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第二話「残酷な真実の道標」 その5

 重苦しい空気の中、会議室で、少年は少し眉をひそめながら、アルベルトの発した言葉の意図を掴めないでいた。それは、封呪(ふうじゅ)を知るものなら、誰もが知る事、それが何を意味するのか、まだ少年は知らなかった。




「僕が知る限りでは、移動系最強にして唯一の空間魔法、『リバース=エンド』だと認識しています」


 少年が自分の知る限りの言葉で回答すると、アルベルトは頷いてそうだと答えた。


「第三の封呪と呼ばれ、未だに発動した記録が無い空間魔法。存在し得ないと言われる、瞬間移動が可能と言われる魔法だ」


 付け加えるように述べたアルベルトの言葉通り、封呪の中で唯一発動が確認されていない、しかも、理論的にもおとぎ話の域を超えない魔法である。少年も、魔法学を学んでいく過程で、その存在を学んだが、余りにも現実味が無い魔法で、もしかすると違う効果なのではないかと疑ったほどだ。


「しかし、リバース=エンドは、空間を超圧縮し、2つの空間を繋げてしまう魔法。それと、聖獣封印や光ノ五封剣(ひかりのごふうけん)がどのような関係があるのですか?」


 もっともな質問を少年が投げると、すぐさまカルステンが手にしていた最後の資料を差し出してきた。


「フェルロ、そこに腰掛けて構わんから、その提出された資料をじっくり読んでみてくれ。時間をかけて構わん」


 アルベルトが補足するように、置いてある椅子を指さしながら少年にそう告げた。その言葉に疑問を浮かべながらも、少年は、手にした資料の表紙へと視線を移した。そこには、超越時空魔法の研究報告の文字が並んでおり、その聞いたこともない魔法の名に怪訝そうな表情を見せた。

 とはいえ、アルベルトが読めというのであれば、それに従うしかない。少年は、椅子に腰掛けると、手にした資料を読み始めた。





 どれくらいの時間が過ぎただろう。1時間か2時間か、とにかく、少年はその資料を2度3度と読み返していた。それは、この報告書の意味が理解できないからではない、それは・・・


「フェルロ、お前はどう思う? その資料は、中央政府直属の研究機関がリバース=エンドについて、先月、提出してきた報告書だ」


 アルベルトの言葉に、少年は困ったような表情を見せつつ、彼の瞳を見つめてくる。それは、決してアルベルトに向けた困惑ではない、それは自分自身への困惑、自らが次に口にする言葉が信じられないというような、自らを否定するかのような困惑だった。


「あり得ない事は理解しています。けれど、僕には、この理論が理解できてしまう」


 再び視線を落とし、資料の表紙を見ると、その言葉の意味が別の意味である事を少年は理解してしまった。


「おそらく、この報告書は間違いないと思います」


「どうしてそう思う?」


 困惑している少年に、アルベルトは瞳を細くしながら尋ねた。


「見てしまったからです、封呪の詠唱省略を・・・」


 (つぶや)くように答えた少年の言葉に、アルベルトは疑問の色を隠せないでいた。しかし、彼の側に立っていたカルステンの反応は違っていた。


「馬鹿な、封呪の詠唱省略など、できるはずがないだろう」


 そんなカルステンの言葉に、アルベルトが視線を向けていた。アルベルトとカルステンは幼い頃からの友人だ、だからこそ、お互いが嘘や冗談を言っているのかどうか位はすぐに見抜ける。そのカルステンが、本当に封呪の詠唱省略はあり得ないという様子で話している。それが、アルベルトには理解できないでいた。


「さすがはカルステン卿です。普通はそう考えます、だからこそ、この資料はおとぎ話のように見える。けれど、封呪の詠唱省略を見てしまうと、この資料は大きく見え方が変わります。これは、おそらく実現可能な魔法であり、おそらく理論上間違っていない」


 少年の言葉に、今度はアルベルトが困惑の色を見せた。


「カルステン、封呪の詠唱省略はできないのか?」


 間に入るように、アルベルトが尋ねると、今度はカルステンが眉をひそめながら彼を見てきた。


「アルベルト、お前は、魔法学の成績が余り良くないからわからないかもしれないが、封呪の詠唱省略は物理的にあり得ないんだ」


 カルステンの言葉に、何故と尋ねるアルベルト。そんな彼に、カルステンは少しため息を零しながら、話し始めた。


「封呪は、戦略級戦闘魔術と呼ばれる。それは、複数の人間が協力し発動させるのがやっとな魔法だからだ。お前も各国の魔導師部隊が封呪を戦略運用しているのは知っているだろうから、そこは理解できるだろう?」


 頷いて答えるアルベルトを見ながら、カルステンはさらに話を進めた。


「これは、単独使用が現実的に不可能に近いからだ。膨大な魔力を使用し封印を解除して、さらに膨大な魔力を使って魔法を発動させる。残念ながら、それが可能だった魔術師は、歴史上数名しかない英雄達だけだ。真聖騎士クラスの魔導師が3名以上必要な魔力、そんな魔法は現実的に使用出来る様な代物じゃない」


 確かに、現状、各国は聖騎士クラスを数十名で封呪を使用するという合同魔法という技術を生み出し運用している。逆に言えば、それくらいで無ければ使用出来ない魔法ということだ。


「そして、魔法の詠唱省略は、本来使用する魔法の10倍以上の魔力を使用すると言われている。そうしたとき、魔力放出の物理的限界点という壁が立ちはだかることになる」


 聞いたことのない言葉に、アルベルトがさらに不思議そうな表情を見せた為、それを見た少年が、補足するかのように、カルステンの言葉に続けた。


「魔法を使う際、呪文を唱え、力ある言葉を口にして発動させますが、その際、必ず魔力が放出されます。この際に、1人の人間が放出できる魔力は、必ず1空間であるという物理的な制限が発生します。つまり、複数魔法を使ったとしても、1人の人間が魔力を放出しているのは同一空間であり、複数の空間に魔力を同時に放出することはできないという物理法則に則った制限がかかるんです。そのため、複数の魔法を同時使用しても、複数の空間から、突然魔法が発生するという物理法則を無視するような運用はできないということになります」


 少年の説明を真剣に聞くアルベルトだが、彼の頭には、まだ疑問を浮かべたままだ。その答えを話すべく、今度はカルステンが言葉を口にした。


「そして、1空間から同時に放出できる魔力量というのは、限界があるんだ。つまり、魔力といっても、エネルギーである以上、1空間に存在できる魔力量は物理的に決まっており、その空間よりも大きな魔力を無理矢理放出することはできないわけだ」


 そこまで聞いた所で、小さく頷いて納得するアルベルトだが、それと封呪の詠唱省略があり得ない、という話に繋がる理由が理解できなかった。しかし、その答えは次の言葉で理解する事となる。


「封呪は、この1空間の法則で表現される必要な魔力量が限界ギリギリになっているんだ。合同魔術のように、複数名で行えば、そもそも詠唱省略は実行できない。かといって、1人で詠唱省略をしようにも、1空間に存在できる魔力量を超えてしまうため、封呪の詠唱省略は、物理的に不可能だという事だ」


 カルステンの言葉に、アルベルトは今一納得できていないような表情で少年の方を見た。そして、少年もまた、アルベルトの視線に気づくと、小さく頷いて答える。


「そうです、封呪の詠唱省略が存在しないという前提があるからこそ、この報告書はおとぎ話になる。けれど、封呪の詠唱省略が可能だとなると、この報告書は一気に現実味を帯びてきます」


 少年がそう答えると、今度はカルステンが困惑の表情を見せた。それもそのはずだ、普通に考えてあり得ない話なのだが、アルベルトと少年は、実在するかのように話している。それは、現代魔法学の根底を覆す内容であるにもかかわらずだ。


「ロキュア大司教統括(だいしきょうとうかつ)は、封呪の詠唱省略が使える」


 そんなカルステンに、アルベルトがそう告げた。


「事実、僕もイージスとグングニルを見ています。そして、使い方もある程度理解できました」


「馬鹿な、あり得ない、物理法則を無視するなんて」


 少年の言葉に、カルステンは驚愕を隠せなかった。しかも、その理論も少年は理解できたという。


「奴が使用したのは、魔力の圧縮です」


 2人にできるだけわかりやすく話そうと、少年は考えながら言葉を選び、話し始めた。


「魔力を放出する際に、魔力による強力な重力、つまりは圧力をかけて急激に圧縮をかけさせるんです。その方法を使えば、その空間に存在できる魔力量が大きく変わることになります。つまり、使用者の魔力量が常軌を逸している場合、魔力の圧縮によって封呪の詠唱省略が可能になります」


 全く聞いたことのない技術に、カルステンは困惑の表情を見せた。しかし、それに追い打ちをかけるように、少年は胸ポケットから小さなカプセルのような物を取り出して見せた。


「魔力の圧縮は、僕も研究していた事があります。理論はあっても実現はできなかった技術ですが、魔力制御さえしっかりと行えれば、この様なカプセルに魔力を押し込めておくことが可能だと発見しました」


「できるのか?!」


 思わず大声で尋ねてくるアルベルトに、少年は静かに頷いて答えた。自分の息子が、まさか新しい魔法技術を編み出しているとは思わず、開いた口が塞がらない。そんな彼の横で、カルステンは、複雑な表情で考え込んでいた。


「しかし、可能なのか? 封呪を詠唱省略するほどの魔力を、個人が有することが」


 確かに、カルステンの言葉も当然だ。本来数十人で使用する集団魔法である封呪を、個人の魔力で使用する時点で異常だというのに、詠唱省略など夢物語のように聞こえるだろう。けれど、ロキュアが実際に使っている事を知っているアルベルトは、同時にある答えに辿り着く。


「なるほど、私にはその資料の意味がさっぱりわからなかったが、魔法の限界があるために有識者連中も殆どがあり得ないと判断したわけだ。そして、1人だけがこの報告書の魔法が実現可能だと発言したのは、彼が元々、大神殿の司教であり、大司教統括の補佐をしていた人物だったからか」


 アルベルトの言葉に、カルステンが大きく目を見開き視線を向けてきた。ロキュアが封呪の詠唱省略を使えると知っている人間なら、これが可能だと判断してもおかしくはない、そう考えたのだ。そう、今は自分でも封呪の詠唱省略が可能なら、この魔法は可能かもしれないと思い始めている。


「フェルロ君、もしそうだとするならば、その魔法が実際に発動ができると思うかい?」


 カルステンが少年に尋ねると、少年は僅かに視線を落とし、悩む素振りを見せた後・・・


「そもそも、この魔法の本質が間違っていた、空間魔法などではなく超越時空魔法、本来の名は『スペル=カース・リバース=エンド』記されていた記載から見つけ出したとありました。他理論を見る限り、正直おとぎ話のような内容ですが、魔法学の理論的には間違っていません。所々、クリアする課題はありますが、それをクリアできたとしたら、本当に時間移動が可能なのかもしれないと思えるレベルです」


 そう答えた少年をジッと見つめていたアルベルトは、決心したかのように、手元に置いていた封筒を手にして、少年へと差し出した。


「フェルロ、お前をこんなことに巻き込んでしまった事には、弁解の余地もない。ただ、今は私の手駒でもお前ほどの人材はいない、だからこそ頼む。その紹介状を手に、研究所に向かいリバース=エンドの研究を手伝い、時間移動を可能にしてほしい。そうすれば、光ノ五封剣を回収できる可能性が出てくる」


 少年が封筒を受け取ると、そう話し始めたアルベルトは、少しだけ表情を曇らせながら、頭を下げていた。


「すまない、フェルロ。世界を救うため、力を貸してくれ」


 それは、父としてではなく、1人に人間としての言葉だった。





 海洋連合国家ウォータランド、それは、様々な島国が共同し、巨大な他国に対応するために作り上げられた連合国家である。その連合国の中でも一番北西、世界でも一番北に位置する島、ペンデュアラムと呼ばれたその島に、リバース=エンドの研究所は作られていた。中央政府が管理する施設の中でも、最も小さな研究所であるそこには、1人の駐在研究員のみが在住し研究が続けられている。


「ここが、リバース=エンド研究所」


 雪景色の中に、小さく佇む研究施設を見上げながら、少年はその名を呟いた。それは冷たい空気に冷やされ、白い吐息として辺りに散らばっていく。

 そんな中、研究所の扉の前まで歩み寄ると、少し強めに扉を叩いてみる。すると、すぐさま扉が開かれた。


「待ってたで」


 中から出てきたのは、厚手のコートを着込んだ青年、どうやら玄関の側で待っていたらしく、反応の早さに少年は半歩後ずさりながら驚いてしまった。


「あっ、あの、私は・・・」


 そんな青年に、慌てて名乗ろうとする少年だったが、彼は口元に人差し指を立てて左右に振りながらチッチッと舌打ちをして見せた。


「大丈夫や、お前さんの情報は政府から全部もろとるさかいな。神国立中央学院を飛び級主席で卒業した希代の天才・・・」


 青年はニヤッと笑みを浮かべながら、そう言葉を続け・・・


「シャロック=ローレック」


 そう少年を呼んだ。それは、聞いたことのない名前ではない、それどころか、よく聞く名だ。フェルロ=ローレルという読み方は、ある地方の訛りが入った読み方で、一般的にはそのように読む(つづ)りではない。無理矢理、今風に読むならシャロック=ローレック、それが少年の名の綴りだった。


「よろしく頼むで」


 青年が笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。それを見た少年は、少しだけ悩んだ後、その手を掴んで答えた。


「よろしくお願いします」


 この日、このとき、少年は自らの名を捨てた。世界を救うため、などという名目があったとしても、これからやろうとしている事は、世界を危険に巻き込みかねない事だ。なら、自分の過去など必要ない、愛しい人を救うため、それだけのために、自らの道を進むのなら、名はいらない、そう考えたのだ。


「シャロック=ローレックです」


 自らの名をそう名乗り、少年は、差し出された手を強く握り返すのだった。




 こうして、少年の旅は始まる。世界を巻き込み、1人の少女を救うための、彼の残酷な旅・・・その始まりは、冷たい氷に閉ざされた世界、雪景色の中から始まるのである。





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