表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者を統べる魔王様。  作者: さかもときょうじゅ
7/18

第六話 魔王、聖剣を治す

「さて、持ち主は気絶してしまったか。通常の暴走ではそうなるのも当然だが、この魔導珠による暴走でも気を失うのだな」


 通常の暴走ならば、持ち主は暴走前から既に死の淵にいる。

 この方法で持ち主を救おうとしても、そのまま死んでしまうのが常だ。

 仮に助かったとしても、当然ながら意識を保てる者はいない。


 少なくとも、我は見たことがない。


「まぁ、この者は誰かを呼んで治療を受けさせてやれば良かろう。カイレス、受付にいた者を呼んできてくれ」

「承知致しました」


 彼に任せておけば、状況説明も含めて恙無く進めてくれることだろう。


「では、我々は中に入って試験が始まるのを待つとしよう。少女よ、お前も行くだろう?」


 状況から考えて、彼女もまたこの学園への入学を希望して来ているのだろう。

 ならば、試験まで待てと言われた場所に戻るのは必然。


「ま、待って!」


 と、考えて声をかけたのだが、どうやら違うらしい。


「なんだ、お前は入学しに来たのではないのか。となると、その男を暴れさせるために来たということか? あまりいい趣味とは言えんな」


 魔族であればその限りではないが、彼女は見た限りでは人間であろうしな。

 我も、人間から見ればおかしな理由でここに来ているのだから人のことは言えんが。


「そうじゃないわ! 流石に聖剣を壊すのはやりすぎ……だと、その……思って……」


 ……ふむ、なるほど。少女は男が持っていた聖剣のことを気にしていたのか。

 もしかすると、魔導珠で制御された聖剣の暴走は持ち主の死や聖剣の破壊以外に止める方法があったのかもしれん。

 となれば、やりすぎという感想が出るのも頷ける。


 しかし、助けられた手前、我に対して強く言うのも憚れるため、このような言い分になったといったところか。


「確かに、聖剣の修復は少々手間だからな。暴走を止める方法を他に知らなかったのだが、それを言い訳にしても意味はないな。

 ならば、聖剣は我が治しておいてやろう。本来は持ち主が治してやるべきなのだが、今回ばかりは聖剣も妥協してくれるだろう」


 聖剣の修復には大量の魔力を消費する。魔族と比べ、人間は保有する魔力が少ない傾向がある。となれば、人間にとって聖剣の修復は少々面倒な事なのではと想像がつく。

 もしやすると、聖剣の修復を専門とする者に頼む必要があり、多額の金品を必要とする可能性もある。

 そして、他に暴走を止める手段があったのであれば、聖剣を切ってしまったわ我が持ち主の代わりに治してやるのが親切というものだ。


「となれば、早めに済まさんとな。受付の者は、試験はすぐに始まると言っていた。ここで時間を食って、間に合わなくなっては目も当てられん」


 我は、男が落とした聖剣と地面に突き刺さったままの切先を拾い、切れた断面を合わせる。


「リペア」


 断面を合わせた聖剣に、物を修復するための魔法を唱えて切れ目を消せば、剣としては修理完了だ。

 しかし、聖剣として蘇らせるにはこれでは足りない。


「魔力を通し、正常な流れに戻す」


 この作業がかなりの魔力を食うのだ。

 やることといえば、聖剣へ己の魔力を通して本来の形へと戻すだけなのだが、この時に聖剣の性質が厄介になる。

 なにせ、聖剣は持ち主を剣が選ぶという特殊な存在なのだ。

 そのような物に、選ばれたわけでもない部外者が魔力を通そうとすれば、当然のように反発を受ける。


「いつやってもこの作業は面白い。ん? ここも魔力の通りが悪いな。我が切った場所とは違うが……魔導珠の影響か? まぁ、ついでに治しておいてやろう」


 血の流れのように魔力が流れ、それ自体が意志を持っている。

 聖剣とは殆ど生物なのだ。

 故に、『直す』ではなく『治す』という言葉を使う。

 ただの剣であればリペアで修復が可能であるのに対し、聖剣にリペアを使うと聖剣としての力が戻らない事からも特別な存在であることが伺える。


「よし。こんなものだな。

 すまなかったな、持ち主以外の魔力なんぞ流して」


 聖剣の修復は本来の持ち主がやればそう難しいものではない。一番魔力を使う部分で少々楽ができるからな。

 聖剣としても、自らが選んだ相手に治してもらう方が嬉しいというものだろう。

 ましてや、我は魔王であるし。


「今回の件は我の詫びも含んでいるからな、仕様のない事だと諦めるがいい。今後はこの男に治してもらえ」


 完全に元の聖剣に戻ったそれを鞘へと納め、男の横に寝かせる。

 これで持ち主と一緒に回収してもらえる筈だ。


「少女よ。これで文句はないな」

「……え? ええ、大丈夫。私は何も見てない」

「いや、見てたかどうかではなく……まぁいい。では、中に入ろう。試験が始まってしまう」


 そうして、少女とモルアナを連れて建物へと入る。

 少し歩いたところで『待機室』と書かれた木板が目に入り、その横には扉。この部屋が、試験の説明を受けるまでの待機場ということなのだろう。

 扉を開けて中へと入ってみれば、既に四人の先客が椅子に座っていた。彼らも聖剣を持つ入学希望者だろうか。


「お、戻って来たな。勝ったのは女か。俺の予想通りだったな」

「チッ、あの雑魚野郎、女如きに負けやがって」

「いいから銀貨一枚寄越せ」

「わかったよ。ほら」


 入って早々、入り口のそばにいた男二人が、俺の後ろにいた少女を見て金のやり取りを始めた。

 話の内容からして、この少女と外に倒れてる男のどちらが勝つか賭けをしていたというところだろう。


「おい女! お前のおかげで儲けたぜ。お礼に今夜飯でも行かねぇか?」

「お礼って、お礼に気持ち良くしてもらうのはお前の方だろ?」

「違いねぇ!」


 そう言ってゲラゲラと笑う二人。

 此奴らは、他の者がゴミを見るような目を向けていることに気付いておらんのだろうか。

 鈍感なものだ。魔族であれば、その視線を理由に殺し合いを始めるところだがな。むしろ、そちらを目的としてこういった絡みをする者の方が多い。


 というか、我の後ろにいる少女——の更に後ろにいるモルアナが、殺し合いの空気を感じてワクワクし始めているのを感じる。


「まったく、血の気が多いのも困ったものだな」


 このまま殺し合いになり、そこにモルアナが参加するようなことになれば、試験どころではなくなるだろう。

 それで入学ができないとなっては面白くない。


「モルアナ、抑えろ」

「ごめんなさい」


 彼女は、考えなしではあるが愚かではない。場を弁えることくらいはできる。

 上がしっかりしてやれば良いのだ。


「あぁ? なんだこのガキ?」

「おかしな話し方しやがって、俺らになんか文句でもあんのか?」


 ふむ、これは我に言ったのか?

 たかが百も生きていないような小僧が、我に対して『ガキ』と言ったな。

 これは、殺されても文句は言わんな。


(あるじ)様、いけません。試験を受けられなくなりますよ?」


 クソ餓鬼供の言葉に乗せられ、いつのも調子で殺し合いをしそうになったところを、いつの間にか現れたカイレスによって止められる。


 そうであった。我も先程モルアナを窘めたばかりではないか。

 どうも、暇を発症している時は挑発に乗りやすくなっていかん。


「すまんなカイレス。そちらの処理は済んだのか?」

「ええ」


 カイレスは、そう答えた後は声量を小声で囁くようなものに変え、報告を続けた。


(どうやら、今の人間界では聖剣の修復は行われていないようです)

(なに? どういうことだ?)

(私もまだはっきりと確認できたわけではないのですが、状況説明の際に聖剣が折れていないと言うので、主人様が治したのでしょうと伝えたところ……)

(なんだ?)

(笑われました。危うく殺してしまうところでした)

(くはは、我らはどこにいても似たようなことになるな)

(左様ですね。おかしな話です。

 聖剣については勘違いだったとし、男は聖剣の暴走により気絶したと伝えました)

(ご苦労だったな)

(いえ)


 報告を終えたカイレスは、モルアナを連れて部屋の壁際まで下がる。


 しかし、聖剣が治せないとは。

 そうだとすれば、あの時の少女の反応も……なる程、納得がゆく。

 理解できない状況故に、自分は何も見なかった、ということにしたのだろう。


 我には人間界でわからんことが多すぎる。

 色々と気を付けねばならんな。


 我は気を引き締め、空いている席へと座った。


「おい、ガキ! なに無視してんだよ!」



 クソ餓鬼のことを忘れて。


面白いと思っていただけたら、ブクマと評価をください。

執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ