07 怪物の力
ブックマークありがとうございます!
更新の励みになります!
ガイルの一言に私は酷く困惑した。
エデラシオ王国を単独で滅ぼしたって、
少年が?
ジエスが?
どうやって?
一体何のために?
数多の疑問が脳裏を駆け巡る。
だが、疑問は疑問のまま、話は私をその場に取り残して身勝手に進んでいく。
「だからどうした? 世界の在り方が間違えていると思ったから俺は全てを壊した。それこそが真の正義たる在り方だからな」
ジエスは、闇炎で形作られた剣をガイルに向ける。
「そこに暮らす民までも無差別に殺しておいて正義を語るか。まるで、自己満足の怪物だな」
「自己満足? さてはあんた、世界の闇を知らないな?」
「ほざけ、貴様の存在ほど世界の闇などないわ!」
そう言って、ガイルは腰に据えた剣を勢いよく引き抜く。
辺りを見渡せば兵士たちも臨戦態勢に入っていた。
本格的にまずい。と、私の勘が危険信号を発している。
だというのに、ジエスは衆敵のド真ん中でただ一人——————笑っていた。
大して面白い話もしていないのに……。
「何がそんなに面白い? この危機的状況下で頭でもイカれたか?」
確かにイカれてると、私は心の中で静かに合意した。
「危機的状況下? アホぬかせ、この程度追い込まれたうちに入らない。俺はただ、あんたの無知蒙昧な様に笑いが禁じえなかっただけだ。一つ、冥土の土産に教えてやろう——————」
そして、ジエスは静かに言葉を綴る。
「——————俺は、奴隷だった」
直後、しばらくの静寂が場に漂い、それを破ったのは兵士を含めたガイルの嘲笑の声だった。
しかし、ジエスは無表情のままガイルのことを見つめている。
「まさか、エデラシオ王国を滅ぼした罪人がまさか奴隷だったとはな! そうか、王国や民から軽蔑視され、苦渋の日々から解放されたくて王国を滅ぼした。と、それこそが世界の闇だとそう言いたいんだな?」
ガイルの問いかけに対して、ジエスは一切の反応を見せない。
「まあ何でもいい。貴様の末路はすでに決まっているのだからな!」
その直後、私たちを取り囲んでいた兵士たちが一斉に切りかかってきた。
全方位からの一斉攻撃、正直活路が見出せない。
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
何でも、気が付いた頃にはすでに決着がついていたからである。
常人には目視できない、その異常な速さで兵士たちを灰燼と化したのだ。
「……は?」
現状を理解できないでいるガイルに、今度はジエスが嘲笑を浮かべる。
「まさか、同情して欲しいから奴隷だったことを公言したと思っているのか? 滑稽だな。俺はただ、あんたらに屈辱を味わったまま地獄に堕ちて欲しかったから気まぐれに話しただけだ」
そう言いながら、ゆっくりとガイルに近づいていくジエス。
ダメ、これ以上の犠牲を出しては……。
だが、この二人の張り詰めた空気に入っていくことができない。
今、何かしらの行動で介入していこうものなら確実な死が待っているのは目に見えて明白だからだ。
だから私は、この場に立ち尽くすことしかできない。
「——————次はあんたの番だ」
そして次の瞬間、目の前からジエスが忽然と消えた。
常人では捉えることのできない神速の如き攻撃。
私の目で完全に動きを捉え切ることができた時には、すでにジエスはガイルの背後に回っており、首筋を目掛けて闇炎の剣を振るっていた。
いや、そもそもおかしい。
なぜ、私の目にジエスが攻撃をしている瞬間が映っているのか。
その答えは目の前ですでに起こっていた。
ガイルが後ろを振り向かずにその一撃を防いでいたからである。
「なんだ、動揺してたわりにはなかなかやるじゃないか」
そう言って、一旦ガイルから距離を取るジエス。
なかなかって言う言葉で収まらないと思うのは、きっと私だけじゃないと思う……。
ガイルは余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりとジエスの方に振り返る。
「まさか、俺が貴様の動きを捉え切れていないとでも思ったのか? 俺が戸惑ってたのは、どうやって俺の目を出し抜いて兵士たちを殺したのか不思議で仕方なかったからだ。だが、その謎もすでに解けた」
剣先をジエスに向けながら、ガイルは謎を解き明かす。
「ここへ来る前に放った攻撃を防ぐと同時に、貴様はメーグルを含む周辺に自分の生命霊を散布させ、そして兵士たちが攻撃を仕掛けた瞬間に闇炎を発動させた。そうすれば、俺が貴様の動きを捉えられなかったのにも合点がいく」
内容が異次元すぎて何を言っているのかさっぱり分からなかった。
とりあえず、ジエスの反応だけ伺っておく。
「お見事! 流石は国が誇る騎士様だ!」
拍手喝采するジエス。
どうやら、そういうことらしい。
「——————けど惜しいな、手遅れだ」
ジエスが言葉を放ったその直後、ガイルを包み込むように闇炎の火柱が天高く立ちのぼった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、恐らくガイルが解明したことが目の前で起きているのだろう。
悲鳴らしき声は一切聞こえず、バチバチと爆ける音しか聞こえてこない。
それから間も無くして、闇炎は不自然にも一瞬にして消え去り、そこにいたはずのガイルの姿はどこにも見当たらなかった。
微かに匂う焦げた匂いが鼻腔をくすぐる。
そう、生命霊操作の師であったガイルが死んだのだ。