第四話 魔王、部下に失望する
マル爺の名前が伝わらない事に我が驚愕している間に、他の者が聖剣に魔道具を翳して何やら調べ始めた。
「これが聖剣であることは間違いないですね。盗難や偽造の疑いもありません」
「なるほど。しかし、聖剣を所有している家は殆どが知られているはずなんだがな」
「最近発見された聖剣なのかもしれませんし、家宝として外に出さない家もありますから」
「うーん。
失礼ですが、この聖剣をどのように入手したのか伺っても?」
マル爺の名前が使えないのであれば、入手方法などで確かめる他ないだろう。
当然の質問と言える。
「祖先の残した手記を頼りに探したのだ。家の機密なので詳細は言えんが、とあるダンジョンで見つけたものだ」
手記云々以外は嘘とも言えん内容だ。
手記自体は存在しないが、聖剣を探すのにマル爺も大いに関わっていたからな。大雑把に見ればこの部分も嘘ではないと言える……かもしれん。
「やはり最近見つけられた物なのでしょう。それであれば、所有していた家の名を知らないのもおかしくありません」
「最近じゃ珍しく、お付きを二人も連れているし、他国の貴族ってとこじゃないか?」
「確かに、それなら納得できる話ではあるな」
受付にいた男二人と、聖剣の鑑定に来た女一人、計三人の学園関係者であろう者たちは、こちらに背を向けてコソコソと話し合っている。
全部聞こえているがな。
「マルラウラお爺ちゃん、あんまり有名じゃなかったみたいですね」
「上司の恥部を見た気分です」
「マル爺は所詮マル爺だったか」
昔、酒に酔ったマル爺が己が武勇伝のように語った永久貴族の話、あれを覚えていたから今回の計画に盛り込んだというのに……。
まぁ、マル爺が魔界の住人になったのはもうかなり昔のことだ。忘れられてしまっていたとしても不思議はないか。
「んんっ、失礼しました」
受付の男一人が咳払いをしてこちらへ向き直る。
「聖剣が確認できましたので、申請を受け付けます。技能試験は数人でまとめて受けてもらいますので、あちらでお待ちください。後程説明が行われます」
「ん? 技能試験? 募集用紙にはそういったことは書かれていなかったが」
「聖剣の所有による入学者のみに行われるものです。最近は、血筋で聖剣に選ばれただけでまともに聖剣を扱えずに、聖剣所持者だからと入学を希望する者が増えてます。そのため、聖剣持ちでも簡単な試験を受けてもらっています」
血筋で聖剣に選ばれる?
そんなことがあるだろうか。しかもそれが増えてきてるとは……。
聖なる剣だぞ?
「んー、まぁ良いか。あちらで待っていればいいのだな?」
適正試験ではなく技能試験だというのならば、特に問題は無いしな。
受付の者の話によれば、彼が示す先を曲がるとそこそこの大きさの建物があるらしい。
試験で動き回れる程度の場所が必要ということだろう。
「では待つとするか」
「特別応募の方は残り少ないようですし、試験はすぐに始まると思います」
「わかった」
我がそう言って建物の方へと向かうと、後ろから先程の三人の話し声が聞こえてくる。
「やっぱり、聖剣ってのは貴族くらいお金ないと手に入らないものなのかね」
「情報を集めるのにも、取りに行くのにも、何においてもお金がかかりますからねー」
「今回聖剣で入学を希望した人も、殆どが貴族だったな」
「他国の貴族まで来るのは驚いたわ」
「さっきの人ですか、話し方も貴族っぽかったですねー」
「お付きが二人であの話し方、完全に貴族って感じだったな。貴族名も持ってたし」
「俺も聖剣持ってみたいなー」
「持つだけなら毎年この仕事してりゃいくらでも持てるけどな」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃ、私は仕事に戻りますね」
「ああ、また聖剣の人が来たら頼む」
ふむ、あの会話から考えるに……。
「我の話し方は変なのか?」
「いえ。魔王様にふさわしいお言葉遣いかと」
「私はよくわからないですね。変ではないと思いますけど」
魔王に相応しくてはダメだろう。
おかしい。マル爺に聞いたときは、『配下や他の者をお主らや貴様らと呼ぶのはあまり普通ではないかもしれません』としか言っていなかったのだが。
何がいかんのだ?
自らを我と言うのが不味いのだろうか。
「私、私、僕、俺、某、うぬ……他に何かあったか?」
「魔王様、そこまで気にすることは無いかと。人としての出自など、さほど重要ではありますまい」
「私も、魔王様はそのままでいいと思いますよ」
我としても、人間の貴族として見られる可能性は十分に理解していた。マル爺から、二つ目の名を持つのは貴族だけだと聞いていたからな。
故に、貴族であると思われる事に問題はない。魔王である事にさえ気付かれなければ良い。
しかし、話し方で貴族であると指摘されるとは思わなかったというだけだ。
そして、思いがけない出来事というのは誰しも気になるものだろう。
「……ガロダラスのような話し方をすれば良いのだろうか?」
「父さんみたいにですか? 魔王様はどんな話し方でもかっこいいと思いますよ」
「魔王様、おやめください」
カイレスは反対か。
こいつは、マル爺の部下らしく色々と頭が回るからな。こやつが駄目と言うなら駄目なのだろう。
「ならば……ん? お前ら、そろそろ魔王と呼ぶのをやめろ。人が接近して来るぞ」
我がそう言うのとほぼ同時に、我らが向かっている建物の扉がドンッと砕け散る。
そして、その破片の中を少女が舞っていた。
「ふむ、これは危ないな」
少女は、吹き飛びながらも空中で体を捻って地面に着地しようとしている。
しかし、その足元がよろしくない。着地点には飛び散った扉の破片が地面に刺さっており、獲物を串刺しにせんとする杭のような状態になっていた。
あのままでは、それを踏み抜いて右足が暫く使い物にならなくなるだろう。
「他者の危険を放置するのは勇者らしくないか」
勇者とは何か、それについてはマル爺から聞き込んできた。
『弱きを助け強きを挫く』それが勇者なのだという。我々魔族からすると『相手が魔族であれば弱きも強きも殲滅』といった感じなのだが、人間の視点でいうと魔族は末端であっても弱き存在では無いのだそうだ。
魔族は、一度死んだくらいでは暫くしたら復活するからな。わからんでもない。
そして、勇者として重要なのが『弱きを助け』の部分らしい。
危機に陥っている者を見たらすべからく助ける。
見返りを求めぬ究極の善人であるのだそうだ。見返りを求めぬという部分には賛同しかねるが、行動としては当然と言えば当然のものだな。
まぁ、魔族からしたら悪人そのものだが。
……いや、暇つぶしの相手としてはとても有意義であった。
となれば、そうとも言い切れんか。
と、そんなことを考えている暇はない。
詰まるところ、今この瞬間、あの少女を助ける者こそが勇者であろうということだ。
勇者育成学園に入るのであれば、あれを助けぬわけにはいかん。
我は、少女の足がズタズタになる前に走り、少女の着地点に辿り着いた時点で急停止し、その勢いを利用して右足を振るい、周囲の木片を吹き飛ばした。
これで、万が一少女を受け止め損ねたとしても、彼女が串刺しになる危険はない。
そして、その万が一も、我にかかれば起こりはしない。
空中で体勢を整えた少女の両膝の裏に左腕を差し込み、反対の腕で背中を優しく包んでやる。
そのまま勢いを殺してやれば、怪我どころか身体への負担すらなくなるというわけだ。
「ふう、危なかったわ。間一髪といったところね」
我は少女の無事を確認し、地面へと下ろしてやりながらそう言って、額を拭う素振りをする。
人間らしい所作として教わったものだ。
「え? 変態?」
少女が発した一言目はそれだった。
「ふむ、サラサリアナの話し方も駄目か」
素振りは真似られても口調が真似られんとは、難儀なものだ。
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