第十三話 魔王、演説する
「今紹介されたが、我の名はロムナード・ウェルシュという。よろしく頼む。
我は、この学園に入学できたことを嬉しく思っている」
壇上に登り、新入生を見回しながら挨拶を行う。
魔族の王として配下の者たちに言葉をかけることは多いが、人間相手となるとそうあることではない。
数百年だか前に人間の国に宣戦布告をした時以来かもしれん。
「我は今こうして、首席として選ばれてここに立っているが、この学園に入学したということは皆もまた優秀な者たちなのだろう」
我は、この者たちのトップに立ち、魔族と戦争を起こす。
ならば、これから共に魔族と争う仲間となる者たちを鼓舞してやらねばならん。
「歴代の勇者は、魔族と戦い、世界の平和を目指した。
魔王を廃し、より良き世界を作ろうと剣を掲げた」
アミリナの忠告通り、勇者の個人名を出さずに、勇者を目指す者たちへの言葉を並べる。
彼女の話は役に立った。
まあそもそも、勇者の個人名などほとんど覚えておらんがな。
「我々は、歴代勇者の心とその願いを引き継がねばならん。
我は、皆と共に歩み、学び、成長できればと思う。
そして——」
我は再び生徒たちへと視線を巡らせる。
尊敬、憧れ、羨望、嫉妬、そして……憎悪か? そんな顔をされる覚えもないが。
それらの顔を一瞥したのちに、最後の言葉にて覚悟を示す。
「皆と共に魔族と戦い、魔王を廃するという歴代の勇者の願いを成し遂げてみせる!
我はここに、魔王の討伐を宣言する!」
配下の者たちを鼓舞する時のように、目標を掲げ、その成就を絶対のものとして口にする。
拳を掲げ、声は荒げずにはっきりと発し、皆の心に目標へと続く一つの道を作り上げる。
そうしてやれば自ずと配下のやる気も……。
「ん? なんだ、この空気は」
魔王としての長年の経験を活かした完璧な演説を終え、三度生徒たちへと視線を向ければ、先の表情が全てやる気に満ちたものへと変わっている。そう思っていたのだが……。
皆、どちらかというと呆けたような顔をしているな。
「我は何か変なことを言ったか?」
アルミナに教えてもらった内容には注意していた筈だが。
疑問に思って彼女に目を向けると、他の者とはまた違った表情で固まっていた。
あれは、怒りか? いや、羞恥だろうか。
どちらにしても、彼女もこの状況を打破する助けにはならんらしい。
どうしたものかと悩んでいると、しんと静まった会場にパチパチという音が響いてきた。
見れば、壁際に立つモルアナが我に向けて拍手している。その隣のカイレスも、響くほどの音は立てないものの、しっかりと手を叩いているようだ。
それにつられるように、他の者からもぱらぱらと拍手が送られてくる。
「はぁ。新入生代表の挨拶は以上だ。ロムナードありがとう、もう席に戻っていいぞ」
そして、ため息をこぼしながらモーリスが壇上へと上がり、降壇を促された。
我としては納得できん状況ではあるが、原因がわからぬ以上はどうしようもない。
腑に落ちぬ思いを抱えて席に戻った我にアルミナが言葉をかけてくることもなく、その後は粛々とした空気の中、入学式は終了した。
入学式を終えた後は、各自で教室へと移動する。
自分が学ぶ教室は事前に知らされており、教室の場所に関しては、入学式をしていた会場に案内板が設けられていた。
「ここか」
「そうね」
我とアルミナは、同じ教室に振り分けられていた。
というより、どうやら聖剣で受験した生徒は同じ教室に集められているようだ。
「剣術クラスといったところか?」
「たしか説明では、その中でも優秀な者が集まった教室だとか」
「優秀な剣士がいるってことですね!」
「そうね」
我との会話がまともに成り立っているのはカイレスとモルアナだけで、アルミナは会場からここまでの間に、そうねとしか返答していない。
どうやら、新入生代表の挨拶はそれ程までに酷いものだったようだ。
「ふむ……我には、あの演説のどこが悪かったのか見当もつかんのだがな」
「とても良かったと思いますよ!」
「私も素晴らしかったと思いますが」
カイレスやモルアナにとっても、おかしな内容ではなかった。つまり、これは魔族と人間との感覚の違いによるものなのだろう。
我らでは、そういったことに気付くのは難しい。
「しかし、アルミナに教えを乞うておいて失敗してしまったのは事実か。
アルミナ、恥をかかせてすまなかったな」
自分が教えた内容を踏まえてたうえでおかしな演説をされたとなれば、あの羞恥の表情にも納得がいく。
そこまで酷い内容を、我は口に出したのか。
「だとすれば、我と共にいるのも恥ずかしかろう。アルミナは先に教室に入るがいい。我は少し間を空けて入ることにする」
「そうね……あ、いや! ち、違うの! そうじゃない!」
我としては、己がどれ程おかしな事を口にしたのかを自覚していない。故に、羞恥なども一切感じていない。
だが、アルミナにとっては居心地が悪いだろうと思い気を利かせたのだが、彼女はここに来て、そうね以外の言葉を返してきた。
「私は別に、恥をかかされたとも、ロムナードと居るのを恥ずかしいとも思ってないわ!」
「ふむ、恥をかかせていないのであれば良い事だが、ならば、何故そのようになっているのだ」
恥をかかされたと怒っている訳でもなく、非常識な事を言った者と共にいることを恥じている訳でもないのであれば、何故、そこまで挙動がおかしくなるというのだろうか。
どう考えても、我の演説が原因としか思えないのだが。
「その……ロムナードが、魔王を討伐するとか言うから……」
「……どういうことだ?」
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