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勇者を統べる魔王様。  作者: さかもときょうじゅ
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第五話 魔王、少女と知り合う

「変態?」


 少女の発した二言目も、一言目とほぼ同じ内容だった。

 彼女の中で考えが纏まらないのだろう。


「いや、そうではない。お主……いや、お前も、男に抱き抱えられたというのは気分が良くないだろうと思ってな。多少は和らげられるかと考えてのことだったが、失敗した」


 変態の汚名をそそぐべく、魔族から見ても女性的な口調を使った理由を述べる。

 もちろん、思いつきのでっち上げだが、言い訳としてはなかなか良い出来だと自負できる。


「え、あ、成る程。でも、私は自分で着地できたわ。余計なお世話よ」


 この感じ、地面の状況に気付いていなかったな。

 まぁ、空中で必死に体勢を整えていた最中だ。地面への注意が疎かになっていても仕方のないことだろう。


「それは難しかっただろう。地面には木片が突き立っていた。あのままでは、着地した瞬間に足に深刻な傷を負っていたぞ」


 気付いていなかったのであれば、説明してやれば良いのだ。

 部下の失態の理由を正しく説明し、己が行動にもそれを求めれば、次へのミスを減らすことができる。

 そうして、組織を盤石なものとしていくことこそが理想と言えるだろう。


「木片? あ、地面に穴が……そ、そんなこと気付いてたわ! ちゃんと対応できた!」

「ほう、それは失礼した。いらん手助けだったな」

「そうよ! でもまぁ、助けてくれたことにはお礼を言っておくわ。ありがとう」

「いや良い。逆にお前のプライドを傷つけることになったかもしれん。謝罪しよう」


 あの状況で地面の木片に気付けていたのであれば、相応の力を持っているということだ。

 弱者への手助けは美徳なれど、強者への手助けは時に相手を侮辱する。


 彼女が木片に対応できる動きができていたとは思えないが、否定するばかりが正義ではない。相手を立てるのもまた必要な手なのだ。

 本当にあそこから対応できていたのだとすれば、目を見張る程の実力を隠し持っている事になる。それもまた、我の陣営を強化する事に繋がるので喜ばしい。


「それで、お前は何故あの建物から吹き飛んできたのだ? これが試験という訳でもないだろう?」


 試験どころか、まだその試験の説明とやらも始まっていない筈だ。


「そうだったわ! 私、会場で聖剣使いの男に襲われたの!」

「ほう、聖剣使いか」


 先の受付の者の言葉によれば、力も持たぬ者が聖剣を持つことがあるらしい。しかし、この少女を扉ごと吹き飛ばすことができるのならば、力に関しては当て嵌まるまい。


「私がちょっとアイツの聖剣について話したら、いきなりキレだして聖剣を暴走させたのよ!」

「聖剣を暴走?」


 聖剣の暴走。

 これは別に無い話ではない。寧ろ、聖剣の暴走はよくあることだ。

 何せ、聖剣に選ばれなかった者が無理に聖剣を使おうとすれば、例外なく暴走してしまうのだからな。


 しかし、普段使えていたはずの聖剣が暴走したとなると話が変わる。

 聖剣に選ばれた者が聖剣の制御を失い、それを暴走させるというのは、ある一つの状況を除けばほぼあり得ないことなのだ。


「となると、その者は死にかけているということか。お前、何をした?」


 制御されていた聖剣が暴走する唯一の状況、それは持ち主が死に瀕していながらも聖剣の力を行使した時だ。


 聖剣とは巨大な魔力を秘めた、謂わば意思を持つ魔道具のようなもの。

 使用者を選び、その者に強大な力を与える。

 しかし、使用者がその力を制御できなくなる程に傷つき、死に近づいてもなお聖剣を振るおうとすると、聖剣は暴走を起こす。


 聖剣が暴走すると、剣に宿る魔力が持ち主へと注がれ、与えられた強大な力は持ち主を蝕む呪いに近い力へと変貌する。

 暴走を起こして数刻は使用者の本来の力を遥かに超えた力を手にできるが、それを過ぎると聖剣から得た魔力が体内の魔力とともに消費されはじめ、それのたどり着く先は持ち主の命の枯渇だ。


 魔界には、そうして持ち主を殺した聖剣がいくつか残されている。

 殆どの聖剣は人間界に返しているのだが、一部の余りにも危険なものだけは厳重に保管しており、今なお封印されている状態だ。


 そういった事情を加味すると、今聖剣を暴走させている者は死に瀕している。という事になるのだが……。


「私は、しょぼい剣ねって言っただけよ! 死にかけたのは私の方だわ!」

「……なに?」


 それはおかしい。

 聖剣が暴走するのは持ち主が死ぬ時だけ。これが揺らぐ筈がない。


「死にかけてもいないのに聖剣を暴走させたというのか?」

「だから、聖剣を制御してる魔導珠(まどうじゅ)を暴走させたんだってば! あんな言葉一つで暴走させるなんて、修行が足りてない証拠よ!」

「まどうじゅ?」


 まどうじゅ……魔導の術? いや、魔導の珠か。


「カイレス、魔導珠とは何か知っているか?」

「申し訳ございません。私は存じません」

「そうか、モルアナは?」

「知らないです」

「だろうな」


 既に我の背後へと移動していた二人に問うてみるが、我と同様に知らんらしい。

 二人は、答えた後もどうにか思い出そうと頭を捻っているようだが、やはり答えは出ず。


 いや、モルアナは『だろうなってどういうことですか!』と騒ぎだしたから、我の返答の意味を考えていただけで、魔導珠について頭を捻らせていたのはカイレスだけだったようだ。

 我は、知らぬものを思い出せる筈もなしと、知っている者へと問うことにした。


「少女よ、魔導珠とは何だ?」

「え!? 魔導珠は魔導珠でしょ。聖剣を制御する。ほらこれ。貴方が腰に刺してる剣は聖剣じゃないの?」


 少女はそう言いながら、胸元からペンダントに付いている様な鎖を引き抜き、先に下がっている澄んだ青色をした小指大の石を差し出してきた。


「それは魔石か?」

「材料はね。魔導珠は魔力保有量の高い魔石を加工して作られるの。高いのよ? これ」

「ほう」


 我は、初めて見るそれをもう少し観察しようと顔を近づけるが、状況がそれを許さなかった。

 ドガッという音を立て、少女が突き破った扉の残りを破壊しながら、その男は現れる。


「アイツよ! アイツがいきなり襲ってきたの!

 貴方ね、不意打ちなんて卑怯よ! 正々堂々勝負しなさい!」


 出会い頭に他の者の持ち物を貶した奴がよく言う。

 先の言い分を聞くに、この少女は、家によっては家宝にもなるような聖剣を、持ち主の前で貶したのだ。それは怒りを買っても仕方がないだろう。

 とはいえ……。


「少年よ。流石に扉を壊すのはやりすぎというものだ。物は大事にしなくてはいかん。すぐに壊しては勿体ないぞ?」


 我ら魔族の持つ病である『暇』、これを和らげられるために毎度様々な手段を講じるが、その中で重要なのは持続性だ。

 戦うにしろ、作るにしろ、壊すにしろ、なににおいても暇を潰し切るまで続かなければ意味がないからな。

 簡単に勝敗をつけてはいけない、簡単に作り終えてはいけない、そして、簡単に壊してはいけない。

 まず普段から物を大事に扱い、いざという時に長く持たせるのが、暇つぶしの極意と言える。


「それに、その暴走で死ぬことはないようだが、このままでは身体を壊しかねん。我が止めてやろう」


 聖剣の暴走を止めるのには二つの手段がある。

 一つは暴走の先に待つもの、使用者の死だ。

 聖剣を暴走させている者を殺してしまえば、持ち主の死を終着点とする暴走は、必然的に止まる。


 もう一つが——


「どれ」


 我は腰の剣を抜き、男が持つ聖剣へ向けて振り抜く。

 その一閃は聖剣には届かず。しかし、その軌跡は消えることなく飛翔する。

 魔力を乗せて剣を振ることで起こした空を裂く斬撃は、キンという澄んだ鉄の音を一つ残して静かに霧散した。


「ふむ、やはり暴走していると抵抗もなにもないな」


 剣を鞘へと戻すと同時に、男の持つ暴走した聖剣の剣身がしゃらりと滑り、半分を残して切先を地面へと突き立てた。


「聖剣を……切ったの……?」


 少女が呆然と言葉を漏らす。

 まぁ、持ち主を傷つけずに剣だけを切るというのはなかなか難しいからな。遠距離ならば尚更だ。


「聖剣の暴走を止めるにはこれが一番早いのでな」


 聖剣の暴走を止めるもう一つの方法。

 持ち主を殺さないのであれば、聖剣を殺してしまえば良い。


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