第十話 魔王、勇者育成学園に入学する
「全員揃ったな。
先程説明した通り、案山子を切ることができたお前らは合格だ。試験はこれで終わりだが、この後契約魔術を受けてもらう」
この場に残ったのは、我とアミリナを含めて四人。
やはり、あの煩かった二人組は不合格だったようだ。あれらは、鉄の案山子すら切れそうになかったからな。オリハルコンなど切れるはずもない。
むしろ、他の者が全員合格したということに驚かされた。まさか、オリハルコンを切れるほどの実力を持った者がアミリナの他に二人もいるとはな。
見た限りでは、皆年端もいかぬ少年少女であるし、実力という点でもこの者らがそんな力を持っているようには見えん。
今の人間は、力を隠す術に長けているということだろうか。
「受けてもらう契約魔術は『今回の試験のことを部外者に口外しないこと』という内容になっている。これは、最上級の魔術紙を使って契約し、自分の意思にかかわらず強制的に履行される」
口外の禁止か、試験のことは募集用紙に書かれていなかったが、仮に調べてから来たとしても試験内容を知ることはできなかったのだな。
受付の者が『最近実力の無い聖剣持ちが増えた』と、試験が最近始められたかのように思わせるような説明をしていたが、今思えば、試験自体が最近始められたとは言ってはいなかった。
「ロムナード、契約は従者にも受けてもらうが構わんな?」
「よかろう。此奴らも関係者と言えなくもないからな。そこから試験内容が漏れては面白くあるまい」
そもそも、人間が扱う契約魔術程度では我どころかカイレスすら縛ることはできんだろう。
……モルアナは契約を破れんかもしれんが。
「……そうか。では契約の準備をするから少し待っていろ」
少し嫌そうな顔でそう言ったモーリスは、そのまま部屋から出て行った。
(ロムナード様、あの二人組は残りませんでしたね)
モーリスが出ていくと同時に、カイレスが我に寄って小声で話しかけてくる。
(あれらでは、あの試験を突破するのは無理だろう。我は、ここの者たちが合格できたことに驚いている程だ)
(あの無礼者共は如何なさいますか?)
奴らの処遇か。
確かにあの者らは、我に対して随分と舐めたことを言ってくれたが……。
(我はもうあれらに興味がない)
この学園に入れなかったということは、我ら魔族の暇つぶしのための駒にはならんということだ。
役立たずどころか、完全な無関係。我の興味の対象ではない。
(では、こちらで処理をしても?)
(好きにしろ。他の者に気取られるなよ?)
(無論です)
我に関わらぬ者がどうなろうと興味はない。
カイレスが何かしたいというのであれば好きにさせてやろう。こやつからすれば、己が主に無礼を働いた相手だ。何かしらの報復をせんことには気が済まぬのだろう。
我の邪魔になるのは困るが、カイレスならばその程度のことは弁えているだろうからな。
我の返答に満足したのか、カイレスはモルアナと共に壁際に戻り、同時にモーリスが二人の魔法師を連れて戻ってきた。
「この者らが契約魔術を行う。彼らの指示に従って契約するように」
モーリスがそう言うと、魔術師が前から順に、つまり、最初に試験を合格した我の元へとやってきた。
「こちらの契約書の内容をよく読み、最下部に名前を記入し、最後に血を付けてください」
契約書に書かれている内容は確かにモーリスが説明していた通りだ。
内容については問題がない。
しかし……。
(この契約書、隷属契約の魔術が含まれているな。これも口外を防ぐためか? しかし、もう片方の契約魔術だけで十分な内容になっていると思うが……)
隷属契約魔術と契約魔術は、似ているようで全く異なる魔術だ。
契約魔術が、双方の同意により行われ、契約を受ける側も契約をさせる側も互いに契約の内容に縛られるものであるのに対し、隷属契約魔術は、契約を受ける側が一方的に縛られる。
例えば、今回の契約のように『あることを口外してはならない』という内容の場合、契約する側がなんらかの方法で口外した際に代償が課せられるのは当然だが、契約をさせる側もまた、その契約させた内容を守る必要がある。
もし仮に、契約させる側が契約内容を後から無断で変更しようとしたり、契約者に無理やり契約内容を違反させようとしたりした場合、契約魔術は契約をさせた側に代償を払わせるのだ。
しかし、隷属契約魔術の場合は、契約内容というもの自体がそもそも無く、契約を受けた側は契約をさせた側に無条件で逆らうことができなくなる。
この契約をした場合、契約を受ける側は完全なる奴隷と化す。
(ふむ、我が受からないと考えていたことといい、この隷属契約魔術といい、あのモーリスという試験官は我をこの学園に入れたくないらしいな)
この契約を交わせば、奴は我に『学園から出て行け』と言っただけで、学園から追い出すことができる。
それどころか、死ねと言われれば、この場で自死することにもなりかねん。流石に、そこまでするとは思わんが。
(他の契約している者の魔力の流れから見て、あちらには隷属契約は入っていない。やはり、これは我を狙ってのものか……)
もう一人の魔術師が行なっている契約術式では、おかしな魔力の流れは見られない。
つまり、あちらは通常の契約魔術のみが行われているということだ。
(試験前に少々騒ぎを起こしすぎたか。
指摘するのも面倒だ。この場は術式を書き換えておき、後程モーリスに話を聞かせてもらおう)
この場で言及しては騒ぎになろう。
そうなれば入学自体を取り消されかねん。
ここは、契約が完了したと誤認させておくのが得策だろう。
「ふむ、これで良いか?」
「ロムナード・ウェルシュ、確かに記名を確認しました」
(わざわざ声に出して確認か、これも他の者には行っていないな。教官に伝えるためか?)
もう少し隠せと言いたいところではあるが、他の者が不審がる様子もないし、気にするほどのことではなかろう。
カイレスたちも契約を済ませたようだ。あちらには隷属契約魔術は組み込まれていないな。
カイレスはともかく、モルアナは分からんからな。一先ず安心といったところか。
「全員契約は済ませたな。これで試験は終わりだ」
契約書を確認し終えたモーリスが話し始め、書類を魔法師たちが持ち帰っていく。
「さて、勇者育成学園への入学おめでとう勇者の卵たち。お前たちはこれから様々なことをこの学園で学ぶことになる。勇者にはなれなくとも、勇者と共に戦う仲間もこの学園から出る者が多い。しっかり学び、しっかり力をつけるように。
この後のことは各自説明がある。部屋を出たら案内に従ってくれ」
モーリスがそう締めると、座っていた受験者たちが各々退出していった。
これでやっと、我も勇者育成学園に入学することができたということだ。
我の目指す者、勇者になるための道への第一歩を踏み出せたのだな。
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