プロローグ
「遂に見つけたぞ!」
世界各地に存在する迷宮。それは人々からダンジョンと呼ばれている。
そんな数多あるダンジョンのうちの一つ。その最奥の間に数人の影があった。
彼らの目の前にあるのは、石碑に埋め込まれ、鎖で固定され、強固な封印が施された一振りの剣。
その剣は、神々しさと禍々しさを併せ持った鈍い光を放ち、集団の先頭で両手を広げて喜ぶ少年を淡く照らしていた。
「まさか、SS級ダンジョンにあるとは思いませんでしたな。この剣の力を考えれば当然かもしれませんが」
少年の斜め後ろ、一歩下がった場所にいる初老の男は、疲れを含んだ声でそう言いながら剣を眺めている。
このダンジョンの難易度は、最大難度とされるSS級。そんな、一流の冒険者ですら、入るのに二の足を踏む程のダンジョンを進んできた苦労が声に乗っていた。
ダンジョンのなかでも、SS級と呼ばれるものは異質だ。
『一体いれば国が滅ぶ』と言われる魔物が複数体徘徊し、ダンジョン内の環境は荒れ狂い、外の常識は一切通用しない。
更には、その狂った環境が階層毎にコロコロと変わり、先へと進む者を拒絶する狂気の地である。
灼熱の階層ではあらゆる物が燃え上がり全てを灰に帰し、極寒の階層では物や人を凍てつかせ永遠の時へと封じる。
一階層丸ごと猛毒の霧に包まれる階層があるかと思えば、一切の呼吸を阻害し音を遮断する真空の階層まで存在していた。
まるで、生物が生きていること自体を否定するかのような過酷な場所であり、それ故にSS級と呼ばれる。
「装備や食料をだいぶ使わされてしまったな」
「だっはっはっは! それもこれも、この剣を手に入れるためだと思えば安いものではありませんか!」
初老の男性の逆隣に立つ巨体の男が、豪快な笑いと共に声を上げた。
彼の着る薄手の服の下は全身が筋肉の鎧に包まれており、まるで、筋肉自身が防具など不要と豪語しているかに見える。
しかし、所々に残された鎧の残骸がそれを否定し、そしてダンジョンの脅威を示していた。
「特注の防具が見る影もなくボロボロだ! だっはっはっは!」
「よくやってくれた。戻ったら新しい物を用意するからな」
少年は剣から目を離すことなく、後ろの男に労いの言葉をかける。
「私は武器ね。主要武器以外全部ダメになっちゃったわ」
ため息まじりにそう呟いたのは、彼らの更に後ろに立つ女性だった。
両手には、刃が砕けて使い物にならなくなったナイフと、中程で千切れた鞭が握られている。
「元々、あなたは武器を必要としない戦い方でしょう」
「それはそうだけど」
「そう言うな。ちゃんと代わりの武器を用意してやる」
催促するような彼女の言葉に初老の男性が苦言を呈するが、少年は、変わらず剣に目をやりながら言葉を返す。
「今は城に残っている、この剣の発見のために力を尽くしてくれた者たち。ここまで辿り着くために力を貸してくれたお前たち。我は皆に感謝しているのだ。功績には相応の報酬がなくてはいかん」
「素晴らしき御心遣いでございますな」
「だっはっは! 坊主は気を使いすぎだと思うがな! オレらは自分の意思で坊主について行ってるんだ。そんなに気にしなくていいんだぞ!」
「私はそんな優しいところも魅力的だと思うわ」
ここにいる者たちの中で最も歳の若い少年に対して他が敬意を表するという、どこかおかしな状況ながらも、少年の持つ強い存在感がその光景を是としていた。
そもそも、存在感などに関わらず、少年の正体を知っていれば、この光景に疑念を抱く者などまずいないだろう。
何故なら彼は——
「魔王様、剣を取られないのですか?」
「ふむ。いやなに、ここまで来るのに苦労させられたからな。感慨深いというか何というか……」
魔王。
力ある魔族を従え、世界でも屈指の強大な存在。
それがこの少年の正体なのである。
「では、頂いていくとしようか。歴史に名前のみを残して姿を消していた伝説の聖剣……いや、転魔聖剣エリクルシア。これさえあれば——」
聖剣と呼ぶには少々放つ光に闇を含むそれに、少年が手を伸ばす。
「遂にこの時が来たな!」
「そうだ。遂にここまできた」
何者にも触れられまいとするかのように、鎖から放たれた黒い稲妻が少年を襲う。
しかし、それを苦ともせず少年は更に手を伸ばす。
「魔王様があの剣を手にすれば、もう魔王様の目指す道を邪魔できるやつなんていなくなるわ!」
「そうだ。我はこの剣を手に入れ、我の目的を果たすのだ」
稲妻を力で捻じ伏せ、鎖を握り潰す。
「やっと、念願に手が届きますな」
「そう、やっと、やっとなのだ。これで我の願いに近づける」
少年の手が剣の柄を握りしめ、力を込める。
封印を施されていたのが嘘のように、転魔聖剣エリクルシアは石碑からするりと抜けた。
「これで、魔王様こそが世界の頂点となるのですな」
「だっはっは! 最強の坊主が最強の剣を手に入れたぞ!」
「魔王様に敵はいなくなったわね」
引き抜かれた剣を掲げる少年の姿に、背後に控えていた三人の顔が綻ぶ。
「ああ、この剣を使い、我は世界の頂点——」
少年の後ろに控える彼らは、歴代の魔王が終ぞ果たせず、長年停滞してきた時代をこの主が制してくれるのだと確信していた。
「——勇者になるっ!」
この言葉を聞くまでは。
プロローグと第一話は同時投稿します。