第十四話 魔王、消沈する
「どういう……ことだ……?」
我の思考は混乱の真っ只中にあった。
その原因は明白。
アルミナから告げられた、彼女が挙動不審だったことの理由、その内容のせいだ。
先ほどの教室前での会話が、我の頭の中で繰り返される。
『……どういうことだ?』
我が魔王討伐を宣言したのがおかしな挙動の原因だと聞かされた我は、その真意を問うた。
しかし、その答えは我にとってあまりにも衝撃的なものだったのだ。
『今どき、魔王を討伐しようなんて人は居ないわ』
この時、我の思考は完全に白く塗りつぶされた。
そして、我の常識が崩れる音まで聞こえたように思う。
『いや、しかし……この学園は勇者を育てる場ではないのか?』
勇者とは魔族と敵対するものだ。
そして、その最終的な目標は魔王である我の討伐でなければおかしい。
我の混乱は深まるばかりだった。
『確かに、ここ勇者育成学園は、その名の通り勇者を育成するための場よ』
『ならば、何故——』
『そもそも、その勇者が既に諦めているのよ』
『……なに?』
勇者が諦めている?
何をだ?
いや、話の流れから考えて……。
魔王討伐か?
勇者が魔王の討伐を諦めているのか?
我は、アルミナが何を言っているのか理解することができなかった。
『だが、募集用紙にはこうして』
彼女の言葉を否定するため、我は持ち込んでいた募集用紙を取り出して見せた。
用紙には大きく『魔王を討伐する勇者になろう』と書かれている。
『それは……煽り文句みたいなものでね、それを信じるのは、その……絵本を読んでる子供くらいのものなのよ』
『絵本を……』
ヒラリと、我の手から募集用紙が落ちていく。その様が、やけに緩やかに視界の端に映っていた。
つまり、あの場にいた者たちにとって、我の言葉は、まるで赤子や幼児の戯言のように、聞こえていたのか?
いや、信じられんが、話を要約すればそういうことになるのだろう。
我は、ようやくあの場の空気を理解した。
生徒が固まるのも、モーリスがため息をつきながら我を降壇させたのにも説明がつく。
そう。
説明がついてしまったのだ。
『我は、騙されていたのか』
『騙されてたというか……その——』
その後のアルミナの言葉は、我の耳に入ってこなかった。
そのまま教室に入り、指定された席へと座り、やってきた教師の話も聞かずに呆ける程、我の頭は混乱していた。
「——ナード、——ムナード! ロムナード!」
何度目かの再現が脳内に流れ始めたころ、それを遮るようにアルミナの呼ぶ声が聞こえてきた。
「ロムナード! ねえ、大丈夫?」
「あ、ああ。アルミナか、すまんな、どうも先の話が整理しきれなくてな」
「……そう。もう先生の話も終わったわ。今日は今後の説明だけだったから、みんな寮に戻ったわよ」
その言葉に周りを見渡すと、既に教室内に残っているのは我とアルミナ、そしてカイレスとモルアナの四人だけだった。
「そうか。すまん、迷惑をかけたな」
「別にいいわよ」
「我らも寮に戻るとしよう」
「その……本当に大丈夫?」
それ程までに酷い顔をしているのか、アルミナが心配そうに我を覗き込んで問うてくる。
「そうだな、正直に答えるならば、あの話は未だに飲み込めておらん。おらんが、そんな事を言っても仕方あるまい」
「そう……そうね」
アルミナが、我の気落ちが移ったかのように表情を暗くする。
「アルミナ、お前が気にすることではなかろう。さあ、寮に戻るぞ」
「わかったわ」
我はアルミナと共に教室を出て、我と同じくらい落ち込んでいるカイレスとモルアナを連れて寮へ帰る。
帰り道でも、とくに会話らしい会話はなく、アルミナはそのまま女子寮へと戻っていった。
寮の自室に戻った我は、備え付けのソファーへと身体を投げる。
カイレスたちも、椅子に座って項垂れていた。
「まったく、どうなっている」
「聞いてないですよー」
「……意味が、わかりませんね」
我にもわからん。
魔王を討伐しようとしている者がいない?
勇者が魔王の討伐を諦めているだと?
「人間はここまで落ちておったか」
「どうりで、最近つまらなくなってるわけですねー」
「ここ百年ほど、我々魔族も、暇の解消相手として人間との大きな戦争を起こしておりませんでしたから、それも要因かもしれません」
我らが侵略することがなければ、人間としても無駄に手を出さぬようになるのも道理か。
眠るドラゴンにわざわざ弓を射る者などおらんだろう。
「このまま人間攻め滅ぼしちゃいますか?」
「それはそれで問題ですよ」
「そう簡単な話でもないからな」
人間界に侵略し、人間を攻め滅ぼすと、今度は魔族が暇という病で滅びかねない。
病の対処法の選択肢の一つとして、人間たちは残しておく必要があるのだ。
何事も、長く大事に保たせるのが、暇つぶしの極意なのだからな。
「どうしたものか」
「一先ず魔界へ戻って、マルラウラ様に状況をお伝えしますか?」
「私も父に話してみますよ!」
ふむ、確かにこの事態は魔界側にも共有しておくべきだな。
今回の暇つぶしは、魔界と人間界の戦争と決めてしまったのだ。対策を練らねば、暇を発症した魔族によって、本当に人間が滅ぼされかねん。
「マル爺には話しておこう。ガロダラスは……まだいいだろう。必要になればマル爺から伝えるだろうしな」
「マルラウラお爺ちゃんなら任せられますね!」
「では、私は一度魔界に戻ります」
「うむ」
カイレスは席を立ち一礼すると、懐から玉を取り出して魔力を込めた。
あれは、簡易の転移魔道具か。
多量の魔力を消費することや、転移できるのが一人までなこと、転移先にも目印となる魔道具の設置が必要なことなど、ある程度の制限があるが、それらを踏まえてもかなり有能な移動道具として活躍している。
自身で転移をできる者は魔界でも少ないからな。
マル爺も、随分と高価な物を持たせたものだ。魔界の保有数もそう多くないであろうに。
カイレスが魔力を込め終わると、彼の目の前に黒い光で作られた扉が出現する。
彼がそのまま扉をくぐると、光の扉はふわりと霧散した。
これで、カイレスはもう既に魔界へと戻っているはずだ。
「……ん? 彼奴はどうやって戻ってくるつもりだ?」
「あ、どうするんですかね?」
魔道具で転移してくるには目印の魔道具が必要なのだが、この魔道具は他の魔道具による転移で持ち込むことができない。
転移の際に他の目印に干渉を起こし、目的の場所に辿り着けなくなってしまうのだ。
「また歩いてくるんですかね?」
「それしかないだろうな」
我々は、魔界からこの国まで徒歩で来ている。
転移先が存在しないからだが、カイレスの現状はこの国に来る時と同じはずなので、同じ方法で戻って来るのだろう。つまり徒歩だ。
「なんか、やる気無くなっちゃいましたね」
「……そうも言ってられんのだがな」
我は、何度目かのため息をこぼす。
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