第007話「儚国 ②」
「玉葉様。ここは危険です」
黒曜が心配そうな声を上げる。
玉葉は小さく頷くと「では、戻るとするかの」
黒曜を先頭に背後の空間に立つ扉をくぐる。
すると、唐突に空気が変わった。
頭上から温かな陽光が差し込み芝に匂いが鼻腔をくすぐる。
思わず寝転びたくなる気持ちをぐっとこらえて未来は黒曜を見た。
「どうじゃ、少しは現状を理解できたかのう」
「それは少しは理解できまし……って、玉葉様!?」
未来はしゃがみ込む。そこには店で見た白猫がいた。それが流ちょうに喋っているのだ。
「いちいち騒がしい小娘だ」
黒曜の辛らつな言葉も未来の耳には入っていない。
「玉葉様って……やっぱり猫なんですね!」
抱きかかえ頬ずりする。「玉葉様になんてことを!」と黒曜が叫んでいるが未来は構わず頬ずりしまくっていた。
「ち、ちょっと……話が進まんじゃろ!」
「うわぁ~、肉球パンチだ!」
白猫は必死になってもがく。
未来は満面の笑みでぱむぱむされている。
ようやく解放された頃には白猫玉葉はぜーはーと肩で息をしていた。
「小娘……」
黒曜が恨みがましく未来を睨みつけている。
「それで、未来殿」
玉葉に呼ばれ未来は改めて彼女と目を合わせた。
「そうね……なんか実感が湧かないけど、あの世界を救うことができるんだったら協力しないこともないんだけど」
いやしかし、と考える。
あれは無理だろう。世界はすでに崩壊してしまっているし。妖獣とか危険度MAXなのもいるというし。
「本当か!」
玉葉の声が明るくなる。
黒曜の顔もどことなくほっとしたように見える。
「でも、ひとつ条件があるの」
未来は自分にあの世界を救う力がsるとは思えなかった。しかし、玉葉の世界を思う真摯な気持ちが彼女を突き動かしていたのだ。
「一つと言わずいくつでもかまぬぞ! 何が望みだ?」
「じゃあ、パイトってことで私を雇いませんか?」
「…………えっ?」
「なっ!」
玉葉と黒曜が絶句した。
「小娘……世界を救うということがどういうことか分かっているのか!」
「私にも生活があるんです!」
それは未来の真摯な気持ちだった。世界もを救っても自分たちが救われなければ意味がない。
「お、おのれ……」
「ふむ。労働に対する対価……ということか」
玉葉はしばらく考え込む。
「相分かった」
「玉葉様!」
黒曜が悲鳴を上げる。
「して、金子はいかほどだ?」
「……ええっと」
話がトントン拍子に進みすぎて未来の方が逆に困ってしまった。
「時給……千円くらい……とか?」
とりあえずは適当な相場を言ってみる。
「せんえん……それは金貨にしていか程だ?」
――金貨!?
なんだか話がすれ違っているような気がする。
金貨などもらえるはずがなかった。
依頼を受ける気ではいるがどう考えても不可能案件だった。
玉葉たちの言い分は分かるが自分があの荒廃した世界をどうこうできるとはとても思えない。
「いえ、金貨ではないんですけれど……」
なんと説明すればいいのか未来は思い悩む。
「玉葉様、千円とは小娘の世界の通貨でございます」
黒曜が助け舟を出す。玉葉は彼を見上げた。
「ふむ……そうか」
「金子で動くとは……さすがは人間」
黒曜の言葉に未来はイラっと来た。
「いきなり無償で世界を救えとか、神になれとか言う方もどうかと思うんですけど?」
「意見の相違だな」
「ええ、全くその通りですね!」
未来は黒曜を睨みつける。この男とはどうもウマが合わない。
「儂は未来の世界の事情には疎くてのぉ。全ては黒曜と話をしてくれ」
「ちょっ……!!」
玉葉はぴょんと飛び降りると建物の中へと入っていく。
追いかけようとしたが目の前に黒曜が割って入ってきた。
「玉葉様はお疲れのご様子。これからの話は私が行う」
にやりと笑う黒曜に未来は嫌な予感しかしなかった。
「ええっと、先ほど玉葉様は私の願いは何でも聞くとおっしゃいましたよね?」
「そんなことは言っていなかったぞ」
「ちっ!」
未来は小さく舌打ちする。
「お前の話では時給千円で世界を救ってみせる……ということだったな?」
「いや、救えると決まったわけじゃ……」
「武士に二言はなかろう?」
「私、武士じゃないんですけど」
時給千円で世界を救えとかどんなブラックバイトだ。
「ならば従者をつけよう」
「はい?」
従者とはお手伝いとかアシスタントとかそんな者の事だろうか。
「まあ、一人でないのなら……」
仲間がいれば心強い。黒曜が紹介するのだから彼の仲間ではあるのだろう。いざとなれば頼れる仲間がいるのは心強かった。
「……分かりました」
しぶしぶではあったが、未来は承諾する。
それが、時巡未来の不幸の始まりでもあった。