第三話「呪われた魔法と研究の行く末」 その2
少年が凍てつく大地へ来て、およそ半年が過ぎた頃、季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。2人での研究が始まり、お互いになれ始めた頃、少年達の研究は1つめの壁にぶつかっていた。
「第64回、稼働実験を開始します」
少年の声にフェイが頷いて応えると、少年はリバース=エンドの前に並ぶ操作基板を動かしていく。いくつものスイッチを操作し、そのたびに、魔力が流れが変わり、巨大な時計を取り囲む小さな時計達が動き始めた。
「第一ブロック稼働、第二ブロック稼働」
動き出した装置の順に、フェイが状況を口に出して報告する。そして、その途中で・・・
「第六ブロック・・・」
そこまで口にした所で、稼働していた時計や装置が、一気に止まってしまった。
「やっぱりここまでですね。何がダメなんだろう?」
中央の巨大な振り子時計以外が止まったリバース=エンドを見上げながら、少年は小さくため息をつきながら言葉を零した。
そう、この実験の失敗は今始まった訳ではない、この第六ブロックで躓くようになり、既に50回以上の稼働実験を行っていた。魔導回路を見直したり、各種配線を繋ぎ変えてみたり、魔法式まで切り替えて実施してみたが、残念ながら、希望通りの結果を得ることはできなかった。
「魔導回路やとは思うんやけどな、こっちで用意した回路と魔法式やと、どうしても上手く全ての装置に繋がっていかへん」
フェイも、お手上げのポーズをしながら、勢いよく近くにあった椅子に腰を下ろした。そして、ぐったりと手足を垂らして、やる気を完全に失ってしまった。
「そもそも、このリバース=エンドという魔法自体が特殊なんですよ。古い封呪でありながら、現代で使用されている科学と魔法の融合と同じ構造、魔力の流れを、電子回路のようにコントロールして、その中で細かな動きを魔法式で調整するなんて、現代の魔法科学でもかなり高度な技術ですよ」
「せやな、魔法と科学の融合、魔法科学の最先端技術でもここまで細やかなコントロールはせえへんのに、この封呪はそれを成し遂げとる。一体、これを作った魔導師はどんな化け物やったんや?」
そこまでフェイが話すと、2人は再び大きなため息を零して肩を落とした。研究が行き詰まった研究所というのは、なんとも寂しいもので、ここ1ヶ月ほどは、この状態が続いてしまい全くと言って良いほど進展がなかった。
「そういえば、シャロック、親父さんから定期連絡が来てたで。今のところ、聖女計画の進展は無いそうや」
これ以上、リバース=エンドについて話すのは精神的に良くないと判断したフェイは、今朝届いた中央政府の資料の内容について話し始めた。
「現状、最高審議官候補の聖女は、大神殿に幽閉されとる感じみたいや。よくもまぁ、聖女に対してそんなことできんなぁって思うわ」
フェイの言葉に、少年の表情が僅かに曇った。それを見て、フェイは慌てて言葉を続けた。
「いや、現状、しょうがないことやってのはわかってるで、シャロックが助けようと頑張ってんのも知っとるし。せやけど、大司教統括が言うとることとはいえ、他のお偉いさん方が反対しそうなもんやけどな」
「そうなんですが、何故か、現行のロキュア大司教に統括が代わってから、大神殿が一枚岩というか、ロキュア大司教の派閥以外が殆ど統合されている様なんです」
少年がフェイの言葉に応えるが、そこには疑問の色が見え隠してしまう。少年も、その疑問はずっと抱いていたことだ。なぜ、この様な暴挙がまかり通るのか、この時代にだ。
「ロキュア大司教って何者なんや?」
フェイの当然の質問に、少年も下唇を噛んで少し悩んでから、話し始めた。
「それが、何もない普通の方なんです。ペジェンド王国生まれの一般人で、20代で大神殿に入り、その後も普通に布教活動を行い、最終的に周りからの推薦もあり大司教へ就任。それまでの経歴は全く普通の信徒で、何もおかしい箇所が無く、支持者も多い良い大司教だったそうです。それが、数年前に聖女を使った自負魔法計画を立案し、強行するという暴挙に出ています」
少年がそこまで話すと、フェイは天井を見上げて考えながら、ぼそぼそと話し始めた。
「普通なら、この暴挙を口にした時点で、他の司教達からも止められそうなもんやけどなぁ」
「そう思うんですが、何故か大神殿側は、その案を全面的に支持してしまい、止める者はいなかったそうです」
フェイの呟きに少年がそう答えると、フェイは横目で少年の方を見た。そこには、少し暗い雰囲気を漂わせる少年の姿があった。
「まぁそれで、シャロックがリバース=エンドを使うて、五封剣を集めることになったわけか・・・聖獣の復活が近づいとるとはいえ、随分と中央政府も無茶な手段を強行したなぁ」
事情を全て聞いているフェイは、改めてため息を零すように話した。少年もまた、言葉を紡ぐこと無く、ため息を零すことで答える。行き詰まった空気が、さらに重くなるような世間話に、2人とも次の言葉を無くしてしまっていた。
そんな沈黙の中、ボーッと思い思いに天井や振り子時計を眺めていると、突然フェイが両膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
「あかん、これじゃ何もすすまへん」
突然の言葉だったが、少年もその意見には賛同し立ち上がった。
「何か気分転換でもしないと、新しい発想なんて出ない気がしますね」
手にしていたファイルを装置の上に置くと、少年は少しだけ気合いを入れて、フェイに話し始めた。
「少し外の空気でも吸いに行きませんか? ちょっと寒いですが、頭を冷やせば、ちょっとは良い案が浮かぶかもしれませんよ?」
「それや!」
少年がそこまで話した所で、言葉を遮るようにフェイが大声を上げた。突然のことに、驚きを見せる少年に、フェイはニヤニヤと笑みを浮かべながら、歩み寄ってくる。そして、少年がどうしたのか尋ねると、フェイは食い気味で答えていた。
「面白い物を見せたる、探検に行こうや!」
何を言い出したのかわからなかった少年は、怪訝そうな表情で、フェイを見上げた。
「せっかく、こんな北の外れまできたんや、この半年近く、研究所とその周辺をうろつく程度、それじゃ勿体ないやろ?」
フェイの言葉に、別に遊びに来ている訳ではないので、と答えそうになるが、敢えてその言葉を飲み込むと、少年はフェイに尋ね返した。
「じゃあ、どこに行けば面白い物が見られるんです?」
「ついてこいや!」
その言葉を待っていたとばかりに、フェイは満面の笑みで答えた。
少年とフェイがコートを着込んで研究所を出て10分ほど歩いた頃、2人は北西の岬へとやってきた。
「あれが、氷の島?」
少年がそう尋ねると、フェイが嬉しそうに頷いて答えた。
2人の目の前には、冷たい海が広がり、その先には数日前まではなかった真っ白な島が見えていた。
「そうや、あれが永遠に溶けへん氷の島、白氷島や」
フェイが、真っ白な島を指さしながら、島の名を告げる。
確かに、少年も名前や存在は知ったいた。教科書などに記されているため、学院を卒業した者であれば大体誰でも知っているが、実物を見るのは初めてだ。世界で唯一、浮いた氷が海を漂い、島を成す、なんとも不思議な島だと聞いていたが、実際に見てみると想像を超える景色だった。
そもそも、氷といっても、小さな塊などではない、右から左まで、地平線が見えなくなるほど巨大な島なのだ。それが全て1つの氷でできており、秋から春にかけてウォータランドの島々から見える所まで南下してくるのである。暖かくなると、海流によって北に押し上げられ、北極点へと戻っていく、自然の力を見せつけられる島なのだ。
「初めて見ました、あんな巨大な島が浮いて、しかも流されてくるなんて」
少年の呆気にとられた表情に、隣に立っていたフェイが満足げな表情を浮かべて答えた。
「まぁ、不思議なもんで、あの島はその殆どが浮いてんねん。あの島の質量は、ほぼ上に出とる部分のみで、海の中には殆ど氷は無いのに、なんでか沈まへん。普通に考えれば、あれだけ質量と大きさやと一定量は水中に沈みそうなもんやし、太陽の光で溶けてしまうもんやけど、そうはならん。おそらくは、あの島のあちこちに眠っとる魔石の力が関係しとるんやろうって言われとるな」
確かに、フェイの言うとおり、大きさだけで言えば、あのサイズの氷の塊が全く沈まないのも不思議な話だ。
「魔石ですか、私も聞いたことはありますが、実物は見たことありませんね」
少年は、目の前の壮大な景色を見つめながらそう答えた。
魔法学を学ぶ者なら、その名前自身は知っている者も多いが、実物はそうそう見られるものでは無い。とても貴重な鉱石で、鉱石の中に強大な魔力が閉じ込められており、自然界の中でも、非常に過酷な環境でのみ生み出される物だと言われている。火山の火口や、目の前にある北極点近くの氷の島など、自然界にある魔力が長い年月をかけて鉱石に閉じ込められた物だと言われていた。
「せやから、その魔石を見に行こうか?」
「えっ?!」
思わず驚きの声を上げる少年に、フェイは涼しい顔をして話を続ける。
「せっかくの気分転換や。ワイも魔法は使えるし、騎士クラスのランクは持っとる。それに、シャロックは聖騎士クラスやろ? それなら、何かあっても余裕やろうし、あの島に行ってみようや」
随分と簡単に言うフェイだが、少年も僅かながら興味はある。遊んでいる暇はないのだが、本物の魔石を見れるのであれば、今後の研究にも使えるかもしれない。そう考えると、見に行ってみる事も悪くないかもしれない、そう思えてしまった。
「確かに、僕は聖騎士クラスですが、本当に危険は無いんですか?」
少年の言葉に、フェイが人差し指を左右に振ってチッチッと舌打ちして見せた。
「魔獣はおるけど、大したもんはおらん、騎士クラスでも余裕やで。それに、冒険は男のロマンやろう?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら答えるフェイに、少年は少し呆れた表情をした。まぁ、気持ちがわからないわけでは無いが、大の大人が言う台詞ではない、そう考えると、少年は大きなため息をつきながら彼の言葉に応えた。
「まぁ、少しくらいなら大丈夫でしょう。いざとなれば、高速移動魔法で逃げてくれば良いですし」
「そうそう、ちょっとくらいなら大丈夫や!」
嬉しそうに声を上げるフェイに、少年はさらに呆れながら、腰に下げていた剣を抜くと魔力を込めていく。
なんだかんだ言いながら、研究に行き詰まった自分のために提案してくれているとわかっているためか、少年も素直に付き合うことにした。多少は気になる所でもあるし、という隠れた気持ちは敢えて表には出さないまま。
「フライ」
少年は、詠唱を省略し、一気に術式を構成し、力ある言葉とともに魔法を発動させる。すると、フェイと少年はふわっと中に浮かび上がり、どんどんと上空へと上がっていく。
「さぁ、行きますよ」
「おうよ、いざ冒険の白氷島へ!」
フェイのかけ声に合わせて、少年は魔力をコントロールし、まっすぐ白氷島へと向かって動き出した。大して速度があるわけでは無いが、海の向こうに見える島までは、1分もかからない短い空の旅、そこに待ち受ける想定外の発見を、まだ2人は知る由も無い。
To be Continue...




