第八話 教官、戦慄する
「何者だあいつは」
俺がこの仕事に就いてから、もう二十年近く経つだろうか。
俺は今日初めて、この試験の最難関を突破した者を見た。
元々この試験は一般に公開されず、一度でも試験を受けた者は王族との契約術式により、これを知らぬ者への口外を強制的に止められる。
何故そこまでして秘密にしているのか、それは、この試験が意図的に学園に有利になるように作られているからだ。
試験を受ける者が対峙する案山子は、大雑把に分けて三種類ある。
一つは、ただの鉄をとにかく硬くなるように加工して作っただけの案山子。
もう一つが、ミスリルや魔鋼を使った、素材からして硬くしている案山子。
そして三つ目が——
全てがオリハルコンでできた、誰にも切らせる気がない案山子。
学園に受からせるつもりがない相手は、この三つ目の案山子を切れなかったことを理由に不合格にし、契約術式で口止めしたうえで追い出す。
逆に、普通に受からせるつもりがある者には、オリハルコンの案山子は使わず、それでも全てが切れなかったとしても、一つ目のただ硬くしただけの案山子が切れれば合格を伝える。
そうできるように、説明時に『全てを切れ』とは絶対に口にしない。
こうして、実力がない者だけでなく、性格に問題がありそうな者もまとめて落とすことができる仕組みになっている。
試験としての公平性が一切無いので、契約術式による口止めがなされているというわけだ。
今回、俺はあの男を落とすつもりだった。
俺は、試験が始まる前から、待機室内を覗き見できるようになっている隠し部屋で入学希望者達を観察していた。
そして、観察した感想としては、ロムナードという少年は明らかに異常だ。
あの公爵のバカ息子供が彼に絡み始めた時、あの瞬間、彼は本気で殺すつもりでいた。……筈だ。
殺気は感じられなかったから断言はできないが、明らかな殺意のようなものを直感で感じ取れた。
もし、彼付きの執事が出てくるのがあと少し遅れていたら……俺は観察をやめて、あの時に飛び出していただろう。
「いや、俺が出たところで止められたかどうか……この結果を見せられると分からなくなるな」
ロムナードの試験用に用意させた案山子は、全てがオリハルコン製だった。
『見た目も中身もオリハルコンそのものの案山子』に、『周りをミスリルなどで覆われているが中身はオリハルコンの案山子』、『鉄でただ硬く作っただけに見せかけた中身はオリハルコンの案山子』、という、確実に一体たりとも切らせる気がなく、合格させるつもりなど微塵もなかったのだ。
こんなもの、切れるはずがない。
合格などできる筈がないのだ。
しかし、その結果が俺の目の前に転がっている。
断面は鏡のように歪みがなく綺麗で、斜めに切られた筈なのに彼がこの部屋から出ていくまでピクリとも動かず、退室してからしばらくして、思い出したかのようにスッと落ちた。
「俺も、検査機の反応がなかったら案山子が切られてるだなんて気付けなかったぞ。だいたい、何故あの距離から案山子を全て切れる」
瞬動と呼ばれる高速移動技術の類だろうか?
しかしだとすれば、多少なりとも床に痕跡が残っている筈だ。
魔法か?
確かに、彼が剣を振った一瞬だけ魔力検知が作動している。
だが、検知された魔力は微量。それに、仮に魔法による攻撃だったのだとしても、試験としては問題がない。
試験説明では、剣で切れとは言っていないからだ。彼が魔法を使ったのだとしても、これはどう見ても『切って』いる。
魔法の使用を認めている理由は単純で、剣士には、能力向上系の魔法を使って身体能力を上げて戦闘を行うものが少なくないからだ。
それを実力と認めない、などということは流石にない。
しかも、仮に魔法でこれが実現できるのだとして、そもそもそれをやる意味が薄い。
大金をかけて聖剣を入手し、聖剣持ちとして入学申請し、知らないとはいえ試験を受け、そうしてなんとか試験を突破した結果、『剣士』として入学することになるのだから。
もちろん、剣士だから魔法を学べないということはない。
しかし、剣士として入学した以上は、暫くは剣士としての授業を受けることになる。
普通に魔法で入学できる実力があるのならば、そのまま魔法で試験を受ければいい。
大体において、オリハルコンはただの硬い金属ではない。対魔法鉱物だ。
魔法に対する耐性が強く、並の魔法であれば容易に弾く。
微量の魔力で切り裂ける方がおかしい。
「あいつの動きを見るに剣士としても一流以上だったし……というか、あいつはここに何を学びに来たんだ?」
「案外、勇者になりに来たのかも知れんぞ」
切られた案山子の前で思案する俺の後ろから声が掛けられる。
「学園長、来てたんですか」
「ずいぶんと高い出費になってしまったのぅ」
学園長が言っているのはこのオリハルコンのことだろう。
「いや、そうでもないですよ。ここまで綺麗に斬られていれば、このままインゴットとして使えます。また案山子にもできる筈です」
オリハルコンは伝説の金属だ。何度か使い回したところで問題が起きる程やわではない。
学園長がそれを理解していない筈がないから、まぁちょっとした冗談だろう。
「にしても勇者ですか。確かに実力だけならなれそうではあります。しかし、性格が勇者とは程遠い。あれは享楽主義者に近い感覚の持ち主ですよ」
「それを育てるのも学園の役目じゃろうて。
あれはちと難しそうじゃがの」
「正直、あれが他の生徒に危害を加えないかが心配です」
「わしらの教え方次第じゃろう。あの公爵の子らは危ないかも知れんがの」
学園長は右手で顎髭を撫で、左手で案山子の断面をキュッキュと摩りながらそう言った。
これだけ綺麗に斬られていれば、断面の周りは良く研いだ刃物と同じくらい鋭くなっているだろうから、無闇に触らない方がいいと思うが。
「どうせ、あれらはそのうち何処かでやらかすと思いますけどね。守ってやりますか?」
「必要なかろう。うちには入らなかったのじゃろ?」
「入れませんでしたね」
あの二人組は、こちらが意図して落とす必要すらなく、ただ硬いだけの鉄の案山子すらも切れずに不合格になった。
あれでよくあんな大口を叩けたものだと思わなくもないが、残念なことに家名を盾に不遜な態度をとる輩というのは少なくない。
「ならば学園の管轄外じゃ」
「そうですか。
というか、学園長は何故ここに? まさか、今回に限ってわざわざ聖剣持ちの試験を見に来てたって訳でもないでしょう?」
「いや、あの者が少し気になっての」
学園長はあの男を知っていたのだろうか。
「あの者の名はなんという。聖剣持ちということは貴族じゃろう?」
「手続きの用紙によればロムナード・ウェルシュというそうです。受付では他国の貴族ではないかと考えていたようですが、この家名を私は聞いたことがありません。偽名の可能性もあるかと」
「ほう、ウェルシュか……」
「ご存知ですか?」
俺の質問に対し、学長は少し遠くを見るような目でボソリと答える。
「……古い、とても古い名じゃな。わしも子供の頃に先々代から聞いたことがあるという程度じゃ」
もう随分と高齢の学園長が子供の頃にって、何十年前の話なんだか。
それも、先々代って……少なくとも百年以上前に知られた名前ってことだろう。
その後、ウェルシュの名前について特に語らない学園長と共に試験場を後にする。
俺が、二つの公爵家の嫡男が同時に消息不明になったと風の噂で聞いたのは、それから暫くしてのことだった。
本当に、何者なんだあいつは。
『勇者を統べる魔王様。』公開記念の一週間毎日投稿は今日で終了です。
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先週も書いてますが、ストックなくなった後も投稿が続くか否かに直結します。
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