第001話「鈴の音に誘われて」
澄み渡る青い空。
蒼天にかかる雲は薄く線を引いたように地平の果てからまっすぐに天を横切る。
風はなく、照らす太陽の光もまた遮るものもなく容赦なくアスファルトをてらしていた。
「あ、暑い……」
額に浮かぶ汗を拭おうともせずに一人の少女が地面ばかりを見つめ思いつめたように町中を歩いている。
少女は地面ばかりに間を奪われ時折、道行く人や電柱にぶつかり冷ややかな視線をその身に受けていた。一方の少女はそんな視線をものともせずに一心不乱に地面を凝視し歩いている。
「ふう――」
何度目とも知れないため息が自然と唇から漏れた。
いったいどれだけの時間そうしているだろう。
少女はひたすらに――ただひたすらに落とし物を探していた。
それは祖父からもらった彼女の宝物。
チリリン
彼女の学生カバンにつけられた金色の鈴が澄んだ音を立てる。
普段であれば彼女のカバンには二つの鈴がついていた。
金の鈴と銀の鈴。
彼女の肉親以外での唯一の宝物。
それを無くしてしまった。
登校中、確かに鈴はついていた。
涼やかな音色を響かせながら登校するのが彼女の日常だった。
その根が途絶えた途端、彼女の世界は一変した。
己が半身を失ってしまったかのような喪失感。
彼女は必死になって鈴を探し求めた。
もうどれくらいの間探し続けているだろう。
「見つからない……」
空を見上げる。陽が高くなり日差しはますます強くなる。
「見つからなかったらどうしよう」
不安が脳裏をよぎった。すでに登校の時間は過ぎてしまっている。しかし、彼女にとってそのことは些細なことでしかない。
チリリン
鈴の音が耳に響いた。いや、心に直接響いた感じだ。
――どこ?
周囲を見回す。
そして、見つけた。
それは緋色の瞳の一匹の白い猫だった。
その猫がじっと彼女を見つめている。
「あっ!」
その猫の咥える銀の鈴。傷つきくすんだ色をしているが――間違いない。彼女の鈴だ。
「待って!」
彼女は猫に向かって走り出す。猫は鈴を咥えたまま駆けだした。普通に考えるならば駆けだした猫に人間の足で追いつくはずがない。
しかし、猫は駆けだしては立ち止まり彼女の方を振り返っていた。それは追われているから逃げたという感じではなく、彼女との追いかけごっこを楽しんでいるという風に見えなくもない。だが、それは二人の様子を俯瞰してみた場合の事、現に追いかけている彼女の表情は真剣そのもの。必死さすら漂ってくる。
「――待って!」
荒い息をしながら足をもつれさせ、それでも猫を追いかける少女。
彼女は気づいていなかった――猫が彼女と程よい距離を保ちながら駆けていることに。
彼女は気づいていなかった――いつの間にか人通りの少ない通りへと導かれていることに。
「ちょっと……待ちなさい!」
何度目かの角を曲がり、彼女は袋小路へと猫を追い詰めた。実はそれが導かれたものだということに彼女は気づいていない。
袋小路。周囲は建物に囲まれ逃げ場はない。
「にやぁ」
しかし、猫は彼女には目もくれず、スイと一番奥の建物の入り口へと吸い込まれるように消えていった。
「えっ!?」
今しがた目の前で起こったことに彼女は仰天する。
白猫がまるで煙になったかのように目の前で消えたのだ。
目を瞬かせて見てみるが猫はどこにも見当たらなかった。
「消えた?」
自問自答してみるが消えたことは事実。
そして――
白猫の消えたのはまさしく目の前の建物の入り口だ。
――猫に導かれた?
そんな考えが脳裏をよぎるがそんなはずはないと首を振る。
そんな非科学的なことなどあり得ない。
この世には奇跡もなければ怪異もない。すべては科学的根拠に基づいた現象しか起こらないのだ。
それでも――
彼女は意を決したように目の前の扉に手をかけた。
何の変哲もない古臭い建物だ。
周囲の建物がコンクリート製なのに対して木造の建物だった。
どこか異国調の扉。扉の上には扁額が掲げられていた。
扁額に書かれた文字は【萬】とすすれた文字が書かれていた。
「マン? ヨロズ?」
彼女は首を傾げる。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「……よし」
彼女は迷いなく扉に手をかける。
それが、彼女の人生に大ききかかわることになろうとは、その時の彼女には知る由もなかった。
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