猫は本当に素晴らしい生き物
※本作は猫に対する虐待描写があります。ご注意ください。
「猫は本当に素晴らしい生き物だ。君もそう思わないか?」
古びた民家の一室。その真ん中で、私の前に立つ若い男が大仰にそう言ってみせる。
「まず人類の良き理解者として、共に生きてきたその長い歴史。例えばエジプトでは古来から『バステト』という猫の姿をした神が信じられていて、現在は大英博物館でその姿を模したぬいぐるみが売られているほどだ。それに時代を超えてなお愛される、猫をモチーフにしたキャラクターたち。君は誰を思い浮かべる? ひみつ道具を出す未来の世界のロボット、トラックに撥ねられて死んだオレンジの妖怪。仕事を選ばないホワイトの猫や、ネズミと仲良く喧嘩するカートゥーンの猫……他にも、思い浮かぶキャラクターはいないかい?」
「……赤いリボンを着けた黒猫。魔女の相棒の……」
別に話す必要なんてないが、私は一応そう答える。
確か、同じ制作会社の他の映画にも猫キャラはいた気がするけど……男は私の返答を聞いてやたら嬉しそうに「おぉ、黒猫か!」と頷いてみせた。
「黒猫といえば不吉なイメージが強い。特に西洋では君が言ったように魔女の使い魔であるとか、猫が死体を跨ぐと死者が蘇るだとか不気味な伝承が多いな。そのせいか『好奇心は猫をも殺す』とか『猫には九つの命が宿っている』なんて物騒な言い回しも存在する。それもれこも、猫が人間にとって身近な生き物であるばっかりに付いてしまったマイナスイメージ……人間にとってすぐ側にいる動物であるがゆえに、そんな悪いイメージがついてしまうとは皮肉なものだな」
「……猫のイメージを悪くしているのは、そんなファンタジーの世界の存在だけじゃないと思う。糞とか、病気とか……あとは、どこの世界の殺人鬼もだいたい猫から殺すでしょう?」
あなたみたいに、と言葉を紡げば男はなぜか得意げな表情で鼻を鳴らす。
椅子に縛り付けられた私を、ぐるりと取り囲むのは猫の標本。
それらは全て、この男が自ら手を下しこの館でコレクションしているものだ。それを指し示すかのように、変わり果てた猫たちの姿はそれぞれ独特の装飾が施してある。あるものは生け花のように体へ無数の花を突き刺され、またあるものは別の個体と無理やり糸で繋ぎ留められ奇怪な姿を晒し……猫好きであればあるほど、吐き気を催すだろうその光景を男はうっとりと眺めていた。
この男は周囲の評判も良く、社会的地位も高い模範的な人物だ。実際、彼のことを調べれば周りは口を揃えて「立派な人だ」「聖人だ」などと持て囃す。
だが――その裏にはこんな、猟奇的な趣味があったわけだ。次から次に猫を虐殺し、それをひっそりと保管し……しかし、人間は飽きる生き物だ。そのうち、猫だけでは満足できなくなったので人間を殺すことを夢見るようになったのだろう。そうして――身寄りのない、家出少女である私を「保護する」という名目でこうやって監禁することになったわけだ。
まぁ、ビビットカラーで少し派手目の猫耳パーカーに目を惹かれたいう点もあるだろうが……私の一番のお気に入りであるこの服に、ロープを食い込ませた男はすっと無感情な目になって私を見下ろす。
「……猫というのは気まぐれで、人間に振り回されないところも可愛い生き物だ。だが、今の君は自分の状況をわかっていないようだな……人間なら少しは命乞いをして、痛がったり苦しんだりしている様子を見られると思ったのに……」
残酷な本性を曝け出そうと、ポケットからナイフを取り出す男。きっとその凶刃に、何匹もの猫が倒れていったのだろう。血を流し、悶え苦しむ猫たちの姿を見てこの男は愉悦を覚えていた……その果てに、それでもさらなる刺激を求めるべく彼は私にその狂気に満ちた刃先を向けようとしていた。
――だがその先端が私へ届く前に、私は隠し持っていた鉤爪でするりとロープを抜ける。
ぎょっとする男が何か言おうとする前に、私は素早く動き出し男の喉を掻っ切った。
手慣れたことだから、ほんの一瞬だ。勢いよく流れ出る返り血は、余計な痛みを感じさせずあっという間にその命がこと切れたとを表している。男は自分の身に何が起きたかすらもわからないだろう……本当なら犠牲となった猫たちの無念を晴らすべく、もっと苦しませた方が良いのだが仕方がない。
猫の連続失踪に目をつけ、調査をしていた私はこの男に目をつけた。だいたい、猫はどこをうろついていても怪しまれないものだがこの館の周辺は猫の目撃情報が異様に「少なかった」。猫除け対策や、猫が嫌う植物などが植えられている様子もないのに……だから、「殺してもその犯行が露見しにくそうな非行少女」を装えばすぐに食いついてきた。
……人間の犠牲者が出る前に始末できて良かった。猫たちには申し訳なさを感じつつ、私は密かに安堵する。
国や時代に関わらず、世の中の殺人者はだいたい猫を殺した経験がある。一度、人間に近しい存在を手にかけてしまえばその殺意が人間に向かう可能性は恐ろしく高いのだ。
だから、猫が姿を消した場合は気をつけた方がいい。時に愛くるしく、時に恐ろし気な存在ともなる彼らは人間に警鐘を鳴らす存在なのだ……その現実をひしひしと感じながら、私は呟く。
「猫は、本当に素晴らしい生き物ね」