01 リスタート
よろしくお願いします!
——————「美人薄命」
この言葉は文字通り、美しい人は病弱であったり数奇な運命にもてあそばれたりして、短命な人が多いことを指す四字熟語である。
由来は中国の詩から用いられたとされているが、あまり詳しいことは知らない。
驚くべきはその説得力にある。
本当に、世間一般的な評価基準を超える美人は短命なのだ。
大和撫子の代名詞とも言える綺麗な長髪の黒髪は、目にする人々の視線を射止め、黄金比とも言える整った顔立ちと均整の取れたプロポーションは人々の心を鷲掴みにする。
私——————佐河原紗千那は世間が認める美少女であり、心臓に持病を持って生まれてきた、まさに「美人薄命」の四字熟語に相応しい少女だった。
まあ、本当に美少女かどうなのかは知らないけど……。
しかし、その病状とは裏腹に私の身にはいくつかおかしな出来事が起こっていた。
「私、もう一六歳だけど、いつになったら持病治るのかな……」
そう、私は今年で一六歳の誕生日を迎えたのである。
心臓に持病を持って生まれてきた私は、すぐさま治療を受けて順調に回復傾向に向かう……はずだった。
美人として生を受けたことによる天命なのか、何度も治療を繰り返しても持病が治ることはなく、挙句には心臓のドナーも見つからないまま、気が付けば一六歳を迎えたという。
生まれた時から心臓病を抱えたまま一六歳を迎えるなんて普通に考えてありえない話だ。
不死的に治らぬ持病と奇跡的に長引く寿命、当然医者も両親もその結果に大いに驚いていた。
だからといって、治療の日々が終わっていい理由にはならない。
それは、私自身もよく理解していた。
「この状態がいつまでも続くとは思えないよね……」
そんなことを考えながら病院の窓の外を眺めていると、同じくらいの年の女子高生たちが談笑しながら歩いているのが目に入った。
ふと室内にある掛け時計に目をやると、時刻は『一六時四二分』
どうやら、下校時間に遭遇したらしい。
しかも、各々手には美味しそうなソフトクリームを持っていた。
友達と談笑しながら買い食いをし、そして帰路につく。
そんなシンプルなシチュエーションでさえ、私には許されていなかった。
寝ても覚めても「病院」という名の鳥籠の中。
買い食いしながら帰路につくなんて贅沢は、持病を治さない限り叶うことはない。
「どうして、私ばっかり……」
談笑する女子高生たちを見て、抱いてはいけない感情が芽生え始める。
自分の思い通りにならない「怒り」、自分ができないことを平然とやり遂げてしまう「嫉妬心」、そして彼女たちの幸せな時間を奪ってやりたいという「強欲心」——————醜い感情ばかりだ。
でも、だからこそ、この感情がどうか天に届いてほしいと願う。
私も、一人の少女として何不自由ない平凡な生活を送りたいのだ。
何かで一番を取って誰かに自慢したり、もっと美味しいものを食べたり、一日自堕落な生活を送ってみたり、そしていづれは誰かとお付き合いしたり——————
これだけに留まらず、もっともっとやりたいことは沢山あるのだ。
なのに、この持病がそれら全てを決して許してくれない。
ただ、天に祈ることしかできなかった。
「どうか、どうか……お願いします。私に、自由をください……」
胸の前で手を合わせながらお辞儀をするように頭を下げる。
こんなことをやっても無駄なことは百も承知だ。
それでも、私は願い続けた。
存在するはずもない僅かな「奇跡」を信じて——————
『——————その願い、私が叶えます』
「…………え?」
突然、若々しい女の声が聞こえてきた。
キョロキョロと辺りを見回すも、声の主である女の姿はどこにも見つからない。
だけど、何だろう。このどこか聞き覚えのある懐かしさを孕んだ声は……。
だが、不気味なことが身に起こっていることに変わりはない。
ベッド付近にあったナースコールを押そうとした、まさにその時——————
「あ、れ……」
視界が縦横無尽に暴れ回る。
身体に力が入らない。
呼吸がうまくできない。
今までに体験したことのない感覚たちに、私は生まれて初めて直感した。
——————自分の「死」を。
「だ、だれ、か……」
掠れる声は誰の耳にも届かない。
そして、霞んでいく意識は次第に暗闇の中へと消えて行った。
*****************************************
次に目を覚ました時、なぜか小学生くらいの小さな身体になっていた。
それだけじゃない、街並みや人の容姿もどこかおかしい。
だが、私は十分すぎるくらいに理解していた。
ただ、現実離れしすぎた現実を信じられなかっただけなのだ。
どうやら私は、書籍などで目にしていた「転生」とやらをしてしまったらしい。
いや、転生という言葉を用いるのは語弊かもしれない。
今の容姿は、元いた世界の姿を小さくしただけの可愛らしい少女の姿。
だとすれば、「転生」よりも「転移」の方が適当かもしれない。
「まあ、どっちでもいいんだけど……」
正直、今は転生・転移うんぬんの話はどうでも良い。
それもよりも目の前で重要な出来事が起こっていたのだから。
「メーグル、庭での昼寝は気持ちがいいものね~」
庭園の大木にもたれかかった同い年くらいの少女が、目を閉じながら心地よさそうに言葉を口にする。
艶やかなドレスを身に纏い、太陽に照らされた美しい金髪を靡かせた少女の名はアイラス・ヴェネッヅ。
「リーデアシア王国」を統治するヴェネッヅ一族の長女である。
アイラスに兄弟・姉妹はおらず、次期国王の座を約束された女王様だ。
そんな高位一族のアイラスがどうして私の目の前で昼寝をしているのかというと、知らないところで色々な事があったらしい。
あったらしいという表現をするのは、メーグルという名の少女の記憶が私の記憶の中に反映されているからだ。
いや、メーグルの記憶の中に私の記憶が反映されたという表現の方が正しいのかもしれない。
どちらにせよ、何が起こったのかさっぱり分からないことに変わりないけど……。
そのメーグルの記憶によると、少女は両親に捨てられた孤児であったが、少女の前を偶然通りがかったアイラスが「付き人」という名目で少女を保護したらしい。
当然、アイラスの両親を含めた大半の人間が猛反対した。
それもそうだ、出生所が不明の孤児を王家の付き人に従えるなんて常識的に考えてありえない。
だが、アイラスは両親たちの猛反対に屈しなかった。
そして、アイラスは両親に向かって言い放ったのである。
——————許してくれないなら、二人とも大っ嫌いになるから!
何とも子供らしい単純な切り札だろうか。
だが、両親からしたら精神的に大ダメージに違いない。
愛しい我が子にそんなこと言われたら悲しさで数日引き籠ってしまいたくなるだろう。
そして、アイラスに嫌われることを恐れた両親は渋々了承し、メーグルは晴れて彼女の「付き人」になったと……。
「でも、これから苦労しそう……」
メーグルの記憶から垣間見えた一つの光景。
どうやら、このメーグルという少女は日頃から失敗を繰り返してきたようだ。
アイラスの大事にしていた花瓶を割ってしまったり、王室のカーペットに水の入ったバケツをひっくり返したりと……失態を挙げるとキリがない。
当然、粗相を犯せば他のメイドさんたちに叱られる。
こうして少女は自己嫌悪に押し潰され、やがて自らの「死」を望むようになった——————。
それこそがメーグルが残した最期の記憶だったわけだが、どうして私の意識が彼女に融合されたのかが全く分からない。
とりあえず、平凡な暮らしを送るためにもメーグルの失態を取り戻さなければ!
「ほら、メーグルもこっちにおいで! 気持ちいいよ~」
「いいえ、私は大丈夫です。それより、何かすることはありますか?」
「ふふ、相変わらずメーグルは仕事熱心なのね。でも、今までの失敗を償うための行動なら気になさらなくてもいいんだよ? 誰にだって失敗はあるんだから」
「アイラス様はお優しいですね。ですが、私はアイラス様の御役に立ちたいのです。なので、私に何なりとお申し付けください」
「んー、そうね……」
顎に手を添えながら深く悩み込むアイラス。
そしてしばらくした後に、アイラスは「よし!」と口にして勢いよく立ち上がった。
「決まったわ。メーグルのお仕事!」
「はい、何なりとお申し付けください」
そう言うと、アイラスは含み笑いを浮かべながらドレスの裾を摘まみ上げ、そして突然走り出した。
「ア、アイラス様!? 一体どこへ行かれるのです!?」
「メーグルのお仕事は私の遊び相手よ! ほら、私を捕まえてみて!」
「でも私、走るのは……」
そう言いかけて、私は言葉を詰まらせた。
そう、この身体はもうあの時の病弱の身体とは違う。
記憶に残されている限りでも、メーグルの身体には特に運動制限とかもない。
つまり、どれだけ運動しても何も問題ないのである。
一歩ずつ足取りを確かめながら徐々に足を速く動かしていき、やがてアイラスを捕まえるために庭園を駆け出した。
生まれて初めて感じる心臓の鼓動。
心臓病で味わう苦しみとは異なる心地よい苦しみ。
今、私は——————「走っている」のである。
素晴らしい、実に素晴らしい!
その事実が、気分を強く高揚させた。
「絶対に捕まえます!」
「ふふ、こう見えて私は足が速いのですよ~!」
「それでも捕まえます! 覚悟してください!」
こうして、アイラスとの追いかけっこは数時間に渡って行われたのだった。
ちなみに私は、この後遊んでいたことで他のメイドに叱られそうになったが、アイラスがお願いしたということで何とか叱られずに済んだ。