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第三話「呪われた魔法と研究の行く末」 その1

 フィズが大神殿(だいしんでん)に連れて行かれて、まだ2日しか経っていない頃、少年は海の上に浮かんだ小型船舶の上にいた。




 遠くにはいくつかの島が見えるが、少年が乗った船はどんどんそこから遠ざかっていく。そこは、海洋連合国家ウォータランドの端、一番北東に位置する世界の果てのような場所だった。


「初めてのウォータランドが、こんな極寒の場所とはなぁ」


 海を眺めていた少年は、独り言を呟いた。


 この世界は大きな4つの国によって構成されている。最も南に位置する神国ファンデル、その北側に陸続きで広がる王国ペジェンド、王国の北西に繋がる帝国ヒースデイル、王国の北東に広がる広大な海に浮かぶ島国達からなる連合ウォータランド。今は4国が互いに協力し、1つの統制組織、中央政府を作り上げているが、昔はこの4国がそれぞれ独自の方向性を持って国を運営していたとされている。


「ウォータランド最北端の島、ペンデュラムか」


 少年が口にした島は、船の進行方向側に見えている真っ白な島だ。しかし、島といっても、北極点が近いため、その半分は氷山で、一年中雪と氷に閉ざされた場所だった。


「あそこに、封呪リバース=エンド研究所があるのか」


 そう呟くと、少年は改めてやるべき事の重大さを噛みしめた。


「リバース=エンドの研究を進め、時間移動を可能とし、5本の聖剣である光ノ五封剣が最後に確認されている場所へと出向き、それらを回収し持ち帰る」


 口に出してみると、もはやおとぎ話や創作演劇のネタのようにも思えてくる。そもそも、時間移動など普通に考えればあり得ない、それを現実にやってのけようというのだ。研究報告の資料を見る限り、理論的には可能かもしれないと思えたが、実際にやるとなると、やはり不可能に思えてきてしまう。


「けれど、それ以外にフィズを救い出す手段はない」


 そう呟くと、少年はポケットから手紙を取り出して、それをジッと見つめていた。あの日、あの時、フィズから渡された最初で最後の手紙、答えを返せていない、答えを返さなければならない手紙だ。それを少し強く握りしめると、瞳を閉じて瞼に力を込める。


「悩むな、やるしかないんだ」


 それは自分に言い聞かせる言葉だった。

 そんな中、船の汽笛が鳴り響いた。いつの間にか、間近に迫ったペンデュラム島に気づいて、少年は改めて大きく深呼吸をする。


『間もなく到着します、降船の準備をお願いします』


 船につけられたスピーカーから声が響き、少年は甲板に置いていた荷物を持ち上げると、船の後方にある降船口へと歩き始めた。そして、自分以外に誰も乗客のいない船の中、少年は船長に軽く挨拶をして、研究所以外、何もないその地へと降り立つのだった。




 船を下りた少年は、一面真っ白な銀世界の中、唯一雪かきされている歩道を進んでいた。それ以外が何もない、白銀の世界、視界に見える物は、後方に先ほど降りた乗船場と、前方の大きな建物だけ。つまりは、目の前の建物が研究所なのだろう。

 研究所まではたいした距離はない。なれない雪道に多少時間を要したが、研究所へと辿り着いた少年は、無駄に大きい建物を見上げ呟いた。


「ここが、リバース=エンド研究所」


 旅立つ前に、アルベルトから一通りの資料は受け取り、ここへ来るまでの間に目を通した少年は、もう一度その内容を思い浮かべた。


 リバース=エンド研究所、中央政府の所有する研究所の中では最小であるが、何もない雪の中にあるせいか、やけに大きく感じられた。中にいる研究員も最小で、現状は1名で研究を進めているらしい。年齢的には若く、28歳だと記されていたので、随分とやり手なのか、それともこの魔法自体に皆それほど関心が無かったのか、どちらと取るかに悩むところである。

 そんな研究所職員であり唯一のリバース=エンド研究者、名はフェイ=サーリ、この研究所で既に8年も研究を続けているベテラン職員だ。彼が、現在の研究所所長も務めている。そして、あの時間転移の研究資料を作成し中央政府に提出した張本人だ。


 これから会う人物について頭で纏めると、少年は、研究所の扉の前に立ち辺りを見渡した。呼び鈴らしき物は見当たらず、少し古い感じもする建物に、そういった新しいものはないのだと自己解決して、目の前の扉を少し強めに叩いた。


「待ってたで!」


 少年が扉を叩いて一歩後ろに下がるのと同時に、勢いよくその扉が開かれた。予想よりも遙かに早く開かれた扉に、さすがの少年もビクッと肩をふるわせて、さらに半歩下がってしまった。

 中から出てきたのは、少しボサボサの髪と丸眼鏡、厚手のコートを着込んだ青年だった。資料に挟んであった写真よりも随分と不衛生な感じの青年に、少年はこれは後者かもしれないと考えた。しかし、青年は、ニヤッと笑みを浮かべると、少年を品定めするかのように、足下から頭のてっぺんまで視線を動かした。


「あっ、あの、私は・・・」


 少年が慌てて自己紹介をしようと声をかけると、彼は口元に人差し指を立てて左右に振りながらチッチッと舌打ちをして見せた。


「大丈夫や、お前さんの情報は、政府から全部もろとるさかいな。神国立中央学院を飛び級主席で卒業した希代の天才・・・シャロック=ローレック」


 自らの名を呼ばれた少年は、一瞬、正しい名を告げようとしたが、心のどこかで、何かがそれを制止したように思えた。それは、これから自分が行おうとしている事に対する罪悪感だったのかもしれない。

 フェルロ=ローレルという名、フェルロ=ヒースベルという名、どちらを名乗ったとしても、これから行おうとすることは、多くの人に迷惑をかけてしまうかもしれない。世界を敵に回すことになるかもしれない。それでも、少年は少女を救う事を、世界を救う可能性に賭けることを選んだ。ならば・・・


「よろしく頼むで」


 フェイが笑みを浮かべながら差し出した手を、僅かに悩み、そして、1つの答えを見いだして決意の元、掴んだ。


「よろしくお願いします」


 名を捨てる覚悟、今日、このときより、少年はシャロック=ローレックという名を名乗る事を決めた。現実可能かわからない魔法を研究し、過去に失われた聖剣を持ってきてしまう、未来を変えてしまう可能性もあるこの手段を選んだのだから。


「シャロック=ローレックです」


 そう名乗った少年は、握られたフェイの手を強く握り返した。


「良い目や、このおとぎ話か都市伝説かわからん魔法に、全てをかける覚悟があるっちゅうわけやな」


 フェイは、さらに満面の笑みを浮かべ、少年を引っ張るように研究所の中へ招き入れた。


「ええで、ええで、最高や。ここは世界で最も北に位置し、全てが凍り付いた極寒の地、そこで時を超える魔法の研究をやる。まさにネジが1本、いや2~3本は抜け取る研究者の研究所や。それくらいの目をしとらんと、ついてこれへんやろうからな」


 少年の決意の瞳を気に入ったらしく、フェイは研究所の扉を閉めて、少年を奥へと案内していく。扉から入ると、1本の廊下と両脇には部屋の扉が並び、廊下の奥には大きなテーブルの置かれた部屋が広がっていた。そこにはキッチンもあり、食事を取るための場所なのだろう。


「さて、来て早々やけど、珈琲飲むか?」


「はい、いただきます」


 少年がそう答えると、また嬉しそうにキッチンに置いてあったらナベから置いてあった2つのコップに珈琲が注がれ、少年に差し出された。少年がそれを受け取ると、フェイはテーブルの椅子に腰掛けると、少年も座るようにと促してくる。それに素直に従うと、また満足げな表情をフェイは浮かべていた。


「早速、ローレックの考えを聞かせてもらおか? 提出したあの資料を見たんやろ?」


 そう言って珈琲を一口飲むと、フェイは試すかのような瞳で少年を見つめた。


「シャロックで結構です、ローレックは呼ばれなれていないので」


「そか。なら、ワイのこともフェイと呼んでくれや。後、敬語もいらん、ここでは同じ研究者や、気にせず何でも言ったってや」


 フェイの質問とは別の話題で返した少年に、フェイも気にせず答えた。それを聞いた少年は、改めて彼を見据えて、言葉を選び始めた。


「リバース=エンドの本来の姿、超越時空魔法、それについては、正直に言って無茶苦茶な発想だと思います。けど、そこに魔力圧縮を使用した膨大な魔力を変換した超重力魔法、それによる時間軸の圧縮、それが可能であると考えると、その考えは大きく変わってきます」


 少年が言葉を紡ぐ間、フェイは目を細めて少年を見つめていた。そんなフェイの姿をチラリとのぞき見た後、少年は視線を珈琲に落として話を続けた。


「通常の重力とは違う魔法による超圧縮、それを時間軸という時空間に使用する事で、時空間を圧縮。限りなく近くなった過去空間と現空間を人体が移動し、過去へと時間逆行を実現させ、その演算式をリバース=エンドがまかなうというのであれば、不可能ではない気がします」


 そこまで話したところで、少年が視線を上げると、フェイは怪訝そうな表情をして少年を見つめていた。


「何かおかしな事を言いましたか?」


 予想外な表情に、少年は思わずそう尋ねていた。


「いや、お前、本当にまだ未成年か? 資料に書いてへんかった事まで独自に構築して、しかもそれがおうとる」


 フェイの研究してきたリバース=エンドでは、本来の姿である時空間の圧縮までしか確立できていなかった。その先にある時間逆行、それを行う為に必要な演算をリバース=エンドがまかなうことは想定してなかった為、その発想を持ってきた少年に、思わず疑いの目を向けてしまっていた。


「おそらく、僕の経歴は既に中央政府から届いているかと思いますが、それに間違いは無いですよ。まだ未成年で、魔法学についても、専門ではありません」


 そう少年が告げると、フェイは、そうかと呟きながら視線をテーブルに置いてあった封筒へと移した。おそらくは、中央政府から来た書類が入っているのだろうが、その中身と余りにも違っていたのだろう。


「歴史学を専門に取り扱う天才と聞いてたけど、こりゃ、考えを改めるべきやな」


 そう言いながら、改めて少年を見つめると・・・


「予想以上の逸材や」


 少しだけ笑みを浮かべながら、フェイは少年に告げた。そして、そのまま席を立ち少し目を細めると、少年に話を続ける。


「さて、優秀な助手みたいやから、早速見てみるか?」


 フェイの言葉の意味を理解できず、少年は、えっ? と思わず尋ね返してしまった。


「封呪、スペル=カース・リバース=エンドの本体や」


 少年のキョトンとした表情に、得意げな笑みを浮かべたまま、フェイはそう答える。しかし、それを聞いても、少年には何を言っているのか理解できないでいた。本体、と言われても、魔法の本体とは何を指すのか、本来魔法は発動することで姿を現すが、それ自体を本体という呼び名で呼ぶ人物など見たことがなかった。


「本体とは何を言ってるんです?」


 色々と思考を巡らせたが、結局答えを出すことができず、少年はフェイにそう尋ねていた。それを聞いたフェイは、少し視線をそらして考えた素振りをすると、何かに気づいたような表情をして少年を見た。


「なるほど、想像できなかったわけやな」


「想像?」


 フェイの言葉に、さらに意味が理解できず混乱する少年。しかし、フェイは満足そうな表情をして、話を続ける。


「封呪は、他の魔法と違い、全て神の法具を召喚し具現化させる事で、その力を使用する。普通は、完全な具現化なんてできず、力のみや大まかな形だけを具現化させるんやけど、完璧な形で具現化させるとグングニルは神槍、イージスは神盾を召喚することができるんや」


 確かに、フェイの言うとおり、封呪は一種の召喚魔法に近い。その力を具現化させて使用する、その究極段階は完璧な具現化、つまりは召喚だ。そういう意味では、封呪は本体があると言えるが、具現化させた姿を本体という表現も余り聞いたことがなかった。


「そして、スペル=カース・リバース=エンドも同様に神の法具を具現化させる」


 そこは理解している少年は、その言葉に相づちをうった。それを見て、フェイも少年の理解度を確認する。そして、そのまま本題を話し始めた。


「じゃあ、具現化されるっちゅうことは、その法具は実在するわけや」


「はぁ?」


 思わず情けない声を出した少年だったが、それを見てフェイが満足げな笑みを浮かべた。彼にとっては、少年の反応が予想通り、いや理想通りだったのだろう。

 それもそのはずだ、神の法具、と言っても実在するとは誰も思っていない。召喚と言っても、それはこの世にあるものを瞬間移動させている、とは誰も考えていなかった。だからこそ、本体という表現がおかしいと考えられたのだ。


「そんじゃ、見に行こうや。スペル=カース・リバース=エンドの法具、その本体を」


 そこまでフェイが話した所で、少年の表情が変わっていた。ここまで自慢げに告げるということは、本当に存在するということだろう。それは、今まで自分が学んできた魔法学の根底を(くつがえ)す事だ。封呪は実在する法具の力を引き出している、つまりはこの世界のどこかにグングニルとイージスが実在するということである。


「その表情、ええでぇ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるフェイが、席を立ち、この部屋のさらに奥ににある扉を開いた。そして、そのままその奥へと入っていく。それを追うように、少年も奥の部屋へと立ち入ったとき、それはそこに存在した。


「これは・・・」


「これが、神の法具、神時計、スペル=カース・リバース=エンドや」


 奥の部屋は手前の部屋とは違う、巨大なホールとなっていた。そこにギリギリ入るほどの巨大な振り子時計、しかも、いくつもの歯車が絡み合い、いくつもの時計が互いに時を刻み続けている。そして、中央の一番大きな時計には、人間よりも遙かに巨大な振り子がゆっくりと左右に揺れていた。


「実在するのか」


 口から零れた言葉は、自らに言い聞かせるものだった。その巨大な時計は、いくつもの魔方陣が浮かび上がり、大量の魔力を帯びている。少なくとも少年が知る限り、これほどの魔力と威圧感を発する魔道具は見たことがなかった。


「さぁ、始めようや。ワイらで、この法具を使いこなせるようになるんや」


 満面の笑みを浮かべたフェイに再び差し出された手を見て、少年は再び強い決心を胸に、彼の手を握り返した。それは、偉大なる神へと挑戦する研究の始まりだった。





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