも、目の前にいるのが聖獣であり、リバース=エンドが記した数値が正しいとしたら、同時に少年は本当に時間を遡っていることになる。


「まさか、本当に時空超越できたのか?」


 聖獣への恐怖と、時間を遡ったかもしれないという恐怖、両方が少年に襲いかかり、苦渋の表情を浮かべる。そんな複雑な感情の中、少年は、なんとか制御を保ちながら、ゆっくりと地面へと降りていく。そして、草の上に降り立つと、そのまましゃがみ込んでしまった。


「じゃあ、ここが634年前の世界」


 どこまで真実なのかはわからない、夢でも見ている可能性もある、ただOukatrosの魔力と闘気は異常過ぎて幻や夢で片付けるにはあまりにも不自然すぎた。ならば、ここが過去だと仮定して、それが本当か確かめる方法が必要だ。

 少年は、必死に心を落ち着け、Oukatrosの重圧に抗いながら、考えを巡らせていった。

 自分が大好きだった歴史学、その引き出しを開き、聖獣Oukatrosの復活について記録されていた資料を思い返していく。そこには、復活が確認されたのが帝国の山間部であり、そこにある村の自警団員が神国(しんこく)ファンデルへ復活を知らせたと記されていたことを思い出した。


「この付近に村があるはずだ、そこに行けば何かわかるかもしれない」


 そう呟くと、ゆっくりと立ち上がり、少年は再びフライの魔法を唱えて上空へと舞い上がった。

 先ほどより低い高度で停止すると、チラリと視線をそちらに向ける。そこには、空中にできた異様な黒い亀裂から顔の半分をはみ出させているOukatrosの姿があった。今度は、警戒していた為か、あちらが少年に気づいた様子は無く、少年は逃げるようにOukatrosが見えなくなる場所まで移動してから、周辺を見渡すと、すぐさま煙が上がっている場所を見つける事ができた。


「まだ魔導科学が発展していない頃か」


 そう零しながら、少年は急いで煙が上がっている場所へと向かうと、いくつもの家が並ぶ集落が見えてきた。

 少年がいた時代とは違い、木造の家が並ぶ古い街並み、魔法で炎や光を作るのではなく、薪を燃やして火をたくためか、複数の家から煙が上がり、少しノスタルジックな気持ちにさせてくれるような、小さな村だった。


 少年は、そこへ向かってゆっくりと降りていき、村の中央を横切っている小川のそばに降り立った。辺りを見渡すと、村人達がこちらを見ているが、時代背景を考えると、それもそのはずだ。この時代は、まだ魔法が使える者が少なく、魔法が使えない者でも魔法が使用できる魔道具も作られる遙か前だ。きっと、見知らぬ魔導師が降りてきたと、少し警戒をしているのだろう。

 そう少年は判断すると、まずは村の自警団の場所を探そうと周りを見回した。少しでも早く自警団に知らせて、村の人々を待避させないといけない。それに、神国へと知らせに行く必要もある、聖獣Oukatrosが、あそこまで復活している以上、時間の余裕はないはずだ。


「もし、旅のお方」


 そんなとき、ふと後ろから声をかけられて、少年はふと振り返ると、そこには年のいった老人が立っていた。優しげな表情で少し笑みを浮かべながら、少年に話しかけてくる。


「魔導師様とお見受けしますが、どうされました?」


 そう話しかけてきた老人に、少年はゆっくりと自分を落ち着かせながら話し始めた。


「じっ、自警団はどちらですか? いっ、急ぎ知らせたいことが、あっ、あります」


 さっきの恐怖が完全に抜けきれず、どうしても声に震えが混じりながらも、少年は老人にそう尋ねた。しかし、老人は少年の期待とは全く違った回答を返してきた。


「自警団ですかな? この小さな村には、そのようなものはございません」


「えっ?」


 思わず、間抜けな声で聞き返してしまった。それに、老人はもう一度、自警団が無いことを優しく答えてくれた。しかし、それは少年の予想とは全く違う方向へと向けられた答えだ。自警団が無い、そんな事はあり得ない、歴史書には村にいた自警団の団員が知らせたと記録されていた。それが、少年のいた時代の常識であり、学園で学ぶ歴史学の教科書にも記されていることだ。


「じゃっ、じゃあ、誰か魔導師はいませんか? しっ、至急、神国へ知らせに行って欲しいんです!」


 そこで思考が止まりそうになるのを必死に堪え、少年は別の方向性で考えをまとめていく。それは、自警団は存在せず、村にいた魔導師が知らせた可能性だ。後世に伝えられる時に、僅かな脚色や間違いで伝わっていく歴史は多い。もしかすると、自警団という言葉は、後々伝えられていく中で付け加えられたのかもしれない、そう考えたのだ。

 しかし……現実は違った。


「何があったかはわかりませんが、申し訳ない。魔導師様、この村には魔法が使える者はおりませんじゃ」


 その言葉を聞いて、少年はまた、血の気が引いていくのがわかった。何が起きているのかわからない、何故、自警団がないのか? 何故、魔導師がいないのか? 帝国から神国へ向かうには、魔法なら数刻だが、徒歩での移動となれば1ヶ月以上かかってしまう。それでは、あの聖獣の復活に間に合わない、どうやって神国へ知らせ、二代目勇者に再封印を行って貰ったのか、わからない。


 少年は、自分が知る歴史と違う現実に、戸惑うことしかできなかった。

 そう、今このとき、標のない旅が始まっていたのだ。






To be Continued...

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