第二話 魔王、勇者学校入学を計画する
「暇、ですか」
「そうだ。暇だ。こればかりは致し方あるまい」
我の言葉を聞き、手を額にあてるマル爺。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「はい。頭が痛いですな」
「それはいかん。しっかり休むといい」
気遣う我に対して、マル爺は深いため息をついた。
「意味が違うのだと、わかってて仰っておるのでしょうな」
「お主が乗ってきたのではないか」
頭が痛いと返されれば、気遣いを見せるのが道理というものだろう。
「仕方がありませんな。その病は確かに、魔族全体に蔓延るもの。完治することはなく、ただ症状を軽減させる他に手がないのもまた事実」
「そうだ」
「しかし、だとしても、魔王であるあなたが勇者になるなど、あまりに突飛すぎます。
そもそも、どのように勇者になるおつもりですかな?」
「その点については用意がある。これを見ろ」
我は、一枚の募集用紙を机に置いた。
「『魔王を討伐する勇者になろう』……? これは?」
「人間の国にある『勇者育成学園』という学び舎の生徒募集だそうだ。条件を読んでみろ」
「ふむ……『適正審査に合格した者を生徒として迎える』とありますな」
「そこではない。もっと下だ」
「下、ですか」
募集用紙に記載された、生徒になるための条件はいくつかある。
その内の一つが先程マル爺が読み上げた、適正審査とやらを通過するというもの。この条件が最も一般的な入学方法のだろうが、流石にこれは我には無理だ。
なにせ、我は討伐対象である魔王本人だからな。適性がある筈がない。
そして、それの下に書かれている条件というのが——
「『聖剣を所有する者』……?」
「そうだ。聖剣を持っていれば勇者育成学園に入れるらしい」
「つまり、あの最高難易度SS級ダンジョンを攻略したのはこのためだったと?」
「言ったはずだ。この剣があれば我の願いに近づけるのだと。
エリクルシアは魔に転じてしまっているから、厳密にいうと聖剣とは別物だが、人間でそれを知る者はいない。
つまり、この剣を持っていけば我は勇者育成学園に入れる」
転魔聖剣エリクルシアは、昔の魔王の力を封じ込めるために聖の剣から魔の剣に転じている。つまり、どちらかといえば聖剣よりも魔剣に近い存在になってしまっている。
とはいえ、完全に魔剣になっているわけでもなく、聖剣としての性質を全て失ってしまったわけでもない。
ましてや、元が伝説に残るような由緒正しい聖剣なのだ。これを持っていって落とされるということもないだろう。
「魔王様、その剣を取りに行くのに、どれほどの費用がかかっているか理解しておられますか?」
「わかっている」
実際にいくらかかったのかを細かく把握しているわけではないがな。
相当かかった、ということは理解している。
「しかし、仕方がなかった」
「どういうことですか?」
「我を持ち主として認めるような聖剣は、この転魔聖剣しかないだろうからな」
聖剣は、剣自体が持ち主を選ぶ。
選ばれた者以外は、聖剣としての力を引き出せないどころか、剣としてもまともに扱うことができない。由緒正しい聖剣が、剣の形をした鉄の棒に成り下がる。
元より、魔を払うことを目的として造られるのが聖剣だ。我のような魔王に使われることを許してくれる剣など、このエリクルシアくらいだろう。
「そのような理由で、あれ程の費用を……」
「これもまた病いを軽減させるためだ」
実は、我が言っていることはそれ程おかしなことでもない。
数十年、或いは数百年程の間隔で訪れる『暇』という病いは、時期をほぼ同じくして多くの魔族が発症し、それを和らげるのには本当にお金がかかるのだ。
様々な方策で魔王国民たちに暇を発散させるのだが、基本的に、費用を抑えるというわけにはいかない。
何故なら、魔族が暇を持て余した時にやることといえば戦争だからだ。
人間との戦争、ならばまだいい。
……いや、やり過ぎてしまうとそれもあまり良くはないのだが、やりすぎなければ、そんなもの遥か昔から幾度となく起きていることだ。許容範囲内だろう。
しかしこれが、魔族同士の戦争となるとかなり厄介なことになる。
なにせ、争う者同士がどちらも同じ病にかかっているのだからな。
ただの小競り合いから始まった争いが、暇という病いによって激化し、国を分ける大戦へと発展した過去すら記録されている。
魔王である我は、性質上、暇を発症し始めるのが他の者よりも早い。
故に、我が病を発症した時点で、他の者たちが発症し始めることを見越して動き始める必要がある。
「今回は人間との戦争で発散する。
ただし、我は人間側につく。そうすることで、我の暇も、魔王国民の暇も、どちらも解消できるわけだ」
「つまり、敵対勢力を作り出す必要がなくなるということですか」
「そうだ。そうすればその分の費用は浮かせられるだろう?」
「……理には適ってますな」
マル爺は、考えを纏めるように唸りながらもそう言った。
「迂遠な言い方をするな。問題があるのか?」
「いえ、失礼しました。問題はありませんな」
「そうか。では勇者育成学園に入るための計画について詳細を練るぞ」
うむ。
どうにかマル爺を納得させることができたな。
正直、今回のことはマル爺を説得できるかどうかが一番の問題だった。
元人間であるマル爺は『暇』という病いに罹りにくいが、他の者はそうではない。魔王である我が発症したのであれば、自分たちもほぼ確実に病に罹るのだ。
ならば、我が『暇をつぶそう』と言えばそれに賛同するものが多くなるのも必然。
結局、マル爺さえ説得できれば後はすんなり通るということになる。
「では、最初の準備だが、マル爺、我はお主の子孫になるぞ」
「……はい?」
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(2023/9/16追記)
聖剣に認められないと持ち上げることもできない、という内容が、これ以降の話で不都合の塊になることに気付いたので訂正しました。
聖剣に認められないと、剣として使えないという内容に変更します。