第十六話 魔王、方針を決める
方針さえ決まってしまえば話は早い。
弱い者を鍛えるのに必要なのは、徹底した訓練と、並行して行う実践だ。
「まずは、弱い魔物を討伐するところからだな」
「魔物ですか。弱い魔物はあまり面白くありませんよ?」
まあ、モルアナからすればそうだろう。
我も面白くはないからな。
「段階だ」
「段階、ですか?」
「そうだ。段階を踏んで鍛える」
「新人魔族を鍛えるのと同じですね!」
そう。人間を鍛えるのと魔族を鍛えるのとで、やり方に然程違いはないはずだ。
訓練を課して力をつけ、相応の相手を用意することができれば、徐々に実力が上がっていく。
地道だが確実な方法として、これ以上のものはない。
「ひとまず、この学園の教育方法を見ていかねばならんな」
「訓練は楽しいですからね。どんな事やってるんですかね」
我を倒すことを諦めている軟弱な存在とはいえ、勇者は勇者だ。無力な人間ではない。
この学園がその勇者を育成するための場であるというならば、生半可な教育ではなかろう。
首席の説明を受けた時点では、指揮職学科に重点を置き他は適当で良いかと、我は考えていた。しかし、人間たちがこのような状況では、そうも言っていられん。
「今後、我は、一日で受けられる学科全てを受ける」
流石に、同じ時間にやっているものに出るのは目立ちすぎるのでやらんが、人間としておかしくない程度には顔を出そう。
そうすれば、必然的に学園の教育や他の生徒を見ることができる。
「カイレスが戻ってきたら授業時間の確認をせねばならんな」
「いつ帰ってくるんですかねー」
魔界からこの学園までか。向こうでマル爺への報告がすぐに済むのであれば、早くて明日の夜、遅くとも三日後には戻ってくるだろう。
しかし、それは魔族として考た場合の話だ。人間として怪しまれない程度となると……ひと月は掛かるか?
「カイレスを待っていては遅いかもしれんな」
「私も魔王様と一緒に考えます!」
ふむ、気持ちは嬉しいが、モルアナはそういった算段が苦手だからな。
「気合いがあれば全部の授業に出られますよ!」
などと言いそうだ。
というか、言ったな。
「無論、我が力を使えばそれも可能だが、そんなことをすれば我の正体がばれかねん」
全ての授業に参加する。つまり、同じ時間の授業に出るには、我が同時に何人も存在しなければ不可能だ。
とはいえ、それ自体は難しいことではない。我自身を増やし、各個体の意識を統一するだけで良いのだからな。
だが——
「たしか、人間は増殖魔法が使なかったはずだ」
「私も使えません!」
「そうだな。魔族でも使える者はそう多くない」
我自身を増やすのに使用する魔法、それが増殖魔法なのだが、消費する魔力が多すぎるため人間で使える者は殆どいない。
魔法ではなく聖剣を利用して自身を増やす勇者はいたがな。
「となれば、全ての学科を受け、全ての授業に出るのは良くなかろう。悪目立ちしすぎるからな」
「厳選しないとですね」
「そうだ。そして、我が出るべき授業は自ずと決まってくる」
我の目的は人間たちの強化だ。であれば、必然的に戦うことに重点を置いた授業に参加すべきだろう。
授業を利用して人間を鍛え、魔族と戦えるようにしなければならん。
「明日、戦闘系の授業を全て確認する。受ける授業を決めるのはその後だ」
「わかりました! 頑張りましょうね、魔王様!」
授業の内容と時間に関しては、明日アルミナか教師に聞けばよかろう。
そして、時間が被らないように受ける授業を組まねばならん。
「となれば、今日のところはやる事がないな。休むとするか」
「では、部屋に戻りますね!」
「ああ」
モルアナが従者用の部屋へと戻ったのを確認したのち、我は寝具に体を埋めた。
明日はなかなか忙しくなりそうだな。
そして翌朝。
「魔王様、そろそろ準備を始めませんと遅刻しますよ」
「……随分と早いな、カイレス」
我を起こしたのは、何故か学園に戻ってきていたカイレスだった。
魔族として考えても、戻るには今夜までは掛かると思っていたのだが……まさか、人間の目を一切気にせず移動したのか?
確かに、人間に見られても良いのであれば、そう時間のかかる道のりではない。
というより、飛べば良いだけだからな。この学園と魔界間など、数刻もあれば行き来できる。
だが、カイレスが我らの目的を忘れるとも、それを覚えていながら、正体がばれかねん行動を取るとも思えん。
となれば——
「なにか問題が起きたか?」
我に早急に伝えねばならん事態でも起きたのだろうか。
「いえ、こちらに来た際に転移魔道具の目印を設置していただけです。今朝早くに転移で戻ってきました」
「マル爺のやつ、想像以上に警戒しているな」
貴重な転移魔道具の中でもさらに貴重な目印になる魔道具を使ってまで、我から従者を放したくないのか。
「警戒ではなく忠誠です。魔王様にご不便をおかけする訳にもまいりませんので」
「執事として、というわけか」
「左様です。メイドが少々心許ないですから」
モルアナは馬鹿ではない。
しかし、几帳面な性格とは言えんからな。
「まあいい。それで、マル爺はなんと言っていた?」
「先ほどモルアナから話を聞きました。魔王様とほぼ同意見でしたね」
「そうか」
マル爺も同じ答えに至ったというなら、心配はなかろう。
であれば、我の方針に変わりはない。
「しかし、この件については魔界でもかなり大騒ぎになっておりましたよ」
カイレスは、ため息をつきながらそう言って、魔界での出来事を報告し始めた。
面白いと思っていただけたら、ブクマと評価をください。
執筆の励みになります。